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IF話『ハチャメチャの現代へと──20XX年』

IF歴史を歩んだ結果

嘘国家が現代に誕生しているという嘘話です



 イタリア半島中部のラツィオ州、ローマから南に位置するのがシチリア・南イタリア王国である。


 首都はシチリア島パレルモ。副都として南イタリアのナポリが指定されている。

 王宮のあるパレルモに対して、都市機能としてはナポリの方が発展しているものの両都市を行き交う船は毎日無数に出ているのでそう離れているわけではない。

 中世、ノルマン王朝より続く国で領地が増えたり減ったりしつつ、スペインの支配を受けず、ナポレオンの制圧に抵抗し、十九世紀後半に起きたイタリア統一を拒んで独立を保ち、その後の世界大戦も切り抜けて存続している。

 一度統一の流れさえ乗り切れば、元より南イタリアと北イタリアで仲が悪かったのもあり今更統一運動は起きそうに無い。

 国教はカトリックだが、十九世紀のイタリア統一運動時にローマを攻めたサルディーニャ王国軍から逃げる教皇ピウス9世を保護、擁立したことでバチカンに大きな恩を売りつけて宗教の支配力を緩めさせている。現代も教皇区としてローマ市国が残っているのはその援助の成果だ。イスラム教徒も多く存在するが、国風からか戒律は緩い。


 主要産業は農業・ワイン・貿易・観光。学問も奨励していて、ナポリにあるフリードリヒ2世国立大学──通称ナポリ大学──はヨーロッパでも古くからの名門として多くの留学生が訪れている。

 名物料理はピッツァに、トマトを炒めてスパゲティと絡めた『ナポリ風スパゲティ』。

 なお北イタリア共和国ではトマトソースにとろみをつけてスパゲティと絡めた『ミラノ風スパゲティ』を名物料理としていて、どちらの都市が歴史上ヨーロッパで最も早くトマト料理を作ったかは常に論争の的になっている。


 気候が地中海性で暖かく、作物を育てるのに適している南イタリアは昔からの慣習として税も安く、国民が飢えることが無いので基本的にやや呑気な性格をしている国民性がある。 

 北イタリアの者からすると「怠け者で田舎っぽい」と言われ、逆に南イタリアは北イタリアは「根暗なバカ」と評している。

 しかしながら税金も安いのでヨーロッパ圏のみならず中東や世界各地からリゾートの別荘地として南イタリアが好まれることもあり、呑気さも豊かな生活に裏付けされたものである。


 そんな王国の首都パレルモの宮殿にて。

 王族が寝泊まりしたり来客を迎えたり音楽会を開いたりと、多機能に使われる宮殿だが侍従であるスタッフにも部屋が与えられている。

 その部屋の主がムクリとベッドから身を起こした。

 そして壁掛け時計で時刻を確認して頷く。早朝六時だ。


「丁度三時間か」


 特別な疲労などは体に残っていない、いつも通りの睡眠時間を確認してベッドから降りた。

 彼は怪しげな磁石板があちこちに縫い付けられた寝間着を一瞬で脱ぎ去り、シャワー室へ向かいながら部屋の明かりをつけた。

 明かりで照らされた彼の部屋は、第一級指定建築物である宮殿の一室とはとても思えないだろう。怪しげな家具がぎっしりと部屋を埋め尽くしている。日本製最新マッサージチェアなどはまだ良いほうで、ケルト式不眠の呪文付き宝石飾りがシャンデリアのようにぶら下がり、中国道教式の圧縮睡眠術を組み込んだ枕、インドの聖仙が作った病魔避けの絨毯などがコスモポリタンオカルティズムに部屋を彩っていた。

 どれもこれも、仕事で忙しい彼に対して贈り物としてプレゼントされたものだが、どれが──或いは連動して作用したのか、毎日三時間の睡眠だけで疲労がポンと取れるというありがたい効果を出している。

 各部屋に備え付けのシャワー室で水を頭から浴びながら溜め息を付く。


「昨日は散々だったな……ハインリヒが店に文句をつけまくるから」

 

 シャワーから出てバスタオルで無造作にくすんだ金色の髪の毛を拭い、鏡の前でトレードマークの眼帯を装着した。

 左右非対称な色をしている彼の鋭い眼光は、大体右側の黒ずんだ色をした目が隠されて左側の青い瞳を晒している。

 鏡に映るのは二十代にも見える青年のような姿だったが、実年齢はその倍近い。幼馴染からは悪魔に魂を売って若さを保ってると冷やかされ、自分の娘や息子に近い年齢の相手からは侮られる。特に秘訣や自分で若作りをしているわけではないのだが、若く見られるのは色々と面倒だ。とはいえ、国民の殆どは彼の顔ぐらい知ってるので今更のことではあるが。

 シャツを身につけ、略章の付いた上着を羽織る。同時にノックが聞こえた。


「隊長。護衛官の食事の用意ができました」

「すぐに行く」

 

 隊長、と呼びかけられた男は幾らか跳ねる髪の毛をセットして洗面所を後にした。

 護衛官の食事は王族らが食べるよりも早く済ませてしまわねばならないのだ。とはいえ、自分の任務予定は午前のみだが。

 

 



 ******




 隊長。

 シチリア・南イタリア王国でそう呼ばれる──或いは、その呼び名で国民が連想するのはただ一人である。

 護衛官のトップでコードネーム『隊長』。

 王家の守護者とも呼ばれる軍人であり、国の小さい男子も女子も憧れる騎士様であった。

 護衛官である近衛部隊の司令官にしてシチリア軍特殊部隊『MFA』の鬼教官でもある。非常時には准将相応の指揮権を持つ。なお、彼への呼称は『隊長』だが、それ以外で役職名として他の人物を呼ぶ場合は『隊の長』などとちょっと持って回った言い方になるぐらいだ。

 オマケにインテリであらゆる言語を理解できる上にナポリ大学で非常任教授の資格まで持っていて授業を行っている。

 やたらスペックの高い、誰もが認めるナイト系軍人なのである……


「……俺の食事だけ何か別メニューなのだが」


 朝食の席で護衛官と並び手早く済ませようとした。

 普段から特に変わったものは出されずに、甘いエスプレッソとこれまた甘く調味したパンである。シンプルだが、糖分とバターをたっぷり使って高カロリーで素早くエネルギーになるものを摂取する。

