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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第二章『神聖ローマ皇帝フレデリカと内政』
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7話『ラスボスと対面フレさん──1212年』




「やっぱりミラノあたりは情報をキャッチしてるみたいだな」


 途中で港に寄り、ジェノバの仲間から報告を受けたアンリはローマの外港へと向かう船上でそう告げた。

 フレデリカは頷く。


「ジェノバが把握してるぐらいだからね。イタリア中に知れ渡ってるんじゃないかな」

「ま、そうだろうな。人の口に戸は立てられねえ。だけど安心しな。明確に超反体制都市ってのは数カ所で後は日和見が多い。教皇の後押しを見たらこっちに揺らぐようなところも一つや二つじゃねえだろ」

「成程ね……」

「なにせあの最強の教皇イノケンティウスだからな」


 アンリが「おおテリブル」と呟きながら云うので、ベラルドに向き直ってフレデリカは尋ねた。


「後見人なのに会ったこと無いんだけどさ、そんなにヤバイの? イノケンティウス教皇」


 大司教のベラルドは大きく頷いて皇帝する。語ろうとしただけで冷や汗が浮かんできていた。


「それはもう。彼の一言でヨーロッパ中をカオスの坩堝に叩きこむことが可能なレベルですから。教皇を前にすればこのベラルドも涙が止まらずに仕事に行きたくなくなります」

「ラスボスすぎる……後それは心の病じゃないかな」

「英仏独にスペインや東欧のキリスト教徒な王を片っ端から破門にすれば各地の大司教を中心に於いて諸侯を従わせ十字軍を発生させて王を追い落とさせられます。と云うか実際に英仏独は破門喰らいましたしね」

「ヤバイね」

「一応ちゃんと謝って行動を改めれば破門は解かれるのですが。更に周りには『破門を乱発するでない』とありがたいお言葉が」

「強制ユニークスキル認定すぎる……」


 そのような強権を持つようになったのも、教皇が正しいからである。

 この場合の正しさは相手を反論不可能なまでに教義と理屈でやり込めることが可能であることだ。彼はイタリアの名門ボローニャ大学にパリ大学も出ていて神学だけではなく論理学、法学にも深い知識を持っている。

 そしてその振りかざす教皇の力は相手の悪を明確にした上で、そして手を差し伸べる寛大さも合わせ見せることで逆らうより従う体制を作り上げていたのである。

 また彼自身の行動も、教義を統一させ異端を無くし、聖界に蔓延る賄賂や妻帯などの汚職問題への解決にも意気込んで居た為に本人に付け入る点は少ない。

 学校で例えれば、死ぬほど正しいが凄まじく口煩い上に停学させまくる教師みたいな存在がキリスト教圏のトップに立っていたのである。

 隊長はなるべく威圧感を出すために磨いていた鎧から顔を上げて云う。


「まあ、何にせよ逆らうべきじゃないな。少なくとも今は」

「勿論だよ。協力をして貰いに行くんだからね。というか」


 じろりとフレデリカは隊長を見て云う。


「いつか逆らうなんて見透かしたことを云うね隊長。我はこう見えても信心こそ少ないけど宗教には寛容な方なんだよ?」

「そうだな。教皇が正論しか言わないような人物ならぶつかりはしないだろうさ」


 彼は苦笑しながら肩を竦めるのであった。

 そして丁度、船乗りから声が上がった。


「オスティアの港が見えたぞ!」


 



