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IF話『ワールシュタットの戦いと二人のこれから──1240年』

 1240年。

 教皇グレゴリウスが公会議を呼びかけて、それの参加者を捕まえようとフレデリカが画策していた頃である。

 北部イタリア、クレモナに滞在するフレデリカの陣営に突如来客が訪れた。

 

「私はきれいなグレゴリウス。皇帝よ、我らの争いを止めようではないか」

「うわー! なんかピカピカした教皇が来たー!」


 その場に現れたグレゴリウス教皇は、これまでフレデリカと敵対していて異端裁判とか魔女狩りとか大好きめいたイメージとは違った。

 髭も髪の毛も漂白されており、目が輝いている。

 そしてわざわざ教皇が足を運んで皇帝の元に和睦にやってきたと云う異常事態である。

 警戒しつつも明確に「敵が来たぞ殺せ!」とはできない状況。

 ひとまずワインとモチを出しつつ話を聞くことにした。

 きれいなグレゴリウスはフレデリカにこう告げる。


「皇帝。私が公会議を行って貴女の皇帝位を剥奪しようとしている……と、考えているかもしれないがそれは違う」

「ほーん」


 にわかには信じがたい言葉であるのでフレデリカは鼻を鳴らした。

 ヨーロッパ中に呼びかけ開かれる公会議。まあ、シチリアと神聖ローマ帝国からは不参加相次ぐので総勢300人ぐらいだがそれを纏めてジェノバから出発した後に捕まえる計画を進めていた時であった。

 むしろ、秘密裏に進められた公会議の参加者集合を、秘密裏に露見して確保に動いていた、ということグレゴリウスに知られていたのが意外であったが。

 きれいなグレゴリウスはキラリキラキラとした眼差しで続けた。


「此度の公会議は東より、ポーランド、ハンガリーに襲い来るモンゴル軍に対抗すべくヨーロッパが団結して軍を向けさせる目的だったのだ」

「そうは云ってもねー。我とこれまで散々ぱらやりあって、ロンバルディア煽りまくってたせいでモンゴルまで気を回せないっていうか」


 恨みがましく云うと、きれいなグレゴリウスは首を振った。


「そうだな。皇帝の統治の邪魔をしていたのは私が悪かった。謝罪しよう。そして、公会議の場に於いて破門を正式に解除しようと思っていた」

「えええ……ちょっ、この人本当にグレゴリウス?」

「確かに白いけど本人なのは間違いないと、このベラルド思うのですが……」


 自信なさげにベラルドが証言する。

 それほどまでに彼は神聖な雰囲気の持つ、憑き物が落ちたというか神でも憑いたようなきれいさであったのだ。

 教皇至上主義に凝り固まり陰湿な邪魔ばかりしてきた彼は一体何処に云ったというのか。

 寂寞感すら感じる変貌っぷりであった。


「まるで池に落ちて正直者にはこのきれいなグレゴリウスをあげましょうと神に出されたみたいだな」


 隊長も思わずそう告げた。

 

「ちなみに金の斧の話は池から出てきたのは女神に改変されていたりするが、元々はヘルメス神だ。基本的に嘘つきで神々の物をかっぱらうのが得意なヘルメスがなんで池なんかに居て、上位アイテムに変換なんてことやってたんだろうな。

 池と神、それに何かを引き換えると云えば、ヘルメスと幾つか属性が被ってることで同一視されるオーディンがミーミルの泉で片目を犠牲に魔術の知識を得たと云う話と関係があるかとも思ったが、北欧神話は結構新しいからな……紀元前の話と云われるイソップ寓話とは時代が合わない……」

「いや、隊長。得意の考察は今はどうでもいいよ」


 饒舌に関係ないことを語りだす隊長をひとまず止めるフレデリカである。

 物語好きだけあって、脱線すれば長くなるのであった。

 きれいなグレゴリウスは話題を戻して云う。


「というわけで皇帝は破門を解除するので対モンゴル十字軍用の軍を用意するように。フランス王にも準備をさせよう。あと国内のロンバルディアは十字軍の邪魔をしたら破門と云う前教皇の約束を行使させて邪魔はさせないようにしよう」

「お、おう……」


 トントン拍子に話が進み、思わずフレデリカも怯んで頷く。

 きれいなグレゴリウスはぐっと拳を握って使命感に燃えた目をしながら云う。


「キリスト教徒の安全を守る皇帝として、脅かす外なる敵に対抗するのは義務である。そして彼らの不安を拭うのは教皇としての義務だ。我らがいがみ合っている場合ではない。お互いにこれまでの事は水に流し、それぞれの領分でヨーロッパを守ろうではないか……!」

「……」


 フレデリカはやっぱり半眼になり、隊長と共に後ろを向きながらひそひそと話をした。


「やっぱりなんか入れ替わってない? このきれゴリウス教皇」

「……まあ、いいんじゃないか。少なくともひたすら敵対するよりは」


 こうして──。

 皇帝フレデリカと教皇グレゴリウスは和解をして、東欧に攻め入るモンゴル軍へ対抗すべく準備を進めるのであった。

 フレデリカとしても、教皇が国内の問題にちょっかいを出してくるわけでなければ敵対する理由もなく、またキリスト教徒を守る為に軍を出せと皇帝に要請するのは教皇の仕事の範疇なので従っても良いと云える命令であった。

 これが国内のイスラム教徒を強制改宗させろとか、エルサレムからイスラム教徒を追い出せなどと云う命令ならば無視したのだが、モンゴルは確かに脅威として迫っているのである。

 それに攻め込まれるポーランドもハンガリーも神聖ローマ帝国に近い。救援も頼まれていたので国内さえ問題なければ行くのもやぶさかではない。

 皇帝と教皇の争いが急速に対モンゴルで解決したことにより、正史よりも遥かに大規模な援軍が送られることになったのであった。





 ******




 対モンゴル十字軍と呼ばれる、ドイツ、フランスからの援軍は二手の戦場に別れた。

 ポーランドに援軍に来たのはフレデリカ率いるサラセン弓兵を中心としたシチリア王国軍、そしてチュートン騎士団にテンプル騎士団である。

 ハンガリーの戦場にはコンラート率いるドイツ軍に、エンツォが補佐としてついていった。それとフランス王ルイと末弟のシャルルが軍を率いて参戦している。

 これはモンゴル軍自体もそれぞれをほぼ同時に攻め込むと云う作戦に出ているので、二面作戦で防衛に回ったのだ。

 ハンガリー側にはチンギス・ハーンの家系であるモンゴル軍征西の司令官バトゥ、ポーランド側にはその従兄弟のバイダルが指揮官として来ているのである。

 

