プロローグ
「居たぞ、アビスだ!」
朝日が昇る前の刻――
激しく吹き荒れる吹雪の中で、『アビス』と呼ばれた存在をある組織部隊が追っていた。
するとアビスは、自分のところに向かって来ている足音に気がつくと、ゆっくりとこちらへと振り返った。
アビスは真っ赤な瞳を不気味な青紫色に光らせ、口を開くとダラダラとよだれを垂らし始めてから、右手を鋭い爪へと変形させた。
そして足音が聞こえた方へ走り出そうとした瞬間――
「――っ!」
突然アビスの体に細くて赤いレーザーサイトが、どこからか伸び始める。
「うふふ、この一撃で楽に死なせてあげるから、ちょっと待っててよね」
ある少女がスコープ越しにアビスの姿を捉えると、狙いを定めた瞬間に容赦なく引き金を引いた。
放たれた銃弾はそのまま勢い良く飛んでいくと、アビスの左胸を貫通した。
「っ!!!」
アビスの左胸からは血が吹き出し、足元の雪を真っ赤に染め上げていく。
「……フゥゥゥゥゥゥ!!!」
体をユラユラと左右に揺らしていたアビスは、銃弾が飛んで来た方角へ視線を送った。
瞳をカット見開き、木の上で自分に銃弾を放った少女の姿を捉えると、そこに向かって思い切り走り出した。
「えっ?! ちょっと嘘でしょ! 今確かに心臓を撃ち抜いたはずなのに、生きているとか有り得なくない!」
何て口走っている彼女ではあるが、その声音からは一切焦っているようには感じられなかった。
彼女は構えていた銃を抱きかかえると、視線の先をアビスから真下へと移動させる。
「みんな〜ごめ〜ん! 今からアビスがこっちに来るから気をつけてね!」
と、彼女が木の上から誰かに向かってそう叫ぶと、下で待機していた三人の影が動いた。
「ほ、本当にやるんですか?」
「おっ? なんだ、今更怖くなったのか?」
「こ、怖がりなのは元々ですよ!」
三人の影のうち、一番背の低い少年が目尻に涙を浮かべながら、槍を肩に担ぐ長身の男に向かって言う。
そしてもう一人の影は腰にある剣を抜くと、そのまま一人で勝手にアビスに向かって走り出した。
「って、おい! 先に突っ走るなって、いつも言ってるだろジュース!」
「あんた達が遅いのが悪いんだろ」
ジュースと呼ばれた青年は表情を一つ変えず、素っ気なくそう言い放った。
「あ、あのランスさん、僕たちも行かないと」
ランスと呼ばれた長身の男は、面倒くさそうに溜め息をつくと、槍を構えて軽く少年を見下ろした。
「そうだな、ヨシュア。俺たちも行くぞ!」
「は、はい!」
ヨシュアと呼ばれた少年も腰から双剣を抜き、ランスの後に続いて走り出す。
先頭を突っ走っていたジュースはアビスの姿を捉えると、剣柄に埋め込まれた種結晶を輝かせ、思い切り足を踏み込んでアビスとの距離を一気に縮めた。
ジュースの姿に気がついたアビスは、一旦足を止めてその場で踏みとどまり、よだれを垂らしながら瞳を青紫色に輝かせ、ジュースの体の中をじっくりと観察した。
そしてジュースの体内にある種結晶を見つけると、不気味にニヤリと笑ってから、口周りをジュルリと舐め回した。
そんなアビスの姿にジュースは目を細めた。
「お前は人の体内を見て嬉しそうに笑うんだな。まったく、気色が悪い!」
ジュースはそう言うと剣を左斜め下に構え、種結晶に力が貯まりきってから、剣を振りかぶって思い切り振り下ろした。
しかしアビスはジュースの剣を避けるために右へと大きく飛んだ。
そんなアビスの姿をジュースは横目で捉えながら、ゆっくりとアビスの方へ体を向け、剣の切っ先をアビスへと向けた。
「覚悟しろ、アビス。今すぐお前の心臓をえぐり出してやるからな」
ジュースは鋭い目つきでアビスを見るとそう言い放ち、再び剣を構えてアビスに突っ込んで行こうとした時だった。
「おいおい、ジュース。先に突っ込んで行くのは良しとするが、手柄を独り占めする事には納得が行かねぇなぁ」
いつの間にかアビスの背後には、槍を構えたランスが立っていて、軽く笑みを浮かべながらそう言う。
そんなランスの姿にジュースは軽く溜め息をつく。
