食後の緊急事態
時刻は早朝。
窓から微かに差し込む日差しに気付いて静かに目を覚ますと、目元を擦りながら身体を起こして居間へと向かう。
そこには、普段と同じ様に寝巻きの浴衣がはだけた状態で眠るイブキの姿があった。スラリと長く艶やかな生脚は丸出しだし、綺麗な形をした胸元は半分露見されているし……正直のところ、目のやり場に困る位に無防備な寝相である。
囲炉裏を挟んで反対側に座って、イブキのなまめかしい寝相をボンヤリと眺めていると……薄らとまぶたを開いた彼女が、ニヤついた表情でこちらを見つめていたことに気付く。
「──なぁにジロジロ見ているのかなぁ? んん~?」
「起きていたのかよ」
「別に寝なくても身体的に何の問題ないからね、ワレは。それよりもさぁ~、英雄さんにも異性に対する意識ってあるんだねぇ? むふふっ」
「からかうな。当たり前だろう、そんなの」
途端に恥ずかしくなってイブキから目を逸らすと、彼女はゆっくりと立ち上がりながら身体を伸ばす。
「ふふっ。それじゃあ朝御飯の準備するから、ちょっと待っててねぇ~」
「いや、頼んでないんだが」
やんわりと断りの言葉を投げ掛けるが、イブキは俺の肩に手を置いて耳元に口を近付けると、ゾクッとするような優しい口調で囁きかけてきた。
「──大丈夫。おいしいもの、いっぱい食べさせてあげるから」
ドウイウ意味デスカ……?
危うく勘違いを起こしそうな口振りで、意味深な言葉を残したイブキは、楽しそうにスキップしながら厨房に消えていく。
それから十数分後におぼんを手に戻って来ると、俺の前に手慣れた様子で次々に食器を並べた。
白米、味噌汁、焼き魚と卵焼きに梅干し……なるほど、決して量が多い訳ではないが、一汁三菜が揃った理想的な朝食と言えるだろう。俺は丁重に手を合わせて「いただきます」と呟いてから、目の前に用意された朝食を食し始めた。
「まぁ、英雄さんからしたら質素な食卓かも知れないけれど、どれも新鮮な食材を使っているから美味しいよぉ? それに、このワレが作ったんだから、よぉく味わって食べて……」
「──こんなに美味しい飯、初めて食べた」
「………………はぇ?」
思わず、イブキの自虐染みた言葉を遮り、心の奥底から湧き出てきた感情を口に出していた。
実際、この和食に関しては、見聞程度の知識しかなかった。確かに、見た目に派手さまでは無いものの……白米の噛めば噛む程に滲み出てくる甘味、幾多の具材が混ぜられた旨味のある味噌汁、舌に馴染むような丁度良い味付けがされた主菜……どれを取ってもウマイ、美味が過ぎる。
元居た世界で腹を満たしていた、道端の雑草、ゴミが混じっていた残飯、腐りかけた生肉や、生態すら知れない虫……それらとは比べ物にならない、『最高の食事』だった。
「ぁ、あー、そ、そーぉー? い、いやぁ、まさか、そんな喜んで貰えるなんて予想外というか……こ、こほんっ! ま、まぁ、英雄さんが言うんなら、また作ってあげてもいいけど……」
「マジかっ、また作って貰えるのか?」
「ひゃ~ぅ、そ、そんな熱烈な視線を向けられたら、ちょっ、て、照れるからさぁ……いいんだよぉ、ワレに気遣わなくたって……」
「いや、本当に美味しいんだって。ずっと食べていられるよ、コレ」
「~~っ! もぅっ、もうっ、もうぉ~っ! 慣れてないんだってばそういうのぉ~っ!」
テシテシと畳を叩きながら、顔を赤くして悶え始めた。
そんなイブキらしからぬ年端もいかない少女のような言動を不思議がりながら、用意された朝食を米一粒残さずに平らげる。
「ご馳走さま」
「お、お粗末さまでした……ふぅ~、顔熱ぅ……」