 他の者の前にはそれが置かれているのだが、隊長の前だけドンブリがあった。

 副官が生暖かい目で見ながら言う。


「ビアンコフィーレ様が早起きして隊長の分を作ってくださいました。日本の[月見肉うどん]だそうです」

「あの子まで最近日本かぶれになってきた気がする」


 ちらちらと護衛官用食堂の扉から顔を出して伺っているのは、銀髪にやや赤い色の目をした少女である。隊長の反応を伺っているようだ。

 彼女はこの国の第二王女であるビアンコフィーレ。

 護衛官である彼らが守るべき王族なのだが……隊長としては頭を悩ませる問題児の一人である。

 ずるずると隊長は肉うどんを勢い良くすすりこみ、具を突き崩して食べた。

 日本食は南イタリアではそこそこ食べられている外国料理である。ナポリは横浜や鹿児島と姉妹都市提携を結んでいる──そのライバルのミラノは名古屋と姉妹都市だ──し、貿易業にて日本のサブカルチャーを多く輸入していた。

 うどんもパスタの一種として好まれている。イタリア人は日本人と同じく麺のコシを重要視するのである。

 基本的に彼は早食いなのであっという間に食べきる。仕事の時間に追われることもあるし、護衛がゆっくりと食事を取るのもおかしな話である。

 周りの隊員から嫌に優しく鬱陶しい視線を受けながら隊長はドンブリを下ろしてビアンコフィーレの元に歩み寄る。


「……ご馳走様、ビアンコフィーレ」

「どう? 美味しかったの? 隊長」

「味は良かったが、うどんにベーコンエッグを載せたものは月見肉うどんとは言わない」


 彼がそう指摘すると、雪のように白い肌をかっと赤くしてビアンコフィーレは憤然と言う。


「お姉さまめ! また嘘をついたのね! ゆ、ゆ、許さないの! そうやって私に対する隊長の好感度を下げさせて取る気なのだわ!」

「あー……」


 突っ込む気力が失せる気分を味わいながら、肩を怒らせて姉の部屋に襲撃に向かう王女を隊長は見送った。

 後ろから護衛官たちの笑い声が聞こえる。


「ビアンコフィーレ様、来年で結婚できるようになるんですよ隊長」

「隊長は婿殿になっても隊長のままですからね」

「勘弁しろ……」


 がっくりと首を振る隊長であった。

 第二王女ビアンコフィーレは、ロマンス物語に憧れている少女である。

 その対象が幼い頃から近くに居た、高スペックなイケメンナイトに恋するようになっても何の不思議でもない。

 でもないのだが、殆ど娘のように年齢の離れている少女から結婚を前提として恋愛感情を向けられている騎士は非常に辛い立場だった。

 本来彼が仕えるべき女王であり、ビアンコフィーレの母親のコンスタンツァに訴えかけても、彼女はニコニコしながら「隊長に任せるのかしら」としか言ってくれない。

  

 シチリアで最も完璧な騎士と呼ばれる隊長であったが、この国の王子王女の面倒を引き受ける羽目になっているのが同僚などからは憐憫の目で見られているのであった。


 


 

 *******




 

 シチリア・南イタリア王国のイタリア王室としては、まず女王コンスタンツァが居る。

 政治は基本的に民衆の代表が議会制で行う形になっているので、王室は権威や外交の顔としての役割があるものの基本的にのんびり暮らしている。

 夫は既に他界しているが、正統なシチリア王国の血筋をしている彼女の騎士をしていたのが隊長であった。

 結婚してから、問題になるんじゃないかとばかりに年子で子供をポンポンと産んで、一時世界的に有名になった。

 今はすっかり落ち着いているので、彼女は自分の護衛であった隊長に子供たちを任せて守らせている。

 しかしその子供たちが曲者揃いなので隊長の悩みだ。



 第一王子がハインリヒ18歳。

 一言で言うとクズニートだ。

 働きたくない、親の命令に従わない、コンプレックス持ちな上に酒とゾクフー好きである。

 色々コンプレックスを拗らせてこうなったのだが、さすがに母親も困り果てた。


「隊長はお酒もゾクフーも好きだから話は合うのかしら」

「い、いやそもそもイタリア人の男なら酒も女も好きなのはデフォだろう。俺と特別に趣味が重なっているわけでは……」


 そう言って面倒を見るように指示したコンスタンツァの目は笑ってなかったので隊長は頷く他無かった。反論したかったが、許さない目をしていた。

 とりあえず時々酒に付き合って愚痴を聞き流したり、安全なゾクフーを紹介したりとコミュニケーションを取るようにしている。

 何せほっとくと怪しい場末の病気持ち娼婦が居そうな安ゾクフーに行きたがるのだ。


「隊長さんよ~ボカァ駄目なんだ……妹から虫けらを見るような目で見られて……」

「勉強をしろ勉強を。あいつは基本勉強をしないやつは差別なく虫けら扱いだぞ」

「無理無理無理無理。アルコールで脳がかなりやられてるし。漫画ゴラクとか愛読しているもん」

「ゴラクへの風評被害はよせ。まったく、この国は日本の漫画雑誌を輸入するのにどうしてゴラクとかビックコミックとかスペリオールとかになるんだ……」

「はあ……イマイチメジャーになれないエロゲ声優さんとか、普段地味で人付き合いが慣れてないのにコスプレをしてみて会場でおどおどしてるレイヤーさんと結婚できないかなあ」

「何だその微妙な趣味は……」


 基本的に社会的立場が低い女性が好みというどうしようもない性癖をしている。

 普段は引きこもって奴隷の女の子とイチャイチャする内容のPCゲームをしていて、その後姿はとても国民にお見せできない。

 



 第二王子がエンツォ16歳。

 彼はまさにアイドル的な王子様だ。

 少女漫画から出てきたようなキラキラ輝く王子オーラを身に纏って、男でも女でも腰砕けにする天使めいた笑みでイタリアの宝などと呼ばれている。

 スポーツ万能でナポリ大学での成績もトップクラス。性格も裏表なく優しく、それでいて勇ましさも兼ね備える。

 公務も様々にこなしながらも、人の頼みごとも良く聞くのでテレビ出演から写真集の発売まで断ること無く、知名度は抜群なのである。歌や楽器もこなして彼のCDまで販売され、王室の財源になっている。

