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6-1-5 エルフの集落と屋敷

「ここがエルフの集落よ」

 リリアの後を追いながら、暗い森を歩くこと三十分ほどであろうか。

 意外と早くエルフの集落とやらに到着した。


 彼女は夜目が利くのか夜の森であっても、なんら迷う足取りも見せず、むしろスイスイと泳ぐように進んでいた。

 例え慣れ親しんだ場所であっても、昼と夜では勝手が違うのは自明の理だ。

 単に歩き慣れているというだけでは、こうは行かぬ。


 到着したエルフの集落は、少し開けた場所があるだけで建物は見えない。

 地面付近にも明かりが点いている様子はない。

「おう、リリアか」

 本当に集落なのであろうか、と思っていたところに、樹の上から男の声だけが降りてきた。


 樹を見上げてみると、中腹辺りに足場が組んであった。

 そして足場の上に、人影がうっすらと見える。

 目を凝らしてみると、それは細身の男性であることが分かった。

 声を掛けてきたのは彼の者であろう。


「ええ。今戻ったわ、アルノー」

「後ろの兄ちゃんは見ない顔だが、誰だ?」

「森で拾った危険物よ」

 樹の上を見るのも煩わしいとばかりに、そちらを一瞥すらもせず短く言い切った。

 ある意味では間違ってはおらぬが、言うに事欠いて何という酷い紹介なのか。

 勘違いされたらどうするというのか。


「……私の客だと思って頂戴。ほら行くわよソウジロー」

 リリアはおれの手を取り、もう話すことは何も無いとばかりに、足早に真っ直ぐ歩き出した。

「良いのか?」

 距離がある程度離れてから、己は小さく問うた。

「アレは良いのよ。家に着いたらその辺のことも話すから、今は歩いて」

 そう言うからには、何かしらの理由があっての行動なのであろう。

 ならばこの場でアレコレと問うのは無粋だと思い至り、口を噤んで家とやらへ急ぐこととした。


 それから五分ほど歩いたであろうか、一軒の屋敷の前に到着した。

 リリアは集落の中に住んでいるわけではないようだ。

 この森の中に不釣合いな、見上げるほどに大きな屋敷。

 その概観は異常なほどに綺麗に手入れされており、周囲は暗いのに何故か壁の白さが良く分かる。

 勿論、蔦が絡んでいたりはしない。


「ここが卿の住処か?」

「そうよ。入館認証許可を変えるから少し待ってね」

 リリアは屋敷の扉に掌を翳し、何かしらの文言をボソボソと唱え始めた。

 すると不思議なことに、屋敷中の全体的に明かりが灯ったのか、ガラスから柔らかな光が漏れ始める。

 これも魔法的なものであろうか。


「お待たせ。魔女の館へようこそ、お客様」

 リリアは両開きの扉を開放して一歩中へ入り、こちらの側へくるりと振り返り、優雅にカーテシーの形をとる。

 続けて、その綺麗な顔に悪戯な笑みを浮かべながら、右の掌を上に軽く掲げて館内を示し、己を内側へと誘った。

「お邪魔する。良い趣味をしておるな」

「ふふ。気に入って頂けて光栄ですわ」

 眼を軽く閉じ左手を薄い胸の前で遊ばせつつ、何処か可笑しげにわざとらしく言いながら右手で指をパチンと弾くと、入り口の扉がゆっくりと閉まっていった。


「屋敷に入ってまでエントランスで立ち話も無いわよね。サロンで腰を落ち着けて、お茶でも飲みながらにしましょうか」

 言いながら、もう一度右手でパチンと指を音を鳴らす。

 すると今度は、正面右側の壁にある扉がゆっくりと開いていく。

「……指を鳴らさなければ開かないのか?」

「いいえ? 別に普通に開くわよ? 自分でお茶を入れたり、扉を開けるのが面倒だから、少し細工をしただけよ」

 細工とは一体なんであろうかと思っていたが、リリアはさっさとサロンの中に入っていってしまった。

 置いていかれて扉を閉められてはかなわぬと、己も急いでその後を追うことにした。


 サロンの中に足を踏み入れると、敷き詰められた絨毯の柔らかさと弾力に驚かされた。

 三センチほどは沈み込んだのではなかろうか。