 *****





 予め手紙を出していた事により、オスティアに次のドイツ王神聖ローマ皇帝とされるフレデリカが降り立つのは知られていた。

 群衆が彼女らを歓迎して出迎え、聖職者が緊張した面持ちでフレデリカを先導する。

 ゆっくりとフレデリカは青いマントを被り堂々たる様で馬に跨がり、手を上げて応えて見せる。

 赤いふわりとした髪の、王の威光を感じさせつつも民に笑顔を振りまく少女である。オスティアからローマまでの道中は見に来る観衆で守られ、歓声と共に迎えられた。

 ローマの門をくぐると意外に、人は集まっていたが整然と並んでいる。

 前方に輿に乗った緋色と潔白色の衣を着て、白地に金細工の入った帽子を被りその下に見える目が凶悪に禍々しく──いや、凶善に神々しい輝きを灯している男が居た。

 年の頃は五十二歳。全身から聖霊効果が放出されてローマの広場を支配している。背景に天の門が渦を巻いて現出しかけている幻視さえ覚えた。

 一歩、一歩と載せた神輿が踏み出すごとに大地を震わせて危うく終末の天使がラッパを吹き出しそうな不安を覚える。

 フレデリカの使節団と対面する形で互いに接近した。固唾を呑んで観衆は見守る。もう終わりだ。さようならフレデリカちゃんフォーエバー。そう思えてしまうほどに威圧感を出している。

 彼が出現した瞬間天は曇り、同時に進んだところから雲が切れて光が差し込む。耐え切れず失神するものさえ現れたが、慣れたように近くの聖職者が救護に連れ出していた。

 シチリアから一行もイノケンティウスの威光に耐え切れているのは、フレデリカのみである。隊長さえも脂汗を額に浮かべて手綱を持つ手に力が籠もる。

 さて。

 フレデリカは生まれて初めて対面するイノケンティウスを見て一瞬気圧されたが不敵な思いを隠して平常の顔を保った。


(おおう。さすが最強のラスボス。なんかBGM変わった気がする)


 確かに万人が苦手に思いつつも逆らえない雰囲気を持つ相手である。

 相手に取って不足は無いとは言わない。

 イノケンティウスの権力に比べれば現状、シチリア王ですら無くなったフレデリカは吹けば飛ぶような存在だ。籠の中の伝書鳩だ。

 ならばつまり、籠の中の鳩を始末しようと思わせずに、手紙を結びつけて解き放つ用に仕向けなければならない。


(例えば向こうがラテラノ宮殿に篭っていて、我が到着するまで出迎えもしない態度ならアレだったけど……わざわざ出迎えるのは向こうもいい感じに言うことを聞かせたいからだよね)

 

 一方で教皇は眼光をアルキメデスの熱光線めいた凄まじい光に増幅させながら、ゆっくりと近づいてくるフレデリカを見ていた。


(……女ァではないか……なぜ誰もそう言わぬ……)


 初めてフレデリカを直接見ることで、初めて気付いたイノケンティウスである。

 何度も云うようだが奇跡的な言葉の行き違いにより、彼は後見を頼んだフレデリカの母からも連絡を受けているグイエルモやその他部下、或いはシチリア情勢のうわさ話からも偶然フレデリカが女という情報を聞き逃していた。

 もし彼が最初からフレデリカを女と知っていたならば、神聖ローマ皇帝にさせる案はまた変わっていたかもしれない。

 しかし現状から変更するよりも、このままやり通して後で修正を掛ける方が手間が掛からぬと妥当性を一瞬で思案する。


(東ローマだが女帝の前例が無いわけでは無い……一時的な処置としてあやつを皇帝にして、その息子を後継にさせ、またシチリアに押しこめば良い……)


 と、思ったのでフレデリカを支援する考えは変わらなかった。

 ──冷静に判断を下しているようだが、きっと彼も困惑により無意識に忘却したのだろう。何故か既に、自分が送り込んだコスタンツァとどうやってか子供を作っているという事実に。

 広場の中央で教皇の神輿とフレデリカ一行は丁度相対し、停止した。

 緩慢にも見える動きで教皇が神輿から立ち上がり、周囲を見下ろした。それだけで観衆はひれ伏す。上空の空気の重みが何倍にも増した感覚だ。天を覆う叢雲が晴れて感動すら覚える青空が見え始めていた。

