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12 晩餐 前

ここから3話ほど、テオドロ不在です。そのあとは戻ってきます。

 ***



 晩餐の支度ができたとルカに案内されて食堂に入る。

 クロスで覆われた長方形の食卓には、三人分の皿とカトラリーが準備されていた。一番奥の、暖炉を背にした主人の席には、すでに男が座っている。


 二十代半ばと見られる男は、横に立つ屈強な使用人が話すことへ、「うん」「ふうん」と相槌を打っていた。


「――ああ、あの男の件ね。食後に私がやるから、礼拝堂へ移しておいて」

「承知しました、旦那様」


 旦那様。フェルレッティ邸の主人。


 一目瞭然ではあったが、やはりこの男がアウレリオ・フェルレッティ。

 どくん、と一際大きく心臓が震えた。


 そして同時に、戸惑った。

 男はディーナと同じ緑の目を持ち、――ディーナと違い、銀髪だった。


(……え、わたしだけなのかしら、染められてたのって)


 蜂蜜のような金髪になった自分の毛先を思わず見下ろしていると、タイミングを見計らっていたルカが「お連れしました」と声をかけた。


 それが合図となって、アウレリオの視線がディーナに向かう。凍りついて挨拶もできない“妹”に、男は微笑んだ。


「それ、似合ってるね」


 それきり、また隣の男と話し始めた。

 わけが分からなくてついルカを見たが「似合ってるってさ」と同じ言葉を繰り返すだけだった。

 服のことかと、されるがままに着せられた赤いイブニングドレスを摘まんでみる。


 引かれた椅子にぎこちなく座ったところで、しかめ面で部下を追い払うしぐさをしたアウレリオが、再びディーナを見た。


「悪いね、待たせちゃって」


 白く、きめの整った肌。細身の体。貴族らしい、労働を知らなげな男。

 なめらかな弧を描く目元と口元が、威厳や冷たさよりも柔和な印象をかたちづくる。


「アウレリオ・フェルレッティ、不思議なことに君の兄ながら、はじめましてだ」

「……ディーナ・フェルレッティよ。ご存知でしょうけど」

「急な招きに応じてくれてありがとう。で、待たせついでにもう一人、紹介したい人がいるんだけど」


 アウレリオの目が空いた席に向く。ディーナもつられてそちらを見たところで、男が「あ、きた」と弾んだ声を上げた。


 食堂の出入口を見れば、赤茶の髪をきれいにカールさせた若い女が、濃い青のドレスに身を包んでこちらにやって来るところだった。


 誰、と思ったそのとき、アウレリオが立ち上がって女性のもとに近寄っていった。


「待っていたよ、ずいぶんめかしこんできたね」


 そのまま、アウレリオは女性の腰に手を回して抱き寄せ、赤い唇に口づけた。

 ディーナは驚きに固まった。見ていいのかと迷いながら、しかしあまりの衝撃に目も逸らせない。


 ――口づけは、明らかに挨拶の範疇を超えた、深くて長いものだった。


 呆けて凝視するディーナが我に返ったのは、当のアウレリオが女性からゆっくり離れて、心底楽しそうな笑顔を向けてきたときだ。


「ラウラだ。わたしの恋人」


 恋人。そんなものが。いや、そうでないなら困る時間だったが。

 濃厚な一場面をくらった余波からなんとか立ち直ろうとしたディーナは、「はじめまして」と、ラウラに微笑みかけたが。


「ラウラ・モンタルドよ。アウレリオの愛人。あなたが本物のディーナ様なら、ぜひ仲良くしてね」


 にこりともしない美しい顔から、反応しづらい訂正をされ。


「本物でも私抜きで仲良くしないでくれ」


 一層反応に困る言葉が、アウレリオから飛んでくる。


「あら、いがみ合うよりいいでしょう。女同士の喧嘩は厄介よ」

「家主さしおいて結託される方が嫌だよ。女の子って怖いんだから」

「まぁ、どの口が」


 席に着いた二人の軽口に固まっているうちに、食前酒が注がれ始める。晩餐が始まったのだ。

 ディーナは癖で両手を組みかけて思いとどまったが、アウレリオが明るい声をかけてくる。


「ああ、食事の前のお祈り? いいよ、ほらラウラもして」


 ――もっと血の凍るような緊張感があると思っていた。食堂に向かう廊下では何度も足が止まりかけた。

 だが、いざ会ってみるとずいぶんあっさりしている。


 静かな祈りの間に、ディーナは視線だけで周囲を見渡した。

 ルカも出ていったあとの室内には給仕の使用人が控えるだけで、テオドロの姿はどこにも見当たらなかった。






「――へえ。じゃあ、レベルタで目を覚ましたときは、記憶喪失になっていたわけ」


 アウレリオは、聞かれるがままに話すディーナの半生にところどころ相槌を打ち、水を飲み下してから頷いた。


 食事をしながら話した内容は、もちろんテオドロと打ち合わせしたものだ。ラウラはというと、食事が始まってからずっと黙って食べるばかりで、話になんの反応も示さない。


 ――供されるメニューが兄妹とラウラで異なる意味を、ディーナは必死に考えないようにした。


「それはさぞ不安だったろうね。入れ墨を見て記憶が戻るなら、もっと早く迎えを送れていればよかった」

「……いえ、それにはおよばないわ」


 平穏が早くに切り上げられただけだから、勘弁してほしい。

 そんなディーナの本音が透けて見えているのかいないのか、口元を拭ったアウレリオは組んだ手の上に顎を乗せ、困ったような笑みを浮かべて見せた。


「そんなにかしこまらないでいい。せっかく会えた二人きりの兄妹なんだから」


 ディーナも手を止めた。相手の様子を窺いつつも目は合わないように、とテーブルの上をさまよわせていた視線を、おそるおそるアウレリオの顔へ向ける。


 母が違う兄。

 髪の色を抜きにしても、その美しい顔立ちは自分とずいぶん違う気がした。

 上品なしぐさやほのかな笑みを浮かべた様子からは、悪人だとはとてもわからない。


「――と言っても、難しいか。だって普通来たくないものな、自分を殺そうとした兄のいる屋敷になんて」


 飲んだワインが喉のおかしなところに入ったディーナは、吹き出しそうになるのを必死にこらえた。


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