 それで早速フレデリカがやって来たポーランドでは軍議が開かれていた。

 相変わらず解説役の隊長がボードを前に、眼帯眼鏡で語りだす。


「こちらも軍を二分したわけだが、主軍であるフレさんの兵こちら、レグニツァでの戦いに連れてきてある。モンゴル軍の主力は当然、[王ハーン]にすらなれる家系なバトゥ側だが、地形的な問題もあってこっちの方が危険だ」


 それぞれのざっとした地図を集まった皆の前に書き記す。


「ハンガリー側で戦場に想定しているモヒの地はシャイオ川を挟んでの戦いになる。モンゴル軍の弱点は体がパンで出来てるのかってぐらい水に弱い。川を船で渡るだけで吐きまくるし落としたら泳げずに死ぬ。

 一方でレグニツァは平原だからあいつらの地形適応効果が最大になり、危険だ。まともに戦うと死ぬ」

「もう終わりだああ!!」

「落ち着け」


 ポーランド王ヘンドリックが頭を抱えて叫んだが、隊長からツッコミを入れられた。

 確かにこちらの方が激戦の地になりそうだと云うので、指揮系統が明確なフレデリカの手勢と戦闘経験豊富である宗教騎士団を呼んだのであるが。

 なお、ハンガリーに行かせたコンラートはまだ若く戦闘経験も少ない。サポートにエンツォを付けさせていて、策も渡しているので最低相手を撃退はできるだろう。

 ついでに兵力を増強として20000人もフランス兵を連れてきてくれたルイも居る。まあ、ルイも戦闘に関してはあてにならない程度の能力なので向こうは堅実に防衛をさせつつ、上手くいけば殲滅させる戦略であった。

 悲観しているヘンドリックにフレデリカが云う。


「だーかーらー、わざわざ我が来てあげたんだから無策で対抗するわけ無いじゃん。ちゃんと考えてるって。はい、隊長解説!」

「モンゴル軍のホームグラウンドと云うことは、相手はいつも通りに作戦行動を行えば勝てると思っている。当然いつも通りの相手にぶつかれば高確率で負けるが、相手の通常戦術を知ってさえ居れば対抗できる」


 ボードに簡略化した馬を描いた。


「モンゴル軍が平原の戦いで用いる基本的な兵種は3つ。軽装騎兵。こいつは高機動力で遊撃や回りこんで奇襲、工作を仕掛けてくる厄介なユニットだ。当然騎兵なので突っ込んでこられてもヤバイ。

 次に弓騎兵。弓を持った騎兵で、射撃場所を素早く移動しながら斉射を行ってくる。馬を走らせながら弓を射つイメージはあるが、実際は止まって射つから安心しろ。まあ個人単位ではそれをする奴もいるかも知れないが。

 最後に厄介なのが[回回砲]。これは投石機だな。あいつら対人に投石機を使うという狂気の沙汰だが、想像してみろ。300m先から150kgの岩が轟音を立てて降ってくるんだ。人どころか馬が怯えて壊走するらしい」

「当たればミンチすら残らないから見た目のインパクトも凄いしねー」


 と、隊長の解説に軍議の皆が嫌そうな顔をする。

 ちなみに彼やフレデリカはモンゴル軍のロシア侵攻に関しての話を聞いて兵種などの情報を纏めていた。

 

「なあに、隊長といろいろ考えて対モンゴル戦術を用意させてるから安心しなよ。我と隊長が組んでまともに戦えば負けるわけないだろ! よーし皆、遠くはるばる東の地から来たモンゴル軍に、いらっしゃませ馬鹿野郎と殴りつけてやろう!」

「おおお!」

 

 フレデリカ軍と宗教騎士団が大きく腕を振り上げて声を上げた。

 ポーランドのヘンドリックは、


「本当に大丈夫かなあ……」


 と、それでも不安そうであったが。


 1241年。

 モンゴル軍のポーランド侵攻が本格化し、戦場であるレグニツァの地まで軍を引かせての決戦に持ち込んだ。

 中世キリスト教徒の[神が我々に与えた試練]ランキングでイナゴや疫病と並び上位に位置するモンゴルに対抗するはヨーロッパの覇者、フレデリカ。

  

 モンゴル軍の基本的な戦術は、正面に敵を引きつけて左右から弓騎兵による斉射を行い打撃を与えると云うものだ。

 これが当時のヨーロッパには効果的だった。騎士による正面突撃が基本戦術であったので引っかかりまくるのである。

 だがフレデリカ軍は違った。


「よーし軍の突出を押さえて、んじゃま先に行きますかー!」


 彼女が用意した主軍はサラセン人による長弓兵と、クロスボウ部隊である。

 モンゴル軍が騎射にて使う短弓よりも射程を向上させてアウトレンジから矢の雨を降らせたのである。

 一方的な攻撃に弓兵が引いて、騎兵が左右に別れていく。


「さらに! パクられないとでも思ったかなー?」


 追加でフレデリカの軍が投入したのはトレビュシェット──即ち投石機である。

 

「モンゴル軍が回回砲を使うのならばこちらも投石機を使えばいいじゃない。てー!」


 弓よりも更に射程の長い投石機による攻撃。

 さて、モンゴル軍も回回砲を用意はしているのだが……

 移動をさせるのが面倒な回回砲に比べて、ポーランド側は防衛戦なので大量に配備することができるのである。

 モンゴル軍に地面を揺らす爆音と衝撃が響き渡り、馬がいなないた。


「くそっ!! 内乱じゃ回回砲を使わねえからこっちだって喰らえば馬はビビるんだぞ!」

「あいつらなんて酷いことしやがる!」

 

 モンゴル軍が文句を云いながら軍を分散させていく。

 固まって挑めば矢や投石機の餌食になるので機動戦に移行するようであった。

 

