14 晩餐 後
明日更新分はテオドロが戻ってきます
「そういえば、テオドロの話に戻るが。ルカが見つけたとき、おまえクローゼットの中にしまわれてたというじゃないか」
おかしそうに言われた言葉にディーナは虚を突かれた。知らなかったらしいラウラが不可解そうに「クローゼット?」と繰り返す。
隠れていた、と思われるのは、やましいことの裏返しと取られかねないが、隠れてやり過ごそうとした以外に弁解のしようがない。
「あれは……しまわれたというか、わたしがまだ家に戻ることを決心できてなかったからよ」
「でも結局来たんだろう?」
「……居場所を把握されていると分かっていて、そのまま何もせず生活していくのは気分が悪いわ。監視されそうで」
「ほう」
アウレリオの相槌に含みを感じて、ディーナは胸騒ぎを覚えた。
「てっきりルカに詰められたテオドロのために、ここへ来るのを承諾したのかと。ルカがむくれていた、身の回りの世話もテオドロにやらせたいとごねたらしいじゃない」
「あら」とは、ラウラの声だ。
ディーナはまたこめかみからどっと汗が噴き出すのに耐えなければならなかった。
必死過ぎてつい正直に主張してしまったが、異様な執着を怪しまれたかもしれない。
「え、ええ。知らない人よりは」
「ふーん。ま、気持ちはわからなくもない。今のここには、十年前と同じ面子はほとんどいない。レベルタからの旅に同行したあいつのほうが、何かと気安いか。見た目も申し分ないし」
そこまで言って、アウレリオは顎に指を置いてふむ、と考えるような表情をした。その様子にディーナが居心地悪く身じろぎする。
「しかしまぁ、真面目そうな顔して抜け目ない奴とは思っていたが、それにしても早かったな」
「……何が?」
尻尾を出すのが? と正体の露呈を恐れたディーナだったが。
「手を出すのが」
その言葉にディーナはしばし呆気にとられた。ラウラが眉を上げる。
そして、ディーナの頭でもアウレリオの言葉の意味が通るなり、食堂にわっと大きな声が響き渡った。
「出されてない!」
「別に隠さなくても。……まさか同意なしだったか?」
「違っ、な、なにもされてない!!」
恐怖も忘れ、真っ赤になって否定すると、はははと男の口から笑い声が漏れた。裏表を感じない、朗らかな笑顔だった。
「威勢がいいね。昔のラウラみたい」
「ええ。今のわたしはすっかり老けて大人しくなったものね」
「言ってないじゃんそんなふうには……」
二人の様子を尻目に、ディーナは怒鳴ったことへの焦りとともに戸惑いを覚えた。
アウレリオは、こんなことを言ってどういうつもりだろう。揺さぶって試しているのだろうか。でも何のために。
「あの、……フェルレッティ伯爵」
「お兄様でいいよ」
「気色悪い」ラウラが小声で吐き捨てた。
「……急に、わたしを捜し始めた理由はなんですか?」
「家族が一緒に暮らすのは普通だろう」
『唯一血を分けた妹君をそばにおきたいと』
テオドロの言葉が反芻される。答えに窮するディーナに構わず、アウレリオの手は飲みかけだったワインのグラスへ伸ばされる。
「君も十歳までここにいたなら、フェルレッティの当主がどんなことを教えられて、どんなふうに生活していくかわかるだろう。まあ、楽しくはないんだけど」
「……」
フェルレッティの当主としての教育。貴族としての教養、義務、娯楽。
――悪徳の支配者としての、血なまぐさい教え、凄惨な生業、悪趣味な遊び。
毒入りの食事は、それらのひとつに過ぎなかった。
知っている。知っているから、ディーナは何も答えられなかった。当時は当然と思っていたそれらが、外に出たことで、その異常性を自覚する羽目になったのだ。日に日に、年を経るごとに、この身の罪深さを思い知った。
幸い、アウレリオはディーナの沈黙を気にしなかった。
「ここは沼だ。水は毒に侵されていて、底には凝った血の泥が淀んでいて、一度足を踏み入れたものは生きて出ることができない。殺されかけた身なら分かるだろうが、後継者ですら隙を見せれば足元をすくわれる」
アウレリオはワインにすぐには口をつけなかった。もし肉に毒が仕込まれていれば、もはや完全に手遅れのはずだった。
「そんな生き方に、もし理解者がいるとしたら、同じ運命をたどるかもしれなかった者だろう。……殺されたと言われていた妹が生きているかもしれないなら、会ってみたいと思うのは、そんなに理解が難しいかい」
そう言って、置かれたままのディーナのワイングラスに、アウレリオが持つグラスのふちが軽く当てられる。ガラスの触れ合う高い音が、食堂の空気を震わせた。
「もちろん、そういう感情と君への感情は全く別物だから、何も嫉妬する必要はないからね」
おどけたように紡がれた言葉はラウラに向けたものだった。ラウラは相変わらず冷たい表情のままだ。
「しないわそんなの」
「つれないなぁ」
深いため息をついたアウレリオだったが、一転して、輝くような笑顔を再びディーナに向けた。
「そうだ、さっきの話。テオドロを従僕にしたいなら、いいよ。好きなだけ貸してあげよう。もっとも、今も私の仕事の手伝いをさせているから、たまに返してもらうこともあるだろうけど」
ディーナは目を丸くし、それから輝かせた。
「ほ、ほんとう?」
「もちろん。でもなるべくベッド使ってね、狭いとこだと体痛めるだろうから」
「違っ」
二人のやり取りを、ラウラは笑いもせずにじっと見ていたが、結局何も言わずに口元をナプキンでおさえた。