「我が魔王は、」ではじまる短編を書こう!
我が魔王は、今日も変わらぬ威容で聳え立っている。
ジークハルトの住むダウンタウンの裏路地の事務所からでも、いやこの都市のどこからでも見ることができる巨大な構造体。
赤い燐光を放つ水晶を白い外殻で複雑に覆ったようなソレはこの都市で一番巨大で、ある意味でこの都市そのものともいえる。
正式な名称は"都市運営用複合機能型魔駆動集積機構"。
都市のインフラや行政のほとんどを一つで動かしている怪物的なシステムだ。
千年以上前の剣や魔法を杖で操っていた時代の名残で"一定数以上の魔族を従えている存在"として魔王と呼びならわされているが、政府と複数の巨大複合企業群が手を組んで作り出した完全な人工物である。
その手は恐ろしく長く、掃除屋として都市の暗部で非合法スレスレの電子工作を専門としているジークハルトにとっては飯のタネを潰しにかかってくる電脳世界の魔王であった。
そんな絶対的な支配者のお膝元でも手の及ばない部分は必ずある。
敵対企業の情報の取得、背任者の居場所の特定、汚職情報の暴露、それらの情報を知った者の処理……
ジークハルトはそういった領域で訳ありな仕事の下請けや情報の横流し、時には少々荒っぽい仕事をこなす掃除屋の中でもかなりの腕利きだ。
彼の頼りになる武器はその頭脳と右の義腕。
ドワーフであるジークハルトの身体は普通の人間よりはるかに頑丈であり、機械化や埋め込み手術への耐性が高い。
そのため、ドワーフにおける人体の改造率は人間をはるかに超えており、昨年までで8割のドワーフが脳の代替チップへの置換を行っているという試算もあるほどで、口さがない者は『ドワーフは酒樽に中身のない頭をのせている』と嘲っていた。
ジークハルトも例に漏れず脳と基幹神経の置換手術を受けているが、それだけに満足することなく空いた容積に記憶と演算処理の領域を増築し、正確無比な情報処理能力と数年前に貸した小銭の額に至るまでを網羅する記憶力を手に入れている。
義腕である右腕は従軍時代に失ってから機械化したもので、信頼性の高いデュリム社製魔駆動義肢を自らの手で改造してある。
精密作業と複数の接続端子、少々の自衛もこなせる万能工具として使え、ジークハルトを腕利きの掃除屋足らしめている要素の一つと言えるだろう。
「あー、なんかいい儲け話でもないもんかのう」
体内のナノマシンを騙すことすらできない安酒を呷りながら義腕の調整をするジークハルトが呟くと、対面に座った独特の民族衣装を着たエルフが応えた。
「えー、俺は探しに行くの嫌っスよー! この前は俺が見つけてきたんだから、今回はジークさんが探してきてくださいよー」
彼はジークハルトの事務所に入り浸っているエルフのザリッド。
こんな奴とセットにされるのは大変遺憾だが、世間ではジークハルトと組んでいるもう一人の掃除屋と見られている。
身体の大部分の栄養を必要とする脳を機械化したとはいえ、糊口を凌ぐ仕事は必要だ。
確かに前回売り払った情報の情報源はザリッドが探し当ててきたものだったが、ジークハルトにも言い分はある。
「アホ抜かせ。儂がちょっとばかし手を加えてやったから売れたようなものの、情報元は探知用の囮じゃったろうが」
ジークハルトの腕がよかったからこそセキュリティを誤魔化せたが、売り払った先の地縁すらない三流ギャングは裏付けを取ろうとしてセキュリティからやって来た刺客と壮大なドンパチをやって壊滅したらしい。
情報自体も深入りを誘うような怪しげなものだったから少々手を加えて売り払ったが、奴らは誘惑に勝つことができなかったようだ。
まぁ、報復がないのなら売り払った後の事など知ったことではないが。
「ぶぅー、じゃあどうするんスかー? このままじゃジークさんより生身の多い俺の方が先に飢えちゃいますよー?」
ザリッドは最近では珍しい一切の機械化をしていない生身のエルフだ。
