私があいつにとられた話
「あ、あのさ、ど、同性愛って……どう思う?」
「え、気持ち悪い! 普通じゃないよ」
「そ、そうよね…………」
「あ、まさか私のこと好きなの?」
「えっ…………」
「それは困るわー! 身の危険を感じるよ! あでも安心して、今までと変わらず友達でいてあげ」
「……自惚れてんじゃないわよ!! お前のことなんか好きなわけないでしょ!! …………さよなら!」
あまり細かく覚えてないけど、こんな感じだったと思う。
あんなにキレたことは無かったし、これからもないと思う。
初恋は女の子だった。
幸い、親はそういうことに理解があったから、特に何事もなく成長した。
ただ、そのうち自分が少し違うことに気がついた。
周りはサッカー部のキャプテンがかっこいいとか、野球部のエースが素敵、とか。
でも私は女子バレー部のセッターがかわいいとか、演劇部のヒロインが素敵、とか。
子供ながら、違和感を感じていたわ。
だから、私が女の子を好きなことは隠すことにしたの。
ところがその頃、あいつに出会ってしまった。
私はあいつに一目惚れした。
つり目な顔も、少し高い声も、髪をかきあげる仕草も、ちょっと自己中な性格も。
全て私の理想そのものだったわ。
あいつの全てが好きだった。
まあ、あんな振られ方をしたけど。
今日、こんな昔を思い出すきっかけは、一通の手紙だった。
差出人はあいつ。
あれから五年、彼女もできて幸せに暮らしてた私の日常にすっと入り込んできた。
『久しぶり
覚えているかな
これが届くだろう日の十九時にファミレスで待ってる
話がしたい』
今更なにを話すことがあるというの。
靴下をはく。
私は気持ち悪いとまで言われてるのよ。
上着を着る。
もう私はすでに十分幸せだというのに。
靴を履いて、ドアを開けた。
まあでも、話を聞くくらいならいいかな。
私はまだ実家暮らしで、近所には一つしかファミレスがない。
あいつと何度もきた場所。
あいつにさよならを告げた場所。
「久しぶり」
あいつはそこにいた。
変わらぬ顔で、変わらぬ声で、変わらぬ仕草で。
突然呼び出すあたり性格も変わらないかな。
「私が来なかったらどうしてたの」
「来ると信じていたよ」
「何の用」
「まあまあ。あ、ドリンクバー頼んであるから取ってきなよ」
飲み物を注ぎながら考える。
一体なんの話をするのかしら。
結婚することになりました、とか?
それなら手紙だけでいいわね。
まさか久しぶりに顔を見たくなって、とかじゃないだろう。
席に戻る。
「久しぶりに顔を見たくなって」
まさかだった。
「それだけ? ならもう帰るけど」
「まあ待ってよ。どう? 最近は」
「おかげさまで彼女もいるし幸せな生活を送ってるわ」
「そっか。私は仕事が忙しくてねー」
なかなか本題を話さない。
何か大事な言いたいことがあるのは、顔を見ればわかる。
私がどれだけ見つめてたと思うの。
「でね、お局が……」
「いいから、本題はなに?」
「ああうん。……私の恋人になってよ」
「は?」
いきなりすぎて、飲み込めない私に構わず続ける。
「あれから何人か男と付き合ったんだけど、どうも本気で好きになれなくってね。で、女の子と付き合ってみたら、なんかこう、しっくりきたんだ。ああ、もう今は別れてるけどね。で、改めて付き合うとしたら誰が良いかと考えた時、お前が浮かんだのさ」
そこまで言うと、コーヒーを一口飲んだ。
なにを言ってるのかしらこいつは。
「あの日言ったこと忘れたとは言わせないわよ」
「もちろん覚えているよ。あれは悪かった。ごめん」
頭を下げられた。
謝られたところで、あのときはもう戻ってこない。
「というか、私はもう彼女がいるの」
「いいじゃん別れちゃえば。私のこと好きだったんでしょ?」
「だった、ね。話は終わった?」
「うん。まあ考えといてよ」
どうしてはっきり断らなかったんだろう。
ま、まあ断ったようなものよね。
今日のことは忘れて、また幸せな生活をしよう。
「あ、おかえりー」
ドアを開けると彼女がいた。
私の彼女。
「どこ行ってた?」
「ちょっとね」
ドアを閉め、振り向く。
見慣れた顔。
そして、気付いてしまった。
今日あいつに会ってしまったから。
私の彼女はつり目で高めの声でたまに髪をかきあげる。
そしてたまに勝手に家に入ってる、自己中な性格。
なんてあいつそっくりなんだろう。
笑ってしまう。
