英雄 ✕ 英雄
髪型はロングボブに、背丈は俺よりも低く、イブキと同じくらいに小柄な体型。コートに覆われた身体は、細身にも見えるが、胸元のボリュームや、ショートパンツとニーソの間からの太もものはみ出し具合から、肉付きの良さが窺える。
一見すると、清楚という言葉が似合う、おしとやかな普通の女子高生……といった人物像だ。
この少女の名前は、ミオ。
俺とはまた異なる世界から召喚された英雄であり、『魔族の代闘者』その人なのだ。
「──あれっ、エルマさま。『停戦宣言』以来ですね、元気にしていました?」
「相変わらずだな、お前は。魔獣の件だったら、俺が勝手にやったことだ。妖族の連中には手を出さないでもらえるか」
「へっ? あー、それはー……」
俺を前にして途端に警戒心を解いたミオは、少し苦笑いを浮かべながら視線を逸らす。すると、その背後から、一人の小柄な人物が飛び出してきた。
「──不敬であるぞっ!妖族の者よっ、我輩を誰だと心得るかっ!!」
随分と傲慢な物言いで吠え立ててきたのは、ミオよりも更に幼い童顔の少年だ。
宝石などの装飾が成された豪華な服装に、身の丈に合わず地面に引きずられている漆黒のマント。齢十歳にも満たないような幼子なのに、腕を組みながら大きく足を開いて威風堂々と構えている様は、不思議と大きく見えてしまう。
「どなた?」
「吾輩の名は、ガウス・デーモ・ハンナヴァルト! 魔族が誇る王の中の王! 即ち、『真なる魔王』とはこの我輩のことだ!」
「──いや、知らん」
「な……っ!? この世界で生きている身でありながら我輩の名を知らんだと……っ!? ミ、ミオっ! この無礼者に目に物を見せてやるのだっ!」
ビシィッと小さい指で俺を真っ直ぐに指差しながら横暴な命令を下す魔王様。
それを聞いたミオは、まるで弟に優しく諭すように彼へと語り掛けた。
「ガウスさま。このお人はワタシと同じ代闘者、湊本エルマさま、ですよ」
「は!? こ、こんな冴えない奴が、ミオと同じ異世界の英雄だってのか!?」
(失敬な……)
「そうなんです。だから、ワタシでも『返り討ち』にされちゃうかもですし、ここは穏便に話をしませんか?」
「む、むむむ……それでは我輩の威厳が……だ、だが、ミオがそう言うなら……むむむぅ……」
おや、こんな猿山の大将みたいな悪ガキでも、ミオの言うことはちゃんと聞くらしい。
不思議な力関係を垣間見た俺は、改めて彼女に本題を切り出した。
「話、というのは? お前たち、妖族へ『報復』に来たんじゃないのか?」
「まさかっ。本当に、ここへは話に来ただけですよ。それなのに、いきなり門番の妖族さんたちが……」
ミオがそう言い掛けた直後のことだ。
突如、盆地の中で、遠くの無道山の森林がざわめく程の、強烈な雄叫びが響き渡った。
「────ブグモォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
何処かで聞いたことがある獣の雄叫びだ、と声のした方へ視線を向ける。
その先には、自宅で遭遇した魔獣とは比較にならない巨体の、二足歩行で暴走する怪物の姿があったのだ。そいつがやたらに振り回す巨大な斧が、周囲の家々を次々に薙ぎ倒し、村人たちは成す術なく右往左往と逃げ惑っている。
そんな群衆を掻き分けながら、声を上げてこちらに向かってきたのは、イブキだった。
「皆っ、早く逃げてっ! 餓鬼衆の皆は避難誘導をっ! さぁ、早くっ! 英雄さんっ! 盆地に魔族が……っ!」
「あれは……?」
「──魔獣を率いる『地獣王』……先の戦争で、アジュラと互角の戦いを繰り広げた魔族の親玉、『四原魔王』の一人だよ……!」
「アジュラと互角、相当だな……」
「このまま放っておいたら、里が壊させられちゃう……その前に、早く皆を避難させないと……!」
なにか使命感に駆られるように走り出したイブキの後ろ姿と、徐々に走り迫ってくる地獣王とやらを眺めながら、俺は隣に立つミオに問い掛ける。
「なるほどな。あの時の魔獣はこいつの仕業、なのだとしたら……まさか、お前たちの差し金か?」
「いえいえ。実は、数日前に彼が行方不明になっててから、今までずっと探していたんですよ」
「それは災難だったな。よりにもよって、この妖域で見つかるとは」
「あはは、ですね。だけど良かったです、見つかって」
「ちょっ、英雄さん聞いているかなぁ……っ!?」
切羽詰まった状況でありながら動こうとしない俺に、イブキは振り返りながら声を上げる。
その隙を、地獣王は見逃さなかった。
目の前で無様にも背を向けたイブキに狙いを定めて走り出し、その巨大な斧を大きく振り上げる。
「────ブグルゥゥゥォォォォォォッ!!」
「ぁ……っ!」
同時に。
俺はイブキを庇うように飛び出し、地獣王の前に立ち塞がる。
そして、容赦なく振り下ろされた斧の下に────『人差し指を一本だけ』置いて、その猛撃を音もなく防いだ。
「──下がっていろ」
「な……ッ!? う、嘘だろッ、そんな馬鹿な……ッ!?」
「あ、あの地獣王を……ゆ、指一本で……ッ?」
背後から、ガウスとイブキの動揺する声が響くと……再び、俺の隣にミオが並んで、感心した様子でパチパチと拍手を送ってきた。
