椅子の戯言
わたしの名前は「椅子」といいます。
生まれた記憶もなければ、作られた記憶もございません。
ただそこに、ぽつんと存在し、気付いた人間が座っていく。そんな日々を過ごしております。
そうそう。そういえば、こんな事がありました。
大雨が降った日の事です。雨の中、わたしに座る人間なんて、いつもは居ません。お尻が濡れますからね。
ただ、その日は違いました。
傘も射さずに、青年がふらふら近づいたと思ったら、わたしに座ったのです。雨も気にせず、天を見上げているじゃあないですか。
わたしも椅子ですから、文句も言わずにジッとしてましたよ。ジッとするしか無いですがね。
少し経った後に、何やら話しているのですよ。最初は、誰かいるのかと思いましたが、どうやら一人で話してるようでした。よーく、聞くと。
「なんでこんな事に」
「おれは、悪くない。あいつが悪いんだ」
「意外と大した事無かったな」
「こうなったら、とことんやってやる」
目を見開きながら、ぶつぶつ話してるんですよ。
その後、その青年は、何処かへ去って行きました。
まー、人間なんて椅子からしたら、何してるか分からない生き物なので、わたしには関係ありませんよ。
だけど、翌日、その青年が今度はニコニコしながら、わたしに座りました。昨日の印象とは、全然違いすぎて、最初は気づきませんでしたが、お尻で分かりましたよ。
今度は電話しているようでした。
「昨日は、色々ありがとうございました。はい。お陰様でなんとかなりそうです。」
「重かったですが、アドバイス通り山の中に。はい。これも、〇〇先生が相談に乗ってくれたからです。ありがとうございました」
そう言うと電話を切りました。また、別の所に電話を掛けると、満足した顔で、立ち去りました。
その後、その青年がわたしに座る事はありませんでした。
え?これで終わりかって?終わりですよ。
ただ、その青年が最近、わたしの正面にある大きなビルのテレビに、映るのですよ。あの時より、シワが増えた顔で。
カメラを持った多くの人間の前で、懐かしさを感じる声でいうのです。
「国民が安心して生活出来る国を創ります!」
「党で団結し、結果を残します!」
わたしに座ると、もしかしたら、あなたもテレビに出れるかもしれないですよ。雨の中、座ってみて下さい。わたしの話は、これでおしまいです。また、思い出した事がありましたら、お話ししますね。
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