最悪の戦争
第二十四回アビス殲滅作戦――
これは『過去最悪の戦争』と呼ばれるものだ。その理由は、この戦争で俺たちよりも上の先輩だったSEED隊員が全滅したからだ。
当時、戦争の場所となったところは見晴らしがよく、直ぐにアビスが何処にいるのかも分かるような場所で、そこへ向かって各SEED部隊たちはアビスを追い詰めていた。
作戦通り数多くのアビスをそこへ集める事ができ、後は殺すだけのはずだった。しかし突然、どこからか数多くのアビスが出現した。そのせいで各部隊の陣営が崩れ、戦争に参戦していたSEED隊員たちは全員、突然出現したアビスたちによって全滅させられてしまった。
しかしとある少女が自分の種結晶を使って、ほとんど一人でその場に居たアビス全員の首を跳ねた。少女の周りにはアビスの頭が転がり、体は真っ赤な血で塗れた。
少女のおかげで、わずかに生き残った小さなSEED隊員たちが居る。その子たちは現在、あの頃に比べれば大きく成長し、力だってあの時に比べればずっと強くなった。
それはあの時助けてくれた少女のおかげであるはずなのに、後日その少女は『種結晶の暴走を引き起こした』として……処分された。
もちろん誰もがその死はおかしいと声をあげた。少女のおかげで自分たちは生き残った、それだと言うのにその少女は、理不尽な理由で上から処分されてしまった。
上の者は恐れたんだ。少女の事を。そして種結晶が内に秘めた本当の力の事を。
今となってはその少女の事を覚えている者は少ない。でも俺だけは絶対に覚えている。あの時の少女の事を――アルテミシア・シルバーグレイの事を。
「――以上が、俺からの報告です」
PANDORAの本部に戻った俺とアマーリアは、任務の報告をしていた。SEED第一特務部隊のメンバーについて、蒼の死神の力について、そして襲撃されたことの全てを。
「そうか……。ご苦労だった二人とも。今日はもう遅いから休んでくれ。今回の報告を含めて、今後どうするのかはまた連絡する」
「はい、分かりました」
俺とアマーリアは上司である『ユリウス・クライヴ』に敬礼して見せ、その場を後にしたのだった。
☆☆ ☆
「はぁ……ほんっとに疲れた……」
そう言って隣を歩く彼女、『アマーリア・ランガー』は重々しく溜め息をついた。そんなアマーリアを横目で見ながら、俺はさっきの行動を思い出した。
「何が疲れただよ。お前はほとんど何もしてないだろ。さっきだって、俺を置いて先に逃げ出すしよ」
「だっ、だってそれはキースが悪いんでしょ!」
アマーリアは頬を膨らませると、俺に抗議の視線を向けてくる。そんな彼女の紺色の瞳をじっと見ながら、俺は両手を使ってリスの頬袋のように膨らんだ頬を挟み込んだ。
「い、いひゃい!」
次に両拳に力を込めると、今度は彼女の橙色の髪を挟み込んで、力強くグリグリと回した。
「いたたたた! い、痛いってばキースの馬鹿!」
「ふんっ!」
俺は痛がるアマーリアから手を放し、さっき来た道を戻り始める。そんな俺の後ろ姿にアマーリアは首を傾げた。
「ちょっとキース! もう就寝時間とっくに過ぎてるんだよ! これからどくに行くのよ?」
「…………」
俺はアマーリアの問いかけをガン無視し、暗い廊下の闇にのまれていった。
☆ ☆ ☆
「たく、アマーリアのやつ……」
俺は本部の屋上に上って、ポツンと一つだけ置かれたベンチに腰掛けた。その拍子に首から下げていたネックレスが顔を覗かせた。その事に気がついた俺は、軽い笑みを浮かべると指輪にそっと触れた。
「お疲れ様だって? ありがとな〜シア」
そう小さく名前を呟いた俺は、夜空に浮かぶ満点の星空を見上げた。そして幼い頃によく、本部を抜け出して彼女に星を見せてあげた事を思い出した。
彼女、アルテミシアは星空を見上げながら、灰色の瞳をキラキラと輝かせていた。その姿が可愛くて、可愛くて、愛おしくて……。
