アリスと氷の部屋
アリスは今日もおじさんのことが大好きでした。
もし、彼が料理上手でなければアリスも町の人と同じように軽蔑の眼差しと嘲笑を惜しみなく振りまいていたことでしょう。
ぶよぶよのお腹を揺らしピエロのような笑みを浮べながらゲイシーおじさんは、
アリスの前に本日のメインディッシュ、レアに焼き上げたラムチョップ差し出します。
天使の笑みをこぼす小さなアリス、
天使を見て満足感覚えるふとっちょピエロ。
「世界中の調味料の中で、何が一番だと思うかい?」
おじさんは大きな鼻をプクッと膨らましながらアリスに話しかけます。
「もゥ〜何度も言ってるじゃない」
アリスはピーマンを愛犬のフェラリアがガッついているエサに紛れ込ませます。
「何度も何度も言っているじゃないか」ゲイシーはその巨体を震わせて言いました「ピーマンは身体にいいんだから食べなきゃダメだよ。それで、調味料の話なんだが・・・」
「何度も何度も何度もゥ〜〜〜! アリスはピーマンが嫌いです!」
そしてラムチョップに添えてあったピーマンを全部、フェラリアの口に押し込みました。
「それで調味料なんだけどね」ゲイシーはあきらめたようなピエロの顔をして話を続けます「これさえあればどんな食材でも美味しく食べられるんだよ」
「嫌です、アリスはピーマンが嫌いです!」
「答えはね・・・空腹さ、お腹が空けばどんな料理だって美味しく食べられるんだよ。例えば3日間何も食べないでいて、そしてやっと食べれる一個のおにぎりのなんて最高だね」
「フェル、骨あげる」愛犬に子羊の骨をあげながら、アリスの耳がピクリと動きました「・・・本当?」
「本当さ、何十倍、何千倍も美味しく感じられるんだよ」
「がまんできるかな」アリスはフェラリアと同じように子羊の骨を舐めて考えました「3日なんて我慢できないです」チロチロと骨をしゃぶり「でも、どんな味なんだろう」はしたなくチュパチュパと音を立てよだれをたらします。
ヨウヤクノッテキタナ。
とゲイシーは舌なめずりの笑みを浮べました。
「なら、僕の地下室を貸してあげよう。其処に君を閉じ込めて鍵をかけてしまえば、どうあがいたって3日間は絶食さ」
「う〜ん・・・3日後の食べ物がピーマンなんて事はないですよね?」
小ざかしいガキだな。
でも子供なんてものは甘いものを目の前に差し出せば素直になるものさ。
デザートのシャンパンジェラートでアリスを宥めます。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・」
小さな天使のアリスは、
ピエロの冷えた地下室で過ごすことにしました。
一人っきりは淋しいので。
愛犬のフェラリアも一緒に断食生活です。
ここから出られたらどんな美味しいものが待っているんだろう。
希望に胸を膨らませて、
アリスもフェラリアも口の中がよだれでいっぱいです。
夜、空腹で目を覚ましたアリスは。
周りに誰もいないことに気付きました。
フェラリアだけ、父さんも母さんもいません。
冷たいかべと冷たい天井と冷たい床だけ。
声を上げました。
誰の耳にも入りません。
陽気に歌ってみました。
お調子者のピエロは扉を開けません。
淋しくて涙を流しました。
そんな事は誰も知ることはできないのです。
時間がたちました、時が流れました。
でもアリスにはよくわかりません。
暗い氷の地下室でうなだれたまま、
暖かい愛犬を抱きしめて扉が開くのを待ちます。
何日経ったんだろう。
何十日経ったんだろう。
おじさん、アリスの事忘れちゃったのかな。
でもみなさん心配しないで下さい。
アリスはまだまだ元気です。
フェルも一緒だからお腹が空いたって大丈夫です。
フェルが一緒だからお腹が空いたって大丈夫です。
外から階段を下りるリズムに乗った足音が聞えます。
陽気な声が聞えます。
ピエロの鳴き声です。
あの子はどんな顔をするだろうか。
あの子はどんな反応を示すだろう。
僕は、僕は、そういう事を想像するが好きなんだ。
ピエロは不気味に顔を歪ませながら、冷蔵庫の扉を開きます。
とたんに、
一陣の風のように子供が飛び出しました。
「ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン、ゴハン・・・」
地下通路を駆け上がり、食卓へ、そして・・・
「ギャー!!!!!」
悲鳴。
どうした事かと、ゲイシーおじさんが食卓へ行ってみると、
其処には残った生命力を使い果たした絶食少女の姿。
「やっぱりピーマンだぁ〜! 全部ピーマンだぁぁぁぁ〜! 大嘘つきぃぃぃ〜!」
「ふふん」
「アリスはピーマンが嫌いです!」
「でもここにはもうピーマンしか食べ物はないんだ、食べないと死んじゃうぞ」
「アリスはピーマンが嫌いです! ブロッコリーも嫌いです! ニンジンも嫌いです! おじさんなんか大ッ嫌いです!」
そして渋々、ピーマンを食べ始めました。
苦ピーマンを噛み潰したような顔で。
「どうだ? 空腹だから美味しいだろう」
「まじゅい」
ふて腐れた天使の顔を見ながら、ピエロは笑いました。
しかしすぐに笑いを止め不思議なことに気付きます。
「アリス・・・服はどうした?」
よく見ると、アリスは服を着ていません。
「それにフェラリアはどうしたんだ?」
「とちぇもまじゅい」
心配になったゲイシーはもう一度地下室の扉を開けました。
フェラリアは死んでいました。
アリスの服を喉に詰め込んで
ゲイシーはアリスに問いかけます。
「フェラリアが死んでいるぞ」
「うん」
空腹だからってまじゅいもんはまじゅいです。
「いったい何があったんだアリス?」
「あのね、フェルがお腹が空いて苦しそうだったから、私の服をあげたんです」
「どういうことだ?」
「あのね、フェルがねお腹が空いて我慢できなくなって、アリスを食べようとするの、だから私の臭いがついたお洋服を先にあげたんです」
「本当か?」
「あのね、フェルが言ったんだ「僕はこのままだとアリスを食べてしまうかもしれない」って。それで自分の頭を壁に向ってガンガン叩き始めたんだ、かわいそうだから私のお洋服をあげたの、これを噛んでいれば少しは気がまぎれるかもと思って」
「本当に本当か?」
「うん」
アリスは天使の笑顔を放ちました。
ピエロは釣られて笑ってしまいました。
天使もピエロも笑顔がよく似合います。