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小さな暴君

長きに渡り良好な関係を保っていたフラフィネス帝国を、突如として裏切ったイグリス王国には不信感を抱いていた。

悪魔であるジェイコブ将軍がどうやって将軍の座にまで上り詰めたのかはわからない。きっと魔法を使って汚い手段を用いたのであろう。

そしてその地位を利用してあいつが国王の裏で手を引いていたのだとしたら……今回のことに合点がいく。


悪魔が人間のふりをして暮らすのは珍しいことではない。

魔王様は魔物達に人間を殺して食べることは禁止しているが、死んだ人間を食べることについては禁止していない。

だから人間同士のコミュニティの中に入りこみ、内輪で殺し合うように仕向けるのだ。


でも、あの将軍はそんな理由ではない気がする。

戦争なんてやることがあまりにも大規模だし、大胆不敵で目立ちすぎているからだ。


人間の世界を混乱に導いて楽しんでいるだけなのか、それとも全く別の目的があるのか………



にしても僕の命を、魔王様への挨拶代わりに奪おうとしてきたことは許せないっ!

あの偉そうなニヤケ顔を思い出す度にはらわたが煮えくり返ってくる。

思いっきり殺り返してやりたい!!


でも魔王様が二度と奴には関わるなとおっしゃった。

魔王様がするなということは僕は絶対にしない。



とりあえず今の僕にできることは………

熟成させたワインを魔王様に味わって頂くこと!



将軍から手に入れたワインはあいつの頭をかち割るために全部割れてしまった。ワインに罪はないのに……本当にもったいないことをした。

無いなら自分で作るしかない。

もうすぐ出回る新酒のワインを大量に保管するために、今から急いで地下室作りを開始だっ。

途方もない労力が必要だし何日かかるか検討もつかないけれど、魔王様のために頑張るぞ!



庭で一意専心に穴を掘っていると、シンシアが慌てふためきながら走ってきた。



「エミル!アン王女を見ませんでしたか?!」



またか……

アン王女は歩けるようになってからというもの、ほんの数秒目を離しただけで姿をくらますというワザを覚えた。

本人は隠れんぼをして遊んでいるつもりなんだろうけれど……活発すぎるアン王女にシンシアも手を焼いていた。


敷地の外は侵入者防止の罠が張り巡らされている。アン王女が出ていかないように柵を設けたから敷地内にいることは間違いない。

僕は庭を見るからシンシアにはお城の中を頼むと手分けして探すことにした。




アン王女の名前を呼びながら庭を歩き回っていると、小さな靴が片方落ちているのを見つけた。

靴のつま先が指す方向には誰も近付くことさえ許されないあの建物が建っていた。


ま、まさか─────────……


薄々感じてはいたけれど、魔王様を見かけた時のアン王女のテンションの上がりようったら尋常じゃなかった。

天性のイケメン好きなのだろうか……

もしここで魔王様を見かけて追いかけて行ったのだとしたら………最悪な予感しかしない。

ツバを飲み込みつつ、気配を消しながら建物へとにじり寄った。ここまで接近したのは初めてだ。


蜂蜜色の壁に赤い屋根……どこか懐かしい感じがする田舎にならどこにでもありそうな可愛らしい家だ。

なぜ魔王様がこの建物に執着するのか……僕にはなにも分らない。


そっとアン王女の名前を呼んでみたけれどどこからも反応はなかった。

どうしよう……引き返すべきだろうか。でもアン王女がこの辺りにいるのは確かだし……

もしかして中に入っちゃってるなんてことはないよね?


小さな飾り窓に目をやると部屋の様子がかすかに伺えた。

暖炉の上になにかが飾られている……とても大きな………


……絵画………?



どんな絵か気になって身を乗り出そうとしたら、後ろから歩いてくる見知った影が壁に映し出された。

ヤバいっ!!



「ち、違うんです魔王様っ!これはっ……!」

「探し物はコレか?」



振り返ると片手でアン王女を抱っこする魔王様のお姿があった。

ア、アン王女、魔王様になんて恐れ多いっ!!!


魔王様をうっとりと見上げるその顔は、まさに恋する乙女の顔だった。

さすが魔王様だ。こんな小さな赤ちゃんまでとりこにするだなんて………なんて関心してる場合じゃないっ!!


こっちにおいでと手を広げたのだが、頬をプクっと膨らまし、なっ!と言って拒否られてしまった。

なんで?シンシアほどじゃないけれど、僕だって毎日お世話をしたり遊んであげたりしてるよねえ?

アン王女は魔王様にギュっと抱きつき、はっきりとした言葉を発した。



「パ……パパァ。」



しゃ、しゃべった?!

初めてしゃべった言葉がよりにもよって魔王様に対して、パパって!!

魔王様はなぜだか僕を不機嫌そうにひと睨みし、抱っこするアン王女に目線を下げた。



「いいか赤子、私は悪魔でおまえの父親ではない。おまえの親は二人とも死んだ。」



魔王様!赤ちゃん相手になんて辛辣しんらつなっ!!それに人間の赤ちゃんはまだ言葉を理解できませんっ!

アン王女は欠伸をすると魔王様の胸に顔をこすりつけた。


「また鼻水を付ける気だな。」

「違います!眠いだけですっ!」


アン王女ダメだよ!この方怒らすとすっごく怖いんだから!

無理やり引き剥がそうとしたら魔王様の服をガシッと掴み、火がついたように泣き出してしまった。

ヤバいヤバい、ヤバいって!!




「仕方がない。寝るまでなら抱いていてやろう。」




えっ………


聞き間違いかと思った。



「寝かし付けてくれるのですか?魔王様が?本当に?」

「しつこい。何度も確認するな。耳元で泣かれるよりマシだ。」



嘘でしょ……魔王様がとってもお優しい。

明日は嵐か大地震がくるんじゃなかろうか………


ベビーベッドが置いてある部屋へと移動することにした。

途中の廊下でアン王女を探しているシンシアに出くわしたのだけれど、赤ちゃんを抱っこする魔王様を見て信じられないといった表情のまま石像のように固まってしまった。

あとから聞いた話によると、聖母マリア様かと思ったのだとか……

だから僕達悪魔だって。


ユラユラと揺られてきたのが気持ちよかったのか、部屋に着く頃にはアン王女はグッスリと眠っていた。

しかし、ベッドに寝かせようとするとスイッチが入ったかのように泣き出した。

これをエンドレスで繰り返す羽目になり、その度に魔王様は僕をギンと睨んだ。

それって僕のせいなの?


結局、肩が疲れたからマッサージをしろだの退屈だからオペラを披露しろだの赤子に催眠術をかけろだの、魔王様からの無茶ぶりに振り回されることとなった。

僕の下手くそな歌聞きたい?

大声出したらアン王女起きちゃうし……



赤ちゃんのお世話をする魔王様のお世話はすっごく大変で、こんなことなら普通にアン王女を世話してた方がよっぽど楽だった。







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