 隊長がイタリア一有名な騎士なら、エンツォは一番有名な王子だ。熱狂的なファンが国内外に多数居て、訪れる国ごとにファンを増やしている。

 凄まじく隊長は許可していないのだが明らかに二人がモチーフになっているBL系ロマンス小説がメガヒットした。

 回収しようにも作者が王族だったので権力が届かなかったという苦い過去がある。


 そんな、万能系王子で面倒が掛からないように見えるが問題があった。

 美貌がとてつもなさ過ぎて、度々それに惑わされた者による誘拐事件に巻き込まれるのである。

 突発的なものから国家ぐるみの陰謀、邪教の儀式への生け贄まで様々にエンツォは狙われている。

 一度などは北イタリアの都市ボローニャにて、あれこよれよとエンツォを引き止めまくって半ば軟禁状態にされかけたこともあった。

 悪意が無くとも、彼に居て欲しいと強引な引き止めをする国や都市は後を絶たない。

 それを救うのが隊長の仕事になってくる。ある時など、


「お待ちしておりました、隊長」

「攫われるのは毎度のことだが今回はなんで女装までさせられてるんだ!? 変な事はされてないだろうな!?」

「女装写真集を作るとかで撮影はされましたが」

「この建物ごとネガを焼き捨てる。脱出するぞ」

 

 しかし救出をする度に、囚われの王子様を颯爽とお姫様抱っこで救う騎士のロマンス小説の続編が売りだされてバカ売れするのが隊長の頭痛の種であった。



 

 第三王子、フェデリーコ15歳。

 南イタリア人らしい呑気さを持っている王子で、潰れまんじゅうみたいな愛嬌から人気のある王子である。

 基本的に無害で隊長の手も掛からないタイプだと最近まで思われていた。

 しかし緩い雰囲気ではあるがあらゆる根回しを得意としていて、幼馴染であるモチ大好きな聖職者との繋がりも大きく謎のネットワークを管理している。

 そんな彼が、妹の恋心を応援しているようであった。

 気がついたら隊長に恋するビアンコフィーレとの仲は外堀が埋まりかけて、これまでに無く焦った隊長が今は埋められた外堀を撤去しているところである。


「フェデリーコ、これはどういうことだ?」

「妹から頼まれてー隊長もさーお嫁さん居ないから丁度いいじゃーん」

「妹から頼まれただけで枢機卿にまで話を通すやつが居るか! カトリック教会に認められたら逃げ場が無くなるだろう!」

「その年まで結婚してない隊長が悪いっていうかー」

「……いいか、次に余計なことをしたらムーミンとゆるキャラコラボ企画をやらせるぞ」


 あと一歩遅ければ、隊長とビアンコフィーレが婚約したと公式発表がされるところであった。

 騎士として、守護し仕えるべき姫との恋愛はご法度だと決めているのだ。ついでに、あくまでついでだがあちこちに居る仲の良い知り合い(強調)の女性に刺されかねない。

 油断できない潰れまんじゅう。王族関係者は皆彼をそう認識している。




 第四王子がコンラート14歳。

 無茶な努力家である。

 優秀な周囲の人物から影響を受けて、自分もそうなろうと努力する姿勢は素晴らしいと隊長も思っているのだが。

 目標計画に無茶がある。

 

「隊長~……ラテン語の次は日本語を教えて下さい~……」

「またあいつから言われたのか。ラテン語も学者にでもならなければ必要あるまい。日本語は通訳を雇ったほうが早いぞ」

「でも隊長と姉上は話せるんですよね?」

「まあ、そうだが」

「やっぱり自分は努力が足りないんだ……自分の年齢の頃には姉上はナポリ大学を首席卒業したのに……」

「あいつを規準にするな」

「一番上の兄上でも日本語理解してるのに……」

「ハインリヒはエロゲーやエロ漫画が目的で覚えただけだ」


 などと、姉から「こんなことも出来ないの?」などと煽られたらそれをこなそうと必死になってしまう。

 他の兄弟や知り合いなどはそう言われても「ガリ勉乙」と返すのだが、生来の真面目な性格が祟って知恵熱でしょっちゅう寝込む程度に勉強に励みまくっているのである。

 実際、彼は姉や隊長に憧れているのだがその二人が大学教授レベルの知識を持ち、殆どの国で会話に不自由しない語学能力を持っているので複数の言語をマスターするだけで精一杯ではある。

 しかしそれも彼の将来に役立つかもしれないので、意地悪のみで煽られているわけではないと隊長も信じたいのであったが。

 教育係に隊長が任されるので困った話ではあった。

 


 

 第五王子、マンフレディ12歳。

 強い兵士に憧れる夢見がち少年だ。

 彼の第一志望は陸軍兵士で、泥臭くもかっこ良く戦場の前線で活躍することを望んでいる。

 しかし王子が歩兵をしたいなどと危険な上に周りもハラハラするので隊長は止めたい。

 

