蒼の死神①
蒼の死神――
その名の由縁が『蒼い瞳』から来ていることは、みなさんはもうご存知だろう。
しかし『彼女』がその名で呼ばれるようになったのは、何もそれだけではない。
死神とは『生命を司る神』とも言われ、また冥府においては『魂の管理者』としても名を轟かせている。
全身を真っ黒なマントで覆い、大きな刃を持つ大鎌を持ったその姿は、まさに今の彼女を指していると言える。
彼女は自分の武器である大鎌を振りかざし、容赦なくアビスの首を狩る。一見その姿は容赦がなく、残虐的に見て取れるだろう。
しかし彼女は『蒼の死神』と呼ばれている。
彼女はアビスをただ殺すのではなく、アビスに喰われて死んだ者たちの魂を救うために、大鎌を振り下ろしているんだ。
でもそんなこと、一部の者を除いてはほとんど誰も知らないことだ。
だから周りから恐れられ、誰一人として自分から彼女に歩み寄ろうとする者はいない。
そう、仲間たちを除いてはだ。
今の彼女にとって唯一の拠り所は、仲間たちと過ごす事だと言っても過言ではない。
彼女たちが所属するSEED第一特務部隊は、他部隊より遥かに強く実力派が集まった部隊だ。しかしまた多くの死者を出している部隊でもある。
第一特務部隊は、実力派揃いの部隊であるために、最も危険な任務に付くことが多い。そのためアビスとの戦いでも常に最前線を陣取り、多くのアビスを葬り去ってきた。
戦いの中で死者を出さずに生還する事は難しいことだ。
部隊の中で誰かが死ぬたびに彼女は直ぐに人員を増やし、決して戦力が衰えないようにしてきていた。
しかし最近では、部隊の中から死者を出すような事はなかった。
ヨシュアを部隊に配属させたのは、ただ単に彼の実力を買ったからである。
なぜ、今まで多くの死者を出してきていた部隊からパタリと死者が出なくなったのか。
それは蒼の死神である『アリア・アース・グレイシス』が、『誰一人として死なせずに帰る』と言う、部隊内ルールを作った事がきっかけだった。
そのルールを適応して以降、元から彼女の事を慕っている部隊メンバーは、必ずそのルールを破らないように動き、アリアを悲しませないように戦ってきた。
そして彼女もまた、みんなを死なせないために戦ってきた。
これが俺の知る蒼の死神の姿であり、彼女は決して恐れられる存在ではないと言うことだ。
誰よりも仲間の事を思い、みんなのために戦い続けるその姿を、俺は愛おしく美しいとすら思える。
しかし時々不安になる事がある。
彼女、アリアは幼い頃からずっとこれまで戦い続けてきた。
その中で悲しい別れをした事だってある彼女が、いつの日か崩れ落ちてしまうのではないかと。
責任、恐怖、孤独、憎悪、そして希望、それらに似た感情は、いつだってアリアに付きまとっている。
だから不安になる。それに潰されないかと――
☆ ☆ ☆
アビス討伐の任務を終えた私たちは、SEED本部へと帰還した。
「それにしても、さっきはびっくりしたよ〜。まさかアリアちゃんが来てくれるだなんて」
隣を歩いていたサテラが、私の腕に自分の腕を回すとギュッと抱きついてきた。
そんな彼女を横目でみながら私は優しく微笑した。
「ごめんなさい。本当なら今回の任務では、私はハノスとここで待機している予定だったんですけど、嫌な予感がしてしまって、慌ててみなさんのところに向かったんです」
「さすが、隊長だなぁ。正直、あんたが来てくれて俺たちは助かった。あの状態のアビスを相手にするには、ちと骨が折れるからな。なあ、ジュース」
私の後ろを歩いているランスさんは、そう言って隣を歩いているジュースの肩に自分の腕を回した。
ジュースは凄く嫌そうな表情で、横目で満面な笑みを浮かべているランスさんを見ながら、深々と溜め息をついた。
「しかし……いつまでもアリア様に頼りきりなのは、正直どうかと思います。本来だったら今回の任務は、俺たちで遂行しなければならなかったんです。それだと言うのに……」
するとその言葉を聞いたヨシュアは、顔を青くするとどうしてか深々と頭を下げてきた。
「す、すみません! こ、今回……僕が居たばっかりに!」
ヨシュアは申し訳なさそうにしながらそう言う。
