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3-1-2 渡世準備

 一通りの話を聞き終えたおれは、早速渡世の準備に取り掛かった。

 己の子孫は日本のどこかには居るはずだが、今更そんなものを気にしたところで仕方が無い。ご先祖様ですよー、などと言って出て行くわけにもいかぬ。それ以前に信じてもらえず、新手の詐欺で通報が落ちであろう。

 なので、最早この世界に未練など無い。


 準備といっても何をすべきかと悩んでいると、白小娘は身の回りのものを持っていけば良いといっていた。どの程度かは不明だが、どうやら荷物を持っていけるらしい。

 己はこれ幸いと鍛冶道具や刀類をひと纏めにし、次いで消耗品の大量買出しをすることにした。先ずは何かあった時のためにと、刀工時代にしこたま稼いでせっせと千両箱に仕舞いこんでいた金子を換金せねばなるまい。


 中身のぎっちり詰まった千両箱を、とりあえず二箱ほど肩に担ぎ、街へと降りてから懇意にしている質屋へと向かった。

 店主は先ず千両箱を見て驚いていた。次に中身を見て更に驚いていた。そして全てが本物だと証明された後、暫く腰を抜かしていた。

 一体何を驚くことがあるというのか。己には不思議であった。

 そして店主は、買取総額で最低でも一億四千万円であると言い、店の金庫から札束入りの金属製手提げ箱である、アタッシュケースを出してきた。思ったよりも多くて安心した。

 自宅に残り二箱あると言ってみたのだが、店主は「頼むからもう持ってこないでくれ」と泣きながら土下座していた。解せぬ。


 質屋を後にして、そのまま煙草屋へと向かう。いつもの葉を三千箱くれと言ったら笑われた。無いなら日本全国から取り寄せろと、札束の詰まった箱を見せながら注文をつけたら店主に泣かれた。解せぬ。

 渋々といった様子であるが二日後にまた来いというので、仕方なく煙草屋を後にした。


 ついでなので、なんでも揃うとのたまっているホームセンターへと行き、主食である白米や栽培用の種籾、味噌や塩などの調味料を箱ごと在庫にあるだけ全て購入することにした。

 あちらへ行ってから自作するという手もあるのだが、事前に持って行けると分かっているのであれば、可能な限り持って行った方が余計な手間は掛からぬと判断したためだ。

 店頭にあるだけでは足らぬため、倉庫内在庫発注札とやらを全て持って、会計所へと赴き札を出した。すると、日焼けしたように真っ黒な顔をしたお嬢ちゃんが、目を剥いて驚いていた。

