8-1-7 依頼(1/2)
階上のどの部屋かまでは聞いていなかったが、気配を辿れば直ぐに分かる。
部屋の前まで来て、ノックを三回。
どうぞ、とリリアのくぐもった声がしたので中に入る。
「女性のお客さんがお見えだ。エントランスで待っていてもらっておる」
「わざわざ取りに来たのね。律儀なこと。ソウジロー、ちょっと手伝って頂戴」
などと言いながら、澄んだ緑の液体が詰まったフラスコのようなビンが複数本入った箱を押し付けてきた。
メロンジュースのような色だな。
箱を両手で持ったところで、軽く背を押されながら部屋を出て、階下へと降りる。
「あら、アルマだったのね。こんばんは」
「どうもリリア様。ご無沙汰しております。今日はお薬の引き取りに伺いました」
「ちゃんと出来てるから安心してね。でも、結構重いわよ? アルマで大丈夫かしら?」
「ええと、どのくらいでしょうか?」
「このくらいね」
後ろに控えていた己の持つ箱を指し示した。
確かに女性が持つならば重めではある。
リリアが持ちたくないと思い、己に押し付ける程度には、だ。
もっとも、己にとっては大した重量ではない。
「ソウジロー、その箱置いてもらえるかしら」
己は一歩前に出て、アルマと呼ばれた女の前に箱を置いた。
アルマはその箱を持ち上げようとし、数秒固まった後に顔を上げた。
「これ、多すぎません……?」
「先月の倍くらいあるしね。その分重いのは仕方ないわよ。というか、アルマが来るなんて誰の指示よ?」
「ええと、その……」
なにやら口篭っておる。打ち明けられない理由でもあるのということか。
この重量物を女の細腕で運ばせるなど、どう考えても嫌がらせに他ならない。
何より、指示した人物のことを口に出来ない様子を見て、一つ思い至る。
もしや――
「アルノー、か?」
ついうっかり口を挟んでしまった。いやはやうっかりうっかりだ。
「……ッ!」
効果は覿面だったようで何よりである。
ということは、だ。
あの野郎、直接来れないものだから先にアルマを行かせ、アルマが持ち帰れず応援を呼びに戻ると同時に、自分が応援として屋敷に来る腹心算だったのであろう。
クズすぎる。
「良い。みなまで言うな。集落へは拙が持っていこう」
「そうね。それじゃ、私も行くわ」
「いけませんリリア様! 兄はリリア様を狙っておいでなのです!」
何とアルノーとアルマは、兄妹だったらしい。
言われて見れば名前が似ている。
先の言動を見るに、アルマの方は至極真っ当な性根をしており、アルノーとは全く似ても似つかぬようだが。否、比べること自体が失礼か。
「分かってるわよそのくらい。いい機会だから、そろそろ思い知らせてやるのよ。私が何者なのか。そして、私にちょっかいを掛けるのがどれ程愚かな行為なのか、ね」
刹那、ゾクリ、と背筋が寒くなった。
これはいかん、アルノーが消えてしまう。
ガス抜きは未だ不十分であったか。これは不味いか。
「リリア殿、件の輩は拙が対応する。卿は手出し無用で頼みたい」
「何でよ? ソウジローには関係ないじゃない」
「関係大有りだ。昨晩、拙が言ったことを覚えてはおらぬのか?」
「……分かったわよ」
おぼろげながらにも、それなりに自覚はあったのであろう。
不承不承と言った様子ではあるが、許諾してくれた。重畳である。
「貴方様は、家令ではないのですか?」
「否だ。この服は借り物で、家令などではない。この屋敷で世話にはなっておるがな」
己は箱の蓋をしっかりと閉め、おもむろに空間収納を開けてそこに箱を突っ込んだ。
その様子にアルマが目を白黒させていた。
空間収納を初めて見たのであろう。
「ソウジロー、魔力制御できないのに空間収納は使えるのね」
「どうもこの収納、魔力制御は全く関係ないようでな。開け閉めを意識するだけで良いので便利だ」
「ああそっか。収納領域は総魔力量だけしか見てないってことか。とすると、転移なんかもそうなのかしら」
「さてな。転移は使ったことが無い故、分からぬな。それ以前に、現状では暴走が怖くて使う気にならぬよ」
「確かにそうね」
転移に失敗すれば、即死の未来が大口を開けて待っている。
更に魂までもが消滅するのだ。