あいつに姉妹がいたらこんな感じなんだろうか。
「どしたの」
「ああいや、なんでもないわ。そうだ、これから買い物行かない?」
「いいね、行こっか」
あいつのことなんてさっさと忘れてしまおう。
忘れられるわけがなかった。
あの子はあいつにそっくりなのよ。
今日なんか、五年前のお出かけとほとんど変わらない。
あいつと行っても同じ場所を回ったに違いない。
気付いていないだけだった。
私はこの五年間、あの子にあいつを見ていたのね。
「じゃあねー」
「……うん。…………ねえ」
「ん?」
「好きよ」
「どうした突然。私も好きだよ、大好きさ」
「ありがとね……。じゃあまた」
「あちょっと待って」
振り返ると、顔。
そのまま軽くキスされた。
「悩みとかあったらちゃんと言ってね。じゃ」
「う、うん」
ああ、こんなにこの子は可愛いじゃない。
だから、あいつは関係ない。
この子があいつに似てるんじゃない。
あいつがこの子に似てるのよ。
夕食を食べてお風呂に入って布団をかぶって目を閉じる。
脳裏に浮かぶ顔は、あいつ。
また私を悩ませるのか。
だいたい、いきなり彼女になってとはなんなのか。
なかなか寝付けなかった。
次の日。
『メアド変えてなかったら見てるよね
お前とまた遊びたい
ショッピングモールのあの木の下で待ってる
』
メアドは変えてなかったけど。
昨日あの子といった場所と同じ。
まあ、このあたりでショッピングといったらほぼ一択なんだけど。
…………さて。
「きてくれたんだ」
「まあね。遊ぶくらいならいいわ」
遊ぶくらいならね。
もう私には彼女もいるし。
友達として、またこいつとやり直してもいいかもしれない。
昨日、一晩考えてだした結論。
が、一つ忘れていた。
今、こいつと歩き出してから思い出した。
私、こいつに彼女にならないかと言われていたんだ。
こんな重大なこと良く忘れていたわねとも思うけど、忘れていた。
もちろん、断るつもり。
でもまあ、今突然断るのも変だし、空気を悪くするのも気が引ける。
次、言われたらしっかりと断ることにしよう。
「じゃあねー」
「うん」
「メアド変えないでよ?」
「たぶんね」
なんか、変な感じね。
過去の楽しかった記憶と、五年前の忌まわしい記憶。
それがごちゃごちゃになっている。
昔私と楽しく遊んだ人はあいつであり、私を突き放した人もあいつである。
昨日告白した人もあいつで、今日遊んだ人もあいつ。
今日は楽しかった、それは間違いない。
私はあいつとどうなりたいんだろう。
一週間。
私はあいつと遊んだり、メールをしたりした。
もちろん、彼女であるあの子とも遊んだけど。
この一週間、私の時間はほとんどあいつだった。
そして。
また、あいつのことを好きになってしまった。
いや、またじゃないかもしれない。
もしかしたら、ずっと好きなままだったのかもしれない。
憎さあまってかわいさ100倍っていうのかしら。
じゃああの子は。
私の彼女は。
そして今日。
私はあいつの家にいる。
昔といろいろ置いてあるものは変わったわ。
けど、空気というか、雰囲気は変わらない。
「ねえ、そろそろ私の彼女になる気になった?」
しばらくくつろいだ後、そう切り出された。
実を言うと、かなり警戒していた。
確かにこいつのことは好きだわ。
でも、何があるかわからない。
宗教の勧誘、マルチ商法、果ては知らない男に犯される、という創作物レベルの、もはや妄想と呼べるようなことまで考えていた。
でも、というか当然、違った。
「私は…………」
私は、昨日から今朝まで考えてきたことを口に出す。
結論は出してきた。
「私は、あなたの彼女にはならないわ」
「そっか…………」
「あでも、これからも友達でいましょうね」
「ふふ、それを言われるとはね」
なんともいえない表情をされる。
これが最善よね。
私にとっても、こいつにとっても、あの子にとっても。
「やっぱり、彼女のことも好きだから…………」
「『も』?」
きらり、と目がこちらに向く。
数秒おいて、ぱっと飛びかかってきた。
「なにをっ…………んっ…………」
キスされた。
唾液が吸い取られる。
頭が真っ白になる。
「…………ぷはぁ、な、なにをすんっ!」
何度も何度もキスもされた。
そして、服に手をかけ、言った。
「いい?」
私は小さく頷いた。
下衆な話だけど、それはもう気持ちよかった。
確実に、人生で一番の快感だった。