「ヘリや戦闘機の操縦方法を教えてやるから空軍に行かないか。エースといえば空軍だぞ」

「僕は兵士になりたいんです! パイロットになりたいわけじゃないんです!」

「海軍も悪くはないぞ。エリートコースだ」

「イタリア陸軍は地上最強オオオオオ!」

「……サッカー選手にならないか?」

「あっ! 体力づくりの時間だ! 走りこみ行ってきます!」


 どうしてこんな風に育ったのか、彼は頭を悩ませる。

 憧れるだけならまだしも、近くの陸軍基地に勝手に入り込んだ挙句に陽気なイタリア陸軍の男たちに、


「よっしゃ! じゃあ強襲揚陸訓練に参加するでパスタ!」

「王子もついてくるでパスタ!」

「はい!」


 と、小型の船から大人に混じって上陸する訓練に現地で参加してめっちゃ周りに踏まれて気絶した。

 参加させた部隊は隊長から凄まじい雷が落ちて一人残らず隊員のママを故郷から呼びつけて目の前で説教するというイタリア男児屈辱の罰を受けさせられたが。

 とにかく、それにも懲りずにマンフレディはまだ陸軍兵士を目指しているのである。

 それもこれも彼が幼い頃に、隊長が陸軍の訓練教官をしている姿を見て憧れたからだったが。



 マンフレディの一つ上が、第二王女のビアンコフィーレ13歳だ。

 隊長曰く「趣味が悪い」。

 家族の中で唯一銀髪で、色素の薄い肌をしている美少女なのだが隊長に惚れてしまい具体的に結婚しようとしている。

 イタリアでは女は14歳で結婚可能年齢である。

 しかしながら歳相応の、中学1年生程度の少女なので日々花嫁修業や学業に精を出しつつ隊長にアタックしていた。

 隊長としては王族に手を出すつもりも無いし、そもそもロリコンでもないので心底困っている。


 そんなビアンコフィーレが一方的にライバル視しているのが。

 第一王女のフレデリカ17歳であった。

 一番の問題児である。

 頭脳は非常に明晰で飛び級し14歳でナポリ大学を卒業。

 その後貿易会社を立ち上げて、日本のサブカルチャーを輸入したりイタリアの作品を輸出したりして、日伊文化交流親善大使に選ばれたりしている。

 本人も小説や漫画を書いて、勝手に隊長や兄弟をネタにしたロマンス小説をヒットさせた。

 とにかく彼女が問題なのは行動的なところで、言語学に優れてどこの国でも会話ができる特技を活かしてお忍びで他の国に遊びに出るのであった。

 

「じゃあイスラエル行ってくるね。岩のドォォォオオム! 超エキサイティング!」

「待てフレさん! 空爆に巻き込まれるかもしれないだろう! モサドに攫われるぞ!」

「インドのタージマハル見てくる! アウラングゼーブの建てたマイナーな方!」

「一人で行こうとするな! 前にインドで水呑んで死にかけただろう!」

「その後はチベットのトゥルナン行こうね隊長! うん? あそこ女の人大丈夫だっけ……確か文成公主が作ったから平気だったよね?」

「計画を立てろ! 違う! そのヒッチハイク用の看板じゃなくて!」


 などと、歴史好きな趣向もあって世界中あちこちに行こうとするので、護衛の隊長が引っ張られっぱなしである。

 とりあえず隊長レベルで言葉がどこでも通じて腕利きの護衛もそう居ないので、母親のコンスタンツァも半ば諦めながら「出かけるときは必ず隊長を連れて行くのかしらー」と丸投げしていた。

 それを気に食わないのが妹のビアンコフィーレである。

 年頃の姉が自分の想い人を連れ回し、二人きりというのも少なくないのだから面白くは無いだろう。それにビアンコフィーレに比べればフレデリカは女性らしい体型をしていた。身長はともかく、胸とかが特に。

 スキャンダルな発言も多く、彼女に歴史・宗教・民族についてコメントさせようとするマスコミは直ちに排除されるのがシチリア王国の常識である。


 

 年齢順に纏めるに、


 ハインリヒ18歳:クソニートでオタクな根暗。酒とゾクフーが好き。

 フレデリカ17歳:無防備に国外に出ようとするその場のノリで生きてる系インテリ。

 エンツォ16歳:男女を惑わす超絶美形アイドルで誘拐されまくり男子。

 フェデリーコ15歳:隊長と妹を結婚させたがるカトリック教会と繋がってるボーイ。

 コンラート14歳:向き不向きを無視してとにかく勉強しまくりながら凹むガリ勉。

 ビアンコフィーレ13歳:世話役の騎士様と結婚したがるガール。

 マンフレディ12歳:歩兵になって前線に出たがる英雄志願。

 

 これらの世話をするのが隊長の仕事であり、彼が騎士の誇りと共に守るべき王族の面々であった。




 ********



 

 その日も午前中のうちにコンラートに日本語の正しい資料を渡して(フレデリカがコンラートに渡していた日本語資料はミナミの帝王だった)、マンフレディの剣術訓練に付き合い、ハインリヒが唯一言うことを聞くコンスタンツァを連れて三人でお茶会などをした。

 フェデリーコとモンレアーレ大聖堂へ向かうとモチ付き大会が開かれていて手伝わされ、ビアンコフィーレから貰ったラブレターを赤ペンで添削して返し、プロダクションの決めたエンツォのライブ計画書に細かい警備上の指示を出す。

 そしてパレルモの港からナポリ行きの高速船に乗った。

 明日からナポリ大学で集中講義があるので暫くそちらに泊まりだ。そのための、護衛官の調整なども済ました。


「ふう……真面目な生徒は少ないが、少しばかり息抜きにはなるな」


 武官ではあるが、学問も好む隊長は普段の任務から開放されて学生と触れ合うのも楽しみであった。

 まあ、彼の講義に参加する半分以上は隊長のネームバリューでやってくる物味遊山や若い女子、軍関係者になるのだが。

 ナポリ港に着くと予め呼んでいた部下の車を探す。世界でも名高い美しい港であり、シチリア・南イタリア王国で最も盛況な街なので人の数が多く、車までたどり着くのに苦労をする。


 余談だがナポリの中心地にある駅や広場は、本来ならばイタリア統一運動の英雄ガリバルディの名が付けられているのだが、このイタリア統一が阻止された世界ではガリバルディは英雄ではないので名前は使われていない。サルディーニャ王国軍に参加して戦争を仕掛けてきたガリバルディは、前線を突破した眼帯の兵士にハルバードで斬殺された。


 さすがに隊長はイタリアでは知れた顔なので、すれ違う地元民が軽く会釈をしてくることが多い。特に隊長は金髪で眼帯というわかりやすい特徴をしているのでひと目で分かる。

 隊長も適当に挨拶を返し、同人誌を持ってきた腐女子を追い払いながらナポリを本拠地にしている諜報機関『CMR』の用意した車に乗り込んだ。

 特殊部隊のMFAマフィアと諜報機関のCMRカモッラは対立するところもあるが、人員を互いに出向させてそれぞれの技術を身につけるなど連携も行うようにしている。隊長はCMRでも教官を行っていて、両方の組織でも幹部待遇であった。