「ランスさん、今は任務中なんですよ。そんなヘラヘラとして、アビスに種結晶を奪われても知りませんから」
「ご忠告ありがとな。でも俺には俺のペースってもんがあるんだ。だからお前みたいに猪突猛進に突っ込んで行かないだけさ」
その言葉に少なからずイラッとしたジュースは、ランスを軽く睨みつける。そんな二人のやり取りを見ていたアビスが、今度はランスに狙いを定めると右手を構えて走って行く。
「おいおい、二人で話していないで俺も話に混ぜろだって? 嫌だなぁ、別にあんたの事を無視していたわけじゃないんだぜ」
ランスは肩に担いでいた槍を構えると、それを大きく左から右にかけて振りきる。
アビスは槍をジャンプして避けると、今度こそランスの中にある種結晶目掛けて右手を突き出した。
しかしそれを邪魔するように、どこからか飛んで来た剣が、アビスの突き出された右腕を切断した。
「ぎゃぁああぁあぁあ!!!」
右腕を切断された瞬間に走った痛みで、アビスは雪の上に落下するとその場に転がり回った。
「おっ! ナイスだぜ、ヨシュア!」
「あ、ありがとうございます」
ヨシュアは自分のところに戻ってきた剣をキャッチすると、雪の上をゴロゴロと転がっているアビスへと視線を移動させる。
「ランスさん。今がとどめを刺すチャンスだと思うんですけど?」
「ん? あぁ……確かに今ならアビスに止めをさすことは簡単だ。だが――」
ランスがヨシュアの言葉に表情を歪めた時、雪の上を転がり回っていたアビスが、突然ピタリと動きを止めた。
「えっ?!」
そしてヨロヨロと立ち上がると、ヨシュアによって切断された右腕から、真っ黒なツルが体を突き破って姿を現した。
「うわっ!! な、何ですかあれ?!」
真っ黒なツルは、触手のようにウネウネと体をくねらしている。
「いいか、ヨシュア。あのツルだけには絶対に捕まるなよ。捕まったら最後、自分の種結晶の力を全て奪われて死ぬ事になるからな」
「わ、分かりました」
ランスの言葉に、ヨシュアはじっと真っ黒なツルを見つめながら頷いて見せた。
するとアビスの様子を伺っていたジュースが、剣を構えると走り出す。その事に気がついたアビスは、ジュースに向かってツルを伸ばし始める。
ジュースは自分に伸ばされたツルを切り捨てて行きながら、アビスとの距離を縮めて行く。
そしてアビスとの距離が数メートルまで来たところで、ジュースは一気に止めを刺すために種結晶に力を込めると、思い切り足を踏み込んでアビスの目の前に迫った。
「これで終わりだ!」
そうジュースが一言呟き、剣の切っ先が左胸の心臓目掛けて突き出された時、アビスがニヤリを笑みを浮かべた。
「――っ!」
嫌な予感が過ぎったジュースは、直ぐにアビスと距離を取るために後ろへとジャンプしようとする。
しかしアビスはそんなジュースを逃しまいと、ツルを大量に出現させて捕獲する体勢に入る。
大量のツルがジュースの目の前に迫った時、ある一人の影がジュースの前に立った。
その影は背中に背負っていた大剣を構えると、目の前に迫って来ていた大量のツルを一掃した。
「お、お前……ハノスじゃないか!」
「……」
ハノスと名前を呼ばれた青年は、アビスに一睨み効かせてからジュースの方へと振り返る。
口元は首に巻いているマフラーで覆われているせいで、表情を読み取ることは難しいが、ジュースに名前を呼ばれたハノスは、少なからず嬉しそうにして見える。
「ハノス、お前は『あの方』と共に本部に残るように言ったはずだ。それなのに、どうしてここに居るんだ!?」
「……」
ジュースの問いかけにハノスは何も答えず、もう一度大剣を構えるとアビスに向かって行った。
「お、おい、ハノス! 人の質問には答えろ!」
「ジュース! その件は後だ! 今はこいつを片付ける事だけを考えろ!」
「っ!」
アビスの体から出ている黒いツルは、何度斬り捨てようとも直ぐに再生してしまう。その光景にジュースは舌打ちした。
「ランスさん! これじゃあキリがないですよ! 斬っても斬っても直ぐに再生してしまいます!」