家に帰って、落ち着いてから考える。
これって浮気よね。
いやもう、一週間前から浮気なのかもしれないけど。
最後までしちゃった。
いっそ、無理やりされた方が良かった。
私が、望んでしたのだ。
あの子にどんな顔でなんて言えばいいのよ。
ぴんぽーん
インターホンが鳴った。
つり目の可愛い子が私の名前を高めの声で呼ぶ。
噂をすれば、あの子だ。
「今日泊まってくね」
「う、うん」
まさかこんなに早く会うとは思わなかった。
どちらにしろ、もう少し考える時間が欲しかった。
そして、この子の『泊まってくね』。
つまり、そういうこと。
何故今日。
いろいろタイミングが悪い。
「最近付き合い悪いよねー」
「そ、そうかしら」
「私寂しいなあ」
夕食も終わり、私の部屋で喋る。
さりげなーく『もし私が別れてって言ったらどうする?』とか聞きたかったけど、そんな雰囲気ではない。
「まさか、私以外に好きな人ができたとか!?」
「!?」
まさかだった。
図星すぎて、私の口からは、そんな…………とかいや…………くらいしかでてこない。
でも当の本人はまさかねー、と笑っていて、私の狼狽には気がついていないようだった。
勘が良いのか悪いのかわからないわね。
ここでお風呂が沸いたから、順番に入る。
しばらく一人で考える時間ができた。
どうしよう。
そもそもあの子とは別に結婚とかしてるわけじゃないから、別れようと言ったらそれで終わりなような気もする。
でも、あの子『も』好きなの。
虫がよすぎるわね。
いっそ嫌われたら丸く収まるのかしら。
「まだー?」
「もうすぐ上がるわよ」
とりあえず今日は結論を出さないでおこう。
お風呂に入ってサッパリしたら、二人でベッドに入った。
ここまでは良かった。
「それ誰?」
世界地図がかけるほど冷や汗が出てきた。。
さっきと同じように、これは…………とかその…………とかしか話せない。
一方、彼女はさっきと違って私をまっすぐ見てくる。
「実は数日前から怪しいと思ってたけど…………私はお前の彼女だから。でも本当だったなんてね」
ど、どうしよう。
違う人の名前を呼んじゃうなんて、漫画でしか見たことがない。
ど、どうしたら。
幸か不幸か、携帯電話が鳴った。
この着信音は私のだ。
「あの・・・・・・電話が」
「貸して」
携帯は彼女の手に渡った。
こいつか・・・・・・などと呟いている。
不幸だったみたいね。
「もしもし」
『あれ、声が違うね。あ、彼女さんかな? …………なるほどそういうことか』
「私の女に何の用」
『おっと、もう私の女だ。おーい、そこにいるー? 愛してるぞー!』
「もう二度と関わるな。切るぞ」
『あちょっと待って。………………………………ったぞ』
彼女の動きが止まった。
あいつは、私の名前を呼んで、またなと言って電話を切った。
私と、まばたきすらしない彼女だけが残された。
あいつは何を言ったのかしら。
いいことなはずはないけど。
「どうして…………」
彼女がつぶやく。
「どうして!? 私たち愛し合ってたんじゃないの!? 私はこんなにも好きなのに!!」
まだ私のことを好きでいてくれるの。
私は身体も心もあいつのものだというのに。
「ねえ、あんなやつのことは忘れてやり直そう? ねえ!!」
「やり直す…………? なに言ってるの、あなたとはもう終わりよ」
せめて、嫌われよう。
「なんで!? 私のこと好きだって言ってたのに!!」
「あなたなんて所詮代わりなの!! あいつはね、私の理想で私がずっ………………と好きで!! でもダメで!! でも良くなったの!!」
「なっ……ふざけるな!!」
「ふざけてないわ!! 私はあいつと付き合う、だからあなたとは別れるの!!」
『元』彼女は大きく息を吸い、なにか言おうとしていたがやめて勢いよく家を出て行った。
これで間違いなく私は嫌われた。
せめて怒りでほかの事を忘れてほしい。
……私は何様かしらね。
私がもっと器用だったら違ったふうになっていたのかしら。
でも、私だってもっと幸せを求めてもいいじゃない。
また電話がかかってきた。
「もしもし。あ、うん。うん。明日? うん、いいわ。うん。うん。それじゃあ」
あれからまた五年。
仕事も順調。
彼女はまさに理想。
0時から24時まで幸せ。
ただ、時々思い出す。
あの子は今どうしてるかと。
隣の寝顔に面影を見ながら、私も眠りについた。
お読みいただきありがとうございました。