「歩兵はしっかりと固まっておけよー! ビビって逃げたら死ぬぞー!」


 フレデリカの指示に弓兵の背後を固める歩兵部隊は、しっかりと長柄槍を密集させて構えていた。

 対騎兵の構えである。そして一軍が分断しないように固まって行動をすることで各個撃破を防ぎ、


「後は任せた、我が騎士よ!」


 彼女の呼びかけに呼応するように──。

 遠回りをして横合いから突っ込んできていた隊長が率いるチュートン騎士団が、騎兵の護衛が薄くなった敵の回回砲や弓兵部隊に襲撃を掛けた。

 弓兵自体はやろうとすれば機動力高く引けるのだが、投石機の回回砲はそうもいかない。

 ど、と馬の蹄の音が鳴り響き、先頭の隊長が呼びかける。 


「行くぞ、ドイツの騎士達よ。ヘルマンに笑われぬ戦を行え」

「応よ! 我ら、キリスト教徒を守る盾にして!」

「皇帝の勝利への道切り開く剣なり!」

 

 防衛に出た軽装騎兵はその騎士団の武器を見て呻く。

 彼らは誰もが、騎兵に追従する従者達までハルベルトやランスを装備して対騎兵に特化した高威力で長大な武器を構えているのである。

 重さを利用した一撃は、馬に乗っていても敵兵を止めて殺害たらしめる。

 特に先頭でハルバード二刀流で一切速度を緩めずに突撃してくる隊長には、すれ違うだけで馬ごと両断されてしまう勢いであった。


「回回砲を破壊しろ!」


 正面の密集陣形を叩くことが可能なモンゴル軍の兵器を従者達に破壊させつつ、チュートン騎士団は暴れまわる。

 彼ら宗教騎士団にとってもモンゴル軍は不倶戴天の敵である。

 元は同じ宗教だったギリシャ正教、信仰こそ違うが神は同じであるイスラム教よりもタチが悪い、破壊と殺戮を齎す悪魔的な存在が当時のモンゴルへの認識であった。

 無論、モンゴル人にもキリスト教徒は居たのだが、教義よりもモンゴルの風習を重視するので余計に印象が悪かったのである。

 遠くから伝令に状況を知らされフレデリカは立ち上がった。


「よし! 隊長が投石機と弓部隊を撃破した! どんなもんだい我の騎士は! チュートン騎士団、テンプル騎士団が騎兵を使って殲滅に出るから我らは弓兵を護衛しつつバラけた敵兵を撃破していくよ!」

 

 そして歩兵を率いて高防御力長射程の部隊として、フレデリカが軍を動かす。

 

「くっ、軍を一旦纏め上げて引くか……!」


 と、隊長は遠くで指揮をしている人物に気づいた。

 ハルバードを持った両腕を振り上げる。


「──ダブルハルバードブーメラン」


 ぶん投げた。

 それらは曲がりくねった軌道を描きつつも敵将の側近二人の体を破壊する。

 モンゴルの将バイダルが怯えた瞬間には隊長が抜剣して駆け寄ってきた。

 短距離ならば馬よりも疾く駆ける走法を身につけている。

 バイダルが逃亡する前に、彼の乗る馬に飛び蹴りを放つ。

 咄嗟に馬の首を蹴り足に向けるバイダルだったが、隊長の壮絶な威力が込められた蹴りを食らった馬は水平に吹き飛び哀れな鳴き声を上げて地面に横たわった。


「ぐっ!?」


 馬から落ちながらもバイダルが槍を手に隊長に向き直る。


「おのれ! 貴様……我がモンゴル軍を!」


 隊長は冷徹な顔で相手に剣を向けて、宣言した。


「二度と攻めて来ないように、ここに貴様らの死体の山を築き上げてやろう」

「ほざけええ!!」

「あの世でエンマによろしくな」


 二人は武器を振りながら交差して──バイダルが血飛沫を上げて倒れるのであった。

 こうして指揮系統が滅茶苦茶になったモンゴル軍をフレデリカの軍は片っ端から撃破して行き、壊滅的な被害を受けつつもロシア方面にモンゴルは撤退していった。

 敢えて相手の得意なフィールドで戦う事により戦略を読み──。

 そして相手よりも長射程な弓兵。大量の投石機。そして騎兵による遊撃や古典的な対騎兵の戦陣を本隊にやると云う、全て上の条件を揃えることで勝利した戦いであった。


「隊長また大手柄じゃーん! わーい大好きー!」

「フレさんの作戦勝ちだろ」

「一緒に考えたんだから隊長の手柄増しで!」


 抱きついてくるフレデリカを、大型犬でも扱うかのように彼女の頭を押さえて引き離そうとする隊長であった。


 こうしてポーランド戦線での戦いはフレデリカの勝利を収めた。

 この戦いは戦場となった平原の名から、[レグニツァの戦い]──或いは征西したモンゴル軍への決定的な勝利を記念して[死体の山(ワールシュタット)の戦い]と語り継がれることとなったのである……。




 *****





 一方でハンガリーでもほぼ同時期にモンゴル軍との戦闘が始まった。

 予めこちらも戦場を川に指定しておくことでモンゴル軍の侵攻を、石橋一箇所に纏めることが可能だったのである。

 これならば平原よりも勝ち目が出る。


「エンツォ、父上達から指示された通り、投石機を配備したぞ」

「そうですね。敵軍がこの戦いで持ちだして一番厄介なのが回回砲になりますから、こちらでも同射程で攻撃可能にならなくては」 


 そうして石橋の前に陣地を築き、投石機と弓兵を用意して橋を渡ろうとすれば一斉に弓を射掛けて通さない作戦であった。

 それを聞いて侮った顔で絡んできたのは、フランス軍のシャルルである。


「なぁーんかショボくね? ぶっちゃけチキンじゃん。こっちの軍の方が圧倒的に多いんだからよぉー、がーっと戦って勝てるんじゃねえの?」

「シャルル」


 適当な物言いを兄のルイが咎めた。

 なお正史に於いては後に軍を率いてシチリアでマンフレディの軍を打ち破るシャルルだが、その軍事的才能は兄ともどもやたら低い。

 一番ボロ負けした十字軍は? と聞かれるとこの兄弟が1248年に赴いた第七回十字軍が上げられるレベルである。

 この場では一番経験豊富であるエンツォが解説をする。


「こちらはハンガリー、ドイツ連合軍が15000、フランス軍が20000。そしてモンゴル軍は10000ぐらいでしょう」

「4倍だろぉ? 楽勝じゃん」


 シャルルが云うが、エンツォは否定をする。


「モンゴル軍を率いるのは司令官バトゥ。そしてモンゴルはこのモヒまでのハンガリーの都市を落として居ます。つまり、戻っても良いことになるのです。我らが橋を越えていけば敵は機動力を活かして引きつけ、やがて戦力を集めてここ以外での決戦を仕掛けるでしょう」