こんな危険なものを、練習もせずにぶっつけ本番で使う方がどうかしている。
練習をするとしたら、目に見えている範囲から、ゆっくりと少しずつ始めるべきであろう。
とはいっても、制御訓練が終わってからになる。
今は考えるだけ無駄なのだ。
屋敷を出てアルマ、リリアと共に、集落へと歩く。
一応だがアルノー対策として叢雲を帯刀している。
抜くことは先ずもってありえないであろうが。
しかしなんだ、執事服に刀というのは違和感が凄い。
やはり、帯刀するならば和服でなければ締まらないというべきか。
数分の後、集落に到着した。
アルマの案内に従い、長の住処へと向かう。
エルフ集落では皆が皆、樹の中腹辺りに家を作っているようだ。
中央に在る樹には、螺旋階段のように足場が組まれていた。
組まれていると言うよりは、生えている。
この樹は一体どういう植生なのか。
「土と水魔法の応用で階段を作っているのですよ。生えているように見えるのは、樹が生長して取り込んだからですね」
階段を上りながら、植生について無駄に考えていると、アルマが答えを教えてくれた。
上りきってから中腹の足場を移動していると、程なくして一軒の家、というよりは小屋の前に着いた。
「ソウジロー、入る前に箱出して」
「あい分かった」
無駄に空間収納を見せる必要は無い、と言うことであろう。
即座に収納から箱を取り出し、両手に抱える。
箱を抱えて長の家に入ると、似た顔立ちの男が二人、椅子に座っていた。
一方は髪が短く、一方は長く後ろで束ねている。
アルノーは長の息子だと言っていたので、どちらかがそうなのであろう。
「これはこれはリリア様。ご足労いただき、申し訳ありません」
「気にしないでアルフレッド。アルマじゃ持てそうになかったから、運んできただけよ」
長い髪のほうはアルフレッドと言う名らしい。
腰の低そうなこちらが長か。
「こちらの箱に入っておる」
「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます」
抱えていた箱を、長の足元に静かに置き、中身を確認しやすいように蓋を開ける。
「んだよ、昨日居た兄ちゃんか。リリアのとこで下男でもやってんのか?」
と、ここで、もう一方の男から声が掛かる。
昨夜聞いたのと同じ声だ。
髪の短い、無駄に尊大で、無駄に失礼な方がアルノーで間違いなかろう。
しかし初対面に近いのに、何故こうも上から目線なのか。
更に言えば、己は小間使いの下男などではない。
「違うわ。昨日言ったわよね、私の客だって。丁度男手が欲しかったし、運ぶのを手伝ってもらっただけよ」
「ハッ。どーだかなあ?」
「何処かの卑怯な誰かとは違って、誠実で有能で立派な男よ」
「……チッ」
下手に口を出すと薮蛇だとでも悟ったのか、舌打ちしおったぞこの男。
では己が藪を突いてみるか。
「今朝方、屋敷近くに来ていたのは、卿か?」
「ああ? だったらどうしたってんだよ」
「いやなに。気配が完全になくなった後、様子を見に行ったら地面が濡れていたのでな。覗き魔が粗相でもしたのかと、少し気になったのだ」
完全に嘘である。
態々確認など、そんな面倒なこと誰がすると言うのか。
単なるカマ掛けという奴だ。
「て、めえ……っ!」
図星だった模様。
わなわなと震えておる。
そうかそうか、漏らしたのか。
しかし此奴、腹芸の一つも出来ぬとは。とんだ愚物である。
とすると動かなかったのは、気絶していたが故であろうな。
「やはり、か。あの程度で気絶して漏らすとは、全くもって情けない限りだな」
「てめええええええ!!」
少しの煽りでアルノーは激怒した。瞬間湯沸かし器も斯くやである。
それにしても、煽り耐性無さ過ぎるであろう。大丈夫か此奴。
ちらりとリリアを見やれば、必死に笑いを堪えて死にそうになっておる。楽しそうで何より。
右腕を振り上げながら、己に向かって突撃してくるアルノー。
だが、遅い。
止まって見えるほどに遅すぎる。
受けたところで痛痒にも足らぬとは思ったのだが、それはそれで面白くない。
故に、すい、と半身で避け、ついでとばかりに足を払っておく。
勢いがあったために、アルノーは盛大に転んだ。
「何をしておるのかね、卿は」
