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7-1-6 魔力制御

 明けて翌日。

 身体に圧し掛かる重さと、締め上げられる圧迫感と、微妙な冷たさと暖かさと甘い香りで、おれは目を覚ました。

 何事かと視線を落とせば、己の身体の上には素っ裸のリリアが抱きついていた。

 涎を垂らしながら、すいよすいよと幸せそうな顔を浮かべながら寝ている。

 甘い香りの発生源はこの娘自身で、胸元の微妙な冷たさは涎か。


 首だけを捻ってベッドの横を見ると、昨日リリアが着ていたと思われる、見覚えのある衣服があちこちに散乱していた。

「……?」

 どういうことなのだ。


 確か寝入るときは横に居て、かつ、着衣の乱れも見られなかったと言うのに。

 何故にこの娘は裸になって、上に載って抱きついておるのか。


 密着状態による柔らかさと暖かさは心地良いが、そう思っている場合ではない。

 己は朝の生理現象まで起きているのだ。


 これは不味い。

 実に不味い状況だ。


 唯一の救いは、己の着衣に乱れは無いと言うところか。

 ここで迂闊に起こせばどうなるか分かったものではない。

 思考を高速回転させていると、リリアが身じろぎしたのであろう、もぞりと動いたのが分かった。


 不味い不味い不味い。

 起きるまでの刻が無さ過ぎる。


 寝たふり。そうだ、寝たふりをしておけば殴られるだけで済むはずだ。

 即座にそう思い至り、目を閉じ身体全体を脱力し、全力で狸寝入りをする。


「ん……ぅぅ……」

 目を閉じているために状況把握はできぬが、完全に起きたのであろう。

 頭を上げて寝ぼけ眼を擦っているようだ。

「ぇ……お腹に、硬、い? これ、な、ぁ……っ!」

 少しして、完全に脳が覚醒した模様だ。

 慌てたような声が聞こえてくる。


 己を起こさぬように気を使ったのか、静かにゆっくりと身体を起こし、一切の音を立てずにベッドから降りた。大したものである。

 降りた先でひとしきり動き回った後、ごそごそと何かをし始めた。

 恐らく服を着ているのであろう。


 ここまでくれば己も起きて大丈夫であろう。

「む、う? ……お早う、リリア殿」

 今しがた起きました。とばかりに眼を擦りながら上半身を起こし、リリアの後姿に朝の挨拶を掛けてみる。

 刹那、ビクンッ、と小さく彼女の身体が跳ね上がった。

 ほぼ完璧な演技であろう。リリアは逆方向を向いているため、見てはおらぬが。


「お、おは、よう」

 ギギギギギ、と音が立ちそうなくらいぎこちない動作で、首だけを振り返り挨拶を返してくる。

 恥じらいのためか、頬どころか顔全体が朱に染まっている。

 どれだけ動揺しておるのか……。

 良し、ここは一つ、殴られる前に昨夜の状況説明をしておこう。

「覚えておるかは分からぬが、昨夜話をしているときに卿が酔い潰れてな? ソファで寝かせるのは忍びないと、ここに運び込んだわけだ。その後、せつは別のところで寝ようと思ったわけだが、卿が拙の首に手を回してどうにも離してくれぬのでな。故、仕方なしに同衾していたという訳だ。勿論、寝入った卿の貞操を奪うなどと卑劣な真似はしておらぬ。安心して良いぞ」

