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旅人は夕暮れに去り、宵闇に現れる

初めまして

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「もういくのか?」

「うん、世話になったね」


 オレは歩くイルスに声をかけた。

 イルスは今日もいつものように昼から酒場で飲んだ後、突然ふらっと立ち上がると荷物をまとめて歩き出した。

 まるでふらっと散歩でもしてくるというように荷物を持って。


 風がイルスの旅服をはためかせた。

 イルスは振り返ると、オレの視線に責められたとでもいうように、金髪を片手で弄びながら笑いかける。


「悪いね、湿っぽいのが苦手なんだ。ほら、吟遊詩人はいずれ旅立つものだから」 

「……いや、別になんとも思ってねぇよ。ただ思い出した伝承があったんだ。折角だからと思って、」

「おお!それは是非聞きたいね!」


 ひらりと旅服をはためかせてイルスがオレに向き直った。全く、都合のいいやつだ。

 別れの一言もないことに嫌味でも言ってやろうと思ったのに、こんなキラキラした目を向けられちゃ何も言えないだろ

 ずるいと思うぜ。


「大した話じゃないけど、このジルフ国の国王は剣士ジルフの子孫が代々王を継いでるだろ?」

「うん。竜を倒した剣士ジルフは、我が子を王とした。平和への祈りと祝福を授けた後どこかへ姿を隠した。それ以後ジルフの子孫が500年にわたってこの国を治めている」


「親父がいつか酔っ払った時に言ってたんだ。ジルフには子が2()()()()って。あの親父の酒の場での話だからあてにならないと思うけど、もしかしたらあんたなら何か知ってるかなって」