 次いで、長方形をした猫足の重厚そうなセンターテーブルと、それを挟むように配置されている大きな二人掛けのソファが目に入った。

 黒に近い濃いブラウン色をした艶やかなセンターテーブルは、天板の木目を見る限りではマホガニーに似た木材で造られていると見える。

 この世界にマホガニーがあるのかは知らぬが。


 壁際に目をやれば大きな暖炉があり、その上には生け花などの小物がセンス良く置いてあった。

 室内の観察が一通り終わった後で、ふと再びセンターテーブルへと目を戻せば、何時の間にやら既にティーセットが配置されており、あとはカップに注げば飲める状態で置いてあった。

 最初に見た時点では存在していなかったので、恐らくはこれが細工の結果ということであろう。


「観察も良いけれど、座ったらどうかしら?」

 立ったままで細工とやらの考察をしていると、リリアの声が上がる。

 促されるまま対面のソファに座ると、彼女はカップに琥珀色の液体を注ぎながら口を開いた。

「そんなに珍しいかしら?」

「こういった場所にはとんと縁が無かった故な。初めての経験というヤツだ」

「それは重畳ね。はい、どうぞ」

 差し出されたカップを受け取り、一口飲んでみる。

 暖かく柔らかな甘みが、口腔内にじんわりと広がっていく。

 あちらに居たときの茶といえば緑茶ばかりであったが、こういったものも美味いのだな。

「美味いな」

「私が作った自慢のハーブティーよ。カップに淹れるときに、先に少しだけ蜂蜜を入れておくのがコツなの」

 少々喉が乾いていたのと、丁度良い温度のため二口、三口と味わい、一息ついたところでカップを置く。


「さて、と。何から話しましょうか」

 リリアが眼を閉じ、少しの間思案する。

「魔力制御のことは長くなるから、明日に回すとして。とりあえず、集落のことについて、ね」

「アルノーとやらのことか?」

「それも含めて、集落全体のことよ。ちょっと今は時期が悪くてね――」


 なんでも、集落に住んでいたエルフの幾人かが、ここ二週間ほどの間で立て続けに行方知れずになっているという。

 それも女子供に限った話ではなく、魔獣ともある程度闘える力量を持つ男衆でさえもが居なくなったそうだ。

 現状分かっているだけで、男性三名、女性四名の計七名が消えている。

 だから、集落全体がピリピリしているのだという。


「成る程。そこに拙が来たから無駄に警戒されている、といったところか」

「ええ、そうよ。分かってはいたけれど、さすがにあそこまで露骨だとは思わなかったわ」

「卿の落ち度ではない故、気にすることはなかろう」

「そう言ってもらえると気が楽になるけど」

「それで、アルノーとやらを適当にあしらっていたのも同じ理由か?」

「違うわ」

 間髪入れず答えが返ってきたが、リリアの声のトーンが明らかに変わっていた。

 声色に存在したのは明確なる拒絶。

 それと同時に、心なしか部屋の温度が下がった気がした。


「アレはしつこくて下衆い上に、存在自体がウザったいのよ。淡白なエルフ種だとは思いたくも無い。マトモに相手をしない方がいいわ」

 思い出したくも無いのであろう。怒気で若干声が震えている。

 どうやら本気でアルノーとやらを心底嫌っているらしい。

 もっとも、彼のほうも嫌われるだけの何かを、やらかしているようだが。

 正直なところ聞きたくは無いが、ストレスを溜めたままで制御訓練をされては、こちらとしてもたまったものではない。


 ここは一つ、ガス抜きをさせるべきか。


「然様か。……何があったのかは知らぬし、無理には聞かぬが、吐き出すことで楽になったりもするであろうな」

「……」

 話すべきか、話さざるべきか、どうにも迷っているようだ。

 ならばもう一押ししておこう。

「袖振り合うも多生の縁という言葉があってな。森で卿が拙を見捨てなかったように、拙も卿を見捨てたりはせぬよ。出会って間もない、そして集落にも関係ない拙ならば、ここでの愚痴の一つや二つ聞いたところで何の問題も無い」

