父の背中
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「……ザラ」
「久しいな、ミド」
親父がザラと呼んだ男は、親父と数言交わすと椅子に座った。
店を閉めてから一緒に食事を取ることにしたようであった。
ザムさんが奥さんに耳を引っ張られて扉から出ていくのを見送って、親父は扉の鍵を閉めた。
親父は残り物で手早く簡単な食事を作ると席に着く。
ザラと呼ばれた男が静かに口を開いた。
「ミラはどうした?」
「死んだ、去年な。流行り病にやられて」
「そうか。終ぞあの娘の手料理を口にすることはなかったな」
「ザラ、おまえは全く変わらないな、わしは剣の握り方すら曖昧だぞ」
お袋とも知り合いだったのか。口ぶりからするにかなり古い関係に聞こえる。
「ザラさん?一体親父とどういう関係なんだよ?」
「……息子か、名は何という?」
ザラは問いには答えずオレのことを見据えた。
親父の友人に自己紹介もしていないことに気が付き少し身じろぎをした。もし貴族様だったりしたらこれだけでも面倒な事になったりする。
「オレはヤサン。こっちが妹のカラル」
「よろしくです」
オレの声に合わせて軽く会釈をするカラル。ザラは鋭い目で順に俺たちを見た。
まるで殺気でも篭っているような威圧的な目だ。カラルも目線を向けられて息を呑んでいる。気分はあまりよくない。
「どちらも血が濃いな。面影がある」
「ああ」
親父かお袋と顔が似ているという話だろうか、
今までそれほど似ているとは言われたことがなかった。性格はそっくりだと揶揄われるけど。
親父やお袋の昔を知っているから出てくる感想なんだろうか。少し気恥ずかしい。
「ザラと呼ぶが良い。ミドとミラとはともに剣を並べた仲だ」
「剣ってさっきから……。おやじが?冗談ですよね?」
「ん?ミドもミラもそれなりに名を響かせた冒険者だったと思うが」
何を言ってるんだと親父を見るが、親父は我関せず、とばかりに食事を続けている。
まさか……。カラルも同じ答えに至ったようで、目があった。
次の瞬間、同時に机を揺らして立ち上がった。
「「……はぁ!?」」
「うるさいぞおまえら」
「どういうことだよ親父!まじで冒険者だったのか!?」
「酔ったときの冗談じゃなかったの!?ドラゴンとかロックダイルとかも全部!?」
「ほらな、わしはちゃんと言ってただろ?」
ニヤリと微笑む親父。
確かに親父はときどきそういう話をしていた。ドラゴンの手を剣で支えたことがあるとか、ロックダイルに食われながら口の中に剣を突き刺したとか。
酒の場で酔いながらそんな話をされて、まともに受け取るやつがいると思うか!?
親父とお袋の若い頃の話なんてあらためて聞いたことはないけど、それにしたってちゃんと話してくれたってよかったはずだ。
そう持って視線を向けるオレに親父は悪戯を成功させた時の笑顔で笑いかけた。
「聞かれなかったしな」
心を読んだように笑う親父。
「……」
くそっ、何というか、いつも通りだ。
肩の力が抜ける。呆れた、本当に冒険者だったのか。
「相変わらずだな」
俺たちの騒ぎを見ていたザラがつぶやく。ザラは相変わらずの鋭い目だが、何だか暖かいような気がする。
まるで親父も含めた三人兄弟の父親のような目だ。
「「……」」
2人揃って赤面しながら腰を下ろす。
この話はいずれしっかりと問い詰める必要がある。
と、親父はザラに横目を流して訪ねた。
「それで?何しにきた」
「うむ、運命が動き出した。そのうちイルが来るぞ。」
「そうか。思ったよりも早かったな」
ザラの本題のようであった。
イルが来る。人名だろうか。
親父の返答は軽い様子だが、何か重要なことだろう。
シェドが来るという言葉を聞いた時、一瞬だが親父の顔がこわばった。それを見逃す俺たちじゃない。
「……おやじ?何なの?」
「ああ、冒険者仲間のひとりが来るという話だ、ザラと母さんと4人で組んでたんだ。懐かしいなぁ、あいつとは勝負ばかりしていた。最後の勝負がミラをどっちが惚れさせられるかってやつでなぁ」
「「……」」
「おや、興味ないようだな。親不孝な子らめ」
手をひらひらと振りながら陽気に話す親父を睨みつける。
俺たちが聞いているのはそんなことではないことに親父は勿論気がついている。