 

「出してくれ」

「よーし出発ー! ナポリ空港へごー!」

「……」

 

 運転手の男はやや気まずそうに、助手席に座った少女の明るい言葉で車を発進させた。

 隊長はターバンを巻いたやや赤みがかっている金髪の後頭部を睨みつける。


「……フレさん。どうしてここに」

「残念だったなあ、トリックだよ!」


 振り返って、歯を見せて笑う第一王女に隊長は眉間の皺を深くする。ムスリムでもないのにイタリアでターバンを巻いている女は彼女ぐらいだろう。王女でメディアに取り上げられることもあるのにターバンで知られている。

 大体いつも唐突に彼を振り回す超問題児であるが。


「違う、そうじゃない。というか空港に向かってどうするつもりだ嫌な予感がするぞ」

「いやーすっかり忘れてたけど東京ゲームショウに行く予定だよ! シーマンとトーキョージャングルの続編が発表されるんだ!」

「前の話じゃシムーンと絶体絶命都市じゃなかったか?」

「誤報だったみたい。で、隊長も護衛としてついてきてね!」


 ナポリ国際空港ではフレデリカが進めた計画で、日本との直通便が出ているのである。

 両国の交流を盛んにするためとかでツアー企画なども推進し、南イタリアは日本から最も簡単に行けるヨーロッパとして人気の観光地になっているのである。沖縄に行くのとそう変わらない値段でイタリアまで来れるので、ナポリでは日本人観光客もそれなりに見れた。

 

「待て。俺は大学で講義がある。せめて講義を終わらせてから……」


 すっとフレデリカがスマートフォンを見せてきた。画面にはナポリ大学のページが写っている。学生用ページで講義のお知らせ。


【隊長による集中講義『ミトラ教と弥勒菩薩』は無期限延期することになりました】


 がくりと頭を落として金髪をガシガシと掻きむしる隊長。

 フレデリカの手が回っていたらしい。この残念な王女は、自分の権力と財力を欲望に使うことに躊躇が無い。


「まあまあ、明らかに学生も『何このテーマ……』って困惑してた不人気授業だからいいじゃん」

「良くない」


 ぶすっとしたまま応えて、自分の携帯端末を取り出してあちこちにメールで指示を送りつける。

 フレデリカと共に急遽東京に行くことになったので護衛計画の大きな修正が必要で、他の王族のガードや軍での教導任務を部下に割り振る。自分が複数人居れば楽になると思い、一時期忍術を学んだこともあるが成功はしなかった。

 彼女が決めたことに抵抗するよりは事後対応をしっかりとする方が建設的だとこれまでの経験でわかっていた。

 無駄に逆らってフレデリカを一人で海外に行かせることの方が問題だ。


「東京についたらファミレスで何か奢ってあげるからさーサイゼリヤでいい?」

「王女が食事をファミレスで済ませようとするな。ネットに写真上げられてるからな」

「何言ってるのさ。高貴な身分の人が庶民料理を食べて『まあ、美味しいわ』ってアピールするのはいつの時代でも鉄板の人気取りネタだよ! サンマは目黒に限るって日本のショーグンも言ってたぐらいで」


 隊長は端末を操作してネットの記事を見せる。

 日本のまとめサイトが写っていて、そこにはこう書かれている。『イタリア王女がファミレスで88円のサラダ食ってたwwwww』


「いいじゃん! ロイヤルホストの88サラダ美味しいじゃん!」

「イタリアが貧乏だと思われる」

「……わかったよ。じゃあ牛タンのねぎしでいいよね? リッチに肉増しオーダー(1880円)するよ!」

「チェーン店なのは譲れないのか……」


 謎のこだわりである。なお、ナポリにも吉野家や天下一品、餃子の王将など日本の外食企業が出店している。

 人気取り、というが実際のところフレデリカの人気は決して低くない。多少行動的すぎるが、天才的な頭脳を持った可愛い王女というアニメキャラみたいな存在で親日家なので日本のメディアで取り上げられることがそれなりにある。

 他所の国の王族に日本文化を褒められれば日本人はチョロいので勝手に好感度は上がっていくのだ。

 自国内でもお騒がせ王女として有名だが、大抵は隊長が苦労を被っているので国民のヘイトは上がらずに済んでいる。時折問題発言が取り上げられて──低学歴や勉強をしない者を馬鹿にしている──パッシングを受けるが、本人はまったく気にしない。


「他に日本に回せそうな護衛官は誰が居たか……俺一人だと大変だ。ヘルマンが居ればいいのだが、あいつは外務省のお偉いさんだからな……」


 護衛対象を狙う暗殺教団の一つや二つ潰すのは隊長からすれば容易いが、彼が攻撃に出るとフレデリカへの防御が疎かになる。なので複数人で守るのが基本であった。

 隊長と同期であるヘルマンはオタク文化に明るく日本語が堪能、軍からの転勤組で戦闘能力も高く何より外交上の知識が豊富なので非常に頼りになる男である。

 しかしそれ故に、フレデリカの無茶な行動を現場で隊長が引き受け、後始末にヘルマンが動くという形になっているので現場に連れ出せることは少ない。

 ついでに日本語で「フレデリカたん萌えですぞおおおお!」などと騒ぎ出すのが問題だった。

 

「確かエッツェリーノがライブで日本に行ってたよ? 現地で合流すれば?」

「エッツェリーノか……能力は申し分ないな。連絡を取ろう」


 エッツェリーノは元MFAで現在CMRに所属する諜報員だ。特殊部隊上がりだけあって並の軍人よりも鍛えられている。

 CMR局員の多くは普段身分を隠すための偽装職業についているのだが、それがエッツェリーノの場合はメタルバンドのメンバーである。

 表の職業であるバンドがヒットして日本での公演までするようになっているが、忠誠心と能力は部隊でも上位であり日本語もできる。多少、性格に難がある悪魔崇拝者だがそれに目を瞑れば優秀であった。


「……なんで俺の周りにはまともなやつが少ないんだろうな」

「隊長も相当ヤバイからね一応自覚なさそうだから言っとくけど」


 微妙に冷たいフレデリカの言葉に応じずに、深々と溜め息をついた。

 




