目標
「アナタも『ハナタバ』なんですよ、彩川 未来」
小人がそう言った時、風が止んだ。
「私が…『ハナタバ』?」
ズキッ
また、あの頭痛だ。
思わず頭を抱えて、その場に倒れそうになるが、とっさに踏みとどまる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◆◆◆◆◆◆◆
頭の中で記憶が湧き上がる。
雨が降っている真っ暗な海、それを前に立ちつくす人。
あの人だ。
私は何故かそれを見て泣いていた、悲しんでいた。
しかし、あの人は振り向いてくれない。
そして、あの人が飛び降りる…!
と、同時に私は前に踏み出して彼の背中を追い掴もうとする。
掴めないって分かっているのに。
「駄目っ!」
せめて彼の×××××さえ変えられば…!
そう思って走った。
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「はぁはぁ…!」
私はフラフラになってその場に屈む。
額に手を当てると汗でびっしょりだ。
小人が手すりから私の目の前に降りてきた。
「大丈夫ですか?…その様子だとかなりの記憶障害が起きてるみたいですが」
「大丈夫……ねぇ、『ハナタバ』は人や物には触れることはできるの?」
「え、ええ?あ、えと、いえ、触れられませんよ」
「そっか…そういうことね…」
あの時、あの人が飛び降りる時に”掴めないって分かっている”そう思ったのは当然だ。
私は『ハナタバ』だから触れることができるわけなかった。
幽霊はすり抜けてしまう。
そういうことなのだろう。
私は立ち上がって再び手すりに寄りかかる。
夜空を見上げる。
……。
私は『ハナタバ』。
幽霊みたいなもの、妖精とかその類。
よく知っている。
なのに忘れていた。
パタパタと小人が私の横に飛んできて手すりの上に座る。
「落ち着きました?」
「とりあえずは…ね」
ただ、自分のことが分かったら今度は別の疑問が出てくる。
「じゃあ、なんで私は普通に会話したり物に触れたりできるのかしら?」
「それを私は聞こうと思ってたんですよ」
小人は私の顔を見てから再び顔を逸らす。
「まぁ、その様子だと分からないみたいですね」
そして、ハァとため息をこぼす。
小人の顔を見ると心底がっかりしているようだ。
顔に出ている。
「あなたも私にみたいになりたいの?」
「当たり前じゃないですか、目の前に触れたい人がいるのに触れられない…この気持ち分かりますか?」
私の顔を見らずに前を見て小人は語る。
「触れられないから触れているふりをする、それしか私にはできなかったのに、アナタみたいな『ハナタバ』が居るのを見て、何か方法があるんだと思ってたんです…!」
小人の頬を涙がなぞる。
それを見て聞いた時、かつての自分を思い出す。
「…私も、あの人に初めて触れた時。あなたと同じ気持ちを持っていたわ」
あの人と別れた炎に包まれた部屋で、私はあの時に初めて彼に触れた。
「その時に湧き上がった感情はあの嬉しさは今でも覚えてるの」
この小人はそれができていない。
でも、私はできたのだから方法はあるはずだ。
「ねぇ、あなたの名前…教えてくれる?」
「…柊です」
「そっか、素敵な名前ね」
すると柊は少し表情が明るくなった。
きっと大切な名前なのだろう。
「柊…私はあなたの願いを叶える方法を探すわ」
「!」
柊が驚いた顔になる。
「でも、どうやって?」
「とりあえず私は私の探している人を追えば分かる気がする」
「なんか、ふわっとしてます…」
じーっと私を見る柊。
疑っている。
私は目を閉じる。
「ま、まぁ。少なくとも私がこの体になったのは、あの人と何かあった…からだと思うの」
「ふーむ」
チラッと様子を見ようと柊が私の顔の前にいた。
「きゃあああ!?」
「うわあああ!?な、なんですか!?」
思わず声を上げて叫んでしまった。
「いや、だって!いきなり真ん前にいるもの!驚くわよ!」
「あ、なるほど。これは失礼いたしました」
「思ったより冷静ね!?」
ぺこりと頭を下げる柊。
「…本当に探していただけるんですか?」
ゆっくり顔を上げる柊。
まるで恐れているかのよう。
そういう経験があったのだろうか。
「ええ、あなたの気持ちはよく分かるもの…なんとかしてあげたい」
「……あの、アナタのこと未来さんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「いいわ、呼び捨てでも良いし呼びやすいように呼んで」
「はい…!」
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そして翌朝へ。
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午前7時21分。
私はソファの上で目を覚ます。
周りを見ると相変わらず書類が散らかっている東谷探偵事務所2階。
私のいるソファと反対側にあるソファの上には東谷瑠紅が昨晩、掛けた毛布を下に落としてお腹を出して寝ている。
私は立ち上がって、東谷に毛布を掛けなおす。
「さて…と」
「未来、おはようございます」
そう言って現れたのは柊。
パタパタ飛んで私の肩の上にちょこんと着地する。
「柊、おはよ」
「瑠紅は目覚ましが鳴るか誰かが起こさないと起きませんよ」
「あら、それなら、その間に朝食を作ろっかな」
「アナタ料理できるんですか?」
「いや、全然」
「えっ」
柊は固まった。
「でも、大丈夫よ。僅かに、あの人が料理をしていた記憶が残ってるからそれを元にすれば…ね?」
「嫌な予感しかしないんですが」
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料理すること20分。
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とりあえずチャーハンというものを作っていた。
が、東谷探偵事務所の冷蔵庫には卵と葱ぐらいしか具になりそうなものがなかったので、卵葱チャーハンになった…!
「うん、完成ね」
「多少、焦げてますけど」
「そこは私が食べるから大丈夫よ」
「いや、そうじゃなくて」
フワァ〜!という音が背後…正確にはソファのある方から聞こえてきた。
「あー、よく寝たぁ…あり?未来、何してんの?」
東谷が目を覚まし、周りを見たあとキッチンにいる私に気づく。
「おはよ、朝ごはん作ってたのよ」
「あ、マジか!!?すまん、ウチがやらいかんのに…」
「いいわよ、これくらい。はい、どうぞ」
私はフライパンからチャーハンを皿の上によそってからソファの前にあるテーブルに運ぶ。
「うおっ!めっちゃ美味そう!よく、あのすっからかんの冷蔵庫の中身で作れたな!」
「あはは、味の保証は…できないけどね?」
「そうなのか?別に悪くはなさそうだぞ?」
いつの間にかデスクの上に移動してから、こちらをじーっと様子見ている。
視線が刺さる刺さる。
「だと、良いけど」
「まぁ、ちょっとぐらいの失敗は大丈夫だって」
そう言って二ひひと笑う。
「そうね、じゃあ…いただきます」
「いただきまぁす!」
私はこの料理を作る時。
料理経験のない私が何故、作ろうと思ったのか。
それは、あの人に再会した時に可能なら、ご飯とか作ってあげたいと思ったからだ。
だから料理に慣れておくべきと思ったので料理をした。
私たちはスプーンでチャーハンを掬い口に運ぶ。
ほぼ同時に口に入った。
「「不味っ!?」」
お互いに別方向に、盛大に噴き出した。
「ゲホゲホ!何これ塩辛い!」
「み、未来…塩コショウどれくらい入れた…?」
「え、えーっと…あの塩コショウの容器の半分は入れたと思う…」
「それは入れ過ぎだ!」
そして私は学んだ。
料理は慣れておくものではなく、練習するものだと…。