第一章 4
バルブッチはひとまず宮殿を後にした。
西口の城門からまっすぐに伸びる国道四号を、徒歩で行く。
ヴィスティユの道路は、ほとんどが結界の張られた有機ガラス製の防壁に覆われている。だから、中は冬でもそれなりに暖かい。
高い緯度に位置するヴィスティユは、放っておけば、雪で一面真っ白になってしまう。実際、防壁や建物から一歩離れた場所には、しっかり雪が積もっていた。結界防壁は、積雪の影響で交通網が遮断されないための設備だった。
途中で南の路地に折れ、複雑に入り組んだ城下の高層ビル街を縫うように進む。網目のように張り巡らされた防壁の中、どんどん奥のほうへ、狭くなる路地を歩いてゆくと、やがてビルの影に紛れてひっそりとそびえる、雑居ビルらしき外観のみすぼらしい建物が見えてきた。
この建物こそが、彼が機関長を務める特務機関『太陽の眼』の本部だった。
『太陽の眼』は、皇帝直属の極秘特殊任務部隊だ。
陸軍内ですら、その存在を知る者は数少ない。
何のために、何に対して何をしているか――そういった活動の実態は、軍の中でもごく限られた人間のみしか知らない。
当然、所属する機関員の身元もできるだけ伏せられている。バルブッチも大佐という階級以外、来歴のほとんどは記録から抹消されている。
本部へ帰還するのも一苦労だ。
尾行点検は必須。もし足跡の抹消を怠り、追尾されていることに気付かず本部に帰ってこようものなら、皇帝直々のお叱りが待っていることだろう。お叱りと言っても、諭すように「気を付けてね」と釘を刺されるだけだろうが。
バルブッチも散々回り道をし、倍の時間をかけてようやく本部へ辿り着いたのだった。
「室長、お疲れ様です」
バルブッチが自分の執務室に足を踏み入れかけた時、横から声を掛けられた。
振り向くと、廊下の端で副機関長のナクティア・ミュイースト少佐が敬礼していた。栗色のおさげ髪がやや幼い印象を与える若き女性士官だが、バルブッチにとっては有能な部下だった。
「ミュイースト、君が上げてくれた作戦報告書だが、要点が押さえられていて、非常にまとめやすかった。とても助かった。プラピア様も、最終報告書の内容に喜んでおられた。君のおかげだ」
「光栄です」
ミュイーストは微笑んで手を胸に当て、軽く頭を下げた。
それから、うっとりとした表情で頬に手を当てる。
「陛下の予想、ずばり的中していましたね。ああ、さすがは稀代の天才美少女皇帝です」
「て、天才美少女、皇帝……?」
「私もまた、陛下に謁見したいです。あの美しいお方に、またお目にかかりたいです……」
「美しいのは認めるが、くれぐれも陛下の前でそのだらしない表情をするのだけはやめておけよ」
「あの美しいおみ足で踏まれながら、あの甘いお声で『雌豚ちゃん』と罵られたいです……」
こいつはだめだ。こいつはもう謁見させてはだめだ。
バルブッチはそう思った。