 口を挟まれる隙間無く、一息に言ってのけた。

 殴られる覚悟はできている、さあ来い。


「そ、そう。手は出して、ない、のね」

「然り」

「……」

 おや? 来ない。

 どころか、少し俯き加減で右手を口元にやり、何か思案している。

 早々には信じられぬか。


「正統に求められたのであれば未だしも、無意識の娘子に乱暴するなど畜生にも劣る行為だ。拙はそこまで外道に堕ちてはおらぬよ」

 言外にアルノーを引き合いに出しているのが伝われば僥倖だが、果たして。

 目覚め前の生理現象に関してだけは、目を瞑って貰いたいところではある。

 己の意思ではどうにもならぬ故な。

 まあ、口には出さぬが。


「そう。私は少し、汗を流してくるわ。それと、屋敷の出入りは自由だから、暫く好きに過ごしてて頂戴」

「あい分かった」

 リリアが部屋を出て行った後、手持ち無沙汰になったので少し思案する。

 この世界にも風呂の文化があるのかは知らぬが、そんな感じなのであろう。


 元居た世界、地球でも古代ローマ時代に風呂はあったという。

 ならば西洋風に見えるこの屋敷に在ったところで、なんら不思議ではない。

 どのように沸かしているかは知らぬがな。


 などと無駄なことを考えていると、ふと日課の散歩のことを思い出した。

 とりあえず外にでてみるとしよう。


 部屋を後にし、階下へと降って出入り口の扉を開ける。

 陽光に照らされた外は快晴であった。

 外に出てから煙管咥えて紫煙を吹かしながら周りを見渡すと、小さな庭園があることに気づいた。

 昨夜は暗さで分からなかったが、屋敷のある敷地は随分と広いようだ。


 気が向いたので庭園を散策することにした。

 歩いていると、野菜らしきものや花、それから恐らく薬草の類が栽培されていた。

 一見すると乱雑にも見えるのだが、随所が実に丁寧に手入れされているのが分かる。

 これも彼女が自らやっているのであろうか。


 しばし庭園観察をしていると、集落の方角に一つの気配があることに気づく。

 その気配は明らかに屋敷へと向かってきているのだが、少々屋敷から離れたところまで来るとそこで止まった。

 そこから数分の間、気配を探ってみたのだが、止まった場所から一向に動く様子が無い。


 もしやこの気配、くだんのアルノーとやらではなかろうな。

 そう疑問に思ったところで、昨夜の愚痴の内容を思い出した。

 その中の一つ「毎朝屋敷の前にいる」と言うものだ。

 状況からすると、これはほぼ間違いなくアルノーでろう。


 直接会って追い払うべきかとも考えたが、無用に問題を起こすのは得策ではないか。

 なにしろ、当事者のリリアはここにおらぬのだ。

 ならば、と、遠当ての要領で気配のある方角に向け、ある程度本気の殺気をぶつけておくに留めておいた。

 特別勘が鋭くなくとも、常人程度であればこれで逃げるであろう。

 そう思っていたのだが、意に反して気配は微動だにしなかった。


 吃驚するほど鈍いのか、逆に大物なのか、果たしてどちらなのかは分からぬが、厄介なことには変わりないか。

 これ以上かかずらうのは無駄だと思い、今は放置することに決めて屋敷内へと戻ることにした。

 無論、中に入る前に、カニ皿に灰を落として、だ。


「あら、おかえり。外に行ってたのね」

 出入り口の扉を開けると、片手に衣服を持ったリリアが居た。

 あれは脱いだ洗濯物であろう。

「少し庭で散歩をな」

「……居た?」

 眉を顰めながらリリアが問う。

 何がとまでは言わなかったが、十中八九アルノーのことであろう。


「何者かは分からぬが、気配はあったな。姿は見ておらぬ。不用意な接触は不味かろうと、殺気だけ当てておいた」

「ああ、お風呂入ってるときにビリッとしたのそれか……。それで、帰った?」

「止まった場所から微動だにしなかった。よほど鈍いか大物なのであろう」

「それ気絶したんじゃないかしら?」

「さて、な。何れにせよ不遜の輩だ。それでも構わぬ」

「そ、そう。ソウジローも汗流してきたらどうかしら?」

「良いのか?」

「ええ勿論。浴室は階段の横の奥にある扉よ。私はその間に朝食作っておくわ」

「ではお言葉に甘えるとしよう」

 どんな風呂なのかは分からぬが、行けば分かるであろう。


 行ってみれば、少々広いくらいで何処か変わったところもない、極々普通の浴場であった。

 温泉宿の内湯にあるような、石造りの浴場に近いであろうか。

 猫科の動物らしき顔を模った石造りの湯口から、透明な湯がドバドバと流れ出ており、流れ込んだ等量分が湯船から溢れ出ている。

 湯船の大きさ自体は、十人くらいならば、足を伸ばして入れそうなサイズだ。


 ひとしきり観察が終わった後で、入浴前に身体を洗い流し、空間収納から剃刀を取り出して無精髭を剃る。

 何処であろうと、湯に浸かる前のマナーは忘れない。基本だ。

 湯は熱めで、今朝方の疲労を癒すには実に心地良い。

 微妙にしっとりする感じがするのだが、温泉成分でも入っているのであろうか。

 湯口から出ている湯量を考えると、沸かし湯ではなく天然温泉なのかもしれない。


 などと考えては見たものの、夜半時分でもあるまいし、ましてや朝風呂である。

 長湯をしている訳にもいかぬ。

 己はひとしきり温まった後にさくっと出た。


 脱衣所に戻り、直ぐに気がついた。

 脱いだ服類が一式全て消えている。

 そして、別の服一式が置いてある。


 ……リリアの仕業か?