 くそ、オレは何を言ってるんだ。父親の言葉を世界の秘密か何かと思っている痛い子供になっちまった。

 少しの嫌味で旅立ちを祝って別れるつもりだったのに、変な見えを張ったせいだ。


「2人いた、か。実に面白いね。初めて聞いた」

「だよな、忘れてくれ」


 やはりただの妄言だったようだ。親父よ、あんたのせいで息子は恥をかいたぜ。

 頭の中で親父を責めてみる。バカ息子がオレのせいにするな、と木ヘラが飛んできた。グヘッ

 バカな妄想をしている横でイルスは何かを考え込んでいた。


「……宝玉。そして2人の王か……」

「イルス?」

「ありがとう!面白い話が作れそうだ!」

「作っていいのかよ……」

「おいおいヤサン君。何を言ってるんだい?伝承は変化するから面白いのさ。伝承は風と共に時代を巡り、そして姿を変えていく。

 僕もその伝承を運ぶ風(バード)として最も真実であってほしいと願う伝承を見つけ、それを広めるのさ」


 そういって朗らかに微笑むイルス。誇らしげにそれっぽいことを言ってるが伝承作っちゃダメだろ……


「ヤサン君」

「?」

「私の背はまだ高いのかな」


カードについて教えてくれた時の話か。割と酷いことを言ったつもりだったが小洒落た言い回しが気に入ったのか。


「オレにはそんなことわからないよ。でもビールを交わすイルスがそんな遠くを見ていたとは思えないね」

「……そうか。数日だったがいい経験だった。もしも冒険者になる気になったら……いや、余計だな。

いつかまた会える日を楽しみにしているよ」


 イルスはふとオレの名前を呼ぶと、別れを告げた。

 ほんとガキじゃないんだから、寂しく思う自分が恥ずかしい。オレはイルスに向き直ると口を開いた。


「また会えたらな。…夜空に昇る月が、あなたを導きますように」


 オレが別れの言葉を紡ぐと、イルスは片眉をくいと上げて反応した。

 辺鄙な田舎の息子が祈りの挨拶を知っていることが少し意外だったのか。一本取った気になってニヤリと笑ってやった。


「あなたの頭上に輝く太陽が、月を巡り道標となって私を導くでしょう」


 イルスは微笑み、すらりと祈りの言葉を返すと、地平線まで続くレンガ道へと体を戻した。旅服がひらりとはためく。

 もう言葉は無しだ。祈りが嘘になってしまうから。


 そうしてイルスは歩き出す。

 吟遊詩人は旅服と金の髪を揺らしながら歩いていく。決して振り返ることはない。

 オレはイルスの姿が米粒ほどまで小さくなり、やがて草木に隠れて見えなくなるまで見送った。



 星の巡り合わせが良ければ、また会える日も来るだろう。

 人との出会いなんてそんなものだ。


 振り返ると、少し遠くに〈ザンドラの唄〉の煙突の煙が見えた。多分親父が帰ってきたんだろう。

 少し感傷的な自分を吹き飛ばすように鼻歌を歌いながら歩き出した。





「おい、ヤサン。そろそろ夕飯の準備始めとけ」

「おかえりあにき」


 オレが〈ザンドラの唄〉の扉を開けると、カウンターの奥から親父が顔を出して言った。カラルも帰っているようだった。

 と、タイミングよく村の鐘が夕刻を告げる。

 もうこんな時間か。

 昨日まではずっといたイルスもザムさんも今日はいない。

 親父とカラルと3人で夕食メニューの準備をする。数日ぶりだからなんだか新鮮だ。


「了解、今日は昨日仕入れた肉をメインで作るのか?」


 調理担当は主に親父のミド。お袋のミラと一緒にこんな辺境の地に住み着いて宿屋を始めた変わり者。

 初めは村の人にも敬遠されたらしいが、今は十分すぎるほどすっかり馴染んでいる。

 狩りで得た貴重な獣の肉などを、誰よりも上手く調理できるからという理由でうちへ持ち込んでくる山の者までいるくらいだ。

 わしの料理を食わせればイチコロよ、とは親父の言。


「そうだなぁ、臭み消しをふた束用意しておけ。それから一昨日の熊汁の残りも温めておいてくれ」

「あいよ」

「あにき、手伝う」


 カラルに臭み消し草を頼み、その間に火の用意をする。暖炉の炭に火種を入れて大きくして熊の鍋をかけた。

 トントントントン、と軽快に包丁を振る音が聞こえる。

 昨日仕入れた羊の肉は、老羊であったこともあり少し筋張っているのだろう。それを的確に素早く捌いていく。


「ばか者、せっかくの熊汁を捨てさせる気か」


 親父がこちらには横目もくれず、手元を見たままいう。見入ってしまっていた目を戻し、慌てて手元の鍋を見ると沸騰して煮詰まりかけていた。

 危ない、危ない、肉を無駄にしたりしたら鉄鍋で叩かれたって文句は言えない。

 慌てて水を足して部屋で撹拌した。


「やい、怒られてやんの」

「うるさい、器洗っとけ」


 通りがかりにからかってくるカラル。全く、誰に似たんだか。

 もう良いかと思ったところで親父から声がかかる。


「おおい息子よ、それはもう大丈夫だろ。一品もの作り始めてくれ」

「りょーかい」


 親父はおれにメイン料理は任せてはくれない。

 ちぇっ、オレだって捌くことはできるんだ。ただ血抜きから始まり、料理はタイミングとスピードが命だ。

 痛めないように躊躇なく捌いて、五感で至高のタイミングを探す親父にはまだ勝てない。



 調理を初めて1時間。今日のメニューが完成した。

 タレの香ばしい匂いは店の周りに広がり、腹をすかせた村人たちを呼び寄せる。

 バタンと勢いよく扉が開いた。

 一番乗りはギルさん。畑仕事の帰りだろう。


「よぉヤサン、カラル!今日のメニューはなんだ!」

「ギルさんいらっしゃいー!」

「メインは羊肉の甘辛焼。後は熊汁に山の菜の天ぷら、後はいつも通り」

「くぅ〜、最高だな!とりあえずビールと甘辛焼一つずつ頼む!」

「あいよ」


 親父にメニューを伝えると、ビールをギルさんのテーブルへ持っていく。


「ほい、ビールな」


 ビールを置くと親父の仕上げた甘辛焼をとりにカウンターへと向かった。

 と、ギィ、とゆっくり音をたて〈サンドラの唄〉の扉が開かれた。



 そこには灰色の長いローブに身を包んだ男が立っていた。

 ひどく老成した雰囲気を感じる。

 ギィ、と音を立ててゆっくりと扉が閉まった。まるで部屋の時間が止まったようだった。

 普段ならビールに飛びつくギルさんさえも、不思議に固まった部屋の空気を感じたようだ。男を見たままビールを持って固まっている。


「いらっしゃい」


 声をかけると、男はゆっくりと慣れた手つきでローブのフードを外した。

 もう何百回と繰り返したような、緩慢でありながら決して無駄のない動作でローブを捲る。

 男の顔が露わになった。

 年は40代後半、意外にも若かった。精悍な顔つき、刻まれた小皺は男がただの農民などではないことを感じさせる。

 魔術師というやつだろうか、

 泥に塗れてよく見えない刺繍が施された長いローブを見にまとい、緩慢だが無駄のない動きをするその男は、やはり顔つきよりも20も上であるかのような錯覚を起こさせた。


「あの」


 パリン

 と、オレの後ろで陶器が割れる軽快な音が響く。


「おやじ?」


 心配そうに名前を呼ぶカラルの声。

 振り返ると、皿を手に保とうとした姿勢のまま親父が固まっていた。親父が食器を破るところなんて初めて見た。


 親父が固まったまま口を開く。


「……ザラ」

「久しいな、ミド」

初めまして

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今日は寒かったです。

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