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18 幹部、『ベルナルド』


 二人の前に飛び出してきたのは、白髪交じりの亜麻色の髪を振り乱した、ほっそりと手足の長い男だった。

 

「ロレーナ様!!」


 男はそう叫び、凍りつくディーナの前で芝生に跪くと、浮いていた右手を掴んだ。くまの浮かぶ皮膚の上の、薄茶色の目は不自然なほど爛々と輝いている。


「ああ、お会いしとうございました……! このベルナルド、一日たりともあなたを忘れた日はございません……その鉛白のような肌、ヒ素の緑の瞳、破滅の黄金の髪。今宵のお体の具合はいかがですか? ご気分が優れないなら、このしもべになんなりと」

「おはようございます、ベルナルドさん」


 ディーナの混乱もよそにまくし立てていた男の口が、テオドロが投じた一言でスッと止まった。今初めて存在に気付いたかのように目を向け、そして煩わしそうに顔を歪める。


「……なんだ、ジュリオ殿か。おはようだって? こっちはもう寝るところなんだが」

「テオドロです。徹夜お疲れ様です。それと申し訳ありませんが、レディがたいそう驚いておられますので」


 そう言って、テオドロはベルナルドの腕を掴んで立たせてディーナから距離を取らせた。

 が、ディーナの右手は相変わらず掴んだままである。


「……おまえ、なぜロレーナ様と一緒にいる。まさか、女神を誑かして」

「アウレリオ様からディーナ様のお側につくようご命令たまわりました。ディーナ様、こちらは侍医で、薬品室の責任者であるベルナルド・バッジオ先生です」

「あなたの奴隷です」


 紹介されても、ディーナは先ほどニコラに向けたようには返事ができなかった。


 それに対し、ベルナルドは右手を掴んだまま、また顔を紅潮させて熱く見つめている。テオドロはというと、「先生」と、一向に己へ顔を向けなくなったベルナルドに向けてディーナを紹介する。


「この方は、ロレーナ様のご息女であられるディーナ様です。アウレリオ様がお招きに」

「ああ、ご息女……どうりでお肌がみずみずしい……お会いしとうございましたロレーナ様」  


 結局そう呼ぶのか。

 目はしっかりこちらに向いているのに、会話が通じる気がしない。ディーナにできるのは、ひきつった顔でただただ右手が戻ってくるのを待つことだけだった。


 念願かなって、すぐにベルナルドの部下らしき男たちがやってきた。

「毒のことで何かありましたらぜひ僕の部屋へ!」と言いながら、促されて屋敷の方へと遠ざかっていく。


「今のがベルナルド。十年前は、別宅で先代の伯爵夫妻に仕えていた。近寄る必要はない」


 接近を許したことを詫びた後で、テオドロがディーナにハンカチを渡してきた。


 どんな人間にも手を差し伸べよと教えられていたシスター見習いは、さすがにそれは、と辞退しようとしたが「薬品が手に着いたかもしれない」と言われてありがたくハンカチを借りて入念に手を拭った。


「……あの人は、何かの病気?」

「狂気的な女主人信奉者だ。こういう閉鎖的な縦社会組織だと、忠誠をはき違えたような異常性癖者が現れるのも珍しくない」

「女主人……」

「亡き伯爵夫人ロレーナ・フェルレッティ。ニコラの姉で、ディーナ・フェルレッティの生母だ」


 歩みを再開したテオドロの足取りは、先ほどよりも早くて一歩が大きかった。ディーナは小走り気味についていく。


「……わたしのこと、ロレーナだって言ってたけど、どういうことかしら」


 言いながら、ゾッとした。記憶にはないが、自分がそんなにも母と似ているなら、他にも一目見てそうと気づく人間がいるのだろうか。

 テオドロも、違和感を覚えたのではないだろうか。そう思った矢先、先を歩いていた男の足が止まった。ディーナもぎくりと足を止める。


 しかし、振り返ったテオドロはディーナの予想よりずっと親しみのある表情をしていた。どちらかというと、同情するような、苦笑いするような顔だ。


「奴に妙なことを言われても、気にしなくていい。……なにせ」


 親指で屋敷を示されて、木々の隙間から目を向ける。

 曲線の美しい柵で囲われたテラスに、男が三人。――椅子に座って新聞を広げる男の銀髪が、朝の光を反射している。


「――おはようございますロレーナ様っ」

「はいおはよう」

「離れろベルナルド。アウレリオ様の前でうるせえよ」

「どけアントニオ!!」

「ルカだっての」


 口を引き結んだディーナが、眉を寄せてテオドロを見る。見られた側は肩を竦めた。


「ロレーナの娘どころか、フェルレッティ家に連なるものすべてにあの調子だ。アウレリオなんて血のつながり皆無だし、あなたに言ったことだってそう、ロレーナは緑の目でも金髪でもなかった。おそらく、いずれやってくるもう一人のディーナ・フェルレッティ相手にも同じように奇行に走るだろう。だから、気にしなくていいんだ」


 言って、テオドロはまたさっさと庭の奥へと向かっていってしまった。


「――ロレーナ様、お久しぶりで!!」

「ヒエッ、相っ変わらずだなお前は…!」


 遠目に、ニコラの膝にすがりつくベルナルドの姿が見えた。


「……」

「ああいう生き物なんだ」


 前方からダメ押しの声が飛んでくる。ディーナもどっと疲れを感じながら、テオドロの元へ追い縋った。



 



 礼拝堂の中は、しんとして、拷問部屋と言うにはとてもきれいな作りだった。祭壇も聖母子像も備えられていて、不自然なところは感じない。


 一点を除いて。


「ベンチがないのね」

「邪魔だからだ」


 何に、とは聞かなくとも想像できる。テオドロは礼拝堂の奥へ向かい、壁にひっそりとつくられた扉を示した。


 祭壇に施された竜退治のモザイク画や聖人像のきらびやかさに比べると、むき出しの木の扉は地味すぎて、あることを見落としてしまいそうだった。


「この扉の先に、地下に続く階段がある。作りはレベルタの教会の地下と似たようなものだが、奥に屋敷の外の、墓地につながる通路があるんだ」


 テオドロはそこまで言って、ディーナに向かって手を差し出した。

 つられて出したディーナの手に、黒い小さな鍵が置かれる。教会の作りに比べると、新しそうだ。作られて一年ほどだろうか。


「扉の鍵。無断で作った合鍵だから、落とさないでね」

「わたしに持たせていいの? あなたの脱出用は?」

「僕はいらない。……隠し通路の場所を見せたいけど、ちょっと時間を置こう。ベルナルドが近くで騒いだから、人が来るかもしれない」


 テオドロに促されるまま、ディーナは礼拝堂を離れた。


「もうひとつの抜け道は運河の岸壁に通じている。入り口はガゼボの地下なんだけど、脱出が夜だったら少し危ない。火薬が置いてあるから、火の気を持っては入れないんだ」




突然テンションおかしいキャラが出てきましたが、ここからコミカル路線にいくとかそういうことはないです。

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