桜散る夜1 ホットドッグ4
10分で準備する。駅まで走って9時過ぎの電車に乗る。阿寸さんには会わない。本配属が栄だったらこれくらいの時間でもいいだろうか。つり革につかまる。呼吸を整える。電車は(たぶん)予定どおりに駅を出発する。
地下鉄の窓に反射する自分の姿をながめて、ネクタイの結び目の位置や形が気になったが、よくみえない。
腹が
ぐう
と鳴る。
両隣はイヤホンで耳をふさぎ、前に座っている人々は眼をとじている。
普段からよほど早起きでもしないかぎり、朝食は用意するのも食べるのも面倒だった。
今朝は走ったせいか腹が鳴り、下車したあともつづいて、通勤途中の地下街のパン屋に、一瞬ためらいつつ、入る。
いらっしゃいませ
さわやかな店員の声がした。
明日も来ようと思いながら、トレイをとる。
メロンパンやカレーパンや胡桃パンが棚に並んでいる。
何人かは店に入るなり
いつものパン(たぶん)
をさっと選びレジへ急ぐ。
それで時間がないことをいちいちしらされた。焦ったところでしょうがない。
「いつものパン」はサンドイッチやクロワッサンが多く、ときどきメロンパンや胡桃パンもある。
「いつものパン」があれば
それ以外のパン
もあるだけのこと(カレーパンは一度もみかけない)。
パンは十数種類あり、いくら腹が鳴っているとはいえ、できれば本当に食べたいパンを選びたいけれど、どのパンなのかはっきりわかるわけがない。風味のきついカレーパンを朝から選ぶことはなくても、どのパンを食べたいかについては、ただ予感めいたものがあるにすぎない。
風見鶏のように方向を示す程度の兆しにすぎなくても、正反対や見当違いのほうへ行ってしまうミスは避けられそうだ。
その予感がなかったら、きょう、会社へ行くことはなかったかもしれない。
同じ予感(のつもり)で、ホットドッグをトレイに乗せる。
レジの店員は髪をポニーテールにまとめ、胸に
百枝
というネームプレートをつけている。
「爪楊枝、つけておきますね」
「はい」
代金を支払う。
「……は?」
「え?」
「………」
「………」
「……いえ、何でもないです」
ホットドッグの入った紙袋を受けとる。
店をでて、確認したら、たしかに爪楊枝が入っていた。
(どうして、ホットドッグに、爪楊枝が)
パンにではなく、ソーセージにささっていた。




