表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/83

桜散る夜7 伊豆1

「ひでえ部署だな」

 

 棚加の声が、岩壁に反響する。

 面白かったのか、露天風呂の岩壁の角に向かって

 ひでえ部署だな!

 と繰り返す。

 ヒデエブショダナ

 反響して、林の暗やみか、星空に吸いこまれていく。

 湯につかり、岩のひとつに頭をあずけて、反響と入れ替わるように、暗い林がザワザワと風に揺られているのをきく。

 林のかげを見上げる。

 伊豆のあかるい星空のした、ザワザワと枝が揺らいでいる。

 やみ、しずかになる。

 僕は岩壁に向かって、「ざわざわ」と叫ぶ。

 ザワザワと反響して、きえる。


 棚加が「何だ、ざわざわってのは」という。

「音だよ」

 からかわれたと思ったらしい。

 学生の頃ハードロックバンドのボーカルをやっていた棚加は、「なら、これも音だ」といって、アーッ、と声をはりあげる。

 身体を洗っていた主里おもりが、「それは雑音っていうんだ」といい、僕は笑う。


 再び、しずかになる。

 7時過ぎ。ほかに客はいない。

 町はずれのわかりづらい場所のひなびた温泉宿。

 別荘から近く、露天があり、毎年ここへ来ている。

 温度の異なる三つの岩風呂がある。

 宿の廊下を通ってドアをあけたとき、岩と林に囲まれて、うっすら湯煙のただよう無人の空間がひろがった。

 ふと、躊躇した。

 棚加と主里が脱衣場で裸になる。

 ビールの一杯目のような

 去年の同じ瞬間を思いだす。

 躊躇したのは、伊豆の5月の夜気に肌をさらすせいではない。

 去年は七人で、今年は三人に減った。

 地方勤務になったり、仕事だったり、それぞれの都合がある。

 棚加は総合商社、主里は大手電機メーカーへ入り、ふたりとも東京にいた。

 ふたりにつづいて、一番ぬるい湯につかる。

 足先から身体を湯のなかへしずめた。

 肌にふれている外がわの部分が、隙間なく温かい湯に覆われていった。

 身体の内がわで、さむけのような感覚が、したのほうからはい上がってきた。

 肩までつかる。

 一番ぬるい湯は、意外にぬるかった。

 周囲をながめる。

 洗い場があり、奥の暗い林が視界を遮っている。

 都会の空にくらべて星があふれている。

 月も異様なほどあかるい。

 湯面は光を反射している。露天の照明だろう。

 去年と同じ風景に思えた。

 去年は、たしか主里がふざけて裸で林のなかへ入っていき、王様の耳はロバの耳! と叫んでいた。

 ()()()くらいしか、みつからなかったらしい。

 そのことをいうと、あれ去年だっけ、と主里が自分のことではないかのようにいった。

 去年だよ、去年の最終日、と棚加がいい、初日だったような気がする、と僕がいい、自分のことだけどすっかり忘れてるな、と主里はいって湯から上がる。


「というより、もともとそういうのおぼえるのが苦手なんだけど」

「おれも。そんなふうに育てられてないから」


 棚加が同意して笑う。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓ランキングに参加中です。
押していただければ幸いです。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