「……見捨てるって、何よ」

「若年性痴呆でも患ったかね? 良く思い出したまえよ。拙の面倒を見て、魔力制御の訓練を見てくれると、高らかに謳ってくれたのは誰か。卿であろう? 故に、拙も礼として卿の面倒を見ようと言う申し出だ。先から言葉が悪くて些か申し訳ないとは思うが、先刻の態度と様子を見るに、卿はガスを詰め込みすぎて爆発寸前の風船のように感じる故な。少々ガス抜きをしておかねば、近いうちに破裂するぞ?」

 少々煽り過ぎではあるかもしれない。


 だが、これで良い。

 リリアにとっては必要なことだ。


 しっかりとガス抜きをしておかなければ、アルノーの眼前でふとした瞬間に暴発しかねない。

 元居た世界では、ブチ切れると言う状態だったか。

 そもそも彼女は巨大な熊型魔獣を、遊び半分で簡単に倒せるほどの力を持っているのだ。

 たかがエルフのアルノー相手では、下手をしなくとも軽く撫でるだけで殺してしまうであろう。


 焼却灰燼処理をした熊型魔獣のように、膨大な魔力でもって塵すらも残さず、存在そのものを消してしまう可能性が非常に高い。否、無駄に高すぎて困る。

 出会ってから一日と経たない極々短い付き合いではあるが、妙な方向への信頼が異常なまでに高いのはどういうことか。

 信頼云々は置いておくとしても、存在抹消するのはさすがに不味い。


 もしうっかりやらかしてアルノーを消してしまった場合、そしてそれを誰かに目撃されていた場合、行方不明の元凶はリリアであるなどと、別件の濡れ衣を着せられかねない。

 だからこそ、今ここでガス抜きをし、爆発などさせてはいけない。

 決して己のことを危険物と紹介してくれた意趣返しでは無い。

 断じて違う。違うのだ。


「ちょっと、待ってなさい」

 腰を浮かせながら言って立ち上がり、足早に部屋を出て行った。


 数分の後、液体の入ったビンとグラス二つずつ、ついでに氷入りの小さなバケツを持って戻ってきた。

「お待たせ。付き合ってくれるんでしょう?」

「酒、か?」

「そうよ。しかも度の高いやつよ。ソウジローは下戸だったりする?」

「いや、普通に飲めるぞ。むしろ強い方であろうな」

「なら決まりね。素面で話す内容じゃないし、飲みながら話すわ」

 早く飲めと言わんばかりに、なみなみと酒の注がれたグラスを差し出してくる。

 溢さぬように口をつけ、三分の一ほど飲んでからグラスを置いた。

 確かに強いが、飲めないほどではない。むしろ心地良い強さだ。

 味のほうも実に深く美味いと感じる。銘柄や種類は分からぬが、良い酒だというのは分かる。


「ふむ。ところで、煙草を吸っても良いかね?」

「サロンなら禁煙じゃないから構わないわよ。窓を開けなくても煙は篭ったりしないし、そういう術式を組んでるしね」

「かたじけない」

 礼を言いつつ、空間収納から煙管一式を取り出す。


 煙管キセルと灰落としは、当時の製品に気に入ったものが無かったため、自分で作った。

 煙管は玉鋼製の刀豆なたまめに梅花の彫りを入れたもの、灰落しには毛蟹を模した鉄製の物を愛用している。


 葉は煙草屋に無理を言って取り寄せたものだ。

 管の先端に葉を軽く詰め、火を灯して吸い込み、紫煙を吹かす。

 うむ、美味い。この酒とも相性は良いようだ。


「それで、あのゴミムシなんだけど――」

 彼女はグラスに口をつけ、グイッと傾けて一気に酒を胃の腑に収めた。

 そして空になったグラスに二杯目を注ぎながら、訥々と語り始める。

