第一章 3
廊下を歩きながら、バルブッチは考える。
先程のプラピアの言動からも、やはり危うさが感じられた。
ここ一年で、破滅的な危うさ、脆さが加速している――。
もともと三年前に即位して以来、プラピアは、ずっと危うさを秘めていた。
それは、例えるなら、『共和主義連合』の本部ビルまで単身出向いて連中にちょっかいを出してしまうような、そういう類の危うさである。
だが、ここ一年の間に、その危うさがますます加速しているような気がしてならなかった。
原因が何なのか、現段階ではまだはっきりとは分からない。
だが、放っておくとまずいことになるという確信だけはあった。元首たる彼女の身に何かあれば、ヴィスティユという国家全体が危機に陥りかねないのだ。
それに、このままプラピアが何かのきっかけで破滅してしまえば、彼女自身の『計画』も、おじゃんになりかねない……。
バルブッチは、プラピアがまだ幼い頃から側近として彼女に仕えてきた。プラピアの護衛役は当然として、教育係や遊び相手までもたまに務めた。
だから、彼女のことは、概ね何でも知っているつもりでいた。本来なら、プラピアが皇帝に即位した時点で、近衛隊長かそれに近い地位に就くはずだったのだ。それくらい彼女に近い存在だと、バルブッチ自身も自負していた。
それゆえに、最近の彼女が何を考えているのか、全く分からなかった。
もちろん、彼女は馬鹿ではない。
何の意味もなく、危険に身をさらしたりはしない。
今回ちょっかいを出したのは恐らく、エルシアの大統領に今一度、釘を刺しておくためだろう。二年前に交わされた『密約』を忘れたわけではあるまいな、と言外に忠告したかったのだ。そう、それは分かる。
しかし、それだけなら直通の回線で連絡を入れれば済む話だ。魔子共振型の通信方式なら、盗聴の恐れはまずない。
なぜだ。
なぜ、あえて直接会いに行ったのか。
「レウディネルト大佐」
不意に後方から呼ばれて、バルブッチは立ち止まった。
「リローミアか。何か用か」
振り返りながら尋ねる。
女性型有機自律機械人形のリローミアは、その場に跪いて首を垂れた。
見た目は、使用人の格好をした普通の少女だ。肩にかかる程度の黒い髪と、眠たげな黒い瞳を持った、どちらかといえば地味な容姿だ。
「陛下のご様子を伺いたく存じまして、お声がけさせていただきました。共和主義連合のほうに出征なされてから、ずっと体調が優れないようでしたので」
そうだったのか。バルブッチは、全く気付いていなかった。
「俺の目には、別段変わったところもなく、お元気そうに見えたが……」
「さようでございますか」
リローミアは立ち上がり、頭を深く下げて礼をしてから、バルブッチが歩いてきた道を逆に辿って、プラピアの寝室のほうへ去って行った。
感情を持たないのは知っているが、本当に何を考えているのか分からないやつだ――。
バルブッチはやれやれと首を振って、再び廊下を歩き出した。
リローミアも、バルブッチと同様、幼い頃からプラピアの身の回りの世話を担ってきた。言わば最古参の、プラピア専属の使用人だ。
皇室には、他にも使用人を務める機械人形が大勢いる。が、皇帝即位以前からプラピアに付きっきりなのは、リローミアだけだ。
それゆえ、今では使用人を務める機械人形の中でも最も位が高く、最も皇帝に近い存在となっている。もちろん機械人形なので、階級などは特にないが。
そして何より、他の使用人と決定的に異なっているのは、真の目的が〝監視〟であるという点だ。
リローミアはプラピアを――正確には、プラピアの『体内魔力場』を監視するために、前皇帝がわざわざ用意したものだった。
皇帝の死後もその任務は受け継がれ、枢密院のプラピア監視に使われているのだった。