 逃さずに撃滅せねば何度でも襲い掛かってくるのがモンゴルである。それを危惧しての作戦であった。

 だがシャルルは不満そうに、


「でもよーここで敵と睨み合ってても話は進まねえぜぇ?」

「我らが引き付けている間に、バトゥ軍を別の軍が背後から奇襲する形に作戦を練っていますので。それに敵が勝てぬと引けば、ポーランドで勝利した父の軍が南進してきて我らと合流。そこまで戦力を増強すればさすがに勝利は確実かと」

「そうだね。無理をすることはない。僕らは与えられた役目を果たそう」

「うわぁー兄貴とエンツォのキレイキレイなご意見ご立派ぁー」


 棒読みでシャルルがそう云って、唾を吐き捨てた。

 しかしまあ、他に代案があるわけでも無い。まともな戦いの経験があるのがエンツォぐらいなのである。

 そうして石橋前に布陣して敵との会戦は始まった。


「行け。我ら鉄騎兵よ。回回砲は敵陣地に打ち込んで援護しろ」


 チンギスの孫バトゥはそう指示を出して様子見を行うことにした。

 ハンガリー側の布陣はフレデリカのやったのとは違い、密集ではなく散開。弓兵が距離を取って並び、石橋の上を狙って走り来る重装騎兵に数百の矢を浴びせかける。

 兵同士の密度を下げたのは、飛んでくる回回砲の砲弾の被害を避ける為である。


「こちらの投石機は回回砲のあたりを狙え。破壊しない限り何度でも来るぞ!」


 エンツォの指示で反撃に打ち込む。

 爆音がして地面が揺れる。直撃を喰らわずとも戦意を喪失しかねない砲撃を、兵の数でカバーして弾幕を途切らせない。


「うわぁ~兄貴ぃ! なんかやべえよ! 軍を下がらせようぜぇ~!」

「ははは、何を云ってるんだいシャルル。さあ前線で指揮をしてきなさい」

「ふざけんなあ!」


 とりあえず文句は言いまくるシャルルであった。

 それでもモンゴル軍は石橋を渡れない。昼夜奇襲を仕掛けて奪おうと狙ったが、やはり兵数に物を言わせての厳戒態勢が続いており油断は無かった。


「ふむ……やはり不利か」


 それから暫く、モンゴル軍とハンガリー軍は睨み合いを続けたのだが、さすがに戦力差が如何ともし難い。 

 

「バトゥ様! 船を作って川を渡っては!?」

「いやそれ無理じゃから。わしは大丈夫じゃが、兵が半死半生になる。わしは大丈夫じゃが」

「絶対バトゥ様が無理なんだぜ……」


 ひそひそと言い合う部下である。

 ともあれ確かにモンゴル軍では船無理な者も多いので、強行するような作戦ではなかった。


「いっそ引くか……? ここで決戦をせずとも良いのじゃが」


 撤退を視野に入れて考える。

 モンゴル軍のポーランド、ハンガリー侵攻とは、両国にしてみれば危急存亡の事態であり、国家の運命を掛けた戦いなのであったが──。

 バトゥ率いるモンゴル軍にとっては、単なる侵略戦争における一つの戦いにしか過ぎず、別段重要でもないのであった。

 考慮していると声が掛かる。


「バトゥくん! 安心してくれ! 私が援軍に来たよ!」

「む……スブタイ殿か」


 と、バトゥに進言するのは老齢に差し掛かっているが歴戦の将であるスブタイであった。

 彼はチンギスに仕えた側近の一人で、[四狗]と呼ばれる……つまりは四天王とか四人衆とかそう云う大幹部である。

 そのような人物が増援に兵まで連れてきたのだから幾らチンギスの孫バトゥとは云え、その意見を無下にはできない。


「調べさせたところ、シャイオ川の下流に渡れそうなところがあったようだ。私が一軍を率いてそこから渡り、敵を背後から奇襲する。それに呼応して石橋を渡り攻めてくれ」

「スブタイ殿がそう云うのならば……」


 そうして彼の奇襲を待つ為に、消極的な戦闘を何度か仕掛けつつ敵軍の気を引かせるのであった。

 スブタイは大きく南に下り、シャイオ川の渡河地点へ向かう。

 水の流れもゆるやかになっており、敵に見つからない事を優先させたぐらいに遠い場所であった。

 

「よし、船でさっさと渡ってしまおう!」


 そうして一気に渡ろうと大型の簡易な船を用意して主軍を渡らせていた。


「いやあ、たまたま川の水も少ない時期でよかったですね」

「そうだね。……ん? 戦場になってた石橋のあたりは普通の水量だった気が……」


 そうは思っても、河川を基本的に苦手にしている彼らは思いもしなかった。

 その上流で。

 丸太によって塞がれたダムができていたことを。


「よーし手前ら! 敵の真ん中から分断してやれ! マルタ大激流アターック!!」

 

 海軍の将アンリが予めフレデリカから策を受けて河川を調べて、隠れながら水を堰き止めていたのであった。

 爆流と材料に使った丸太が大量に押し寄せてきて、渡っている最中であったスブタイの軍は大打撃を受けた。更に先に渡っていたスブタイの軍をコンラートが引き連れた神聖ローマ帝国軍が数の暴力で叩きのめす。


「囲んでクロスボウ! モンゴル軍は死ぬ……って父上。これやられたら誰でも死ぬ気が……」


 指示書を見ながら一方的に攻撃を行い、大混乱に陥ったスブタイ軍は壊滅した。

 更にスブタイの失敗の報告がバトゥに届くと同時に、彼にとって思いもよらない危機が訪れている事を知った。


「バトゥ様! 我らの背後にある[駅]が次々と襲撃にあって奪われていってます!」

「馬鹿な!? ポーランドからでもそちらにはいけないだろう!」


 駅とは、モンゴル帝国が制定した[駅伝制ジャムチ]によって作られた簡易的な街めいた拠点である。

 十里ごとに置かれており、そこに兵站や馬などを準備しておくことで補給を素早く行えるし都市間の交流を容易にさせる。

 