 教皇の声が増幅もしていないのにローマ中に響き渡る。


「汝に問う。汝はキリスト教の俗界を守りたる使命を神のもとに受ける意志はあるか……」

「無論。皇帝であることを取り戻し、神に神の物を返す為に我は往こう」

「────よろしい」


 敢えて、フレデリカはひれ伏し頼みを縋る真似はしなかった。

 何も持っていないが、完全に相手に服従の態度を見せれば支援は確実だろうがその後に影響が出る。

 皇帝にはなるものの、誰かの傀儡になるつもりはフレデリカは一切無かった。たとえ神の傀儡にさえも。




 *****




 ラテラノ宮殿は教皇イノケンティウス自らが指示し、かつて火事で焼け落ちた部分を修復させたことで知られている。 

 いわばこの最強のラスボスの居城である。背景に雷とかなってるしセーブポイントは中には無い。

 そこに使節団は招かれて要求の確認を行う。助祭達は胃が痛くなりながらも使節団を見守っている。

 ベラルドが恐る恐る彼に願いを口にした。

 

「そ、それで教皇。フレデリカさんが北部イタリア、ドイツでの支持を得られやすくし、克つ支援する教皇の威光を示す為にこのベラルドめに発言権の強化を……」

「大司教……それはつまり貴様にこの教皇と同等の権限を一時的に与えよ、と……?」

「ひっ」


 教皇の言葉で大聖堂のガラスが震えだした。空気の振動ではない。流体が怯えているのだ。

 助祭は十字を切った。


「ひいっ」

「ベラさん死んだわ」


 誰もが大司教の終わりを覚悟した。さらばベラルド。煉獄で会おう。

 イノケンティウスは聖なるドスの利いた声で云う。


「許可する……連絡の修道士も各地に派遣しておこう。助祭、用意をせよ……」

「は、ハイッ!」

「感謝します、教皇よ……!」


 次に申し入れるのは差し出す物であった。

 一つの事柄を許されれば相手に一つ与えるのは交渉の基本だ。

 フレデリカが云う。


「教皇。我の後見料としのて黄金のことですが」

「うむ……」

「本来ならば成人してすぐに払うべきだったのですが、遅れて申し訳ありません。そして未だシチリアの統治は不完全であったが故に、黄金ではなく南イタリア、フォンディの都市を教皇領に捧げることで果たしたいと思います」


 と、大胆な交換を申し出た。

 フレデリカにはまだ財力は無いし、旅に黄金を持ってきても居ない。しかし早めに借金を返さなければそれを理由に口出しされる可能性は大いにあったのだ。

 そこで領地を切り売りすることにしたのだが、このフォンディという都市は元からフレデリカがまだ統治していない地方にあった上に、この前オットーの軍に攻められて降伏した為にシチリア王国に税収も見込めないところであったのだ。

 不良債権都市をパージして教皇に押し付け借金を解消する作戦であった。狡い少女である。

 しかしそのフォンディの状況と云うのも、イタリアの情報ならあらゆるところにある教会からの報告で把握している教皇も思い至るところである。教皇の目がゴッソ光った。


「ひいっ」

「死んだわフレさん」


 助祭がフレデリカの戒名を考えだしたが、


「構わぬ。金が足りぬのならば……貴様らの道中の旅費も全て教会が保証しよう。教皇の旗印を持っていくと良い……」

「教皇優しすぎない!?」

「おじさん……! 優しいおじさん……!」


 思わずツッコミを入れた助祭二人がシャイニングアイレーザーを受けて失神した。   

 借金は傷んだ町一つで許し更にドイツ行きのお小遣いまでくれる優しい教皇である。

 だが、二つ譲歩した。故に教皇はそれの対価を要求する。


「誓いを立てよ。皇帝となった後は十字軍を編成し、エルサレムを取り戻すのだ。そしてもう一つ。皇帝はドイツの皇帝……シチリアの王は兼任するでないぞ」

「神に誓って」


 フレデリカは頭を下げて約束を取り付けるのであった。

 顔を見せぬようにしたその口元はにやりと笑っている。

 

(そうだね。今のうちはシチリアの王も手放すけど……くふふのふ)