「んなぁ事は分かってる、ヨシュア! おい、ジュース! ハノスに続いて一人で突っ込むような真似はやめてくれよ! お前がこんなところで死んだら、誰が一番悲しむかって分かってんだろうな!」
「…………あぁ、分かってるさ。ハノス! 一旦こっちへ戻れ!」
ジュースの言葉にハノスは小さく頷くと、最後にこちらへ伸びてきていたツルを斬り捨て、後ろに大きくジャンプしてジュースの隣に降り立った。
四人はそれぞれ武器を構えると、アビスの様子を伺いつつ、どうすれば良いのかと思考を巡らせた。
「ランスさん。サテラの武器なら遠距離で攻撃が出来ます。だから――」
「確かにサテラの武器なら、アビスに一撃を与えられるだろうな。しかし今のアビスからはあのツルが出ていやがる。下手に攻撃をして、アビスの意識がサテラに行っちまったら、確実にサテラが捕まる。それだけは絶対に避けないといけなことだ」
『誰一人として死なせずに帰る』。それがこの部隊の第一目標であり、何よりも優先すべき事項だった。
だからジュースたちは、ランスの発言に否定的な事は言えず、ただひたすらにどうすれば良いのかと思考を巡らせていた時、突然吹雪がピタリと止んだ。
「あれ……? 吹雪が止んだ?」
不思議に思ったヨシュアは、辺りに目を配った。するとアビスの後ろに、青黒のマントを羽織った人間が一人立っていた。
その姿にハノスを除く三人は、驚いて目を丸くする。中でもジュースはその姿を見て、深緑色の瞳を揺らしながらじっと見つめていた。
青黒のマントを羽織った人物は目の前に手をかざすと、体の中にある種結晶を共鳴させて大きな大鎌を出現させる。
目の前に悠々と浮かぶ大鎌を両手で掴んだ人物は構える体勢に入ると、そのままアビスが一瞬きした瞬間には、目の前に姿を現していた。
「――っ!」
音なんて一切聞き取れなかった。ただ本当にその一瞬、青黒のマントを羽織ったその人は、アビスの目の前に姿を現していたのだった。
そして大鎌を大きく構えると、右から左へと思い切り振り切りアビスの首を跳ねた。
アビスの頭は宙を飛ぶと、そのまま真っ白な雪の上を転がり、白い砂と化して消えてしまった。また同じく頭を失った肉体も、滅びを告げるように身体中にひび割れを走らせると、白い砂と化して消えていく。
その光景を見つめる事しか出来ていない四人は、少しホッとした表情を浮かべると、青黒のマントを羽織った人物へと体の向きを変えた。
「いや〜悪かったな『隊長』。今回は新人研修も含めて、俺たちで何とかしようと思っていたんだが……すまなかったな」
隊長と呼ばれたその人物は、手の中にあった大鎌をしまうと四人の方へと向き直った。
「大丈夫ですよ、ランスさん。むしろ間に合って良かったと思っているから」
「しかし……あなたの手を煩わせてしまいました。本当に申し訳ありません!」
そう言ってジュースは、剣をしまうと深々と頭を下げた。
「ジュース……もう、相変わらずそうなんだから。頭を上げてください」
「し、しかし……」
ジュースは納得がいかないように表情を歪めた。そんなジュースを見たその人は、マントの中でクスクスと笑った。
「ヨシュアもお疲れ様でした。初任務だと言うのに良く頑張ってくれました」
「き、恐縮です! じ、自分はまだまだ半人前ですが、みなさんのお役に立てるように、これからも精一杯頑張らせていただきます!」
「ええ、お願いします。ハノスも、急な命令だったのに動いてくれてありがとう」
「……」
その言葉にハノスは小さく頷くと、その場に居た四人を残して姿を消してしまう。そんな彼を見送った青黒のマントを羽織ったその人は、森に向かって歩き出す。
「では、サテラと合流して本部に戻りますよ」
「はい!」
その言葉に全員が頷き、森に向かって再び歩き始める。すると昇ってきた朝日が、そんな彼らを照らすように、森に向かって朝の光を伸ばしていく。
「へぇ〜、あれが『蒼の死神』か」
俺は顔に付けていたスコープを取ってから、その名を口にしてニヤリと笑った。