 訝しみながら置いてある服一式を広げてみると、何故か西洋の男性給仕が着ているような服であった。

 確か執事服と言うものだったか。


 ……これを着ろと?

 何かしらの理由でもあるのかと、一先ず考えることを放棄し着用していく。

 厚意で用意してくれたのであろうし、それならば着用しないのは失礼というもの。

 一通りの着用を終え、頭からつま先まで映る大きさの姿見があったので確認する。

 見れば執事服らしきものに身を包んだ、己の姿が映っている。

 そして、驚くべき事実が発覚した。


「なんだこの髪の色は……!」

 思わず声が出た。

 髪が金色に染まっていたのだ。己は黒髪であったはずなのに、だ。

 驚きではあったが、そういえば、と思い当たる節があった。

 確か白小娘が「あちらの世界に戻れば、耳が長くなる」と言っていた。

 実際に今現在、耳は長くなっている。

 なれば、この世界に適応した影響で、同時に髪の色も変わったと考えるのが妥当なところか。

 状況整理をしていると落ち着いてきたので、脱衣所を出てエントランスへと抜ける。


 階段手前まで来ると、何か良い匂いがするのに気がついた。

 何の匂いかと少し首を回し様子を伺うと、昨日リリアが酔い潰れたサロンの逆側、丁度対面に位置する扉が少し開いているのが見えた。匂いはそこから漂ってきているようだ。

 そっと開けてみると、エプロンを掛けたリリアが食事の配膳をしていた。

 扉を開けた音か、気配に気づいたようで、すいと顔を上げ、こちらをまじまじと見ている。


「あら、似合ってるじゃない。その方が素敵よ?」

「そりゃどうも。で、拙の着ていた服はどうしたのかね?」

「心配しなくても、着ていたものは洗濯したわ。見たことの無い服だったけど、良い生地だったわね。痛まないように丁寧に洗って干してあるわよ」

「然様か。それと、これは卿が調理したのか?」

「ええそうよ。何かしら? 私が料理できないと思ってたの?」

「そういう訳ではないがな。もう少し簡単なものかと思っていたのでな」

「ふぅん。まあ良いわ、冷めないうちに食べましょう」


 地味に手の込んだ朝食を頂きながら、そういえばどのように和服を洗ったのかと問うて見た。

 曰く、裏返してから絹用の洗剤を使い、ぬるま湯で丁寧に押し洗いした後、軽く脱水してから風通しの良い場所に陰干しをしたと。


 なんともはや。

 純和服を見たことがないというのに、洗い方を熟知しているとは恐れ入る。

 驚きを通り越して呆れてしまうほどだ。


洗浄ウォッシュの魔法でやっても良かったんだけど、生地が良かったから、つい手で洗ってみたくなったの」

「然様か」

 頂いた料理も胃に重くなく、優しい味付けで美味で更に驚いた。

 己より調理の腕前があるのではなかろうか。

 昨日の熊に対する言動や愚痴、今朝方の醜態を見ていたために気づかなかったが、実はこの娘子、物凄く家庭的だったのだ。

 己はリリアへの評価を改めることとした。


「それじゃ、魔法とか魔力制御とか、『常識』を色々と教えていきましょうか」

 朝食を取った後は、魔法適正の判別と、魔力制御についての訓示を受けることとなった。

 その間、リリアは殊更「常識」を強調し続けた。解せぬ。


 魔法適正の判断とやらは水晶球を使った。

 その結果、己はどうやら火・水・風・土・光・闇の基本属性の他、無属性というのを加えて、合計七つの属性が扱えるらしいことが判った。


 無属性が扱える者は極々小数で、とても希少な存在なのだと言う。

 そして、無属性には空間と時間の二系統があり、空間操作が己の適正だそうだ。

 事前に白小娘に教えてもらったので、空間収納と転移が使えるのは分かっているのだが、それ以外にも空中に足場を作るなど色々とあるらしい。


 肝心の魔力制御についてだが、体内における魔力の種類によって訓練が変わるそうだ。

 己は放出型魔力をしているそうなので、一段と制御が難しいとのこと。

 昨日実行したときのように、魔力を循環させた状態を保ち、魔力の出口となる場所を絞るようにイメージするらしい。

 要するに水道の単水栓におけるパイプと、上に付いているハンドルの関係のようなものか。


 効率的なやり方などは無く、慣れるしかないらしい。何だその精神論。

 と思ったのだが、実際に目には見えず、想像力とその操作であるため、確かにこの上なく精神論だと納得した。


 と、ここまで教えて貰ったところで、一つ提案された。

「適正があったから、光属性の魔法で練習しましょう」

「魔法禁止と言ってなかったか?」

「あの時は光属性に適正があるとは思わなかったからよ。光が使えるなら問題ないわ」

「そういうものか」

「それじゃ、付いてきてね」

 そういって部屋を出て、階段を降りて行った。

 一体何処へ行こうと言うのか。


 言われた通りに大人しく付いていくと、小さな部屋に通された。

 部屋の中は棚がいくつか並んでいた。

 棚には屋敷で使う備品類と思わしき物が、細々と置いてある。


「ここで光属性魔法を使って練習をしてもらうわ。魔力を通してみてちょうだい」

 己は言われるがままに身体に魔力を通す。

「で、第1層の光属性魔法――光源球ライト。っと、これは単に周囲を照らすだけの魔法なんだけどね。魔力をどれだけ注いでも光が強くなるだけで危険性が無いし、これを使って貰うわ」