 超越した教皇の眼差しがフレデリカのレッドブロンドの髪に注がれる。表情は見えぬが、見透かしたように。





 *****




 約束を取り付けた一行はローマに留まり教皇と楽しい食事会を──ということにはならなかった。

 さっさとオスティアの港に蜻蛉返りして出港の準備を急がせる。

 自分達がドイツ王になる為に旅立ったという情報はイタリア北部のコミューンに知られているということは、ドイツのオットーにも伝わるのは時間の問題だ。いや、当然向こうもフレデリカの動向には注意しているだろう。

 日和見で、最悪でも皇帝が変わろうが自治を守ろうとすればいいと考えるコミューンとは違いオットーは明確に敵だ。現在はフランスと小競り合いをしているが確実にこちらを危険視している。


「よっし、教皇の旗を船に付けたぜ! これでピサの連中も手出しができねえ!」

「それじゃガンガン出発しよっか! 疾きことハンニバルの如しだよ!」

「アルプスに象は連れて行かないけどな」


 補給物資を乗せてオスティアでフレデリカシャツを布教しつつ、一行は急ぎ次の目的地──イタリア半島の付け根である海洋都市ジェノバへ船で向かうのであった。

 再び船上で暫く待機となり、そのうちに作戦会議を開いておく。

 隊長は鎧を脱いで平服になり、一息つきながら云う。


「とりあえずなんか妙に教皇が優しかったから条件はクリアされたな」

「なあに、ラスボスなんてのは弱い相手には力は振るわないものだよ。こっちが強くなってからガンガン発言してくるようになるんじゃないかな?」

「そういうものか」


 隊長は地図を取り出して云う。


「と云うわけで予定通りジェノバから北進、ポー川を東に下ってアルプスを東越え……今は春だがまあ、年内にはドイツに付くだろう」

「できれば秋までにはアルプス越えたいねえ。寒いだろうから」


 まだ季節は春で、地中海の気候では軽く汗を掻くほどだがフレデリカに取って北の土地は未知の領域なのである。

 

「それにはドイツに近いからオットーの妨害が無ければ行けそうだが……フランスが食い止めてくれてればな」

「そうだ。『正式に教皇から認められた次期ドイツ王たるフレデリカが、フランスの抗ドイツ戦争を支持し、またドイツ王になった後の友情を……』っと……」

「何を書いているのですか? フレデリカさん」


 ベラルドが覗きこむと、フレデリカが書状を見せた。


「フランス王フィリップ宛の手紙だよ。兵は出せないけど正式なドイツ王として応援するよ、あと我が王になったら仲良くしようねって予め言っておくんだ。向こうも教皇がバックに付いている我がドイツ王になったら我の領地は攻められなくなるし、ドイツに対する戦争の正当性も増して士気が上がるでしょ」

「出た。フレさんの手紙作戦」


 感心しながら隊長は云う。

 フレデリカがこうして予め手紙で自領や他国と遣り取りをするのは後まで続く習慣で、一番多い時には常に百人以上の連絡員を引き連れて都市を練り歩きながら手紙を出しまくっていたという。

 ベラルドが隊長の持つ地図の上──ドイツとフランスの境界を気にしながら云う。


「しかしフランス王は大丈夫なのですか? オットーどころか、イギリスのジョン王まで参戦して戦っているといいますが」

「そうだな……これは俺の聞きかじりの軍事知識だから正確じゃないんだが、それぞれの強さを比較して見るか」


 隊長は別の紙を用意して書き込む。


「ステータスを数字で表すと……」

「どういう基準の数字?」

「まあ、100が最大だと思ってくれ。武力100が呂布とか、政治95が張昭とかそんな感じで」

「……なんで三国志で例えるの?」


 とにかく、細かいことは気にせずに彼の説明を受ける。


「5刻みぐらいで大雑把にすると、フランス王フィリップが『統率65 武力40 知力90 政治90 魅力85』ってところか」

「文官型だね。イマイチ武力は低いけど」

「対する独王オットーは『統率75 武力85 知力50 政治30 魅力20』ぐらいだな」

「こっちは武将っぽいなあ。普通に戦ったらオットーが勝つんじゃない?」

「ところがオットーの同盟相手のイングランド王ジョンは『統率15 武力5 知力10 政治5 魅力5』程度だ。王として最低レベル。三国志で云うと夏侯楙。仲間に入れるとむしろ邪魔」

