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――しばし、後

 ……ン?

 右手に、何やら硬いモノがふれた。

 お? まさか、コレは……

 半纏の内ポケットから小さなビニール袋を引き出した。その中には、直径数センチほどの滑らかな質感の多角形の固体が見える。

 それは、漆黒の多面体(トラペゾヘドロン)

 何というか、黒曜石っぽい石の……歪な四角で構成された多角形。……ン? 石? まさか!


「美和姉、コレは?」

「あっ……父さんたちが持ち帰ったヤツ。それに付いてた細菌っぽいのを培養したらあのうどんぽいのになったのよね。あー、忘れてた。そこに入れっぱなしになってたのね」

「なるほど。……ってコトは」


 何でそんなモンを半纏のポケットに入れっぱなしにしてるんだ、とかいうツッコミは置いておいて。

 どうやら“アレ”はこの石を恐れている?

 ……やってみるか。

 俺は石を取り出すと、左腕に絡みつくうどん触手に押しつける。

 と、


『ケアァァーッ!』

「きゃっ!」

「うおっ⁉︎」


 悲鳴らしき“声”が、脳裏に響く。そして腕のうどん触手はひとしきり暴れたのち、伊勢うどんのようにクタクタになったのち、力を失った様に萎れた。

 おっしゃ! 効果有りだ!

 美和のズボラさに救われたかも知れん。

 ……普段はアレだがな!

 とはいえこの“石”だ。あの“うどん”が恐れる“何か”が放射されてたりするのか? もしかしてヤバいヤツ?

 とりあえず現状、美和は平気っぽいが……

 ま、今はよかろう。すぐさまそれを振り解くと、俺の上半身、そして脚にまとわり付くうどん触手に押し付けていく。


『ケリャァ! ッケァッ!』

「ッ!」

「ふひゃッ? うぶぇっ⁉︎」


 おっしゃ。これまた効果的面。

 触手が力を失い、俺の身が自由になる。

 一方、“本体”近くの触手も苦悶する様に蠢いていた。

 何か美和が妙な悲鳴をあげたり吐いたりしが、とりあえず後回しだ。

 よーし。そのまま石を、タヌキだった“何か”に押し付けてやる。


『ヴゥアアッ!』

「ぐぅっ!」

「ヒあ゛ーっ⁉︎ わひゃあァあ゛あアあッ!」


 さらなる悲鳴。そして凄まじい痙攣。

 クッ……ソッ! 頭が締め付けられる様なプレッシャーだぜ。

 とはいえ効果は抜群の様だな。ならば、さらに石を押し込んでくれる。

 トドメだ。覚悟しやがれェ!


『ヴッフォーォァアァッ!』

「ッオぉッ!」

「ちょっ、待っt、あA゛アaァ〜〜ッ!」


 断末魔の絶叫。

 うどん触手はしばしの間激しく震え、暴れ回ったのち……きしめんかひもかわの乾麺みたいに萎びて地に()した。

 よっしゃ! これで一安心だ。

 美和が巻き込まれたが……まぁ、よかろう。必要な犠牲だ。

 ……多分。

 俺はそのまま地面にへたり込んだ。



――そして、さらに後

「陽〜ぅちゃ〜ん?」


 地の底から響く様な声。


「お……おう。無事でよかったな、美和姉」


 顔を上げると、色々な“何か”にまみれ、服やら何やらボロボロになった美和が俺を恨めしげに睨んでいた。

 いや、俺のせいじゃねーぞ?


「そもそも、だ。“アレ”を何とかしなけりゃ俺たちはどうなってたかも分からんぜ? 大体、あんなワケのワカランもの培養したのは美和姉だろ? 下手すりゃバイオハザードだぜ? つか、人類の敵になったかも知れん」

「うう゛〜〜〜っ!」


 流石に言い返せず、真っ赤な顔である。

 ちょっと可哀想? でも、美和のヤラカシが原因だからシカタナイネ。

 ……おっと、そういえば、だ。あのタヌキだったモノはどうなった?

