表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様、どうかこの嘘だけは見逃してください (書籍版タイトル:偽装死した元マフィア令嬢、二度目の人生は絶対に生き延びます)  作者: あだち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/50

25 悪魔の手綱


 今しがた聞いた言葉が信じられなくて、ディーナは使用人の方を見た。だが、彼女たちはラウラの言葉など聞こえていないかのように調理台の後片付けをしている。


「気にしないで。アウレリオも幹部も、みんな知ってることよ。隠してないもの」


 さらりと言われて、ディーナはますます混乱した。

 

「あ、あなたあの人の恋人だって」

「愛人」

「あ」

「もしくはペット。奴隷。アクセサリー。どれでもいいわ、あなたの感覚にしっくりくる名称で」


 衝撃的な言葉の羅列で固まるディーナに、ラウラはまた少し笑った。口角に、隠しきれない嘲りがにじみ出ていた。


「三年前、両親はあの男に殺された。屋敷も焼かれた。生き残ったわたしに与えられた選択肢が、死ぬか、ここであの男に飼われるかだった。ああ、同情しなくていいのよシスター。もともとモンタルド家はフェルレッティ家と深いつながりを持って富を築いた家。これだけで、自業自得だったということがわかるでしょう」


 コツ、と硬い靴音がして、ラウラがディーナに近づく。 


「ねえでも。滅んだのは仕方なくても、憎むなというのはまた違う話でしょう。三年間、あの男を殺す機会をずっと窺ってきたの」


 細い、長い腕が、ディーナに伸びてくる。袖から覗く肌は蛇のように冷たく、ディーナの汗ばんだ首にしなだれかかるように巻き付いてきた。

 

「だから絶対、横取りなんてされたくない。ねぇ、何が目的? この家の財産? 裏の販路の情報?」


 ディーナは唇を引き結び、腕を払い除けた。

 殺しなんて是が非でも止めるべきだが、今は先に否定すべきことがある。


「どれでもない。呼ばれたから来たのよ。フェルレッティの現当主の意思だもの、無視できないわ」

「じゃあテオドロとはどういう関係?」

「迎えに来たあの人を、そのまま従僕にしてもらっただけよ」


 ラウラの琥珀色の目が、探るように細められる。射竦められて、ぞくりとディーナの肌が粟立った。


「それだけ?」

「そうよ。それより、ラウラ様」

「あくまで自分が、本物のディーナ・フェルレッティだと言い張るのね。波から上がって記憶を取り戻した、残酷な金髪の女王だと」

「……ねえ、あなた復讐なんて」

「なら今さら、従僕のひとりがどうなってようと構わないわね?」


 数秒、時が止まったように沈黙が落ちた。


「……何?」

「ここ数代において、フェルレッティの側近が一番頻繁に入れ替えられてたのは、幼い女王がこの屋敷に君臨していた頃だそうね。あなたの癇癪で、何人も首を挿げ替えられたそうだけど、覚えてる?」

「待って、あなた何て、テオドロに何をしたの!?」


 声を荒げるディーナを、落ち着き払ったラウラは「あら、慌ててるの?」と観察するように見据えた。


「答えて!」

「怖い顔しないで。……ちょっと薬を入れ替えただけなのに」


 後半の言葉は、使用人たちから隠すようにひそめられた。

 薬。

 さっきの、ピルケースから出された白い錠剤。


 蒼白になったディーナの耳に、ラウラの声がまじないのように流れ込んでくる。


「アウレリオはね、妹が幹部に殺されたことを踏まえて、同じことが起きないよう対策を打ったの。それが、主人のそば近くに仕える幹部や屋敷に戻ってきた外飼いに、毎日一回薬を飲ませること。とても中毒性の強い薬。定期的に飲まなければ、長く苦しんだ末に死ぬような、毒。

 主人が死んで薬をもらえなければ、従僕も死ぬ。主人の不興を買った場合も死ぬ。……うっかり薬を飲ませ忘れられた場合も、死ぬ。一度飲めば、死ぬか、主人の許しを得て解毒薬を与えられない限り、けしてフェルレッティを裏切れない、悪魔の手綱」


 そうして、赤い唇は弧を描いた。


「テオドロ、そろそろ昨日飲んだ薬の効果が切れる頃ね。小麦粉を固めただけの偽薬じゃ、ちょっと苦しいかも」


 空気はじっとりと湿って蒸し暑い。

 それなのに、ディーナの体は震えを押し隠すのに苦労した。


 テオドロの中毒死を怖れてではない。

 昨日、薬を飲んでいないことがバレるからだ。

 

『みんな失敗して、死んだ』


 グラスが床に落ちて割れる。

 身を翻したディーナの行く手を、使用人たちが阻んだ。


「どいてっ、ここを通して!」


 使用人と揉み合いになり叫んだディーナを、ラウラの腕が背後から抱きしめるように捕らえる。


「大丈夫よ。彼が苦しみ始めたら、きっと誰かがベルナルドに薬を持って来させるわ。あの狂人、仕事は確かだもの」

「うるさい!」

「そんなに焦って、十年経つ間に別人みたいに優しくなったのね。パパもママも、あなたに仕えられたらきっと長生きできたのに。……それとも、怖いのは“彼が倒れないから”、だったり?」


 見抜かれている。

 ラウラが炙り出そうとしているのは、ディーナの正体ではなくテオドロの正体だ。ディーナがテオドロを見殺しにするかどうかより、テオドロがアウレリオを裏切っているか、そのことをディーナが知っているかどうかを見極めようとしている。


「もう一回聞くわね。あなた、なんでここに来たの? 言っておくけど、アウレリオに告げ口したりしないわよ。あいつを殺す以外の目的なら、協力だってしてあげられるかもしれない。――薬を入れ替えたこと、知ってるのはわたしだけ」


 吐息が耳朶を撫でる。

 まとわりつく暑さが、むせかえる花の匂いが、赤い唇から発せられる誘惑が、恐怖に固まるディーナの脳内を茹でてかき混ぜる。


 テオドロは。

 こうなることを良しとして、ラウラと二人きりにしたのだろうか。


 ――震える唇を開きかけたそのとき、温室の入り口で割れるような扉の開閉音と、女たちの短い悲鳴が上がった。


「ディーナっ、出てこい!」


 見張りをしていた使用人たちを押し退けて飛び込んできたのはルカだった。その顔はこわばり、走ってきたのか、肩が上下している。ラウラが小さく舌打ちした。


「ルカ、出ていって。女子会の真っ最中よ」

「黙ってろ女狐! ディーナ、おまえ薬を飲ませ忘れたな!!」


 苛立った怒声に、ディーナは硬直した。


「……え?」


 返事より先に腕を掴まれ強く引かれる。絡みついていた、ラウラの腕はあっけなく解けた。


「来い! テオドロが(ヤク)切れで倒れたんだよ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