 *******





 東京ゲームショウの会場で新作ゲームのアーケード筐体をプレイするために並んでいるフレデリカを後ろから護衛している隊長は、そこはかとなく周りの視線を集めている。

 フレデリカは大はしゃぎで手綱型コントローラーを握る。


「うひょー! ほら隊長凄い! 3Dモデルのアーケード版『ハンコレ』だよ! 今までソシャゲだったのがアーケードに! イタリアにもゲーセン作ってこれ置こう!」

「『ハーンコレクション』……モンゴル系の武将や君主ハーンを集めて領地を広げるゲーム……なんでこんなのが大人気なんだろうか」

「そんなことより見てよこのティムールの残虐戦車アタック! 非戦闘員の女子供を轢き潰すよ!」

「ティムールはチンギスの家系じゃないことを気にして、実質ハーンだったのにハーンを名乗らなかった君主なのだが……」 


 中央アジアの平原を走りまくる騎馬部隊のムービーを見ながら隊長は呟いた。

 ハンコレ以外のゲームも見て回るのだが、やはり隊長は目立って好奇の視線を受ける。

 どこか居心地が悪そうにしている隊長にフレデリカは言う。


「身長高くて足の長いイタリアンスーツな金髪眼帯キャラだからねー隊長。ゲームのコスプレか何かと思われてるんじゃない? 乙女ゲーとか」

「俺の知らないジャンルだ」

「サービスしてみれば? ほらセリフを読んでみようよ! はい復唱。『駄目じゃないかキンケドゥ、死んだ奴が出てきちゃあ』」

「それはガンダムだ」

「でもやっぱり目立つよね特に眼帯。ビッグボスのコスをするには若作りだし。そうだ! この何故か持っていた隊長にピッタリサイズの変装グッズをあげるからトイレで着替え的なよ」

「そのバーテン服とサングラスは別のキャラにコスプレさせるつもりだろう」

 

 などとやり取りをしながらTGSの会場を後にする。

 外で合流するのはライブを終えてやってきた、やはりスーツ姿で背中にギターケースを背負った男である。

 顔の作りは整っているのだが直毛の長髪を無造作に垂らして、口元は左右に裂けたようにギザギザした歯を見せる笑みを浮かべていた。

 夜に見かけると死ぬ系の幽霊みたいだが、バンドをやっている外人の兄ちゃんと説明すれば納得されそうな風貌である。なお彼の肩に背負うギターケースには護衛用装備が入れられている。


「お待たせしました。フレデリカ様に隊長。不肖エッツェリーノ、只今より警護任務に付かせて頂きます……くくく」

「お疲れ、エッツェリーノ。ライブはどうだった? 確か会場は名古屋だったよね?」

「ええ。名古屋の人々をナポリ派に染め上げる計画は順調です! ミラネーゼなど、田舎風カントリーと名前をつければいいのです! くくくくく!」


 にたぁーっと邪悪な笑みを浮かべるエッツェリーノは、数年前に『イタリア一ナポリタンを邪悪に食べる男』に選ばれている。彼がナポリタンを口から垂らしている姿は控えめに言って臓物を食らう狂人で、バンドのアルバムジャケットにもなりゴアメタルファンに好評であった。

 裏の顔はMFAからCMRへ配置換えされている腕の良い武装諜報員である。特に拷問を得意としていて仲間内でも残虐性に一目置かれている。

 しかし14歳になる王族と遠縁の少女セルヴァッジアと今年結婚をしていて、とても夫婦仲が良いという二面性がある。

 なおナポリと仲の悪いミラノの姉妹都市である名古屋をナポリ派にするのは、ミラノ嫌いなエッツェリーノの単なる嫌がらせである。

 ナポリの国民食であるナポリタンスパゲティも、名古屋ではステーキ皿に薄焼き卵を敷いて載せる鉄板ナポリタンとして売られている。ナポリタン自体は海港である横浜から伝わったものだ。

 

 さて、ターバンを巻いた変な少女だが、高身長なスーツの男二人と共に居ればお嬢様に見えなくもない。

 フレデリカと隊長二人では変なコスをした兄妹みたいなので、ひとまず形を整えるのが大事である。


「フレさん。これからの予定は?」

「まずは我の出版した本『ツンデレ騎士様が王子を好きすぎてつらい』のサイン会が予定されてるから秋葉原の本屋行くよ」

「勝手に日本版を出したのか!?」

「くくく……地味にサブキャラで私も出てるから嫌ですね困りますね」

「ああサブってそういう……」

「黙れフレさん。ええい、イタリアの恥だ」


 イタリアの王女様自身が書いて翻訳までしたBL小説という名目で売りだされた彼女の本は日本でも売れてるようだ。

 というかBLに興味が薄くともつい買ってしまう人も居る売り込み方で、王女様に憧れる日本のティーン少女を腐らせる原因になったりしている。

 勿論登場するフレデリカの兄弟及び隊長やエッツェリーノ、ヘルマンなどはたまったものではないのだが。関係者のうち、フレデリカの家庭教師で聖職者のベラルドだけは『そんなものに登場させられたら破門されますから!』と土下座までかまして逃れていた。

 

「サイン会となるとメイン層の少女らが並ぶわけだ」

「フレデリカ様がサインしている後ろに私と隊長が控えて護衛するわけですか……」

「……」

「……」


 嫌だ……と、隊長とエッツェリーノは思った。

 腐った女子による妄想の格好の餌食である。

 タイプこそ違うが二人共中々の二枚目であり、一部では有名人でもある。

 日本びいきイタリアびいきにお互いの国が交流しているので、現代の騎士である隊長は知られているしバンドグループのエッツェリーノもファンが居るかもしれない。

 有名だからこそ醜聞はダメージが大きい。間違っても、ホモであるなどと噂されてはいけない。あくまでフレデリカの書く小説はフィクションなのだから。

 暗い顔をしている二人に、フレデリカはニッコリ笑って告げた。


「我にいい考えがある!」

「却下だ」

「会場を爆破しましょうそうしましょう」


 真顔で男二人が言う。


「ちょっとちょっと! 王女命令! いい? 我の作品のサイン会だから、隊長もエッツェリーノも我の作品に登場する架空のキャラにコスプレして控えてればいいんだよ。そうすれば、騎士の隊長とギタリストじゃなくて、我のコスプレをしている人って見られるからそこでどう妄想されても中の人には影響無し!」