「駅を奪い取っていくのは……イスラム教徒の軍です!」

「キリスト教徒と手を組んだのか!?」


 バトゥが机を叩いた。


 彼らの背後から押し寄せてきているのは、フレデリカから共戦の依頼を受けて軍を引き連れてきたイスラムの太守ファクルディーンであった。

 彼は北部アフリカの太守だが、前スルタンのアル・カーミルの側近だけあって顔が利く。

 同じくモンゴルの脅威に晒されている地域の太守である、アル・カーミルの息子の一人サーリフに協力を要請して軍を出したのであった。


『スルタンになったアラディールは気に入らんが、モンゴル軍はもっと好かん。まあ、兄弟が争うよりは戦争の理由としては良かろう』


 サーリフはそう云い、若干恨みがましそうであったが、そう云って彼に仕える戦場奴隷マムルークの軍を出してくれたのである。

 そうしてファクルディーンとマムルークの軍が行ったのは、これもフレデリカからの要請にあった情報だが、


「駅をガンガン奪ってくれって……いいのかなあ、凄い楽な上に得してるんだけど」


 何せ主軍はポーランド方面へ行ってるので、抵抗は少なく駅に置かれた馬を大量に確保することができたのである。

 ひと駅に数百頭は置かれている馬は、もちろん当時の軍でも高級品でありモンゴルお墨付きとあれば尚更であった。

 そんなわけでイスラム軍はイケイケとばかりにモンゴル軍の拠点を襲いまくり、とうとうバトゥ軍の背後まで達していたのである。

 バトゥが机を殴り続ける。


「くそっ! くそっ! こんな寂れた土地に遠征に行かされて、このチンギスの孫であるわしが死ねるか!」

「バトゥ様……」


 チンギス・ハーンの長男家系であるバトゥであるが。

 ジュチと云う彼の父親の名が示す意味は[客人]──チンギスの妻が敵対部族に攫われていた時に生まれた嫡子であるために正統性を怪しまれている。そのことが、正式な皇帝ハーンの競争に加われず、首都から離れて遠征に行かされた理由もあったかもしれない。


「撤退する! イスラム軍を撃破して退路を作るぞ!」


 そしてモンゴル軍は転身。背後に迫るイスラム軍を突破して脱出をはかった。


「今こそ勝機です。全軍進め! ただしイスラム側には攻撃しないように、フランス軍はお願いします!」


 イスラム側に予め話を通していると父から聞いているエンツォが進軍の号令を出した。

 来るかどうかは賭けであったが、来なかった場合は回りこんだフレデリカと隊長の軍が挟撃に来る予定であった。

 モンゴル軍にとっては背後から押し寄せる4万の軍勢。前方に立ち塞がるイスラム軍は、自分らと同じか少ない程度であった。勝機はそちらにしかない。

 だが──。


「先頭を行く鉄騎衆が全滅しました!」

「なに!?」

「穴を埋めに向かった軽装騎兵も次々に討ち取られていきます! 敵は一人! 最前線に立つ敵は一人!」

「馬鹿を云え、矢を射かけて殺せっ!」


 イスラム軍、マムルーク。

 サーリフが集めた、奴隷ならば信用できると云う戦場奴隷の軍である。それらの中には、モンゴルに滅ぼされた遊牧民の者も奴隷として売られた者も居た。

 矢の雨の多くは外れる。だが、自分に命中するそれを確実に男は受け止めて、背中に掛けていた剛弓につがえ──放った。

 男が打ち込む矢はモンゴル弓兵を貫通してその背後の者を二人串刺しにしてようやく止まる。

 二発目。三発目。圧倒的に少ない矢数で次々に減っていく味方に、思わずモンゴル軍は静まり返った。

 男を見る。

 長身でがっしりした体型にまだ若い顔つき。左目を眼帯で隠した厳しい顔つきの青年であった。

 ファクルディーンが思わず呻く。


「やはり強いな……バイバルス!」


 マムルークのバイバルスは動きを止めたモンゴル軍を睨みながら、告げる。


「モンゴル軍───滅殺すべし!」


 ──奴隷でもスルタンでも、13世紀に於けるイスラムの英雄としてバイバルスの強さと栄光を褒め称えぬ者は居ない。

 この時期はまだサーリフの部下が雇った戦場奴隷と云う身分だが、モンゴルと戦うと聞いて最前線に赴いているのである。 

 正史に於いてはモンゴル軍と十字軍を合わせて30回あまりも戦い、そして追い返しているというイスラムの歴史でもトップクラスの英雄だ。将としても、個人武勇としても最高ランクの能力を持つ。

 そして彼は故郷を滅ぼされた深い憎しみをモンゴル軍に持っていた。


「あいつを倒せええ!! 無限の死の砂漠に叩きこんでやれえええ!!」


 バトゥが叫ぶように指示を出してモンゴル軍がたったひとりに突撃をしていく。

 

「バイバルスだけにいい格好させるかよ!」

「いくぞ、我らマムルークの屈強さをモンゴル軍に見せつけろおおお!」

「クソモンゴルには散々迷惑してんだ、イスラムも!」

「我らの怒り、山を崩し、海をも枯らさん事を!!」


 バイバルスを先頭に、イスラム軍も攻勢に出た。

 だが最前線で両手に斧を二本持ち切り込むバイバルスは馬ごと敵を斬り殺して行き、その勢いは誰にも止められない。

 モンゴル軍の最後尾にはもはや追ってきた連合軍が矢を射掛けているのだ。ここで突破しなければならない。

 だがイスラム側もこの気に乗じてモンゴルの戦力を減らそうと躍起になっている。

 明日は我が身とモンゴルに迫られているのはヨーロッパだけではないのである。

 敵の馬を奪い取り、遊牧民出身だけあってモンゴル軍に引けをとらない手綱さばきで敵陣を単騎突破していくバイバルス。彼の開けた穴を広げようと続ける命知らずのマムルーク達。

 もはやモンゴルが得意とする機動戦や撹乱ではなく、正面からのぶつかり合いである。

 バイバルスは荒れ狂う猛威となりながらも冷静に敵の首魁を見つけようとしていた。

 そして、


「見つけたぞ!」


 バトゥの乗る馬へ片手の斧を投げつけた。

 馬の首が両断される。バトゥは飛び降りて剣を構えた。

 バイバルスも下馬して残った一本の斧を持ち、互いに間合いをはかる。


「バトゥ様! 危ない!」


 馬で突っ込んできたモンゴル兵を見向きもせずに斧で吹き飛ばした。

 