 美和を無視してそちらに視線を向ける。

 地面に倒れた、小さな影。

 う……む。もし死んでしまっていたら流石にかわいそうだ。

 立ち上がって歩み寄り……ン?


「! こいつは……」


 “それ”はまだヒトの子供の姿のままであった。

 しかし、何というか……中途半端な姿だ。

 焦げ茶色の髪。少し尖った毛の生えた耳。先っぽが黒いふさふさした尾。

 ヒトに化け損ねたタヌキの様な姿だ。

 う……む? アレは幻覚などではなく物理的に変化させられていたのか。もしかしてあの“石”で“うどん”を駆除しなければ、完全なヒトの姿になっていたのかも知れん。

 にしても、ヒトの子に似たの姿のコイツをこのままにしておくのも忍びない。とりあえず抱き上げてやる。

 ……ふむ、身体は暖かい。それに、息はあるか。けど……どうしたものか。

 逡巡する。


「えっと……陽ちゃん? その子は……」


 美和の声。


「あの“うどん”を食べてしまったタヌキだったモノだよ」

「えっ?……って事はこの子、そのせいでこんな姿に?」

「ああ。で、美和姉は自分の子供と思い込まされたんだ」

「えっ? そう……だっけか?」


 記憶が曖昧な様だ。


「……そうだよ。で、コイツに取り憑いていたうどん触手に俺たちは絡みとられたんだ」

「そう、なんだ……」


 まぁ、黙っていても仕方がない。


「……私のせいよね」


 目を伏せる美和。

 慰めたいところだ。とはいえこのままこの“タヌキ”を放置するわけにはいかん。


「あのさ……コイツ、どうしようか」


 感情を押し殺し、そう問うてみる。


「うん。……じゃあ、私が責任持って育てるわ」

「……そっか」

「だって、私のせいでこうなったんでしょ? だったら、最後まで面倒見なくっちゃ」


 多分、そう言うと思った。


「……陽ちゃんも協力してくれる?」

「……まぁ、いいけどさ」

「ありがとっ!」


 嬉しそうな美和。

 とはいえ、当人(?)はどうなのか……。

 まぁ、その時はその時だ。



 とりあえずこの“タヌキ”を母屋に連れていくと、タオルで身体を拭ってやる。

 ……と、“それ”がみじろぎした。そして瞼を開く。

 その瞳は血走ってはいない。一安心か。


「ン? 目が覚めたか?」

「ウ、あ……」


 そのぼんやりとした瞳が宙を彷徨っている。


「おい、大丈夫か?」


 とりあえず、そう問うてみた。

 と、その目が俺を見、


「オナカ、スイタ」


 と、“タヌキ”が呟いた。

 同時にぐぅ~っと鳴る腹。

 そして、俺のも。

 にしても、片言とはいえ人語を話せるのか。あの“うどん”のせいかもしれんか。

 ……本当に何なんだ、アレ?

 いやまぁ、今は考える必要はないか。


「あー、待ってな」


 とりあえず、このタヌキ娘を抱えたまま、風呂場へと向かう。


「スマン。“この子”が目を覚ました。腹が減ってるらしいんで、少し食べ物をもらうぜ」


 そしてシャワー中の美和に、扉ごしに声をかけた。


「え゛⁉︎ あの子が目を覚ましたの?」


 と、扉が開き……

 ヲイ。


「あ゛〜〜〜〜〜ッ!」


 まぁ、そうなるわな。

 そして荒々しく閉じられる扉。


「あうぅ……。とりあえず冷蔵庫の中に冷凍食品とかあるから、それ食べさせてて……」

「すまんね。おれもちょっと貰うよ。バイト明けから何も食べてないんだ。いいよな?」

「うん……」


 俺は極力平静を装って答える。

 ……無論、さっき見た“もの”はきっちり脳裏に刻んだがな!



