桜散る夜17 忘年会1
12月。
部の忘年会で、松月は、視界がふさがるほど大きな金髪のかつらを被って踊る。
本当に会社を辞めるかもしれない。
コバシリやガクレキのいうまま、二年目やヤムダとビールの一気をする。
誰にいわれなくても、ひとりで一気をして踊る。
二年目三年目は指をさしてげらげら笑う。
カラオケのある座敷で、ヤムダがリンダリンダを歌ってぴょんぴょん飛び跳ねる。
金髪の松月も飛び跳ねる。
チンチクとオオチクがつづいた。
「よし、俺も!」
コバシリも加わる。
「なんやあんたら!」
ガクレキが笑い、部課長のグラスへビールをついで回る。
「若いもんは元気だなあ」
ブチョウは呑気な口調で、僕をみる。
「ほれ、お前はやらんのか」
「やりません」
ブチョウはぴょんぴょん飛び跳ねる集団へ眼を向ける。
「あとはお前だけなんだから、いつまでも意地をはってもしょうがないぞ」
わけがわからない。
トイレへ逃げる。
女子トイレからでてきた木下さんとばったり会う。
「飲みすぎちゃったわよお」
陽気な木下さんを、初めてみた。
職場では礼儀正しくそつのない印象で、部の親睦会でもだいたいそんなものだった。
彼女はたしかに酔っていて、顔を赤くしている。
ふらっとよろけて僕の腕をつかむ。
それが彼女には当然のようだった。
僕はべつにかまわなかった。
「ねえ、ちょっとあっちで休んでかない?」
彼女は店の入口付近にあるウェイティング・バーへ僕を連れていく。
居酒屋風の座敷もあればカップル用の個室もある店だった。
カウンターにすわり、ジュネヴァがあるのをみつけて、ショットで注文する。
前にバーテンダーのバイトをしていたころ好きになったジンだと説明したら、それがきっかけで、僕たちはこれまでの職歴について話す。
木下さんは短大を卒業後、派遣会社に登録してM社は三社目。派遣社員は原則的に三年で職場をかえなければならず、M社の在籍も年明けの一月末で期限が切れる。
僕は彼女のことをほとんど何もしらない。
何ヶ月も隣同士でいたにもかかわらず、日常の些細なことからうかがいしれる彼女の一面についてさえ、無関心だったことに気づかされる。
「君からみたら、わたしもおばさんよねえ」
「22世紀からやってきたので、年齢は気にしていません」
「なにそれ、ドラえもん?」
木下さんが事務職一筋だったのに比べ、僕が大学の四年間でやったアルバイトはバーテンダー、カジノディーラー、ドラマのエキストラ、イタリアレストランのコック、電話受付、家庭教師、塾講師、引っ越しの手伝い、おしぼり配達、ビラ配り、コンビニの店員、ファーストフード店の夜勤、交通量調査員、と無節操だった。
合コンの相手みたいに、木下さんとしゃべっているのが奇妙ではある。
ショットを舐める。
木下さんは水を飲む。
「よくそれだけできたわねえ」
「何やってもつづかなかったんですよ。辞める理由なんて、いくらでもあったから」
「そんなことで会社つづくのお」
「木下さん、今の職場、どう思いますか」
「どうせ、わたしは来月で契約切れだから」
「ひどいな。でもそれならいうけど、実際、辞めようと思いました。けど、これまでと同じだと思って。本当に、辞めるための理由なんてその辺にいくらでも転がっているから。ただ、これだけいろいろ辞めていると、理由なんてでっちあげだって思うんですよ。たしかにバイトと会社員は違うけれど……」
「ある意味、羨ましい。わたしくらいの年齢になると、辞める理由が限られてくるし」
「何?」
「契約切れか、結婚。いわせないでよ。……でもね、三年で職場が変わる派遣社員の立場は、案外わるくないと思っているの。そういう強制リセットがないと、自分じゃ環境を変えられそうもないから」
「そこが自分に合った職場で、変えたくないときは?」
「そうねえ、そんな質問されたら、頭イタクなるじゃない。うーん……救われないかな。派遣先の会社に留まることはできないから。ただ、救われなくても、それなりに次があって、そこそこ救われたような錯覚もあって、つづいていくのよ」
「錯覚、ですか」
「花は散って、また咲くの。散ることができない花は不幸で、散れる機会はあったほうがいい。散れて幸運、ラッキー・チル」
ラッキー・チル
それは、折にふれて彼女の頭のなかを巡回する言葉のようにきこえて、少し強がっている風にもみえたせいか、しゅるっとシュールで、コミカルに感じられた。
どこからか舞いこんだ夢の跡のような、せつないひびきにも感じられた。
「ちょっと、わたしも飲もうかな。ね、オススメないの。カクテルで甘いのがいいんだけれど」
「それなら、すみません、スノー・ブロッサムください」
バーテンダーがスノー・ブロッサムを木下さんの前におく。
「きれいね」
「グラスの上半分のピンクがかった白が、もし満開の桜に雪が降ったらっていうイメージなんです」
「カクテルの知識が豊富で、もてるでしょう」
「言葉が天から降ってきました」
「イタコ?」
乾杯する。
「ところで、今日の松月くん、少し変よね。前の職場にもああいう人いたけど、会社、辞めるつもりじゃないかな」
木下さんがぽつりといった言葉に、僕は黙っている。
もし僕が松月なら、会社を辞める。
誰にでもわかりやすい理由というのは、当人にとって一種の脅迫だと思う。
木下さんは松月のことを好きか嫌いかには触れないで、スノー・ブロッサムを飲む。
「どうですか」
「美味しい。満開の桜に雪が降ったらって、季節は冬なの、春なの」
少し考える。
「桜が満開になれば春、雪が降れば冬」
「春に雪が降ったり、桜が勘違いして咲いたら?」
「そのときは見方を変えて、冬でも春でも好きなほうを選べばいい」
「わたしが季節を選べるわけ?」
「どっちも選ばなかったり、混ぜたりすることもできる」
「新しい季節をつくるのね」
「カクテルのようにできればだけれど」
「できるかしら」
「木下さんも、本当は22世紀の人間なんだったら、この世界の気象プログラムを少し書き換えるだけでいい」
「………………。……カクテルのほうが、いいかな」
僕たちは一次会がおわる頃を見計らって、息詰まる座敷へ戻る。
完結まで、あと――2話!!