「ちょっとキース! そろそろいい加減にしてよ! もうギリギリだってば!」
と、後ろの方で青ざめた表情を浮かべる仲間を無視しながら、俺は本人確認を取るために、もう一度スコープを付けて鞄の中から『SEED名簿リスト』という名の手帳を取り出した。
「え〜と、まずあいつは――」
槍を肩に担ぎながら歩いている長身の男、名は『ランス・ライトルージュ』。
種結晶の種類は『守型』であり、普段はヘラヘラとして余裕をかましているように見えるが、ああ見えて部隊の中では一番周りの事をよく見ていて、さっきの戦闘でもアビスに直ぐに止めを刺さなかったのは、アビスが変化するかもしれないと読んでいたからだろう。
まあ見事にその読みが当たり、あいつらは命拾いしたってわけだ。
そんなランスの隣を歩きながら、辺りの様子を伺っている少年、『ヨシュア・ノヴァーリス』。
種結晶の種類は『安定型』。彼は最近あの部隊に配属されたばかりで、今回が初任務だった。ヨシュアの事を指名したのはあの死神さんらしいが、なぜ彼を推薦したのかは不明。
しかし初任務でアビスの片腕を切り落とすあの技術は、少し警戒しておいた方がよさそうだ。
「さてさて、お次はっと」
死神さんの左隣を歩いている女の子、『サテラ・ハーツ』。
種結晶の種類は『遠方型』のため、近接戦闘よりも遠距離戦闘を得意とし、銃による攻撃でみんなのサポートをしている。
その腕はピカイチであり、恐らくこの世界では彼女の右に出るものは居ないだろう。
アビスを殺す事にも容赦がないらしいが、あの可愛らしい見た目でと思うと鳥肌が立ってくる。
「とりあえずあの三人は良いとして、問題なのは残りの三人だな」
俺はスコープ越しに、死神さんの後ろを歩いている青年へと目を向けた。
「死神さんよりも、まずはあいつらに気をつけないといけないんだよな……」
青年の名は『ジュース・グリーングラッド』。
種結晶の種類は『近接特攻型』であり、腰にある愛剣を使った近接戦闘を得意とする。
あの四人の中では特に、死神さんへの忠誠心が強く心から慕っている事が見て取れる。
おそらくあいつがあの部隊に居る限り、死神さんに近づく事は容易ではないだろう。
「あんなに死神さんにベッタリだなんて、一体何があったって言うのかね?」
まあそんな事は良いとして、次に俺は姿を消したハノスの事を思い出す。
「あいつ……どこに行ったんだ?」
『ハノス・ブランシェット』。
種結晶の種類は『バランス型』で、近接戦遠距離戦共に難なく適応し、どんな武器を持たせても卒なく使いこなす事が出来る。
今回はジュースに合わせて大剣を使っていたが、ハノスは戦況によって武器を変える。
ある時は全武器が入った大きな鞄を持って戦場に赴くとも話を聞いた事があるな。
彼が一体どんな状況で武器を変えるのかは、今後もっと観察しておいた方が良いだろう。
そして彼は死神さんの命令に従っているって言うよりも、ジュースのために仕方なく従っているって事が分かる。
ハノスは死神さんよりも、ジュースへの忠誠心が一番強い。
ジュースとハノスの関係は今後探るとして、ハノスはジュースの命令なら何でもう言う事を聞くため、最悪ジュースの側から離したほうが良いな。
そんな事を思いながら、俺は最後に死神さんへと視線を移動させる、
「さてさて、死神さんの情報はっと」
俺は死神さんの情報が書かれたページへと目を落とす。
しかしそのページにはたった一言『不明』とだけ書かれていた。
「……っ」
俺はそのページをじっと見下ろした。
あの部隊の中でも、いやSEED全体の中でも死神さんは特に情報が公開されていない人だ。
性別、身長、年齢も不明だが、あの人が『蒼の死神』と呼ばれている由縁は、『蒼の瞳』から来ているらしい。
俺もこの話は人づてに聞いた事だから、本当にそれが由縁なのかって疑問はある。自分のこの目で見たわけじゃないからな。
種結晶の種類はおそらく……『無型』だ。
種結晶の能力は持った人によって変わり、持ち主にもたらす力の大きさもそれぞれ異なる。