「こんな美味しいものご馳走して貰ったんだから、俺からも何かお礼しないとな……」
「へっ? べ、別にいいよぉ、これくらいでお礼なんて……」
「謙遜するなんて、お前らしくないな? そうだな……酒、とかどうだ? 好物なんだろ?」
「──好きぃっ! あ~っ、お酒もいいねぇ。いいん、だけど……ん~~~~~……」
意外にも、お酒以上に何か欲しいモノでもあるのか、腕を組んで考えるように唸るイブキ。しばらくすると、何か決心したように顔をあげて、「それじゃぁ……」と口を開く。
その時だった。
「────湊元エルマ殿」
突如、部屋の中に突風が吹き抜け、聞き覚えがある女声の天狗が姿を現した。
「わっ」
「なんだ、またアジュラからの呼び出しか?」
こんな短い期間で、二回も登場するなんて珍しいこともあるものだ、と彼女の言葉に耳を傾ける。
すると、天狗はどこか深刻な口振りで、こう言ってきたのだ。
「いえ、今回はわたくしの独断で報告に上がりました。お急ぎ下さい。ホコロビの里の方に────『魔族の代闘者』が現れました」
─※─※─※─※─※─※─※─※─※─
妖族の者が主に使用する異能力、【妖術】。
自らの身体を変質した際に生じる『妖力』というエネルギーを用いて、普通では有り得ない異常現象を引き起こす技術だ。例えば、鬼の角や、天狗の羽も、妖力を生み出す為の変質部であり、妖族が人と比べて異質な姿形をしているのは、妖術を扱う為の変化とも言えるだろう。
そうして用いられる妖術は、まるで他者をたぶらかすような『理解するのが難しい能力』である場合が大半だ。それ故に、自然現象を自在に操る【魔術】に長けた『魔族』には、特に効果を発揮すると言われている。
だが。
「う、うぅぅ……ッ」
「どうなってんだっ!? あんなたった一人の小娘を相手に、どうして誰も歯が立たねぇっ!?」
「分からねぇよッ! そもそもなんで勝てないのかすらも分からねぇッ! 何なんだよアイツはッ!?」
「はぁッ、はぁッ……く、そぉ……ッ」
餓鬼衆、総動員……その数、三十人余り。
彼らは、先の戦争でもその妖術を駆使して、幾多の種族を打ち倒してきた、いわゆる妖術の達人たち。
そんな紛れもない強者たちが、たった一人の『魔族の代闘者』を相手に────束になっても敵わなかったのだ。
「──『勝てない』? あっ、これ戦いのつもりだったんですね。てっきり、ジャレてきているのかと思っていました────あまりにも、『弱すぎる』もので」
「ひ……ッ!?」
彼らの中心で佇む代闘者の少女が、一度ニッコリと無垢な笑みを浮かべてから、静かに一歩を踏み出す。
一件隙だらけな佇まいにしか見えないが……その『強さ』を目の当たりにしていた傷だらけの餓鬼衆は、ただそれだけの挙動を前に一斉に竦み上がった。
「じゃあ、皆さまのお望み通りに────闘い、ヤりましょうか」
「ば、ばけ、もの……ッ」
『アレ』がその気になったら、次は確実に殺される。
戦争の体験者として、圧倒的な力量の差を敏感に察した餓鬼衆には、もはや『戦う』という選択肢はなかった。
『逃げる』か、『死ぬ』か……それしか無い。
他の種族から化け物と恐れられる妖族が、化け物と称してしまう代闘者の少女。彼女が、まるで死神を思わせるような緩やかな足取りで、餓鬼衆に近付いてくると……。
「────辞めろ、『ミオ』」
突如、彼らを庇うように、化け物の前に一人の青年が何の恐れもなく立ち塞がる。
それは、他の代闘者に対抗する為に、異世界から召喚された存在……『妖族の代闘者』、湊元エルマだった。
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