 見れば掌の上に小さな光の球が発生し、浮いていた。

 これならば誤って魔力を過剰に注いでも、眩しいだけで済む。

 そして、地下まで来たのは過剰な光を漏らさないようにするため、か。

 成る程。意図が理解できた。


「最終的には、あまり意識しない状態で使って、この程度の光量になれば問題ないわ。意識するとしても一秒未満くらいが理想ね」

 大分無茶を言ってくれている気がするが、練習するしかなかろう。

「まあ、最初の内は制御できないだろうし、異常に光が強すぎると思うから、直視して目を傷めないようにだけ気をつけてね?」

「あい分かった」

「じゃ、がんばってね。ああそれと、お昼頃に呼びには来るけど、何か用があれば上に来て頂戴。今日は製薬作業で自室に居るから」

 リリアはそう言い残して部屋を出て行った。


 それにしても製薬か。

 薬も作れるとは、どれだけ有能なのかあの娘子は。


 まあ良い。今すべきことは制御訓練だ。

 その辺りに思考を割くのはまた今度としておこう。

 あまりリリアに迷惑も掛けられんし、可及的速やかに制御を習得せねばなるまい。


 魔法そのものイメージは古びた豆電球。オレンジ色の柔らかい光を出す奴だな。

 付けっ放しで放置しておくと、加熱してひどいことになるあれだ。

 魔力放出する際にイメージするのは、回路に組み込まれる抵抗機。レジスターと呼ぶべきか。

 そんな感じで想像しながら魔法を使ってみることにした。


「光源球」

 言い切る直前に眼を閉じた。

 その瞬間、光が爆発した。

 眼を閉じても、焼き付くような暴力的な光が襲い掛かってくる。


「ぬぐおおおおぉぉぉぉ!!」

 即座に魔力を霧散させ、眦を押さえながら転げまわった。

 もう数瞬眼を閉じるのが遅れていたら、網膜が使い物にならなくなっていたであろう。


「い、いかん……。予想以上に厄介だぞこれは」

 どうするべきかと暫く悩む。

 悩んだ挙句、日食のことを思い出した。

 強烈な太陽光に対抗するには、遮光眼鏡が必要であったと。


 空間収納に確か何かあったはずだと、それらしきものが無いか探し始める。

 辿り着いたのは、以前溶接作業で使っていたお面。遮光マスクとも言うあれだ。

 人前で装着していたら、不審者通報されても仕方のない格好になるが、背に腹は変えられまい。

 己は意を決してマスクを被り、今度こそ、と訓練を再開した。


「光源球」

 先ほどと同じように眼を閉じながら、光を発生させる。

 今度は転げまわるようなことは無かった。成功だ。否、制御と言う意味では失敗だが。


 これで眼を焼かれることは無くなったということで、試行錯誤をしながら何度も何度も点灯と消灯を繰り返す。

 やっている内に段々と慣れてきたのか、明らかに光量が変わってきたのが分かる。

 魔力切れ寸前なのかとも思い、敢えて制御工程をすっ飛ばして点灯したところ、最初以上の暴力的な光が溢れた。

 不味い、と慌てて消したのはご愛嬌。

 これの意味するところは、制御が段々と成功してきている、と言うことだ。

 成果が目に見えて分かるのは、嬉しいものである。


 そして、はたと気づいた。

 点灯後に即消灯ではなく、点灯したまま絞っていき、暫く安定させればいいのでは、と。


 などと考えていると、扉を叩く音と「ソウジロー、入るわよー?」と聞こえてきた。

「どう? 少しは慣れてきたかし……ら……?」

「ああ。お蔭様でな」

「……」

 クルリと振り返ると、何やらリリアの様子がおかしいことに気づいた。

 というか視界が暗いために、良く分からぬ。


 思わず点灯しそうになったが、ふと思い出した。マスクを被ったままである。

 己は慌ててマスクを素早く外し、ぎこちない笑みを浮かべる。

