桜散る夜3 エルダー1
料金センターは、カスタマセンターとは駅の反対方向の多目的ビルにあった。
一階はフェンディやエルメスの店舗が並び、二階がホールになっている。
三、四階に画廊や喫茶店、ウェディングドレスの並んだ店。
五、六階はM社のグループ会社、七階に料金センターがある。
ビルは十四階建てで、カスタマセンターのあった十二階建てと比べてエレベーターは小さく、警備員はいない。
樽は、どこにもない。
初日は9時出社の指示があり、8時50分にビルへ着く。
新しい職場は、まだ暗い。
ブラインドが下ろされ、一部分だけ照明がついている。
「おはようございます」
明かりのついているほうへ挨拶をする。物かげからくたびれたスーツがあらわれた。
年齢は六十にも七十にもみえる。
小柄で猫背、頭の前半分が禿げあがり、眼がしょぼしょぼしている。
もう一度、挨拶をする。はっと気づいたように、そういえば今日は新入社員の来る日だったか、と独り言のようで、念のため「はい」と返事をする。
「そうか、しかしまだ担当者が来ておらなんだ。なにしろ九時半からなもんでな。君はひょっとしてもしかすると、早く来るようにいわれたの」
「はい」
「そうか、さてどうしたもんか。まあこうしていてもナンだからとりあえず君の席はと……ちょっと君、この座席表をみて自分の席を探してくれんかの」
「はい。わかりました」
何もない自分の机に鞄をおく。
松月とヤムダが一緒にあらわれた。
研修で岐阜のCS部にいたヤムダは、本配属の発表をきいたとき、「栄でよかったよ。料金だけど」と小声でいった。
そのいい方が松月の癇に障ったらしい。
「料金だって大事な仕事だ」
カスタマセンターをあれほど毛嫌いした男がそれをいうか、と僕は思う。
「いや、そういう意味じゃなくてさ。まあいいよ……」
ヤムダは、ヤムダしちふくのように片方の眉毛をひょいと上げることこそしなかったが、黙った。
いいならいいさ。松月は僕にだけきこえるようにいった。どういうわけかヤムダをよく思っていないようだった。
今朝はその辺でたまたま会ったのか、一緒に出勤してきたので思い過ごしかもしれない。
研修最終日に本社からの帰り、ヤムダと初めて話した。
誕生日プレゼントのこと以外はおぼえていない。
その話もヤムダではなく、ほかの誰かからきいたような気さえする。
「俺は彼女の誕生日とかより、何でもない日に、ほら、ってあげたいね。それで相手を驚かせたい。逆に、誕生日はおもしろくないから、べつにあげたくないね」
ヤムダからきいた話なのに、長岡あたりからきいたように感じられるのが不思議だ。
一枚しかない座席表を渡して、松月とヤムダも自分の席につく。
とくにすることもない。
しょぼしょぼした眼を向けられた。
「ひょっとしてもしかすると、君がその席なのかね」
「はい」
「ナンとまあ、こんな奇遇もあるんだねえ、君が私と同じ担当なのかね、どうぞよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします」
「まあいろいろあるけれども、とりあえず最初なのでそれはおいおい」
「はい」
松月から戻された座席表をみる。
しょぼ眼は、塩見という名前で★印がついている。
★印は課長、という注意書き。
しょぼ眼の塩見カチョウの部下になるらしい。