そして俺が死神さんの種結晶が無型だと予想しているのは、さっきの戦闘で一瞬にしてアビスの前に姿を現したからだ。正直、あの光景に俺は目を見張った。
自分の存在をなかった事にし、音や声すらも聞かせない。本当に『自分の存在を無化』し、大きな鎌を使ってアビスの首を容赦なくはねる。
その姿からあの人は『蒼の死神』と呼ばれるようになり、彼らが所属する部隊『SEED第一特務部隊隊長』を務めている。
「ちょっと! 聞いてんの『キース・フェイク』! そこから数ミリでもそっちに入ったら、私たちの居場所があの人たちにバレるんだからね! ちゃんと分かってんの!?」
「あ〜はいはい、分かってるっての。だからこうしてギリッギリのところで、奴らの動きを観察してるんだろ?」
「そうだけど近すぎよ! もしあの人たちにここの居場所がバレたら、キースのこと恨んでやるんだからね!」
「おいおい、それはいくら何でも心配しすぎだろ、『アマーリア・ランガー』。さすがにあいつらでも、ここまで来るのは大変だろ? なんせこの吹雪だしな。逆にあっちは俺たちが何処に居るかなんて直ぐには分からないさ」
「そ、そうかもしれないけど! 今あそこには蒼の死神も居るんだよ! あの人だったら、この吹雪を無効化して、ここまで飛んで来ちゃうんじゃないの!?」
「あ〜………それは有り得そうだな。さっきも一時的にだったが、この吹雪を止めてアビスを瞬殺してたもんな〜」
「ほ、ほら〜!!!」
俺の話にアマーリアは目尻に涙を浮かべると、一目散にこの場から走り去ってしまった。
「って、おい! アマーリア! 冗談を真に受けるなよ!」
いつも俺に何度も騙されているくせに、いったい何時になったら学ぶんだよ。なんて内心で思いながら軽く溜息を付いた時、俺はある気配を感じた。
「――っ!」
嫌な気配を感じ取った時、俺は直ぐにその場から左に大きくジャンプした。すると俺が居た場所目掛けて、空から誰かが降ってきた。
「な、何だよ?!」
吹雪が激しく吹き荒れる中、更に視界が悪くなり、俺はスコープを操作して自分がさっきまで居た場所を観察する。
そして吹雪の中に一つの人影が見え、その姿を見た俺は驚いて目を見張った。
「なっ……お前!」
吹雪の中から現れたのは、さっき死神さんたちと別れたハノス・ブランシェット本人だった。
ハノスはこちらへ視線を送ると、じっと俺の事を観察してくる。そして俺の左胸にあるマークを見つけるとギロリと目を細めた。
その事に気がついた俺は、さすがにまずいと思って手帳を鞄の中にしまった。
「ま、まさかあんたが、自分からここに来るだなんて思ってもいなかったな。もしかしてあの死神さんに命令でもされたのか?」
「……」
俺の質問にハノスは答える事はせず、大剣を構えると戦闘体勢へと入る。
「相変わらず無口だな……ほんとに!」
そう言って俺は鞄の中に手を突っ込み、ハノスがこちらへと向かって来たと同時に、自分の足元目掛けて閃光弾を放った。
「――っ!」
あまりの眩しさにハノスは足を止めると目を閉じた。そして数秒経ってから目を開くと、そこにはもう俺の姿はなかった。
俺はハノスが怯んでいる隙きにその場を離れ、彼が見下ろせる位置へと立った。
「ここであんたと戦闘する気はないんだ。だから今日のところは見逃してくれよ」
そう言って俺は直ぐにここから離脱するため、アマーリアが走っていった場所に向かって自分も走り出した。
「アマーリアのやつ命拾いしたじゃないか。ふっ、逃げて正解だったよ」
今ここでハノスとやり合うわけには行かない。今回俺の任務は死神さんたち部隊の情報収集がメインだ。
もし最悪戦闘なんて状況に陥った場合は、直ぐに撤退するように命令が出ている。
「てことで、すまないなハノス。あんたとの戦いは、また今度に取っておくよ」
そう最後に呟いた俺の姿は吹雪の中へと消えていった。
「……」
その場に一人ポツンと残されたハノスは、口元を覆っていたマスクを外すとさっき見たマークの事を思い出した。
「………PANDORA」
と、小さく呟いた彼は、鋭く目を細めたのだった。