「英国の未来は暗いすぎる……」


 隊長は二人の名前の前に下降矢印を書いて更に云う。


「ついでに破門を食らうわ国内ガッタガタだわで二人共バッドステータスに掛かってる状態。一方でフィリップはイングランドをアンジュー大陸領から追いだそう運動でガンガン領地を増やしててジョン王相手に連勝してた。南フランスが若干きな臭いけど国内の支持率は絶好調気味。多少、オットーの率いる軍に苦戦はしても勝つのはこっちだろうよ」

「そうだね。だからオットーに勝っても国内を統一する為にフィリップは今度は南フランスの内乱を治めにいかないといけない。そこでドイツに邪魔されたくはないから、我が仲良くしようねって差し伸べた手は掴み返す筈なのさ」


 と、フレデリカも納得して手紙を封に仕舞った。

 

「あー……何ならその手紙俺が運ぼうか?」


 アンリが片手を上げてそう提案した。


「他の都市を挑発するといけねえからドイツ行きはついていけねえけど、代わりにフランスに持って行ってやるよ。なるたけ連絡員も信用できたほうが……いいと思うんだが」


 一応、身分は海賊──ジェノバ海軍であるが、フレデリカとの繋がりは個人なのでどう思っているか微妙なところだな、とアンリは頬を掻きながら曖昧に笑った。

 するとフレデリカは迷わずにアンリに手紙を預けて、


「じゃあ頼むよ。アンリなら腕っ節も強いしね。フランス語は大丈夫?」

「おうよ、任せろ。わざわざフランス風に『アンリ』なんて名乗ってるだけはあるさ。貿易商は言語が一番大事ってね」


 疑いも無く渡してくるフレデリカに、アンリは快活な笑顔で返事をした。

 信頼されることは嬉しく思う。どうもこの、まだ少女でしか無い皇帝候補から認められるとやる気が出てくるというものであった。髭もじゃのおっさんに命令されるより、何倍も。


