桜散る夜7 伊豆1
「ひでえ部署だな」
棚加の声が、岩壁に反響する。
面白かったのか、露天風呂の岩壁の角に向かって
ひでえ部署だな!
と繰り返す。
ヒデエブショダナ
反響して、林の暗やみか、星空に吸いこまれていく。
湯につかり、岩のひとつに頭をあずけて、反響と入れ替わるように、暗い林がザワザワと風に揺られているのをきく。
林のかげを見上げる。
伊豆のあかるい星空のした、ザワザワと枝が揺らいでいる。
やみ、しずかになる。
僕は岩壁に向かって、「ざわざわ」と叫ぶ。
ザワザワと反響して、きえる。
棚加が「何だ、ざわざわってのは」という。
「音だよ」
からかわれたと思ったらしい。
学生の頃ハードロックバンドのボーカルをやっていた棚加は、「なら、これも音だ」といって、アーッ、と声をはりあげる。
身体を洗っていた主里が、「それは雑音っていうんだ」といい、僕は笑う。
再び、しずかになる。
7時過ぎ。ほかに客はいない。
町はずれのわかりづらい場所のひなびた温泉宿。
別荘から近く、露天があり、毎年ここへ来ている。
温度の異なる三つの岩風呂がある。
宿の廊下を通ってドアをあけたとき、岩と林に囲まれて、うっすら湯煙のただよう無人の空間がひろがった。
ふと、躊躇した。
棚加と主里が脱衣場で裸になる。
ビールの一杯目のような
去年の同じ瞬間を思いだす。
躊躇したのは、伊豆の5月の夜気に肌をさらすせいではない。
去年は七人で、今年は三人に減った。
地方勤務になったり、仕事だったり、それぞれの都合がある。
棚加は総合商社、主里は大手電機メーカーへ入り、ふたりとも東京にいた。
ふたりにつづいて、一番ぬるい湯につかる。
足先から身体を湯のなかへしずめた。
肌にふれている外がわの部分が、隙間なく温かい湯に覆われていった。
身体の内がわで、さむけのような感覚が、したのほうからはい上がってきた。
肩までつかる。
一番ぬるい湯は、意外にぬるかった。
周囲をながめる。
洗い場があり、奥の暗い林が視界を遮っている。
都会の空にくらべて星があふれている。
月も異様なほどあかるい。
湯面は光を反射している。露天の照明だろう。
去年と同じ風景に思えた。
去年は、たしか主里がふざけて裸で林のなかへ入っていき、王様の耳はロバの耳! と叫んでいた。
くぼみくらいしか、みつからなかったらしい。
そのことをいうと、あれ去年だっけ、と主里が自分のことではないかのようにいった。
去年だよ、去年の最終日、と棚加がいい、初日だったような気がする、と僕がいい、自分のことだけどすっかり忘れてるな、と主里はいって湯から上がる。
「というより、もともとそういうのおぼえるのが苦手なんだけど」
「おれも。そんなふうに育てられてないから」
棚加が同意して笑う。




