《 Period 1 - 1 》 非救済宣言
「本当に、こんな山奥に住んでいるのか?」
「はい……多分」
「たぶッ、おいおい勘弁してくれ……! ここはもう『妖族』の領域だぞ……!? もし、連中に見つかったら……」
「領域侵犯を犯したってことで抹殺されるかもですね」
「他人事かッ! お前もだよッ!」
深い森林が生い茂るその広大な山地は、『無道山』と呼ばれる『妖族』の縄張り。
妖族という種族はその素性も姿形もハッキリと認知されておらず、世間的には『妖怪』と呼ばれ恐れられている。見ず知らずの種族が縄張りに足を踏み入れたら、妖族の力で問答無用で消されてしまう……そんな恐ろしい噂も立つ位だ。
今、その妖族の領域である『無道山』の山道で、草枝を掻き分けて進む『人族』の男女が居た。妖族に悟られないように気配を押し殺しながら辿り着いた場所は、周囲を草木に囲まれた一軒の古民家だ。
「……ここ、空き家じゃないのか?」
「幽霊とか出て来そうですね」
「お前何でそういうこと言うんだよッ!? ホントに出てきたらどうすんだよぉッ!?」
「あの、うるさいです」
「てめぇ……」
木々に遮られた薄暗い山中に、所々が朽ち落ちている古ぼけた古民家……その光景は、まるで怪談にでも出てきそうなおどろおどろしい雰囲気を滲み出していた。
あっけらかんとした女と、顔を青ざめる男が、周囲を警戒しながら古民家へ近付いていくと……。
「────誰ダ」
突如、その背後から何者かの曇った声が響き、二人は弾かれるように振り返る。
そこに居たのは、黄茶色のヘドロのようなモノの塊だ。
その姿は、まさに『妖怪』。
得体の知れない巨大な物体の出現に、女の方は咄嗟に臨戦態勢に入った。
「……!」
「ひぃぁぁぁぁぁッ!? ナンカ出たぁぁぁぁぁッ!!」
男が情けない声を上げながら、その場にへたり込む。
そこで、ヘドロの塊は腕らしきモノを動かして前面を拭うと……ヘドロの下から少年らしき人物の顔が覗き出てきた。その少年は全身ヘドロにまみれた状態で、何処か悲しげな表情で肩を落とす。
「……いや、そんな幽霊を見たみたいな反応は普通に傷付くんだが……」
「そんなヘドロみたいな外見しといて何言っ……って、クッセぇぇッ!?」
「臭っ……コレ、糞の匂い……?」
加えて、人族の二人が顔をしかめる程の悪臭。
肥溜めに飛び込んで遊んできたとでもいうのだろうか……どちらにせよ、マトモな思考を持つ少年には見えない。
「あー、その、なんだ……糞まみれで出てきたのは申し訳ないが……ここは危険だ、早めに山を降りた方がいい」
「近寄んなってクセぇんだよッ! なんなんだお前は!? 一体何者だ!?」
人族の男が鼻を摘まみながら、苛立った様子で糞男を突っぱねる。
すると、その隣に立っていた女が、何かに気付いた様子で深い森の奥を睨み付けた。
「──ちょっと待って下さい」
「あぁ!? 何だよ!?」
「──『何か』、来ています」
女がそう言うと……四足歩行の巨大な猪らしき生物が、ゆっくりと、木々を踏み倒しながら姿を現してきた。
背後の古民家よりも大きな巨躰、草木を吹き飛ばす程の強烈な吐息、赤い眼光を放つ鋭い瞳に、傷だらけの硬質な肉付き……。
その恐ろしい外見を見ただけで、人族の二人は猛烈な危険を察知する。
「──ウ、ウソだろ……!? なんで、妖族の縄張りに『魔獣』がいるんだ……!?」
「逃げましょう、ザカラさん。私たちでは、あんな奴には敵いません」
「逃げるって言ったって……うわぁぁぁっ!?」
「──ブグモォォォォォォォッ!!」
二人が逃げ出すより前に、魔獣は大気を揺るがすような雄叫びを発しながら、地面を抉るように蹴り上げて走り迫ってきた。
樹木を蹴散らしながら迫る姿は、まさに暴風雨の如く。
生身の人間では一瞬で木っ端微塵にされるであろう勢いで迫る魔獣の前に、何の躊躇いもなく糞少年が躍り出た。
「──仕方がない……」
「お、おい……?」
少年は恐ろしい勢いで迫る魔獣に向かって、緩やかに手をかざす。そして、魔獣の鼻先が少年の手のひらに触れた……。
次の瞬間。
魔獣の巨体がグルリッと宙で高速回転し、そのまま少年の真横に叩き落とされる。
「えッ────ええええぇぇぇええええェェェェェェェェッ!!?」
「すご……っ」
地面に亀裂が走る程に強烈な衝撃。
しかし、魔獣は大してダメージを負っていない様子で素早く立ち上がり、少年を鋭い目付きで睨み付ける。
そこへすかさず、少年が低い声で威嚇。
「────消えろ、今すぐに」
「グッ、ゴ……ッ!?」
すると、少年と目を合わせた魔獣は、悲鳴にも似たような短い鳴き声を漏らしてから……森の中へ、一目散に走り去っていった。
「今……魔獣が、ひっくり返った……?」
「あ、有り得ねぇッ……生身の体で、『術』も使わずにあんな巨体を投げ飛ばせる訳がッ……い、一体どうなってッ……」
偶然、などではない。
今、あの魔獣は、目の前の少年に投げ飛ばされ、“彼に恐れをなして”逃げていった。
人間業ではない……その超人的な力を見せつけた少年は、糞まみれの手を払いながら人族の方へ向き直る。
「自己紹介が遅れた。俺は、湊本エルマ。今はこの『無道山』に住まわせて貰っている」
「湊本、エルマ……!」
「まさか、嘘だろ……!? お前が、あの噂の────『異世界の英雄』だっていうのかっ!?」
男が驚愕した様子で目を見開くと、湊本エルマは面倒臭そうに溜め息を吐きながら頷いた。
「まぁ、そうなる」
「そんな糞まみれなのにっ!?」
「…………まぁ、うん……」
外見だけ見れば、威厳の欠片も無いが……どうやら、この少年こそが二人が探し求めていた人物であるようだ。
少し落胆した様子で肩を落とす少年に、男は一度大きく咳払いしてから口調を改める。
「……ゴホンッ。なら、話は早い。『妖族の代闘者』、我らに力を貸して貰いたい。六種族を統一する為には、お前たち『異世界の英雄』の力が必要で……」
「──断る」
だが、少年は最後まで聞かずに、その要請を何の躊躇いもなく断った。
「な……っ!?」
「俺たち代闘者は、既に『停戦』を宣言した身だ。今更、闘いをおっ始めるつもりはない」
「ぐッッ…………これだけの力を持ちながらッ、英雄となどと持てはやされていながらッ……それを求める者の声を聞くつもりもないとは……お前ッ、それでも英雄かッ!? 恥ずかしいとは思わないのかッ!?」
「俺は、その『英雄』とやらになったつもりはない。それに……」
信じられない……と言いたげな男に背を向けて、エルマは肩越しに冷めた目付きでこう言い放った。
「────もう、世界を救うのは疲れた」
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