繰り返される日々と交わされる約束
これは、すべてフィクションです。
登場人物は、架空の人物です。
宜しければご覧下さい。
雲が少ない青空の下を、私は今日も『あの人』の元へ向かう。
それが、たとえ私の心を辛く締めつける事になるとしても――――
いつも私は校則を破ってでも必ず向かう場所があります。
それは学校から徒歩30分の場所で、毎日必ず足を運ぶ行き慣れた場所でした。途中で通る桜並木を徒歩で数分、すると向こうに見えてきた建物がそう――――
「…………また、きましたよ」
この街に3件しかない病院のひとつ、『浅江病院』は私の知る一番近くにある病院でした。それほど大きい所では有りませんが、わたしはここの先生を信用しています。
だって、先生がわたしの大切な人を助けてくれたから。
あの人が居る病室『006号室』は1人部屋となっていて、二人きりで話すことを許されている部屋なんです。
その理由は——――
「雪兎さん……。今日も来てしまいました」
普段から開けてあるドアを軽くノックすると、部屋に入ったわたしは今にも『泣きそうな』表情を悟られまいと、精一杯の微笑みを作り、自然に接しようとしました。
ベットの上で上半身を起こしていた貴方は見て分かるほどに健康そのもので、わたしの声に気づき視線をこちら向けると、最初に言った言葉はいつだって、
「…………君は、誰だい? もしかして、お部屋を間違えていませんか?」
「――――ッ!」
貴方が口にする悪気の無い言葉は、いつもわたしの心を深くえぐるようでした。
「いいえ、こちらで間違い有りません。わたしの名前は美雪と申します。……貴方と恋人同士『だった』者です」
(この言葉を自ら語っている時、きっと自分はとても泣きそうな顔をしていたかもしれません)
先生の話によると、次の日になると雪兎さんは必ず『わたしと初めて出逢ってからの日々』の記憶を全て、リセットされてしまうそうです。そう、いわゆる『記憶障害』が原因なのだそうです。
(そんな出来すぎた話し、あなたなら素直に受け入れられますか?)
このお話を先生から伝えられた日。
個室に穏やかな表情で眠っていた彼のベットに寄り添い、私は止まない涙を流して泣いていました。
洗面所の鏡を覗くと私の瞳は充血していて、人前に見せられない程でした。それくらい彼との思い出は私にとって、掛け替えのない物だったんです。
彼と初めて出会ってから、付き合うまでは時間はあまり掛かりませんでした。初めてのデートはお互いのお気に入りの場所で、公園はとくにそうでした。
バレンタインの日も、私が一生懸命になって作った手作りのショコラを貴方が受け取った時も、頬を赤く染め姿に私も思わず笑顔になったことは良い思い出です。
そんな幸せな日々がずっと、続くと信じていました。
付き合い始めてから、1年が過ぎた頃に『あの事件』が起こりました。
ふと、空を見上げると暗い雲が立ち込めていて、雨が降りそうだった日にわたし達はデートの約束を交わしていました。
待ち合わせ場所に先に着いていたわたしは、時計を見ると思わず、彼に会えるまでの時間を待ち遠しくてにやけていました。
幾ら待っても来る気配が無い彼に少しずつ苛立ちを覚えました。
それから、待つこと1時間半が経過した頃、一件の着信がわたしの携帯に入りました。
その内容は、彼の不幸を知らせるモノでした。
その話を電話で聞いている間の事はあまり覚えていません。
ただ、携帯を持っていたその手と私の声は震えていて、電話の相手である雪兎さんの叔母さんも、私の様子に気づいて「美雪さん! 気を確かに!」と言っていた気がします。
いつの間にか意識を失っていた私は気が付くと、彼が入院していた病院で空き部屋を借りて眠ていました。
次の日になって精神的に落ち着きを取り戻した私は、ここで改めて彼の病状を聞きました。
それから、年月が経ち——――
3年目の現在。
病院に通うこと、3度目の春。
わたしは無事に高校を卒業する事が出来ました。
今日はその帰りに病院に寄ったわけで。
就職活動するため上京しようと思った私は、もう1度だけ会いに来たんです。
「だから、雪兎さんは明日になると私を忘れていると思います。でも……もし、また会ったときにわたしを覚えていましたら、その時は……私と『婚約』をして頂けませんか?」
「…………面白い人ですね、貴女は。良いでしょう。僕なんかで宜しければ約束しましょう。あなたの様な綺麗な方の望みは歓迎です」
笑顔で返して下さったその言葉が、どれだけ私の心に響いたことか。一瞬、私の中にあった想いが揺れて泣きそうになりましたが、なんとか踏み止まり、一言だけ返すことができたのです。
そう、一言だけ『約束ですよ』と――――
自然と瞳からこぼれた一滴の涙。
わたしは、この病室を後にしました。
※※※※※※
それから、3年後——――
久しぶりに訪れた病室、空き室になっていました。
昨年、彼は無事に退院したそうです。
叔母さんに電話で聞いて彼の自宅に向かいましたが、丁度出かけていました。待っていたらすぐに戻って来ると叔母さんは言ってくれたんですが、何故か、胸騒ぎがして最後にデートの約束をした場所に思わず足が向かっていました。
久しぶりに来た公園はあの頃のまま、全く変わっておらず、あの日のことが昨日の事の様に思い出されます。待ち合わせをして私が立っていた緑色の象さんの銅像が設置してある出口付近。
腕時計を見ると、丁度、時計の針は『あの日の待ち合わせの時間』になる1分前。何となく、胸騒ぎがして私は待ちました。
誰も来る筈がない待ち合わせの時間。
やはり、誰も来る気配が無く、苦笑な表情でわたしは公園を出ようとしたときでした。
「遅くなってごめん。だいぶ、待たせたよね。美雪さん」
「————ッ!?」
後ろを振り向くと、そこに立って居たのは紛れもなく『雪兎さん』でした。
「…………どうして?」
「どうしてって、待ち合わせのをしたからに決まっているじゃないですか。それとも、僕を忘れたんですか?」
少しだけ、意地悪混じりに笑顔でわたしに言う雪兎さんは、まるであの時のままで、本当にあの時に戻ったんじゃないかと、わたしは思えた。
「それじゃ、デートに行きましょうか」
彼が見せた笑顔はとても眩しくて、私の視界は涙で歪んでいった。
「————うぅっ! うぁっ、……うああぁあん——」
泣き崩れてしまった私、そして、そんな私を優しく抱き締めてくれた雪兎さんの胸は暖かくこの時の事を結婚をした後でも、ずっと忘れていません。
これで、私の物語は終わります。
最後まで、読んで頂いてありがとうございました。
他にも小説を投稿していますので、良かったらご覧ください。