「おーっ。その『馬鹿力』、流石はエルマさまですねっ」
「お前たちに後からイチャモンつけられたら面倒だから気遣ってやっているんだろうが」
「別に死なない程度ならやっちゃっていいですよ?」
「悪いが、自分の問題はそっちで片付けて貰えるか?」
「あはは、そうなりますよね。まぁ、エルマさまがそう言うなら」
それだけ告げると、俺は指先に力を込めて斧を押し返す。
直後、軽々と押し返された地獣王の斧は、何の予兆もなく────木っ端微塵に粉砕した。
「──ブギッッ!?」
「え……ッ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァァッ!!?」
イブキとガウスが声にならない悲鳴を上げたと同時に。
高く跳び上がったミオが、その小さな手を大きく広げて地獣王の目元を鷲掴みにすると……そのまま、地面に思い切り押し倒す。
そして。
「地獣王さん。いい加減に────大人しくして下さい、ネ?」
「ブヒィ……ッ!? ブッ、ブブッ……ゥゥゥゥ……ッ…………」
その目と鼻の先で、ギロッと眼光を光らせると、地獣王は一度怯えた様子で全身を震わせてから、泡を吹き出して気を失ってしまった。
あんな細い身体をしておいて……相変わらずの、『得体の知れない』腕力と気迫だ。
「これが、『代闘者』……これが、『異世界の英雄』…………ス、ゴい……っ」
「ふぅ……さて。ミオ、さっきの話だが……」
イブキがそう呟くのを傍目に、俺は先程ミオが言い掛けた話について言及しようとする。
しかし、突如、頭の後ろに「ベチャッ」と、何かがへばりつくような嫌な感覚を覚えて、思わず声が喉の奥に引っ込んだ。
「ん……? なんだっ、クサぁ……ッ!?」
「エルマさま。失礼ですけれど、何か臭いますよ?」
「露骨に距離取るなよ、お前ら……」
この感覚、覚えがある。
溜め息混じりに、肩越しに後ろを見ると……そこには、肥が入った桶を抱えて、こちらを睨み付ける妖族たちの姿が。
「あの『魔王』を、こんな簡単に…………やっぱり、代闘者は化け物だ……ッ!」
「化け物はさっさと消えろッ! これ以上、妖族の地を汚すなァッ!」
「消えろッ! 化け物は消えろォォッ!!」
そんな一方的な罵倒を吐きながら、次々に肥を投げ付けてくる。俺にとってはもう日常茶飯事な光景だが……その滅茶苦茶な事態を前に、流石の魔王様でさえもタジタジのようだ。
「うわっ! この我輩に向かって無礼な奴らめ……!し、しかし、自分らの代闘者に向かって、辛辣過ぎやしないか……?」
「嫌われていますね、エルマさま。多分、代闘者の中だと一番だと思います」
「理解出来ない物を簡単に受け入れることは出来ない……当然な反応だよ、あれは。これまで、何度も見てきたことだ……だから、仕方がないんだ」
「英雄さん……?」
「とにかく、アイツらの視線は俺が引き受けるから、その隙にお前らもさっさと帰れ。それじゃあな」
三人へ別れを告げてから、俺は駆け足で村人たちの集団へ堂々と突っ込んでいくのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─※─
湊本エルマが全身糞まみれになりながら、果敢に村人の波へ消えていった後……魔王様とミオは、気絶した地獣王を連れて早々に撤退していった。
エルマの糞闘によって魔族へと露骨に反感が向かうことは避けられたものの……今回の騒動が、妖族と魔族の亀裂が深まる切っ掛けとなってもおかしくはなかっただろう。
特に、今の状況で代闘者同士が接触するのは、種族間の緊張関係をより強めかねない……彼らならば、それくらいは理解しているだろう、と思っていたのだが……。
事態が終息した翌日。
湊本エルマの自宅に正面から堂々と来訪したのは────他でもない、『魔王様』と『魔族の代闘者』だったのである。
「──いやちょっと何で普通に居るのかなぁぁっ!?」
「まったくだ、お前ら……俺は一人で静かに過ごしたいだけなんだ。ゾロゾロと家に押し掛けるのは辞めて貰えるか?」
「それはそうなんだけどそうじゃないんだよなぁ英雄さんんんんっ!?」
「そんなこと言いながら、しっかりと三人分のおやつを出してくれるのな、お前……」
「温かい内に召し上がれだよっ!?」
代闘者と代闘者の面会……別種族に周知されれば、大混乱を招く程の一大事変になるのは間違いない。
恐らく天狗辺りには既に情報が回っているだろうが……今はともかく、これが妙な大騒動に繋がらないように、ワレがしっかりと目を光らせておく必要がある。
「んんっ、このお団子美味しいですねっ」
「…………はぇ?」
「下らん! このような間食、我が魔族に代々伝わる食物に比べれば三流に過ぎんわ! ところでそこの鬼娘よっ、おかわりは無いのか!?」
「……」
「だろ? これ食べたら、もう生の野草だけじゃ満足出来なくてだな」
「そんな極端に偏ったモノと比較するのはどうなんです?」
「──もぅもぅ~っ、皆さん揃ってしょうがないんだからぁ~っ! 好きなだけ食べていってよぉ~っ!」
まぁ、うん、これは、あれだ────もう、どうにでもなっちゃえぇ~っ!!
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