――しばしのち 母屋の台所

「う〜〜〜」


 テーブル越しに俺を睨みつける美和。


「いや〜、スマンね。助かったよ。俺も空腹のあまり死ぬと思ったぜ」


 レンジで解凍した冷食の炊き込みご飯をかき込みつつ、そう答える。

 そして俺の膝の上では、満足げに腹を撫でるタヌキ娘。

 元がタヌキだったせいかきちんと歯が生えそろっているので、モノを食べさせるのに不自由しなかったのはありがたい。

 無論、イヌの類に食べさせちゃいけないモノは避けている。

 ……実際、この子にダメかどうは分からんが。


「ママ、オコッテルノ?」


 タヌキ娘が俺を見上げ、不安げに問う。


「えっ……あのっ、ごめんなさい、そうじゃなくって!」


 慌てて謝る美和。


「じゃあ、何?」

「うぅ……」


 俺の言葉に、顔を真っ赤にして下を向いてしまう。

 う……む。助け舟を出すべきか?


「パパ、ママヲイジメナイデ」

「お……おう」


 そうきたか。


「そっか。陽ちゃんがパパ、ね。じゃあ、この子は私たちの娘ね」

「Oh……」


 嬉しそうな顔をする美和に返す言葉がない。

 う……む。

 伯父さんたちにどう説明したものか。

 まーでも、収まるべきところに収まった気がしないでもない。

 ……こうして、俺と美和と謎の生命体との奇妙な共同生活が始まった。果たして、うまくやっていけるのか?



――そして、翌朝

 ……いや、ほぼ昼か?

 呼び鈴の音で目が覚めた。

 ン? 昨日は何か……つか、ここはドコだ?

 俺の部屋ではないな。

 えっと、確かここは母屋の座敷……

 ふと隣をみると、美和と……小さな子供。

 どうやら川の字で寝ていた様だ。

 へ? ナンデ?

 ……ああ、そうだ。

 昨晩の事件を思い出す。夢だと思いたいが、コレが現実か。

 まぁ、いい。受け入れざるを得んか。

 ……って、さっき呼び鈴が鳴ったよな。

 俺は慌てて上着を羽織り、玄関へと向かう。



 途中、インターホンのカメラ画像を見ると、よく見る宅配会社の制服姿の男が大きな段ボール箱を抱えている姿が見えた。

 あー、そういや先日、母さんが荷物を送ったってメッセージが来てたな。それか。


「はい。すいません。すぐ行きます!」


 そうマイクに向かって言うと土間におりる。

 ……やたらと広い玄関土間の片隅には、干からびたあの“うどん”が入ったゴミ袋が二つ置いてある。

 一つはサンプルとして“うどん”を何本か厳重に密封してある。伯父に見せるためだ。

 もう一つは単純に燃えるゴミとして出す。まぁ美和の吐瀉物やら何やらに塗れてしまっているのでサンプルにもならん。

 ……うむ。特に動き出す様子はなさそうだ。

 とりあえずそれを目立たない場所に置くと、玄関扉を開ける。

 そして配達員から宅配便を受け取ると、居間に向かった。

 この荷物は母さんからのものだ。ありがたいな。中身は……食品か。う〜む、もうちょい早ければ良かったんだけどなー。まぁ、仕方あるまい。

 箱をテーブルの上に置き、早速ガムテープを剥がしにかかる。

 と、美和がタヌキ娘を抱き抱えながらやってきた。


「おはよー、陽ちゃん。何その荷物?」

「ああ、母さんからな。何が入ってるんだろうな」


 そして箱を開封。

 蓋を開けると、そこにあったモノは……なにやら四角いビニールのパッケージが多い。

 ん〜? 何か見覚えのあるヤツ。……何かヒジョーにイヤな予感がするんだが。


「えっと……コレは袋麺? 味噌煮込み5食入り? そしてきしめんと……カップのたぬきうどん⁉︎」


 Oh……。今、一番見たくないモノたちである。

 美和も顔面蒼白だ。


「あ〜〜ッ、うどん類はもういいよ!」


 俺は思わず天に向かってそう叫んだ。

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