 なかなかに面白い顔をしておった。


 そして約束の二日後、再び煙草屋を訪れた。どうにかしてかき集めたようだ。うむ、やれば出来るのである。手間賃を含めても、思ったより随分と安かった。

 なので、まだ金も日数もあるし、もう一度注文しようかと思案したのだが、それ以上の在庫はどこにも無いらしい。残念だ。


 その後も、気に入っている部類の食料や飲料、鍛冶用の消耗品や雑貨などをかき集めたが、換金した分のお金は相当余った。一箱だけでも十分間に合ったようだ。迂闊である。

 しかしこの山と積んだ物量、如何にして何処に収納するのであろうか。

 まさか手持ちなどとは言わぬであろうな。


 そんなこんなで全ての準備が整ったため、白小娘に声を掛けようとした。

 のだが、準備で出掛けている間に何処かへ行ったらしく、近くに姿が見えない。

 大声で呼べば良いのであろうかなどと思案していると、突如として背後に気配を感じた。


 振り向くと、笑顔のそれが、既に居た。


「先ずは、宗司朗様の権能の一つを解放しますね」

「む? 権能とは?」

「管理者が持つ特殊技能とでも思っていただければ良いです。こちらに魂を飛ばしたときに、一緒くたに封印していたようですね」

 白小娘はそう言いながら、開手ひらてを一つ叩いた。

 パシンッと乾いた音が妙に耳に心地良く、それと同時に、丹田の辺りがじわりと暖かくなった。


「これで一つ権能開放は終わりました。空間収納が使えるはずなので、そちらに全部放り込んでください」

「……どうやって使うのだ?」

「意識すればいいのです。目の前に見えない倉庫がある感じですね」

 無茶振りをするのも大概にしろと言いたいところだが、一先ずは言われた通りに意識してみよう。

 できなかったら文句を言ってやればよい。


 倉庫、倉庫、倉庫が、ある。あるのだ。

 などと意識を割いていると、何時の間にやら目の前に不思議な亀裂があることに気づく。

「これか?」

「それです」


 曰く、その中は亜空間で構成されているため、世の理とは隔絶された空間であるとのこと。

 理から外れるため時間経過も止まり、食料を入れておいても腐ったりしないそうだ。

 そして、収納許容量は使用者の魔力量と、脳内において想像可能な限り広がるとも。

 つまるところ己の場合は、ほぼ無量大数に近いということだ。なんと便利なことか。


 己はせっせと準備した荷物を全て突っ込み、倉庫を閉じるように意識してみた。

 すると目の前にあった亀裂は塞がり、かげかたちも見えなくなった。


「あちらに行っても、意識するだけで何時でも自由に出し入れできますから、そう心配しなくても大丈夫ですよ」

「然様か」

「では今度はお手を拝借いたします」

 白小娘は、すい、と極々自然な形で己の手を握った。

 瞬間、小さく柔らかな、暖かい感触が手を包んだ。何故かは分からないが、心なしか安心するような気になってくる。こんな気分は何時振りであろうか。


「はい、これで残り全ての権能開放が終わりました。……おやおや? 私に惚れてしまいましたか? 構いませんよ?」

 何を構わないというのか。


 顔を見ればニヤニヤと得意満面の表情を浮かべているため、

「ハッ。馬鹿を抜かせ小娘が」

 鼻で笑って返してやった。

「小娘小娘と酷いですね。私こう見えても、億の時を生きている淑女ですよ?」

「うわロリバ――」

 言いかけた瞬間、空いている方の小さな手で、己の口は完膚なきまでに塞がれた。


 その行動に全く反応できないとは思わず、ただただ驚愕であった。

 そして白小娘は、にこり、と笑顔を浮かべた。

「まさかそれを知っているとは。油断なりませんね?」

 笑顔ではあるが、その眼は全く笑っていない。とてもとても、獰猛な、笑顔だった。


 江戸時代生まれで半世捨て人の己が知っているのが、よほど不思議だったらしい。

 こう見えても、時たま街に下りたときには、暇つぶしに雑誌などを読んでいるため、ある程度の諸外国の言葉や日本国内の事は知っている。

 日本国内の俗世といえば、盆と暮の年二回、飛び地で漢祭りが開かれているらしい、というのも知っている。その熱気たるや、まるで合戦場さながらであるという。

 一度は行って見るべきであったか。


 それはそれとして、どうやら先ほど思ったことは、決して口に出してはいけない類のものだったようだ。

 今後は思うだけに留めるとしよう。

「そう思うの自体やめてください。すごく傷つきます。最悪死んでしまいます。責任とってください。責任」

「何の責任なのか」

「こちらの書類にサインしていただければ、それでいいのですよ?」

 そう言いながら、懐から一枚の紙を取り出して、ひらひらと揺らしている。

 見間違いでなければ、管理者内縁承諾書などと書いてある。


「おい……明らかに婚姻届であろう、それ」

「違います、婚約承諾書類です。宗司朗様は今現在あくまでも候補者であって、正式な管理者ではないため、通常の婚姻届では私との婚姻は受理されないのです。ですが、こちらの婚姻承諾書類は違います。宗司朗様が管理者に至った瞬間、こちらの紙が記載内容そのままに婚姻届へと変化するので、何もせずともそのまま夫婦になることができる素晴らしい書類なのです!」

「尚の事性質が悪いわ! 全力で拒否する!」

「そんなー! せめて親指の拇印だけ、拇印だけでもいいので!」

「押すか阿呆!」

 間髪いれずに、紙を奪い取って破こうとした。が、何故か破けなかったため、即座に空間収納を意識してそちらに突っ込んだ。

 こんな危険物の存在を許してはならぬ。


「あー! 私の大事な婚約承諾書ー!」

 収納の亀裂を抉じ開けようと片手をぶんぶん振っている。既に閉じきっているのに、何故だ。


「……そんな物よりも、だ。移動するのであろう?」

「むぅう。まあ良いです。移動の前に少し補足しておきますと、権能開放で身体能力も上がっています。なので十全に力を使えるようになるまでは、不用意に人前へ出ないほうが無難です」

「む? そうなのか? それにしては、今、卿の手を握っているわけだが」

「ああ、私はその程度の力では壊れませんのでご心配なく。今の宗司朗様の握力は、大よそにして一般人の二十倍はあります。迂闊に握手などしようものなら、相手の手はいとも容易くぐしゃりと行くでしょうね」


 さらりととんでもなく恐ろしいことを聞いた。人の約二十倍ということは、握力で言えば約八〇〇キロ程度はあると言うことだ。

 そして何より、それが本当なのであれば、この白小娘は異常すぎる。

 迂闊にも先ほどの言葉を聴いたとき、一瞬だけ全力で握ってしまったのだが、びくともしない。

 それどころか、逆に柔らかさが伝わってきただけなのだ。


「管理者という存在はそういうものだ、と思っていただければ結構ですよ。宗司朗様のような候補者はともかくとして、普通の人間では私を害するどころか、触れることすらできませんからね」

「さ、然様か」

「はい。それで続きなのですが、一先ずは人里から少し離れた森の奥辺りに転送し、制御訓練をしていただこうかと思っています。勿論サポートはいたしますよ」

「森の中で、魔獣とやらは大丈夫なのか?」

「何の問題もありませんね。今の宗司朗様なら、普通のドラゴン相手なら素手で殴り殺せるかと」


 架空の物語において、ドラゴンと呼ばれる存在は最強の一角を担う怪物だったはずだ。というより、居るのか。

 それを素手で殺せるというのは、いささか誇張が過ぎるのではなかろうかと思ったのだが、

「誇張ではなく、れます」

 との答えが、真顔と共に返ってきた。


「ならば心配は無用であるか」

「そうですね。最長でも一ヶ月ほど篭もれば、力の制御くらいは可能になると思います。もっとも宗司朗様ならば、三日から一週間ほどで終わらせそうではありますが。がんばってくださいね」

「買い被りは止せ。いくらせつとて、そこまで器用ではない」

「それこそ謙遜が過ぎると思うのですが、ね。まあ良いです。心の準備はよろしいですか?」

「ああ。頼む」

「それでは、アガレイア世界へご案内します。とーっ!」


 白小娘は高らかに宣言しながら、己と繋いだ手を天へと掲げた。

 その瞬間、強烈な光に包まれ、己の視界は真っ白に染まったのであった。


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