身一つでは電子決済すらできないのは不便だろうと埋め込み手術を勧めたこともあったが素気無く断られている。
理由は"丹田からの氣の流れが阻害されるから"。
ザリッドと違って拳法をかじったことがないジークハルトには甚だ理解できない理由であった。
「そうじゃなあ……儲け話になるかは分からんが、お前さん向きの仕事があるぞ。そっちの棚に転がしてあるトランクを開けてくれい。……そっちじゃない、その二つ奥の棚じゃ」
「んー、これっスかー? うわっ!? こんなもんどこから手に入れてきたんスかー!」
ザリッドが棚から持ち出したのは合金製の重厚なトランク。
重さからしてマトモな中身なら小遣い稼ぎ程度にはなるだろう。
「"教会"が仲介人から何やら買うたようだったのでな、受け渡しの前にちょろまかしてやったんじゃよ」
"教会"、正式名称は『創造神と英雄の――――――ナントカカントカの教会』。正直真面目に名前を憶えている奴などいないだろう。
千年前は幅を利かせていたようだが、行政府と巨大複合企業群が結託した今となっては実権を奪われて久しく、発言権など無いに等しい。
そんな先祖代々の信者からの布施で細々と運営しているような奴らが後ろ暗い買い物をしたのだ、奪われてもどこに文句をつける事も出来まい。
「へー、でもよくジークさんだけで持ってこれたっスねぇ。バレたりしなかったんスか?」
ザリッドの疑問も当然だ、普通は仲介人と受取人の間に入って物品を掠め取るなどどう頑張っても修羅場になる。
しかし今回に限って言えばそうではなかった。
教会は仲介人との直接の受け取りを避け、前時代的な方法を取っていたからだ。
「信じられるか? 今時貸しロッカーに荷物を入れて引き渡しをしていたんじゃぞ? あとは受取人が来る前にロッカーの電子錠をちょちょいと、な」
「ふーん、時代錯誤なことする奴らもいるんスねー」
教会は懐古主義者じゃからな、とジークハルトが鼻で笑ったところでザリッドがゴトン、とトランクを机の上に置く。
さて開けよう、と腕まくりをしたところでザリッドはジークハルトにふと浮かんだ疑問を投げかけた。
「そういや、なんで俺が来る前に開けなかったんスかー?」
ザリッドが施錠されたものを力任せにこじ開けるたびにジークハルトは野蛮だ、もっとスマートに開けられないのか、などと言っていたはずだ。
問いかけられたジークハルトはひらひらと手を振って溜息を吐きながら言った。
「そのトランクは直接溶接して接合されておるんじゃ、バカらしい。電子錠も一切使われておらんしお主向けの仕事じゃと思わんか?」
言外にザリッドを馬鹿扱いした言動であったが、ザリッドは「そっスねー」と無感動に流す。
彼がこの程度で激昂するような文字通りの馬鹿なら、ジークハルトと出会う前にどこかで野たれ死んでいたことだろう。
「・・・・・・・ッスゥ――――――破ァッ!」
ザリッドが裂帛の気合とともにトランクに掌底を繰り出すと、トランクの上半分だけがまるでガラスのように粉々に砕け散る。
見た目だけなら酒樽のような体型のドワーフのガルドに比べてエルフのザリッドは痩せっぽちに見えるが、彼はエルフが長年かけて練り上げた拳法を習得し氣を自在に操ることができ、更に精霊をその身に宿すことで素手で人体・機械問わず破壊することができる妙手である。
こと物理的な手段で言えば、ザリッドをどうこうできる存在はこの都市にもそうそういない。
トランクを破壊したザリッドは中に入っていた物を手に取り、しげしげと眺めた。
「んー、よくわかんないっスけど、何かの部品? 電磁パルス波動纏わせなくって正解っスねー」
「むう、実際に見たのは初めてじゃが、旧型の電子記録媒体のようじゃな。あと儂の事務所で電磁パルスなんぞぶっ放したら叩き出すぞ」
かくして、"教会"が手に入れるはずだった情報の入った物を二人の掃除屋が入手した。
彼らは知らない。
その情報が彼らと、遥か古に失われたはずの魔王の血族を引き合わせることになろうとは――――――
あら、ステキ