 穴だらけの理論に思えたが、対案も無いので仕方なく隊長とエッツェリーノは、フレデリカの小説に登場する『黒眼の騎士』と『残酷将軍』に扮して護衛に入ることにしたのであった……。


 

 


 ******




 

 サイン会場は盛況であった。

 というかサイン目当てなのかアイドルの握手会なのか曖昧なぐらいに人が集まり書店はごった返している。

 割りと急な企画だったこともあり整理券を作っていなかったこともあり、無制限に人がやってきているのだ。


「見て見て! 騎士様よ! コス完成度高い!」

「外人はズルいレベル!」

「将軍の邪悪スマイル完全再現してるわ!」


 と、本人らが元ネタだから当然なのだが似合っているコスプレのイケメン二人が居るのもSNSで拡散されて後から後からファンがやってくる。

 イタリアの王女様というだけでも男の集客率も高かった。


「応援してます! 慶応大卒です!」

「握手お願いします! 早稲田です!」

「はっはっは。我が幾ら低学歴バカにしてるからって握手のときぐらい名乗らないでいいよ」


 妙にわかってるファンである。

 大型書店で良かったのだが、他の売り場からも列整理の人員を呼んできて並ばせる。店の外にまでファンの長い行列が続くほどであった。

 隊長は表情を動かさずにフレデリカにサインを貰って握手して行くファンを順番に観察している。

 無論、危険な相手が近寄らないかどうかだ。服装、目つき、歩き方体重の動かし方などを注意深く見ていた。


「隊長。あの集団……」


 エッツェリーノからぼそりと聞かれて、頷く。

 顔をすっぽりと黒い頭巾で隠した数名が順番に列を進んできていた。

 手元にはフレデリカの本を持っていて仲間と談笑しているようだが、油断は出来ない。

 右目を隠している眼帯に僅かに触れた。


 それは単なるオシャレアイテムではなく、シチリア軍の兵器開発局FIATの作った最新型の探知機である『駱駝の瞳』だ。

 ぶん、と右目の視界が青白く変色して人間の姿が消え、若干のラグの後に周囲が映しだされた。

 幾つかある機能のうちの一つ、電磁波を使って薄い布を透過して服やバッグで隠した物体を目視するものだ。

 目に映る景色では並んでいる人物が殆ど裸に見えるが、実際はコンピューターグラフィックで再現された仮想の肉体を当てはめているだけである。つまりアイコラのようなものなので裸を覗いているわけではない、と隊長は咎められたら主張することを決めている。

 他にもサーモグラフィや暗視装置、距離などを計測したりズームしたりできる非常に便利な装備なのだが、護衛官に配ったところ男隊員は持ちだして外の通りを歩く女性を眺め続け、女隊員からはセクハラだと苦情をつけられた。苦情をつけてくる女隊員が機能を使いながら隊長の体をじろじろと眺めていたが。

 結果、殆どお蔵入りになったが女王から太鼓判を押された隊長のみ装備を認められた。彼とて別に裸が見たくてつけているわけではなく、護衛に必要なのだ。


 ともあれこれを使えば覆面の内部まで見通せる。

 覆面集団の中は、どこにでも居そうな日本の若い男である。仲間と会話をしているようだが、唇の動きを読むと、


『いやーサイン会が開かれるなんて嬉しいよなあ』

『しかも作者美少女の王女様とか』

『この前初めて読んだけどお約束な展開がいいんだよな。ツンデレで割りと毒舌な騎士が照れ隠しに罵るんだけど鈍感な王子は気づかないで口論になるんだ。王子様TSして王女様になればもっといいんだけど』

『なんだァ? てめェ……』


 などと言っていた。


「単なるファンのようだ。覆面は……カラーギャングとかそういうのだろう」

「了解しました」

 

 仮に刺客が紛れ込んでいたとしても大っぴらには排除できない。国際問題になるからだ。

 怪しい者が居ればサイン会のスタッフとして紛れ込ませているCMRのメンバーがこっそりと裏口に連れて行き事情聴取をするだろう。

 隊長はむっつりと周囲を警戒して、エッツェリーノはニタニタとファンを喜ばせる笑みを浮かべたままサイン会は夕方まで続いた。


 

 サイン会を終えて宿泊予約をとっている帝国ホテルに帰ったフレデリカはさすがに疲れたのかベッドにダイブした。


「あー楽しかった。日本人のファンも増えてたねー」

「気苦労が多いがな。日本人はミーハーなんだ。フレさんみたいな残念王女でもありがたがる」

「忍者みたいなファンもいたしさすが日本だね。街中でメイドさんも歩いてて、やっぱりメイドの国はいいねえ」

「……怪しい人物に近づくなよ。今日歩いていたメイドにもだ。異様な気配を感じたぞ」

「なんでそんなに警戒してるの?」


 難しい顔をしている隊長にフレデリカは首を傾げた。

 

「メイドといえばフレデリカ様がナポリにもメイド喫茶をお作りになられたのでは?」

「そうなんだけどねー……巨乳のメイドさん募集!って広告でメイドさん集めたら、ものの見事に四十代のイタリアンマーマが勢揃い! ママ達の作った山盛りの家庭料理を食べにくる男で一応賑わってるんだけど……なんか日本にあるのと違う!」


 恰幅のいいおばちゃんが腕を振るって料理を作り、来店した男から愚痴を聞いたり励ましたりするという店になってしまっている。

 マザコン御用達だがこれがかなり評判が良い。

 隊長が呆れたように、


「イタリアでは若い女がメイド姿で接客していたら半日で十回は口説かれるぞ。一日の終わりにはお持ち帰りされて店は潰れる。必ずそうなる」

「パスタ野郎どもめ、奥ゆかしい文化を理解しないから困る!」


 ぷんぷんとベッドに転がりながら足をブラブラさせるフレデリカであった。

 

「……それで、今日の予定は消化したが日程としてはいつまで滞在するんだ?」

「ん? ざっと二年ぐらい。留学してきたんだし。コンスタンツァ母さんには許可も貰ってて、ビザなんかは取ってるよ」

「二年っ!?」

 

 さらりと告げるフレデリカの言葉に隊長はぎょっとして聞き返した。

 フレデリカはバッグから書類を取り出しながら説明をする。


「東京の専門学校に通うことにしてる。まあ、時間的に結構自由のある学校だから日本で遊びながらになるけどね」

「専門学校……」


 フレデリカは既に一流の国立大学であるナポリ大学を卒業しているのであったが、そこから更に留学するとは隊長も思っても居なかった。

 というか世話係なのに相談をせずに決めるのである。恐らくはびっくりさせるための確信犯的に。

 

(専門学校というと……フレさんのことだからイタリアのアニメ振興のためにアニメーター学校に通いながらアニメ業界にパイプを作るとかか?)


