0−プロローグ
肉球から伝わる床の冷たさ。
機械と油の臭い。
人の足音とパソコンの動作音。
白を基調として真新しいが、多くのわけのわからない機械が置かれた部屋。
黒、灰色、白が入り乱れるシマシマのアメリカンショートヘアーが鏡に映る。
俺だ。
「俺だ」
呟く。
たぶんこれが人の言葉。
息をしている。
酸素をエネルギーに変える。
蛍光灯の光をエネルギーに変える。
そうしてだんだん目覚めてくる。
俺はロボットだ。
「俺はロボットだ」
もう一度、確かめるように呟いた。
『ラブキャット』
「お散歩好きな猫発見!」
青空の美しい昼下がり、目立たないように道の隅っこを歩いていた俺は、唐突に女の子に指をさされた。
「君はサンポと名付けよう」
そして勝手に名前を決められた。
「いや、俺はヌルだから」
「わぉ!猫が喋った」
女の子はどっかの学校の制服姿で、長い髪をだらしなく垂らしている。
無邪気で好奇心たっぷりな笑顔で、俺の顔を覗いてくる。
「猫って喋るっけ?」
「俺は特別なの」
「ほぅ」
会話が成り立っている。
猫と人間の間に会話が成り立っている。
「私が猫語を喋ってるって可能性は?」
「ない」
即答。
「がーん」
ロボットである俺が人の言葉を話せるのは当然のことだ。
当然と言いつつ、ロボットが喋れるようになったのはごく最近の話である。
10年前では考えられないほど、AIが進化し、質問に対しての応答から、自分で行動を考えることを身につけた。
「ヌルはお家あるの?」
「ない」
「ほぅ」
俺を覗くのをいったんやめ、上体を起こして一度腕組みをして、それから俺に人差し指を突きつけた。
「じゃ、ウチで飼ってあげよう」
そういう流れになった。
女の子に抱き上げられ、なされるがままに俺は連れて行かれる。
衝撃的でもなんでもない。
ただ、なされるがままになされた結果。
これが彼女と俺の出会いだった。