 その飲み方は危険であろうと思いつつ内容を聞いていると、やはりストレスの原因はあの男だったようだ。


 アルノー本人についてだが、集落の長の息子で、ある程度の発言権とそれに付随する権力を持っていると言ったところであろうか。

 リリアは酒の勢いとストレス、そして嫌な思い出のために思考が上手く廻らないのか、時系列が滅茶苦茶になっているのだが、それはご愛嬌と言ったところか。


 曰く、毎日毎日飽きもせず、転ぶ振りをしてスカートの中を覗き込む。

 外に干した洗濯物がたまに無くなるのだが、毎回アルノーが拾ったと言って持ってくる。

 しかも何か妙に饐えた匂いがする。朝起きて屋敷の外に出ると必ず待ち構えている。

 集落を歩いていると必ず至近距離に寄ってきて隣にぴったりくっついてくる。

 集落を出るときと入るときには毎回一番に声を掛けてくる。

 他のエルフと話していると必ず何処かで聞き耳を立てている。

 更にその相手に詰め寄って権力を振りかざしながら恫喝まがいのことをする。

 等など他にも数え切れないほどの罪状が沢山あるらしい。


「――と言うことなにょよぉー。分かりゅぅ? わらしのイライラぁぁ!」

 一つ話すごとにグラスを空にしているため、既に酒瓶が何本か開いている。

 ハイペースで飲み続けるリリアは、既に泥酔に近く呂律も廻っていない。

 なお、中身入りの新しい酒瓶は、己が取りに行かされた。


 聞く限りの内容だと、まるっきりストーカーというヤツではないか……。

 もっとも最初の数件の変態行為が無ければ、単なる監視者だとも言えるが。否、それにしては接触過剰か。

 リリアの言っている愚痴が全て本当のことなのだとしたら、欠片も擁護する価値の無いクズだ。

 男として情け無いにも程がある。


「もぉー! あにょ変態に付きまとわれりゅのは嫌にゃぁー! うぁぁぁん!」

 絡み酒の後で、テーブルに突っ伏して泣き上戸とは、なかなかに上級者連携を決めてくる。

 ここらが限界かと判断し、敢えて何も言わず、小さな頭を撫で回すだけに留めた。

 下手な慰めの横槍は彼我に関らず大怪我をする。故に、言葉は不要なのだ。


 少しの間撫で回していると、リリアの動きが完全に止まった。寝落ちしたようだ。

 全部吐き出したら寝るのが一番であろう。

 己はリリアの小さな身体を両の手で抱きかかえ、寝所で寝かしてやろうと部屋を後にして移動することにした。


 が、困ったことに肝心の寝所が何処なのか分からぬ。

 先に聞いておくべきであった。

 仕方が無いので、適当に目に付いた部屋を開けると、埃一つ無い綺麗なベッドが目に入った。

 見回せばシンプルな内装しかないため、恐らくは客間なのであろうが、これ幸いとリリアをベッドへと横たわらせる。


 だがしかし、ここで問題が発生した。

 リリアが何時の間にやら己の首に手を回しており、一向に離してくれないのだ。

 この白い細腕の何処にそんな力があるのかと思うほどに、ガッチリと組み付いている。

 声を掛けたり、無理に引き剥がせば起きてしまう。

 完全に寝入った娘を起こすのは、野暮と言うものであり気も引ける。


 どうしたものかと暫く考えていたのだが、そのうち考えるのも億劫になり、成るようにしか成らぬなどと諦め、そのまま彼女の隣で添い寝をすることにした。


 ……明け方頃に一発殴られるくらいは覚悟はしておこうか。


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