「なによ、それ……?」

「遮光マスクと言うモノだ。あまりにも光が強すぎて、眼を焼くところだったのでな。これを使いながら練習をしていたのだ」

「薄暗い中にそれで、怪しさ満点過ぎて逃げるところだったわよ。ね、それちょっと見せて?」

 遮光マスクをリリアに渡すと、彼女は躊躇すること無くそれを被った。

 確かに怪しさ満点である。

 簡単に例えるならば、フルフェイス型のヘルメットを被り、スモークバイザーを降ろしたまま、銀行などに入店する感じに近いといえば分かるであろうか。そのくらい怪しい。


光源球ライト

 おもむろにリリアが光を灯した。最初に見たのと同じ光加減で、とても安定している。

 まだあの光量には程遠いか。

「確かに減光されてて良い感じねこれ」

「であろう?」

「うんうん。これ、私に似合う?」

「ああ。即通報されるほどに似合っておるぞ」

「褒めてないわよねそれ」

「うむ。だから早う外して返したまえ」

 ちぇーなどと小さく言いながら、渋々といった様子で遮光マスクを差し出してきた。

 これが無ければ訓練ができないので、さすがに献上は勘弁して頂きたい。


「昼食の用意ができたから、上に行って食べましょう?」

「もうそんな時間だったのか。集中していると時が経つのは早いものだな」

「ええ、本当にね。私も魔道具でアラーム設定して無かったら、ずっと薬の蒸留精製してるところだったわ」

 どうやらリリアも似たようなものだったらしい。

 研究肌の者は、物事に没頭しやすいと言うが、恐らくリリアもそういった感じなのであろう。


 食堂へ行くと、焼きたてのパン、網焼きした厚めのベーコン、ウサギ肉のシチュー、生野菜サラダなどが並んでいた。

 一見すると簡単そうなメニューに見えるのだが、その実、それぞれに細かく手が込んでいて美味であった。

 やはりこの娘子は、己よりも料理上手である。


 昼食後は再び地下へ降り、制御訓練を再開する。

 午前中、最後に思いついたことを実践してみることとした。

 勿論遮光マスクの装着は忘れていない。


 掌の上に光球を出し、徐々に徐々に魔力の流入量を絞っていく。

 しかしこれがまた難しい。

 実践し始めてから数十回は、絞り量が多すぎたのか直ぐに光球そのものが消えてしまった。

 何度も繰り返しているうちに、試行回数をいちいち数えるのも億劫になった。

 恐らく疾うに百回は超えているであろう。

 段々と雑になってきたため、気分を一新しようと外に出て煙管と吹かすことにした。


 外に出てから分かったのだが、既にもう日暮れ時であった。

 時間が経つのは早いものだなどと、紫煙を燻らせつつ思っていると、屋敷に近づいてくる気配を感じた。

 再びのアルノー襲来であろうか。

 暫くそのままで気配を探っていると、今度は途中で止まらずに真っ直ぐ向かってくるのが分かった。

 少々警戒しつつ待っていると、姿を現したのは一人の女。

 残念なことにアルノーではなかった。


 金の髪に長い耳、上から下までスラリとした慎み深さを思わせる肢体。

 それらの特徴を見る限り、この女もまたエルフなのであろう。

 女はそのまま己の目前まで歩いてきて止まる。


「こんばんは。家令の方でしょうか? 集落の者ですが、リリア様はご在宅でしょうか?」

 ふむ……。敵意や殺意の気配は無し、と。

 話通りに集落に住む者で、何かしらの用事を持ってここに来たのであろう。

「自室におるはずだ。エントランスで暫し待て、呼んで来よう」

「お手数をおかけします」

 己は、カン、と短く音を立てながらカニ皿に灰を落とし、リリアの自室へと呼びに行くことにした。


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