旅人は夕日と共に
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「これどうしようかな」
カードを手に入れたオレは、自分の能力値を知ることができた。
だがそれだけだ。
オレはカウンターに座り、手に持ったカードをじっと眺めた。手の中のただの灰色の板。
魔法を叶えてくれるわけでも、食べ物を産んでくれるわけでもない。
「ふむ、面白いものを持っているね」
「うおっ!イルス!」
驚き、勢いよく振り返る。そこには顎に手を上げながら興味深げにカードを見つめるイルスの姿があった。
「それはステータスカードだろ?この村で見かけるとは思わなかった」
「しーっ!声が大きい!」
「ふむ、これは失敬」
イルスは数日前からうちに泊まっている吟遊詩人だ。
夜になるとリュートで各地の唄を聞かせてくれるため、このガリド村に来たその日からこの店で人気者になっている。
イルスなら大丈夫だろう。
オレはカードの凹凸に触れた。ブォン、と僅かに音を立てて、半透明の青い板がオレの前に出現する。
これももう見慣れたな。
名前 ヤサン・バイラル
剣術 ★☆☆☆☆ ☆☆☆
魔力 ☆☆☆☆☆ ☆
知力 ★☆☆☆☆ ☆☆☆☆
運 ☆
スキル
特性 「莠コ髢鍋視縺ョ螳晉脂」
「これのこと知ってるのか?」
「まさか……!スリーファイブとはね」
「なんだよそれ?」
「ステータスカードについてヤサン君はどこまで知っているんだい?」
森で拾いました、何も知りません。とは言えずに目を逸らす。その様子をみてイルスは軽く笑った。
「ステータスカードはそもそも誰にでも使えるものじゃない。資格があるものが触れたときに初めてカードとしての姿を現すらしい。誰にでも使えるのじゃないから、王都でもそれほど価値があるわけじゃないんだ」
「……」
あの時のことだ。資格というのはよくわからないけど。オレの目線に促され、イルスは説明を続けてくれる。
「これをどこで、とは聞くまいよ。大切なのは結果だからね。お察しの通り、このカードは資格がある者の能力値を表してくれるものだ。問題はその能力だけど……」
そこまで言ってからイルスは顔を伏せた。何かを迷っているようだった。
「どうなんだよ」
「うん……。まぁいずれ知ることになるのであれば私が言おう。その表示の内容だが、これは王都では誰もが知っていることなんだ。
『三つ星あれば上級に。四つ星あれば超級に。五つ星あれば聖級になれる』
そして剣術、魔力、知力の三つの戦闘技能が五つ星を超えるものはスリーファイブと呼ばれて伝説を成し得る人物として特別視されている。
かの剣士ジルフもスリーファイブだったと言われているんだ。」
イルスはオレの目を見て一息に言ってから、やはり後悔したように目を伏せた。
「つまり君は伝説をなせる人物と言う事なんだよ……」
「…なんで言いづらそうにしてるんだ?」
「君の人生は一変するだろうからだ。この穏やかな村の君が、それを知ったばかりに命をかけて冒険に出ることが、正しいのか私にはわからないんだ…」
「ははっ…!」
もうだめだ!思わず声に出して笑ってしまった!イルス、イルスよ!オレが伝説をなせる人物だって?五つ星で伝説なら9つも星があるオレは一体何になれるんだ?
オレの笑い声に反応したイルスが不安げにオレを見ている。
やめてくれ、そんな目で見ないでくれ。
「オレがそれを知ったら、明日から冒険者になると言うと思ったのか?」
「……冒険者だよ?成功すれば使いきれないほどの金が手に入る。君はそれがほとんど確約されたと言っていい才能を持っているんだ」
「金だって!そんなものを手に入れたらザンドラの唄の支店を大陸中に建てようかな」
バカらしい。伝説の英雄たちに憧れて木の枝を振り回す年齢はとっくに卒業したんだ。
いや、近所の広場の悪ガキどもだって同じ結論を出すだろう。
「イルス、きっとあんたは背が高いんだな」
「どう言う意味だい?」
「背が高いと、きっとそこからはオレとは別のものが見えるんだ。夢とか、可能性とか、オレの知らない幸せなことだって数えきれないほど知ってるんだろ?
