桜散る夜4 喫煙室1
午後、ようやく新入社員用のPCをチンチクが倉庫から運んでくる。
最初から机に置いておけばいいようなものだが、面倒なので黙っている。
ヤムダが「ありがとうございます」とチンチクに頭を下げる。
チンチクがヤムダのPCをセッティングして席へ戻る。
どうすればいいか松月が尋ねたら、「しょうがねえなあ。そんなこともできねーのか」といわれた。
チンチクのいいそうなことだ。
PCは料金管理システムへ接続する端末で、業務用にカスタマイズされている。
セッティングできるのはチンチクだけらしい。
チンチクはもったいぶったしぐさで松月の端末をセッティングする。
松月がスミマセンと頭をさげる。
僕の端末もセッティングし、「できたぞ」と要求するようにいう。
「はい」とだけ返事をする。
チンチクは乱暴に自分の席へ戻る。
べつにどうということでもない。
端末が用意されると塩見カチョウがふらっと来て、じゃあちょっと人手が足りないもんだからさっそく、といいながら冊子を机に乗せ、「やり方は木下さんにでもきいて」と去っていく。
チンチクは強張った顔で端末画面を凝視している。
こっちを気にしているようだ。
ほうっておく。
木下さんというのは、隣にいるたぶん二十代後半の無口そうな派遣社員で、急に愛想がよくなって、まずは判子が一セットなくちゃいけないということで文房具のある棚まで案内される。
「大丈夫、すぐなれるわよ」
何のことだか、なんとなくわかる。
「そうですか」
木下さんは、棚から数種類の判子を選びだす。
「粕賀くんも去年は苦労していたからねえ。ほら、彼、入社当時からコンピューターに強かったから。コリバヤシくんなんかがプレッシャー感じて」
そうですか、と繰り返して、判子を受けとる。
料金管理システムに反映された顧客の支払い状況を冊子の未納者リストへ転記するために、判子が役立つ。
わざわざ紙に情報を写すのはセキュリティ対策だろうか、理由はあってもなくてもかまわなく、とりあえず機械的に作業をする。
一時間ほど過ぎて、喫煙室へ連れていかれる。
オオチクが自動販売機でアクエリアスを買う。
「キミは吸わないの」
「はい」
「そうなんだ。俺も吸わないんだけどさ、一時間おきにここへ来るから、ひょっとしたら肺ガンになっちゃうかもね。そんなこといっていたらしょうがないんだろうけどね」
わけがわからない。
喫煙室の隣には、禁煙の休憩室がある。
煙を吸いたくない松月が、あっちへ行きましょうよ、とオオチクを誘う。
「そんなことはできないよ」
と拒否される。
ガクレキが「吸わない奴は向こうにおればええんや」といっても、「いやいや、そんなことはしませんよ。めっそうもない」とオオチクは否定する。
僕と松月は、かまわず休憩室へ移動する。
テーブルのポットに緑茶が入っていた。
ふたりで飲む。
ガラスの向こうは煙が充満している。
ヤムダがしきりにコリバヤシを笑わせている。
「どう思う」と松月がいう。
少し考える。
ヤムダか、コリバヤシか、喫煙室か、職場か。
ひっくるめたすべてのことだろうか。
どれでもかまわなかった。
「何を」ときき返す。
「仕事はまだよくわからないけどな……何でもない。すまん」