「へへっ」


 アンリは照れ隠しに塗笠を深くかぶり直す。

 ──と、怒声が上がった。


「船が近づいてくるぞーッ!」


 一行は慌てて船の縁に身を乗り出す。

 アンリが確認の声を出した。


「大型船1、小型船2。典型的な海賊だな。マークはさすがに隠しているが、ピサの連中だろうな」

「襲ってくるの?」

「いいや。教皇旗がある限りは大丈夫だが、牽制というかビビらせというか……ムカつかねえ?」

「ムカつくねえ」


 アンリの言葉に、フレデリカは首肯した。

 彼はにやりと笑って船員に指示を出す。


「ようし見てろ。舵を取れ! あの大型船にくっつけてやれ! 任意の事情聴取ってやつをやるぞ!」

「アイサー! ヨーソロー!」

「ちょっと待て。何をするつもりだアンリ」


 隊長の言葉に彼は悪い海賊の顔で応えた。


「カ・ツ・ア・ゲ」


 まさか向こうが突然接近してくるとは思わなかったピサ海賊は泡を食ったに違いない。

 アンリの部下が行った見事な操船によりほとんど並走するような形に隣接したと思ったら──アンリが丸太を肩に担ぐと敵の船に飛び移った。

 戸惑う船員相手に近づいて、船の床に丸太を叩きつけて突き刺す。


「こぉぉぉんにぃぃぃちわぁぁぁぁ! おやおや?」


 彼が荒々しい手つきで相手の羽織っているマントを破るとピサ海軍の紋章が縫われたシャツが見える。


「これはこれはピサの方々! 俺達が教皇イノケンティウス様の勅令で、ドイツ王になられるフレデリカ様を送っている最中になぁぁぁんの御用でしょうか!」

「くっ、こっこいつっ……この丸太……マルタ島のアンリか!?」

「YES」


 フレデリカに最初に会って数年。丸太を持って地中海を暴れまわる、アンリ・ディ・マルタの名は既に広まっている。

 笑いながらアンリは船員を突き飛ばして、出てきた一番偉そうな男──船長の近くへ両手を広げながら歩み寄る。


「まさか教皇サマに逆らって襲いかかったり、睨みを聞かせて脅したりしにわざわざ来たわけじゃあごぜぇませんよねえええ?」

「むっ……ぬ、ぬう……」


 無言の圧力、牽制というのは言葉にしないからこそ役に立つものであり、己より立場の上の者から直接「それは圧力? ん?」と聞かれれば黙る他はないのだ。

 彼らとしてはフレデリカと教皇の牽制を傘にきたジェノバ相手への示威行為に来たのであったが……まさか乗り込んでくるとは思わなかった。

 というか大事な旅の途中で、使節団は少数しか居ないのに、海賊らしい相手に近寄ってくる莫迦は居ないはずだった。

 アンリは云う。


「わかってます! わかってますってばよ! ……お前ら、未来の皇帝サマに貢物に来たんだよなぁ?」

「え……え?」

「よーし野郎共! 丸太は持ったな! 荷物ひっくり返して片っ端から献上品をフレデリカちゃんにお渡しするんだ!」

「おおー!!」


 アンリの合図と同時に船員──丸太を担いだジェノバの海賊共が続けてピサの船に乗り移り、船室や倉庫を漁り食料から貴金属の類まで略奪を始めた。

 この時代、脱税のための金などは船に隠しておき子飼いの海賊に管理させておくのが珍しく無かった為に、襲撃目的で出てきたばかりの船にもそれらは積まれていたのだ。


「お頭! あったよ財宝!」

「でかした!」

「あったよ豚肉の塩漬け! これで豚汁作ろう!」

「でかした!」


 なお豚汁とは塩漬け豚を煮込んだ何の変哲もないスープのことである。

 酒や保存食まで持ち去っていく海賊に、


「おい!?」


 と、止めさせようと一人が手を伸ばすが、それはアンリの頑健な腕に掴まれて止まった。


「あァ? おい手前。献上に来たんじゃなかったら何しに来たんだ? こちとらクソ忙しいのに邪魔しにきたって教皇に報告されてえのか? それともその剣でこっちの船員を斬ってみろ。俺らは即十字軍に早変わりでピサを二度と陽の目が見れねえぐらいにしちまうのも簡単な話なんだぜ?」

「ぐっ……こいつ、タチ悪ィ!」

「ウッセバーカ! 下手にちょっかい出すからこうなんだよボケが! ジャンプしろジャンプ! 小銭一つ残していかねえぞヌケサクが! 奴隷にされねえだけありがたいと思え!」


 ──船員に危害こそ加えなかったが、隠されていたピサの旗まで全部ジェノバの船に積み込んでいくアンリをフレデリカは笑い声を上げながら愉快そうに見ていた。

 こうして素寒貧になったピサの船に代わりにフレデリカシャツを配給してやり、ちょっぴり裕福になった一行はジェノバの港へついたのであった。

 ジェノバは複数の有力貴族が常にせめぎ合い、主権を奪い合っている。海に相手の幹部が沈んだり浮かんだりするのは当たり前、没落すれば奴隷になり革命すれば相手を処刑しまくる。地中海の中でもバイオレンス国家である。

 現在は新皇帝となる予定のフレデリカに友好的であるがその政権がいつ変わるかも不明な為にここでゆっくりするというわけにはいかない。

 書状を持たせたアンリと、馬に乗った一行は別れることになる。

 アンリは貢物となる金貨と宝石類を入れた袋を手渡し、フレデリカに跪きながら、


「それじゃあなフレデリカちゃん。良い旅路を」

「お互いにね、アンリ。また会おう」

「了解。おい、隊長。あまりスケベしたら許さねえからな」

「俺はスケベなどしない」


 憮然と否定する隊長であった。

 そうして一行はドイツ入りを目指して北進する……。

 

 

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