 もしそうならば護衛のために自分も学校に出入りできる立場を作っておく必要がある。最悪の場合、自分も入学するべきか。

 と、考えながらパンフを受け取り、固まった。

 フレデリカのにこやかな声が聞こえる。


「ユーチューバー養成専門学校! 今年から開校するんだって乗らなきゃこのビッグウェーブに!」

「クソ以下の学校だ!」

「ユダヤ人でもやりませんよこんなアコギな商売……」


 入学しただけでそれまでの学歴に傷が付きそうなレベルだった。間違っても自分は入学したくない。心の底からそう思った。




 こうして。

 フレデリカに付き合って東京への滞在を余儀なくされた隊長の生活が始まる。


 

 その夜。

 帝国ホテルの屋上にて。

 屋上の縁に腰掛けて隊長は手元の端末を弄っていた。

 周りには誰もおらず、明かりは彼の端末だけで風が強く吹く夜であった。

 フレデリカは一方的な留学宣言をした後でさっさと寝てしまったので、隊長とエッツェリーノはひとまず彼らが取ってある部屋に行き事後対応に追われていたのだ。

 外務省に連絡を取ったり今後の予定に変更を入れたり公務をキャンセルしたり日本政府にも報告したりと、気まぐれで起こすフレデリカのフォローに大変であった。

 だがしかし、彼としては彼女の要望はできるだけ叶えるつもりであった。


『遊べるときに遊んでおかないと、時間は限られてるんだから』


 そう言ったフレデリカの言葉があったからだ。

 彼女はわかっているのだ。子供だから無茶をやっても仕方ないと呼ばれる期間があることを。自分もいずれは大人になり、責任を持って王族として過ごす日が訪れることを。

 だからこそ、子供である今を楽しむ彼女を止めたくはなかった。

 遊べない立場になってから、子供のときに遊んでおけばよかったと後悔するような生き方をさせたくなかった。


 夜風を浴びながら隊長は溜まったメールをチェックする。仕事関係と私事は分けていて、今は仕事メールは見たくない。

 主に王族から届いたメールに雑に返事を返しておく。


 

ハインリヒ『日本に居るならちょいブサな感じの娘のコスプレ写真撮って送って』

隊長『外に出ろ。日本案内ならしてやる』


エンツォ『いいですね日本。私も行きましょうか』

隊長『エンツォは勘弁しろ。お忍びが不可能で影響が国際的な式典レベルになる』


フェデリーコ『逃げたな、隊長。ビアンコフィーレの初恋は冷めないよー?』

隊長『妹に相応しい男でもそちらで探しておけ』

 

コンラート『日本……現地で勉強すれば日本語が上手に?』

隊長『まずフレさんの私物のアニメ版銀英伝を全話視聴してから来い』


マンフレディ『日本って薩摩ですよね! セキガハラウォーで突撃! 凄い! 行きます!』

隊長『薩摩は日本じゃない』


コンスタンツァ『あの子をよろしくなのかしらー』

隊長『……了解、姫様』

 

ビアンコフィーレさんからのメッセージが32通あります



 隊長は携帯をポケットにしまって、夜の東京を眺める。

 いつもつけている眼帯は外されていて、互いに色の違う両目で風景をじっと見つめていた。


「やはりこの街全体からどこか妙な気配がする……お前もそう思うか。グレモリー」


 誰も周囲に見当たらないのに、彼はそう一人で呟いた。


「前に来た時はそうでもなかったのだが……まあいい」


 彼はゆっくりと立ち上がり帝国ホテルの屋上から周囲を威圧するように睨み回して、意味深長な言葉を口にした。



「何度でも、守ってやる」



 月明かりに照らされ、伸びた隊長の影が悪魔のように歪な形になっていた……。





 これは、ユーチューバー養成学校に留学するために来日したイタリアの王女と、その騎士。


 そして二人を取り巻く変人たちと奇妙な事件を巡る、もしかしたらあったかもしれない未来の物語──── 

 




 ******

 




 近年イタリア史の研究に於いて、とても地味な謎の人物が発見されている。

 彼は特筆すべき政策を献じた文官でもなければ、大軍を率いて戦場に立った将軍でもない。

 地味な戦果を上げる程度で、主が死ぬまで仕える領地を持たぬ護衛の騎士。


 名前すら残らずに、ただ『隊長』と様々な人物の手紙などに記録されていた。


 それは勿論固有名詞というより役職であるのだが──

 金髪で眼帯をつけた『隊長』が、中世イタリアから現代まで何度か史実に記録が残されている。

 その時折で役目は異なるが、現れた時代のシチリア王が最も信頼した誠実な友として……



「ねーこの第二次世界大戦の写真で、銃剣っていうか銃ハルバードで戦車ぶった切ってるの隊長じゃない? 眼帯してるし」

「さあな」




ユーチューバー学校


リチャード「はーいユーチューバー講師のリチャードでーす『人質三千人ぐらいエクスカリバーで殺したったwwww』の投稿者でーす」

サラディン「暗殺者に狙われた実況のサラディン講師です」

フリードリヒ「鎧来たまま泳いだら死んだwwwを投稿している」

フィリップ「英国領土の奪い方解説をやってるぜ~」

ジョン王「ふ────なんか知らないが俺が菓子を食ったりしてるだけでアンチが再生数を回すぞ───」


※嘘です

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