「表出ろてめえ! ぶっ殺してやる!」
「ほう? 拙を殺すと申すか。良かろう、これに耐えられれば相手をしてやろうではないか。――この程度で、死んでくれるなよ?」
己はアルノーに本気で殺意の塊をぶつけてやった。
刹那、ビクンッ、と身体全体を大きく跳ねさせ、痙攣を起こしながらアルノーはその場に沈む。
何がとは言わぬが、漏れた。盛大に。
「アルノー!?」
「兄さん!?」
突然意識を失って倒れ込み、水溜りに沈むアルノーに驚いたのか、アルフレッドとアルマが青い顔をしながら声をあげた。
「心配せずとも死んではおらぬ。気絶しただけだ」
「ソウジロー、私たちも居るんだから手加減してよ……」
見ればリリアですらも同様に青い顔をして、胸元を押さえていた。
いかんな。方向性は絞ったが、溢れた殺意に当てられてしまったか。
「今朝のときよりずっと怖かったわ。死を覚悟させられるなんて久しぶりよ……」
「ふむ、それは済まぬことをしたな。しかし、またしても容易に気絶してしまうとは、此奴、本当に情けない男だな」
水溜りに沈む情けない男、アルノーを見る。
時折ビクンビクンと痙攣しているのが、地味に怖い。
「外に出そうにも、触りたくないわね」
「仕方がないな。己がやろう」
濡れてない場所を選んで掴み上げ、出入り口からポイと捨てるように投げた。
中腹の足場で止まるはずだが、地面まで落ちたらそれはそれでいいか。
その間に、リリアが濡れた床に対して、洗浄の魔法を掛けていた。良い判断だ。
「さて、用事は済んだな。屋敷に戻るかね?」
「そうね、そうしましょうか」
「リリア様、お待ちください」
アルフレッドから声が上がる。
アルノーを気絶させたことを怒られるのかとも思ったのだが、
「集落住民の行方不明の件なのですが」
全く違った。
「何か進展でもあったの?」
「はい。ここのところ集落外に出るときには、三人一組で動くように徹底していたのですが、一つの組が襤褸を纏った何者かに襲われたと、報告がありました」
「続けて?」
「幸い襲われる寸前で気づき、激しく抵抗したために無事だったようです。その後、応戦して手傷を与えたところ、エルムントの王都方面へと逃げ去ったそうです」
「そう。王都方面に、ね」
この森を出てから王都の方面には、村や街が一つも無いと言う。
となると必然的に王都が目的地、もしくはその先の何処かと言うことであろう。
勿論、王都方面に一度逃げたと見せかけ、別の方角へと足取りを変えることも考えられるが。
「手傷と言うのは具体的にはどの程度なの?」
「左の肩口に即効性の麻痺毒を塗った矢が、直撃したそうです。しかしながら、麻痺で鈍る様子も無く逃げ去ったのだとか」
「耐性持ちか、事前にレジストポーションの類を服用していたか。どっちにしても厄介ね」
「全くです」
襤褸を纏った怪しい人物に襲われたと言うことは、行方不明者続出に関係している可能性が非常に高い。
状況から言えば、恐らくはその者が主犯格なのであろう。
しかも麻痺毒が効かないという用意周到さ。否、慣れているというべきであろうか。
対エルフの準備は万端整っていると見たほうがよさそうだ。
「厚かましい願いだとは重々承知の上ではあるのですが、リリア様。王都での調査と捕縛、可能であれば浚われた者たちの救出をどうかお願いしたく……」
非常に沈痛な面持ちで、アルフレッドが切実な願いを口にした。
「うーん、王都か……。ソウジロー、どうする?」
「ぬ、拙か?」
「ええ。戦力にもなるしどうせなら一緒にどうかと思って」
「構わぬぞ。制御訓練は戻ってからすれば良い故な。だが、一つ条件を出したい」
「条件?」
「リリア殿にではなく、集落の長であるアルフレッド殿に対してだな。アルノーの持つ全ての権力と権威の剥奪が条件だ」
己の提案を聞き、リリアが軽く笑みを浮かべる。
うむ、実に良い顔だ。
「あら、それは良い条件ね。アルフレッド、それでいいかしら?」
「……民の命の方が大事ですな。承知しました、お約束しましょう」
「それじゃ屋敷に戻って準備して、明日の朝出発ね」
「あい分かった」
己とリリアは依頼締結をした後、アルフレッドの家を辞して屋敷へと戻ることとした。