「貴様の命もここまでだ。辞世の句があるのならば聞いておこう」

「く、くくく……」


 バトゥは思わず笑いながら、祈り、剣を振り上げた。


テングリよ! 我に加護をおおお!!」


 そしてバイバルスの斧がバトゥを縦に真っ二つに切り裂いた──。


「───アッラーアクバル」


 こうして、バトゥを討ち果たしたことでモンゴル軍は壊滅をして多くの捕虜が取られた。

 それらをイスラム側に譲ることで、ここまでモンゴルに攻め落とされていたハンガリーの土地を返却して貰うことになったのである。

 そのバイバルスの戦いを見ていたフランス兄弟は、


「兄貴ぃ~! あれ絶対やべえよ! 戦ったらヒャクパー俺ら負けるって! 間違っても中東には行かないでおこうぜぇ~!」


 ヘタれるシャルルであった。

 

「フレデリカ皇帝ともなれば、異教徒に共戦を頼めるのか……これならば中東は彼女に任せておけば安心かな」


 ルイはシャルルに向き直って云う。


「シャルル。我らフランス十字軍はこれから、残党退治も兼ねてモンゴルに攻め落とされたルーシを取りにいこう。せっかく遠征した軍だからね」

「おお。じゃあ勝ったら俺をキエフ公かノブゴロド公にでもしてくれよな~この際ルーシでもいいから土地が欲しいぜ」


 と、殆ど被害の出なかったフランス軍を引き連れて、モンゴルの勢力が僅かに残る北へ向かうルイとシャルル。

 史実では第七回十字軍でバイバルスに完敗する兄弟だが、それはどうやら避けられたようであった……。



 こうしてモンゴル軍によるポーランド侵攻は、ヨーロッパが団結をしてモンゴル軍のヨーロッパ前線に壊滅的被害を与える事に成功したのであった。

 他の司令官がモンゴルの首都カラコルムから派遣されてくるが、この馬に食わせる草も貧相な辺境戦に於いてバトゥより優秀な者はおらず、脅威は去ったのである……。




 *****




 それから。

 ひとまずフレデリカはファクルディーンと会って戦後の処理を話し合い、平和的に解決した。

 また、せっかくそこまで来た上に本国も教皇の威光で安定している様子であった為に、フレデリカは兵をいくらか連れてそのまま南下。

 北部のアンティオキア方面から再びパレスチナ地方へ入ったのである。近くのニカイア帝国はギリシャ正教の異国であるが、フレデリカの娘を王の嫁に出しているのでほぼ友好国であった。

 教皇の妨害により中途半端に投げ出した聖地での各都市や城砦整備、兵力の増強、産業開発、イスラムとの友好アピールや現地での不満解消など様々に仕事をした。

 エルサレムをイスラム側に取り戻すつもりであったサーリフだが、フレデリカの綿密な整備計画を見て、


「一筋縄ではいかないな……ひとまず、モンゴルを叩くか」

 

 と、メソポタミア地方の太守の彼は、対モンゴルで功績を上げた発言力で纏めてモンゴルへの戦いを準備したのである。

 要は敵の最前線が別の場所を攻めている時に駅を落として物資と馬を奪い続けるという戦法で富は稼ぎモンゴルを弱体化させていった。

 駅に入るには[牌符パイザ]と云う通行書のようなものがあれば宿場町として利用できるので、それで内部に入り込んで即座に焼き討ちを仕掛けるという奇襲である。

 そもそもモンゴルが半端ない虐殺をあちこちで行っているので、卑怯だの云う声は上がらなかった。


 聖地の管理も上手いことやり遂げたフレデリカは再びシチリアに戻る。

 国内は安定してロンバルディアもなりを潜めている。

 ほぼ壊滅状態でもあったロンバルディアだったが、更に各都市に居て対皇帝を煽る教皇派の聖職者を教皇は呼び寄せて聖地巡礼に行かせて別の者を配置したこともあり、今ではミラノぐらいしか敵対していなかった。

 ミラノも周辺都市が勝手に皇帝に恭順してしまっているので、一つだけでは恐ろしくもない。

 

「ヤバイぐらい順調な状況になってしまった……」

「まあ、いいことだな。イザベルも一時危険な様態になったが、持ち直した」


 などとフォッジアの宮殿で言い合っていると、来客が訪れた。

 ベラルドが連れてきたのはきれいなグレゴリウスであった。


「あっ、きれゴリウスだー。いらっしゃーい」


 フレデリカの対応も、教皇として聖務関係にしか口出ししなくなったきれいなグレゴリウス相手には朗らかである。

 彼は相変わらず漂白された髭と髪を揺らし、きらきらとした聖霊を振りまきつつ現れた。

 このようなイスラム風の建築であるフォッジアの宮殿など、これまで恐らく決して立ち入らなかったのだろうが、躊躇いもなく。


「こんにちは皇帝。少しばかり皇帝に相談に来ました」

「なに?」

「私はきれいな異端裁判を推奨しているのですが……」

「そこはやるのか……」


 隊長が呻く。きれいでも異端裁判はやらねばならない。仕方ないね。


「皇帝、いいですか?」

「うん」

「貴女は女同士なのに子供を作ってますよね。これって異端の魔術を使っている証拠に上げられるのです」

「……」

「……」

「……」


 宮殿に集まっていた幹部一同、無言になった。

 そしてフレデリカが叫ぶ。


「教皇がまともになったもんで、誰もが目を背けてた問題に目をつけたー!?」

「っていうかどうなってるのですか! このベラルドも知りませんぞ女同士の子作りって気にしてなかったけど!」

「そういえば意味がわからん!」


 困った顔の隊長とエンツォ以外、皆が頭を抱えて叫びだした。

 当たり前だが女同士では子供はできない。そこを書類上と怪しげな錬金術めいた淫祠邪教の技術──詳しくは教会に抹消されたので書けないが──によって子供を作っていたなど、それが神聖ローマ皇帝などと大スキャンダルである。

 あまりに皆が当然に──元はといえばイノケンティウス3世が当然のようにしていたので、誰もがツッコミをいれなかった。

 裸の王様状態であったのだ。

 教皇は続ける。


「私もすぐに異端だと裁くわけには行きませんが……何か納得できる理由が無くては神の行いに悖ります。アーメン」


 どうしよう。

 皆が顔を見合わせた。

 その時である。


「拙者にいい考えがありますぞ~! 皆の衆、このままでは神聖ローマ帝国は滅ぶ! 滅びますぞ! 拙者の話を聞いてくだされ~!」


 会議場に現れたのは──平服姿の、ヘルマンであった。

 フレデリカが思わず立ち上がって呼ぶ。


「ヘルマン!? 死んだはずじゃ……」

「残念でござったなあ、トリックでござるよ!」


 堂々と言い切る彼に対して、隊長が補足する。


「……あまりに仕事ジャンキーになってたものでな。部下たちと相談して、死んだことにして団長を止めさせて田舎に療養させてたんだ」

「というか酷い環境でござった。拙者が動こうとする度に『お前はもう何もできない』『何の価値もない男だ』『寝ていて邪魔をするな』とか周りの従者が囁くんでござるよ!? 曇るわ! 鬱病になるわ!」


