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4 生まれ直した少女

 ***


 彼らは元々、ある都市国家に現れた医師・薬師の一族だったと言われている。


 よほど腕が良かったのか、多くの有力者の家に出入りしては、各所でたいそう重用された。その家の、最後の一人が、遺産のすべてを彼らにゆだねて息絶えるほど。権力を、彼らに譲って場を退くほど。


 やがて都市が王国に統一される頃には、その首都ディアランテに大邸宅を構え、領地と伯爵位を得るのにふさわしい名家となっていた。


 それがフェルレッティ家。

 慈善と事業に精を出し、王の忠実な家来であると誓う由緒正しい大貴族。


 の、一面。


 その実、彼らは独自に作った中毒性の高い薬で有力者を骨抜きにし、金と権力を集め、誰にも手出しできない闇の支配者となっていった。


 都市が王国に統合された後も、敵対者を暗殺し、薬を売り、代金を支払えなくなった客を売り、奪った財産で事業を広げ富を築いては、その余波で困窮した人々へ何食わぬ顔で慈善の手を差し伸べた。


 かたわらに、暴力と策略に秀でた、病的なほどに忠実な家来のごとき部下たちを従えて。

 

 ――金の髪の“女王”が生まれたのは、そういう家だった。


 ディーナ・フェルレッティは、一族特有の金髪をたたえて、使用人たちとともに暮らしていた。

 礼拝堂を備える広大な庭と、享楽的な絵画が掲げられた玄関広間を持つ、黒壁の豪邸。

 そこではどんな豪華な衣装も高価な宝石も“女王”の望むまま集められた。


 周りの大人たちは、誰もが幼い女主人の望みをかなえることに必死だった。

 時折、“側近”によって召使いが“入れ替えられる”ことがあり、彼らはディーナの意見で自分がそうなることを恐れていたようだった。


 女王には兄がいたが、別々に暮らしていれば、女王が兄のことを気にかける機会はろくになかった。


 ――もしかしたら、向こうはそうではなかったのかもしれないと本人が思い知ったのは、彼女が十歳になった晩秋の夜のこと。


『あなた様の望むものを、お渡しします』


 仕える男にそう言われ、寝間着のまま連れ出されたディーナは、海へつながる真っ黒な運河に放り込まれた。真夜中、急な流れ、小さな体。差し伸べる手はどこからも現れなかった。


 驚くほどあっさり、女王は死んだ。


 ――翌日、ディアランテから遠く離れた海沿いの田舎町は騒然となった。全身ずぶ濡れで、砂浜で横たわる少女が見つかったからだ。


「気がついた!」

「医者はまだか!」

「あら、襟に刺繍があるわ、名前かしら……? ねえあなた大丈夫? 何があったの?」


 騒ぐ大人たちの下で、少女は目を細めて、太陽の昇った青空を見つめていた。


「……わたしは、つみぶかいへび……」


 小さな青いくちびるの動きに、大人たちは気が付かない。


 少女は首からさがったロザリオを持ち、胸の上で冷たい手を組んでいた。彼女が持つにはビーズ部分が長すぎるそれを、冷たい手で、縋るように強く。


 祈るときと同じように。

 死んだときと同じように。


「……生まれ変わって……つぎはどうか、善良な人間に……それから……」


 乾き始めた頬に、涙が一筋伝っていく。


 それきり、気絶した少女のもとに、医者が神父に先導されて駆けつけた。


「あの子です、あの赤毛の女の子――……」




 金の髪の女王は死んだ。

 同じころ、浜に打ち上げられていた赤毛の少女が、小さな教会に引き取られた。



 ***



 深夜。修道院も、街の人間も寝静まった頃、ディーナは小さなかばん一つ抱えて教会の表扉から滑り出た。


「神様、神父様、シスターのみんな。恩知らずなわたしをお許しください」


 小さく呟いて施錠し、来客対応用ののぞき穴から鍵を中へと放り込むと、月明かりを頼りに夜の街へと駆け出した。


 十年住んだこの地に、未練がないはずない。菜園を耕し、町へ奉仕し、静かに祈る。ディーナの生活はそれで充分だった。

 でも今は一刻も早く、自分はここから消えなければならない。

 フェルレッティの手の者が来た。こころあたりは大いにある。


 殺したはずのディーナが生きていると知り、とどめを刺しに来たのだ。それ以外考えられない。

 運良く、あのテオドロという男はやり過ごせたが、きっとこのあとも蛇の入れ墨の人間はこの街にやってくるだろう。


 テオドロがどうして三人の男を殺したのかはわからない。仲間割れをしたのか、敵対組織の人間だったのか。


 真相はどうあれ、ここにとどまれば、ディーナの命はおろか修道院の人間にも危険が及ぶかもしれない。そんなことは、あってはならない。


 “ディーナ”がよくある名前なのは本当だが、この街で、その名前で十九歳の女は自分だけだ。――本当は二十歳なのだが、助けられたとき、フェルレッティ家と結び付けられないためにと、とっさに年をひとつごまかしたのだ。


 ともかく、どんなによくある名前でも、残る“ディーナ”は一桁年齢の子どもや老女しかいない。そうなれば、ひとまず彼らはこの街に興味をなくすはず。


 自分は。

 

(大丈夫、昔の私を知ってる人間が、今のわたしを見ても、きっとわからないんだわ)


 走りながら、赤い髪に手をやる。

 かつては念入りに染められ、金髪のふりをしていた髪。


(上に立つ者の身だしなみって言われて髪を染められていたけど、今はそれが役に立つのね)

  

 行くあてなんてない。でも行くしかない。

 このまま、できるだけ遠くに――。


 そう思ったディーナの足は、角を曲がったところで遭遇した人影に、止まった。

 

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