俺は彼女から貰った指輪をギュッと握りしめた。
「シア……待ってろ。俺が必ずこの手で復讐してやるから」
アルテミシアはもうこの世にいない。あいつらに理不尽な理由で殺されたからだ。だから俺はあいつらが気に入らない。あの子のおかげで助かった命だと言うのに、あいつらはそれを忘れている。居なかった存在としているんだ。
「必ず遂げてみせる。俺自身のためにも、そして……お前のためにも」
もう一度強く覚悟を決めた俺は、金色の左目に満月を映した。
★ ★ ★
『――では、今日の会議はここまで』
と、最後にその声が部屋の中で反響すると、七つの青い灯火は姿を消し、暗かった部屋の中に明かりがつけられる。
会議が無事に終わった事にホッとしていると、席に着いていた各部隊長たちはそれぞれ立ち上がり、エレベーターへと足を運んでいる。
私たちも戻ろうと思って、隣に居るジュースに声を掛ける。
「ジュース。私たちも戻りましょうか」
「ええ、そうですね。今日の会議の事も、ランスさんたちに伝えないといけないですからね」
今日の会議の議題だった『第二十五回アビス殲滅作戦』は、主に何時何処で行われると言う内容だった。この作戦が決行されるのは、今からまだ数ヶ月先の事だ。だから今回はまだ、詳しい作戦内容や各部隊の動きの通達はされていない。
十年前に行われた第二十四回目での失敗を踏まえ、第二十五回目では確実にアビスをこの世界から消し去るための作戦が持ち出されるはずだ。きっと多くの犠牲だって出るはず。
そして上層部は新しくSEED隊になる、十三歳の子供たちもこの作戦に参加させると言っていた。
「……っ」
私はジュースと廊下を歩きながら、その事について考えていた。
まだSEEDになったばかりの子たちを、あの戦争に参加させるなんてどうかしている。あの子たちはまだ本物のアビスを見たことがないし、自分の種結晶を上手く使いこなせる子だってそんなに多くない。まるでこれじゃあ、あの時の私たちと同じじゃない。
「……ねぇ、ジュース」
「何ですか、アリア様?」
私は歩く足を止めて、彼の顔をじっと見つめた。そして彼の前髪に隠れている傷跡を見て、私は表情を歪ませた。
「今回の作戦……あなたはどう思いますか?」
「それは……」
ジュースだって分かっているはずだ。種結晶の力を上手く扱えいない者が戦場に出たところで、無惨に殺されるだけだって事を。だって私も彼もこの目で見たのだから。目の前で殺された大切な人の姿を――
「……アリア、まさか十年前の事を思い出していたのか?」
「っ! ……………………はい」
長い沈黙の末、私は唇を噛んで小さく頷いて見せた。
十年前の出来事を忘れる事なんて……私には出来ない。忘れたくても忘れられるはずがないじゃない。
ジュースは顔を伏せている私の側に来ると、優しく私の体を抱きしめてくれた。
「……ジュース?」
彼は私を抱きしめる腕に力をこめる。さすがに少し息苦しいと思った時、彼がそっと耳打ちした。
「アリア。十年前の事をあまり思い出すな。お前の体に障る」
「で、でもジュース! あれは……私の――」
「違う!!」
ジュースの怒声地味た声に肩が上がった。そして更に彼の抱きしめる腕に力がこもった。ジュースは私の顔を覗き込むと、とても悲しい目を私へと向けた。
「あれは……お前のせいじゃない」
そう一言彼は言うと、私から腕を離し今度は手を握って一緒に歩き始める。そんな彼の後ろ姿を見上げながら、私は目に涙を浮かべた。
ジュースには私を責める権利があるのに、彼は一度だって私の事を責めた事がない。いつもこうして優しく手を引いて、『気にするな、お前のせいじゃない』と言うだけ。
でも私はそんなこと望んでいない。優しく手を引いてくれるよりも、いっそ責められた方がどれだけマシか……。
私はジュースに手を引かれながら空を見上げた。そしてあの時の事を思い出した、初めて『彼』と出会った時の事を――