だが、どうやら話す気はないようだった。それを悟ったカラルもため息をつく。
「おやじ、内容によっちゃ一生恨むからね」
「ふん、それは怖いなぁ……」
寂しそうに笑う親父。こういう時は大体俺たちのためなんだ。俺たちは何も言えなくなってしまう。
そんな俺たちの様子を見て優しく微笑む親父。くそっ。
親父はザラに問いかけた。
どうやら先ほどの話はここで終わりということらしい。
「それはそうとザラ、おまえ探し物は見つけたのか?」
「みつからぬ。もしかするともうこの世界にはないのかも知れぬな」
「そうか。時間はあるのだろ、気長に探すんだな」
どうでも良い、という様子なザラ。
ザラの目は相変わらず鋭いままだがそれは生来のものなのか。ザラ自身はその威圧的な目に比べて温和な人間なのかも知れない。
人と繋がることを羨みながらも、長い時を一人でいることに慣れ、繋がることに諦めている。ふとそんなことを思った。
親父とザラは俺たちのわからない話や、昔話、亡きお袋との思い出話に花を咲かせていった。
ザラは数日泊まっていくことになった。
翌朝。
規則的な風を切るような音に目を覚ます。
ブン……ブン……と、長い棒が風を切っているような音だ。ザラが剣の素振りでもしているのだろうか。
音の正体が気になるので、仕方なく起き上がり裏庭を見に行く。
「……親父?」
そこには朝日を背負って剣を振る親父の姿があった。
一度剣を振るたびに、剣の先端へ朝日が反射してきらりと眩しい。
初めてみる…と考えて思い直す。
そうか、これはいつもの親父なんだ。
厨房に立って額から汗を垂らしながら火を操るいつもの親父の背中。
全く知らないようでいて、よく知っている背中がそこにあった。
「親父」
「ヤサンか。悪いな、起こしたか?」
首を振ろうとして、オレの中に面白い考えが旋風のように舞い上がった。
「なぁ親父、オレと手合わせしてくれよ」
「ふむ、ついに血で血を洗う日が来たか。手頃な枝を2本持ってくるんだな」
ニヤリと笑って枝を取りに行った。
一本は切ったばかりで若い枝を選ぶ。握りやすく、しなやか。いい具合だ。
もう一本は古い枝、ぱっと見ではわからないが中程に亀裂が入っている。
この具合であればまともにうちあえば二合と持たずに上半分が宙に舞うことになるだろう。
その様子を想像してしめしめと笑った。
戻ると親父に古い枝を手渡す。
「この卑怯者め」
「戦いとは、始まる前に答えが出ているものなんだってさ。剣士ジルドが言ってたろ」
どうやら数回素振りをして罠に気がついたようだ。だけどもう遅い。
数歩下がって、ニヤリと笑うと切り掛かった。
オレの剣が親父の頭を狙って真っ直ぐに振り落とされる。
バシュッ!
親父の剣にあたり、大きな音を立てるはずのオレの剣は滑り落ちるような不思議な音を立てていた。
力をずらされる感覚があった。先端が地面に埋まっている。
バシンッ!
容赦のない親父の一撃が脇腹を襲った。痛い!
剣を引き抜いて慌てて構える。親父は剣を担いでにやにやと笑っていた。
左手でくい、と手招きをして挑発してくる。
正直舐めていた、まさか木の枝を折らずに力を逸らされるなんて。
ふっ、と息を吐くともう一度駆け出す。上段に構えて、走り込んだ。
振り下ろす、と見せかけて体を回転させながら右から切り付けた。フェイントが効いたとは思えないが、横からの力は簡単には逸らせないだろう。
バキッ!
狙い通りだ!親父は剣で受けるしかない。親父の剣は半ばで折れて、くるくると宙を舞った。
チャンス!今度は右斜め上から切り付ける。
ガッ!
しかし、オレの攻撃は親父へは届かなかった。親父は折れた枝でオレの攻撃を弾いていた。
反撃を恐れて一瞬下がる。
その隙に、親父は右手を空へと掲げた。まるで魔術師が魔術を使う時のような格好。
なんだ?親父の手の先に目を走らせると、折れた親父の枝半分が宙を舞って落下してきていた。
まずい!オレは急いで斬りかかる。しかし焦ったせいで上段に近い攻撃になってしまっていた。
バシュッ
再度、滑るような音を立ててオレの剣が地面に刺さった。なんと左手に持った短い枝でオレの攻撃を逸らしたのだ。
親父の右手が宙の枝を見事キャッチする。
その直後、流れるようにして剣が振りおろされ、脇腹へ衝撃。……めちゃくちゃ痛い。
「参りました……」