でもオレはさ、この狭い世界でこの暮らしがあれば幸せなんだ。星の数なんて関係ないよ」
「……」
オレは言い終えると、灰色の板にもう一度触れて青い板を消した。
ちょうどその時、入り口の扉が勢いよく開いた。
「あにき、ザムさんの奥さんがパンをたくさん焼いたから分けてくれるって」
言いながらカラルがパンを受け取るためのバットを用意している。
「どしたの?」
「いやなんでも、オレも手伝う」
「……幸せ。そうか、私も手伝うよ」
オレはカードをポッケに入れてカラルの元へ向かう。
イルスは呟いて深く頷いた後、微笑んで立ち上がった。
「それでは」
吟遊詩人がゆっくりと目を閉じて歌い始める。
剣士ジルフが剣を構えた。向かうは3ヘクトの悪しき巨人
全てを憎む悪しき巨人
かつて民草を恐れさせ、その瞳は敵意に満ちている。
剣士ジルフの掛け声と共に、巨きな竜がとどめを刺した。
グラセルの丘に光がさす。
風は夏を運び、草花は命を芽吹かせた。
人々は剣と杖を振り上げ、小さな口には喜びの歌を
巨きな竜は言った 小さき命のなんともろく、儚きことか
剣士ジルフは踏み出した。向かうは5ヘクトの巨きな竜
世界を手にした巨きな竜
かつては友と認め合い、その瞳にはもはや正気の光はない。
剣士ジルフの掛け声と共に 5人の戦士が立ち向かった。
ついに竜は地に伏せる。
戦士は剣を振り上げて、口にするは弔いの歌
剣士ジルフは言った。巨きなものはここに潰える。人の輝きが在らんことを
吟遊詩人がゆっくりとリュートから手をはなし、世界は現実を取り戻した。
「ふぅ…」
思わず、オレの口から感嘆が漏れる。
それを皮切りに聞き入っていた客たちは我に帰って口々に褒め称えた。
カラルも惜しみのない声援を送っていた。この村に金髪のイケメンなんていないしな。
「イルスさんかっこいいー!」
「にいちゃん、唄うまいなぁ!」
「これで生きてますから」
イルスは風に揺れる髪をかき上げて、平然と答えた。
オレたちはザムさんの奥さんからパンを受け取った後ザンドラの唄に集まって、イルスの唄を聞いていたのだった。
この村には時折イルスのような旅人が現れる。
なんでも最果ての塔の近くにあるこの村は、小さいが栄えている町として隠れた名所になっているという。それなりの実力がないと行けない立地であると言うのもその要因だとか。
イルスはそういった場所を旅して、土地ごとの唄を集めることを生業としているらしい。
イルスはひとしきり称賛を浴びた後、ニヤリと笑ってオレを見た。
「よしヤサン君。この人たちの奢りでビールを!」
「ははは、抜け目ねぇな!ヤサン、俺の奢りでビールだ!」
王の偉業を後世へ受け継ぐ使命を持った誇り高き吟遊詩人は、一瞬にして昼間からビールを飲むダメな兄ちゃんに早変わり。
隣家のザムさんの言葉にオレは笑って頷くと、注いだビールをテーブルへ運んだ。
「ほら、奥さんには内緒にしておくよ」
「さすがヤサン、わかってるじゃねぇか」
どうせザムさんは奥さんには隠しておけない。オレが言うまでないことだ。
ザムさんとヘヘヘ、と笑い合う。
「ビールは人の輝きそのものだよ……」
「偉大なる剣士ジルフに叱られろ」
一口で半分ほども減らしたジョッキを見つめてしみじみとつぶやくイルス。
呆れた吟遊詩人だ。
人の輝きはジルフの伝説における、最後にジルフが信じたもの。
「人の輝きって何だったんだろうな」
「どうせ人の可能性とかそんなんでしょ?」
「カラル……」
身も蓋もない返しをするカラル。ああ、妹よ、父の冒険譚を信じて冒険者になる!と目を輝かせていた純朴な少女はどこに行ってしまったのだろうか。
ザムの奥さんを始め、この村には強かで現実的な女性が多すぎる。
魔法のランプを手に入れたら口を揃えて食料を願うだろうな。それも干し肉とかちゃんと日持ちするやつだ。
そんなことを考えていると、視線に気付いたカラルが何か文句あんの?と睨んできた。
文句なんてないってば
と、先ほどから黙って微笑んでいたイルスが口を開いた。
「宝玉」
なんだって?訝しげにイルスを見る。
すると、イルスの穏やかだが真剣な目が俺を捉えた。
「宝玉?人の輝きが宝玉だって?」
「ジルフの伝説は人族の中では最も有名な伝承だ。人族以外にも伝わってるくらいだから全種族において最も有名な伝承だろうね。
そして伝承である宿命だが、地域によって細かい違いが発生する。忠誠なる5人の戦士は人数が違ったり、ジルフは剣士でなかったり」
「そうなのか?」
「変わらないのは剣士ジルフと竜王が巨人王を倒し、その後狂ってしまった竜王を倒したと言う部分くらいだよ」
イルスはビールを軽く揺らしながら話す。
窓から風が吹き込み、またイルスの髪を揺らした。
少し太陽が傾いたようだ。赤みの増した陽の光に照らされ、イルスの髪がより金に輝いて見える。
こうやって伝承について話しているとまるで俺たちが王の偉業を語り継ぐ賢者か何かになった気分になる。カラルやザムさんもイルスの雰囲気や、親しんできた伝承の別解釈という興味深い話題に、すっかり黙って耳を傾けているようだ。
「興味深いのは全てに人の輝きという単語が出てくること。そして少数ではあるがさまざまな地域で『宝玉』として語られているんだ」
「……そういや俺のお袋も宝玉って言ってたな。『宝玉は人の元戻った』とかそんな感じの」
「『竜は斯くして地に臥した そして宝玉は人の元へと還る 人の子よ。人の輝きを守り抜くのだ』ザムさんのお母上は南の土地の出身かな」
「ああそう!そんなんだったぜ!南の生まれでこっちに嫁入りに来たんだ」
「宝玉は元は竜王の持ち物であったり、誰にも見えない宝石であったり、いろいろなパターンで語られている。
まぁ大半は人というか、剣士ジルフのことを指していることが多いから、カラル君の言った人の可能性みたいなものが一般的な解釈になってるんだけどね」
イルスはそういうとコップに残ったビールをぐい、と飲み干した。
そして俺に向かってからのコップを掲げて見せる。
残念なことにイルスは知識を持ちながら、興味深い伝承の謎よりも、今はイルス自身が求めている宝を結論として出すことを選んだようであった。
「よしヤサン君、人の輝きをもう一杯頼むよ」
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