 不満を叫んでいる。

 しかしフレデリカは目に涙を浮かべて、


「わーい! ヘルマンが生きてたー! また酷使できるー!」

「おおふ喜んでいいやら何やら……」


 抱きついてくる彼女の感覚と告げられる勤務体制に微妙な顔をするヘルマンであった。


「それより皆の衆! ここに集まってくれでござる! 教皇も! あ、隊長は誰か来ないように見張っていてくだされ」

「わかった」


 頷き、ヒソヒソと話し合う会議から外れた場所で隊長は周囲を警戒していた。

 壁に耳をつけることでその会議室から周辺50mは足音が聞こえる。今のところ近づいてくる気配は無し。だが警戒は解かない。

 ヘルマンが顔を上げながら、


「い、いやそこまで真剣に周囲を警戒しなくても」

「そうなのか?」


 そうして会議は時々声が上がりつつも纏まり、正式にあちこちに伝える為にフレデリカが書状やら指示を飛ばしまくっていた。

 何故かいつも秘書としてそれらに付き合せられる隊長はこの件だけ外されていた。


「まあ、俺の本分は騎士だからな。別に構わんが」


 少しハブられた寂しさを感じないでもなかったが、ともあれ。  



 ******



 一ヶ月もすれば状況は纏まったらしい。今度は神聖ローマ帝国、シチリアの多くの領主や高官が会議室に集められた。

 全員は既に状況を理解している。どう対策をするかも。それの確認の場であった。


「えー、それでは我ことフレデリカちゃんがレズ子作りしてたのは異端じゃないか問題についての解決案を決定しまーす」


 フレデリカが幕で覆われたボードの前に立って宣言すると拍手が上がる。

 隊長は自分も解説役なのだろうかと、フレデリカの隣に立っている。


(解説をしようにもどうするか聞いていないのだが)


 どうせすぐにわかるか、と待つことにした。

 フレデリカが幕に手を掛ける。


「それじゃあ、皆にも了承を貰ってるけどこれにします!」


 ボードには以下のことが書かれていた。



・神聖ローマ皇帝フレデリカは居なかったことにして、以前までの功績、政策、破門歴や親類などの全てと、以降の立場を新たな神聖ローマ皇帝となる騎士クラウス──改名し、フリードリヒに譲ることにする。

・ただし嫡子はこれまでに生まれたコンラート、ヘンリクが優先して継ぐものとする。

・フレデリカは以降、ただの女としてその身分を失う。



「……」


 隊長──騎士クラウス──はじっとそのボードを読んだ。

 最後まで読んで、そして最初から読み直してまた三度は読んだ。

 だが内容は変わらず、書かれている意味はひとつであった。


 つまり、隊長がフレデリカのこれまでの人生をまるっと引き取ると云うことだ。

 最初からフレデリカではなく、フリードリヒと云う男が居て──シチリア王になり、旅に出てドイツ王になり、神聖ローマ皇帝に戴冠して、エルサレムを開放して、教皇と戦って、モンゴルを打ち破った。

 14で嫁を貰い、エルサレム出発前に今度は14歳の嫁とそのお付にまで手を出して子を産ませ、側近であるベラルドの姪にも手をつけて、ついでに云えばもうマンフレディの母であるビアンカと、そのお付にも手を出していることになる。イザベルにもバンバンやっちまってる。あとあちこちに愛人。

 そういう経歴を隊長が手にすることになるのである。


「いや……待て」


 彼は頭痛を堪えながら目を瞑り、手のひらを皆に向けた。


「待て待て待て。なんだこれは。ジョークはエイプリルフールだけにしてくれ」

「いやーヘルマンが提案したんだけど、いろいろ考えた結果これが一番被害出ないかなって」

「フレさん。いやだから……お前らも止めろよ!」


 隊長は声を荒らげて幹部連中に呼びかけた。

 だが、返ってくる言葉は至って納得した者達のコメントである。


「正直隊長以外だと齟齬が出るんでござるよ。倫理観も薄いし」

「いつもフレデリカさんと一緒だったのは隊長だとこのベラルド証言しますぞ。倫理観も薄いし」

「まあお二人共拙僧の生徒ですし。モチ好きなのも同じですし」

「フレデリカちゃん助ける為だろー? 観念しろよエロ隊長」


 そう、フレデリカと立場を変わるとしたら他に適任が居ないのである。

 血筋的な問題ではない。跡継ぎを決めるのではなく、フレデリカが異端かどうかなのだから大事なのは彼女の立場をおっ被さっても問題ない人物であった。

 その点風呂まで一緒であり、14歳からほぼ毎日合わない日は殆どないと云う二人は実に好都合なのである。

 つまり、14までの記録をどうにかしつつ、それ以降はフリードリヒとその周りにうろついていた謎の少女と云う風に変えてしまうのである。

 隊長は慌てて、集合しているエンツォやコンラートを始めとした息子や娘に云う。


「お前らも何か云ってやれ! 父親が勝手に変えられそうだぞ!」


 しかし皆は顔を見合わせて、


「二人はセットみたいな感じで父親として見ていたので……」

「っていうか女性が父親ってジョーク的なあれだと思ってました」

「うん。隊長さんが本当の父親なんだろうけど、いろいろ事情があるんだろうなあって」


 愕然としつつ、空席に置かれた一つの手紙に気づいた。


『ショックなのでグレて修道院に行きます。byビアンコフィーレ』


「ビアンコフィーレー!!」


 思わず叫ぶ隊長である。

 哀れ、隊長を慕っていた少女は、初恋の想い人が父親になるという衝撃で修道院に引き篭もってしまったのである。


「まあいいんじゃないでしょうかね。貴方が父親だったら僕ももうちょっと拗らせなかった気がしますし……」

「ハインリヒ!? お前……ぃ来てたのか!?」

「あ、今生きてたかどうかって言いかけましたよね。いいんです。僕なんてそんなもんなんで……何もしない最高。働いたら負けですよ実際」

「い、いやそんなことは無いぞ……というか方向性がまた変になってないかお前」


 卑屈そうに告げているのは大逆罪で廃嫡されてシチリア内をあちこち転々と移されていた、最初の妻コスタンツァとの長男ハインリヒであった。なお本来の歴史なら1242年に自殺するので、ギリギリセーフであった。