その姿を見た私はチラッとジュースに目を向けた。私の視線に気がついたジュースは、少し気まずそうに目を逸らす。
そんなジュースに私は内心で溜め息をつくと、ヨシュアに向き直ってから頭を左右に振った。
「ヨシュア。ジュースの言葉は気にしないでください。彼のこれはいつもの事ですから。それに誰もあなたのせいだなんて、思っていないんですよ?」
「そうそう。ジュース先輩はちょ〜とどころか、凄く頭が固い人なのよ。だからヨシュア君は気にしなくて良いんだからね」
私たち二人の言葉に、ヨシュアは恐る恐る顔を上げた。
「で、でも次は頑張ります! 一人でアビスを殺せるように!」
そう意気込んでいるヨシュアの頭を、ランスさんは空いている方の手を使ってワシャワシャと髪をかき回した。
「おいおい、そんなに一人で意気込むなよ。そういうのは、ジュース一人で十分だ。それに俺たちはもう仲間だ。だから一人で頑張る必要なんてない。辛かったら、いくらでも頼ってくれて構わねぇんだ」
「……ランスさん」
その言葉にヨシュアは目の前に居る私たちに目を配った。そして少し照れくさそうに頬を赤く染め、小さく頷いて見せてくれた。
そんなヨシュアの姿が少し可愛いと内心で思っていた時、ジュースが私たちの様子を伺いながら、そっと耳打ちをしてきた。
「アリア様。ハノスはどこに向かったんですか?」
『ハノス』の名前を聞いた私は、被っているフードの中からジュースの顔を蒼い瞳に映した。
私は楽しそうに会話を続けている三人を横目でみながら、彼に小さな声で耳打ちする。
「ハノスの事は後でお話します。それにこれから会議が始まります。なので、この話はまた」
「……分かりました。あいつなら、簡単に殺られる事なんてないでしょうが、アリア様もあまり心配しすぎると、お体によくありません」
ジュースはそう言って、心配そうに私を見てくる。
そんな彼の姿に私は申し訳ないと思いながら、それを表に出そうとはせずただ笑って返した。
「はい、分かっています。それでは会議に行きますよ」
「はい、分かりました。ランスさん、後の事をお願いします」
ジュースの呼びかけに、ランスさんは私たちへと目を向ける。そして私たちがこれから会議に行くのだと悟ると、軽く左手を上げて合図を送ってくれた。
その姿を見た私たちは、そのまま会議室がある階に向かって歩き出した。
☆ ☆ ☆
SEED本部は東西南北で施設が別れていて、SEED隊たちもまた各棟で生活を送っている。
東棟には訓練施設があり、そこでSEED隊員たちはよく訓練をしている。
南棟にはまだ幼いSEEDの子たちが暮らす、『SEED保育園』が中に存在している。
まだSEEDになったばかりの子たちは、そこでさまざまな教育を受ける事になり、十三歳になる年にSEED隊員になる特別試験を受ける。
見事それに合格出来た者は晴れてSEED隊員の一員となり、試験で見せた結果によってどの部隊に配属されるのか決まる。
しかし最初に配属された部隊にずっと長く留まり続ける、ということはない。ヨシュアみたいに、実力が高い者は部隊の隊長から直々に指名されて、今いる部隊から指名された部隊へと転属になる事がある。
西棟は他の棟に比べると大きく、そして広い。
それは西棟の中がSEED隊員たちの居住区になっているからだ。居住区は各部隊事に別れ、男女それぞれに部屋が用意されている。
SEED隊員たちは用意された居住区の中で生活を送り、任務が入った時もそこから出立する。
そして今私たちが向かっている北棟は、SEED各隊長たちが話し合う会議室がたった一部屋だけが存在している。
なぜ、北棟には会議室しか存在していないのか理由は分からなかった。
そのため北棟には誰も近寄ろうとはしない。静かで不気味すぎると言う理由から。
「相変わらず、ここには人一人居ませんね」
「仕方ないですよ。だってここ、本当に不気味ですからね」
そんな事を話ながら、私とジュースは上に続くエレベーターへと乗った。
「ふぅ……」
エレベーターのドアが閉まったと同時に、私も被っていたフードを下ろした。
その拍子にフードの中に隠れていた蒼色の髪が露わになった。