深海を歩く夢を見る
メトロが何処かの地下を走っていく。
地下鉄の車窓はロマンの欠片もない暗い壁面ばかり。
それが意図するのは透明なビニールで一部中身が見える封筒と同じ類のもので。
これ以外に言えば、そこには席に座る己の姿があるばかりだ。
目を閉じると俺の眼前に眠った己の姿が浮かび上がる。
眠るようにある、皮膚だけで形作られた中身のない己の姿だ。
皮膚が全部するりと剥けた中身のない己の形と、互いの鼻の先っちょで辛うじて繋がっている。
翻って俺は全身の皮膚をべろりと剥かれ、充血した筋肉がほの暗いところでなまめかしく出本の分からない微光に当てられ照っている。
薄皮が形作る己は眠るように瞳を閉じ、眠っている俺はジッとそれを凝視する。
皮膚が剥がれて瞼がなくなったせいで二つの眼球は慄くように動かず、ただ乾いていく。
やがて筋肉だけの俺も、皮だけの己もその眼球を残してドロドロと溶け排水溝に流れ込んでいく。
二つ残ってた眼球はコロコロ転がるが、決して互いに目を合わそうとしない。メドゥーサと目を合わしてはいけないように、きっと分かってそうしないのだ。
本来、自分の右目と左目が視線を合わせることは起こりえない。いくら鏡を合わせても、視線が交わることはあり得ない。
目を合わせる筈のないものが、そんなことをしてしまえば取り返しのつかないことになる。
しかし二つの瞳は微弱な磁力で引かれあうように、視線が行き場を失っていき遂に交差してしまう。
すべてが冷たく、重くなっていく。
これが石になるということか。
車窓に光が満ち、男は穴倉に帰るなり寝床に潜り込み深海を歩く夢を見る。