 教皇のきれいな説教で割と精神がまともになっているらしい。卑屈だが。

 救いを求めるように、汗を掻きながら隊長はフレデリカを見るが、彼女は懐から《描写不能》を取り出した。彼女のレズ子作りアイテム、フリードリヒ棒である。

 それを地面に叩きつけて捨てた。


「だいたい何がフリードリヒ棒だよ、バカバカしい!」

「破門!!」


 間髪入れずにきれいなグレゴリウスから破門を受けて肉の芽は消滅していく。

 

「子作りだって隊長連れ込んで複数人プレイしてただけに決まってるじゃないか!」

「それはそれで大問題だろ!? というかそんなことを云うんじゃない! はしたない!」

「ヒュー」

「ヒュー」

「うるせえ!」


 赤裸々な発言にあちこちで口笛が起こって隊長は思いっきり怒鳴った。


「嫁と愛人はどうなるんだ、あのレズ拗らせたヨーロッパ婦人会の闇は!」

「隊長ならいいって」

「あっさり許可かよ!」


 そして集まった皆に云う。


「諸侯はそれでいいのか!?」

「いいって」

「あっさり解決しすぎだ!」


 一行で解決した。

 まあ、いろいろ思惑はあるのだがまず皇帝がいつも隣に居た彼でもこれからは変わらないだろうと云う思いと、やはり女帝よりも明確に戦場で超強い活躍した隊長の方が安心と云う面もある。

 フレデリカの実家であるホーエンシュタウフェン家も、血筋であるコンラートなどが跡継ぎならば問題はあるまいと見ている。

 血統とは全く関係ない者が、その次代を正当な血統にすることで一時的に王位に就くのはままあることであった。例えばフレデリカも、エルサレム王の血筋は嫁のヨランダにしか無いのだがフレデリカがエルサレム王になっているように。

 他にも様々だが、まあ細かい事は置いておいて、世界中で反対しているのは隊長だけという状況なのである。

 叫び疲れた隊長は汗を拭い、やがて静かな声でフレデリカのすぐ近くに立って彼女に聞いた。


「──フレさんはそれでいいのか。これまで走り続けて手に入れた栄光だろう。君の活躍は、誰にもできない偉大な業績だ。君と同じ立場に俺が居ても不可能だっただろう。それを人に譲るのは……」

「別に、誰に上げても良い訳じゃないよ」

 

 フレデリカは隊長を見上げながら告げる。


「良い訳ないじゃないか。でもさ、君になら上げてもこれからも一緒に居られるだろう? 我はただの女の子になっちゃうけど、まだ一緒に走り続けてもいいだろう? 騎士にはなれないけど……」


 そこまで彼女が云っているのを見て。

 隊長はようやく気づいた。

 彼女は不安そうにそわそわとして、泣きそうな表情であったことに。

 それは大事にしていたものを人にくれてやる悲しさから来るものではなかった。


「なんだったら、フランス王のルイみたいに戦場に嫁として連れてくるとか色々できるだろうし……って嫁はイザベルか、じゃあ愛人とか。あ、別にそうじゃなくてもさ、ほら影の参謀とか黒幕っぽいポジションでいいよ。かっこいいじゃん。だから──」


 まくし立てる彼女を不安にしている理由は隊長にもわかった。

 受けなければ彼女が異端として裁かれてしまうのだ。騎士自らが主を異端にさせるなどできはしない。

 また、隊長も慌てていたので気付かなかったが、この異端勧告を無視する、と云う形で跳ね除け場合は更に問題が起こることを思い直した。

 異端行為により生まれた、彼女の子供達全ての権利が取り上げられかねないのだ。 

 

 それに、隊長は自分も彼女と共にこれから対等にありたいと願う。

 だから──。

 彼女の、だからの先を言わせてはいけない。

 泣きそうな顔が物語っていた。


 ──だから、見捨てないでください。


 そう言いかけた彼女の表情があまりにも、見ていられなくて。

 思う。


(俺の騎士道は……涙を流す者を守る為の──) 

 

 彼はフレデリカを正面から抱きしめた。


「う……」

「わかった。……いや、俺もフレさんが側に居なければ、王として振る舞える自信はない」

  

 そう告げて、彼にとっての[だから]を彼女に云う。


「だから君もこれから──ずっと一緒に居てくれ、フレデリカ」


 抱いた胸が彼女の涙で濡れるのがわかった。

 ベラルドとヘルマンが、顔を見合わせて拍手をする。

 エンツォが優しい顔でそれに続き、新たな皇帝の誕生──いや、これまでと変わらぬ皇帝の関係に拍手を送った。

 教皇もそれを認めて頷いている。


 こうして皇帝フレデリカは歴史に消え、ただの女フレデリカとして生まれ変わった。

 騎士クラウスは騎士時代の功績と、皇帝の業績を受け継いでフリードリヒとしてこれから彼女と共に、これまでと変わりなく日々を過ごしていく。

 まあそれにより敵陣に先陣切って突入し大将首を上げる皇帝というやたら恐ろしい存在が出来上がったのだが。


 歴史はその決められた道筋を逸脱する。 

 本来訪れるべき教皇との確執は起こらず、エルサレムを取り戻すイスラム軍も発生せず、中東にフランス軍が十字軍へ向かうことも無い。

 賢くも強い皇帝フリードリヒによってこれより新たな未来を手に入れていくだろう。

 その隣には、いつまでも赤みがかった金髪の女性が寄り添い協力し合いながら。


 二人で一人のフリードリヒ。

 故にこう呼ばれる──FriedrichⅡと。




「ああ、それとフレさん」

「なに?」

「今まで主だから云わなかったが……俺は君が結構好みだ」

「ふぇっ!?」


 



 おしまい。

モンゴル容易すぎ問題?

いんだよ細けえことは(雑

初期プロットでは妹フレデリカさんと兄フリードリヒ(隊長)のコンビで考えてたりしました

こうすれば子供愛人問題は解決ね!

ただすると妹が不自然なまでに嫁がない喪女だし政策も二人に分ける意味は無いしでやめたんですけどね

そんなわけで初期設定だとフリードリヒだった隊長を復権させてみただけの話


ご愛読ありがとうございました!

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