『鬼』の監視付き物件
────『レクサトルス』。
その世界では、『六つの種族』が果てしない戦いの歴史を繰り返している。
人族、魔族、妖族、仙族、深族、天族……彼らは自らの種族が最も優れていると証明する為、力、技、知略、能力、あらゆる手段を尽くし、種族間で戦い続けてきた。
しかし、何世代にも渡って続けられてきた戦いは、一向に終わる余地すら見えない。もはや自分たちの力だけでは永遠に終わらないと判断した彼らは、『自分たちよりも遥かに強い力』を求めるようになる。
六種族は自らの力を駆使して、『異世界と繋がる手段』を見出だすと……その世界で『英雄』と称される者たちを召喚して助力を求めた。
そうして始まったのが、『代理戦争』。
異世界の英雄を『代闘者』と称し、六種族が各々で召喚した六人の代闘者を戦い合わせ、その勝敗を決するというモノだ。
まさに望み通り、現世の人々では敵いもしない『圧倒的な力』を持つ代闘者を、六種族は自らの命運と未来を託して送り出したが……六人の代闘者が一堂に介した時、事件は起こった。
確かに彼らは圧倒的なまでの力を持ち合わせていたが、その意思決定権を強制されている訳ではなかった。意外にも平和主義な考えを持つ彼らは、そもそも闘う理由もなかったので……。
以下、『代理対談』の会話内容、一部抜粋である。
「──じゃあ辞めちまおうぜ、代理戦争」
「ワァオっ、名案だね」
「……道理、よな……」
「後に六種族の皆さまから、猛烈なバッシングを受けそうですね」
「別に、俺はそれでもいい」
「他に異議がなければ、決定だ────この代理戦争は、『停戦』とする」
六人の代闘者は、彼らを召喚した六種族の意志も関係なく、勝手に『停戦』を宣言。
それにより、幾年も続いた種族間の長い長い戦いの歴史は、異世界からやって来た英雄によって、アッサリと終焉を迎えてしまうのだった。
─※─※─※─※─※─※─※─
この俺、湊本エルマも、『妖族の代闘者』として異世界から召喚された六人の英雄の一人。
代理戦争が停戦した今は、妖族の縄張りの一つである『無道山』で引きこもって暮らしている。悩みこそ絶えることは無いが……こうしてのんびりと一人で過ごすのは、前世からの密かな夢だった為、これ以上ない至福の時を噛み締めていたりする。
「ふーっ、スッキリしたぁ……」
風呂場で全身に付いた糞を洗い流し、湯船に浸かって疲れを癒してきた俺は、部屋着用の浴衣に着替えながら居間に戻ってくる。
すると早速、俺にとっての悩みの種が意気揚々と声を掛けてきた。
「──おっかえりぃ、『英雄さん』。いいお湯だった?」
「……いや、なに普通にくつろいでいるんだ、お前は……?」
「いいじゃんいいじゃん、今に始まったことじゃないんだしぃ。ねぇ、お酒のストックある? 今飲んでいたの切れちゃってさぁ」
囲炉裏付きの畳の居間でダラダラと寝そべっている小娘の名は、イブキ。
小柄な体型に、白銀の長髪と毛先には黒色のメッシュ。胸元まではだけた着物をまるで花魁のように身に付けており、その頭頂部には二本の角が生えている……『鬼』という異名を持つ妖族である。
話によると、代闘者である俺を『監視』する役を担っているらしいが……俺には「誰にも干渉されずに、のんびりと過ごしたい」という『引きこもり願望』がある。その為、彼女のようにひょうきんな人物は、正直のところ邪魔者以外の何者でもなかった。
だから、俺は『いつものように』イブキの後ろ襟首を掴むと……ズルズルとその身体を引きずって、家の外へと彼女を放り投げる。
「はびゅっ!」
「お前に出す酒は無いし、俺は一人でのんびり過ごしたいんだ。悪いことは言わないから、さっさと出ていけ」
「いたたぁ~っ。折角お風呂入れといてあげたのに、この扱いはないと思うんだけどなぁ」
「それはありがとうと言いたいところだけども、アレ完全に残り湯だったろ。家主より先にスッキリすんな」
「メスの残り湯はオスにとってのご褒美みたいなもんでしょぉ! なにが不満なのかなぁ!」
「ぅおいっ、なんかヤメロその言い方。風潮被害を被るの俺の方だろうが」
あぁ、面倒臭い……頼むから放っておいてくれないだろうか。
少なくとも、敵意や悪意を持ってはいなさそうだが、別に俺は、可愛い美少女と変態プレイをしたい訳ではない。
ただ、いつものようにこれだけ乱暴に追い出しても……最後には結局居間に上がり込んでだらけ出すのだから、正直のところ彼女のタフネスさには恐れ入る。
「それで? なんで糞まみれになっていたの? 英雄さんの趣味?」
囲炉裏を挟んで反対側で寝そべるイブキが、頬杖をつきながら首を傾げた。
「んなわけあるか。『里』に下りて食料調達していたら、妖族たちに肥料を投げ付けられただけ」
「だけって、メンタル強いなぁ」
「さっき表に来ていた奴らと同じで、連中からすれば、俺は『勝手に戦争を停戦させたエセ英雄』、だろうだからな」
「勝手に召喚されて、戦うことを放棄したら勝手に非難されて……英雄さんも大変だねぇ」
「非難されるのは慣れている。むしろ、お前の方は随分と他人事だな?」
「うん? それってワレからも非難されたいってこと?」
「……それは、なんかねちっこそうだから嫌だ」
「おぉっ? これってもしかして、英雄さんから特別扱いされちゃってますぅ? うふふっ」
何が嬉しいんだ、この鬼娘は……?
ただ、侮ることなかれ……話によると、妖族の寿命というのは六種族の中でもかなり長い部類であるらしい。その中でも『鬼』の異名を持つ者は、特に生命力に優れていて、千年の時を生きる者もいるのだとか。
前にさりげなくイブキに年齢を尋ねてみたところ、「乙女にそんなこと聞くのぉ?」とからかわれてから、「まだまだ全然若い方かなぁ?」なんてそれとなく実年齢を誤魔化されたりもした。
もしかすると、彼女のように長寿の者の感性は、一般的な人とは大きく異なるモノなのかも知れない……なんてことを考えてみる。
「そっかぁ、さっきは妙に表が騒がしいと思っていたら、人族が来ていたのかぁ。人気者は忙しいねぇ?」
「人気者って表現は辞めてくれるか、嬉しくない」
「ありゃ、無欲だねぇ。一応聞いとくけど、手を出したりとかしていないよね?」
「納得したかは分からんが、『魔獣』を目の前で引っくり返して脅かしといた。それで懲りてくれればいいんだけれどな」
湯飲みに入ったお茶を啜りながら言うと、それを聞いたイブキが驚愕した様子で目を見開いて、バッと上体を起こした。
「──んっ? 『魔獣』……? 魔獣を、ぶっ倒しちゃったの……?」
「ほんの少し転んで貰っただけだ。怪我をしたかどうかまでは知らない」
「い、いやいや、怪我とかそういうんじゃなくて……英雄さん、それ、もしかすると……結構マズイことしちゃったかも……」
イブキが深刻な表情でそう言った──次の瞬間。
「──その通りでございます」
そんな淡々とした口調と共に、家の中を一筋の突風が吹き抜けたと思ったら……俺とイブキの前に、黒い翼を背負った一人の妖族が姿を現した。
山伏が身に付けるような仰々しい服装に、黒髪ロングストレート。高い声色と、華奢な体つき、豊満な胸元から、恐らくは女性だと思われるが……その顔面は、やたらと鼻が高くて赤色の仮面に覆い隠されている。
「お前は……」
「──『天狗』……!」
『天狗』と呼ばれた女性は、俺の方へと視線を向けてから冷たい口ぶりでこう言ってきた。
「湊本エルマ殿。その魔獣の件に関して、『妖族の総大将』────アジュラが御呼びでございます」
「え……ッ!?」
「至急、『無道山本殿』へとお越し下さい。あぁ、くれぐれも逃れられる等と思われなさらぬよう──それでは」
要件だけ伝えた天狗の女性は、背中の黒い翼で自身の身体を包み込む。すると、その周囲に強い突風を巻き起こしながら……一瞬で、その場から消え去ってしまった。
それを見届けた俺は、湯飲みのお茶を飲み干してから溜め息を吐く。
「──久々の『呼び出し』だな」
「いやいや呑気なこと言っている場合じゃないよ。英雄さんはアジュラがどんな人だか知っているの?」
「どうした急に?」
「その強さは世界でも五本の指に入る、妖族最強の『総大将』……龍や幻獣を好んで喰らうという、正真正銘の怪物……他の種族が妖族に強く出れないのは、彼の存在があるからなんだ」
「……怪物……天狗、アジュラ……」
「分かるかな? 心配しているんだよ、ワレは。正直、ワレの目には────英雄さんが、彼に勝るという未来が見えないから」
この作品に目を通して頂き、ありがとうございます!
もしも、少しでもこの作品が「面白かった」「続きが気になる」と思われましたら、
ブックマークや、広告下の『☆☆☆☆☆』をタップもしくはクリックして頂けると嬉しいです!今後の執筆の励みになります!