3話『嫁と部下ができたフレさん──1208年』
「ぐーすかー」
いびきを掻いてベッドで本を読みながら眠っていたフレデリカは、窓から目覚めさせようと差し込む朝日の攻撃に耐えたものの、すっかり馴染みになった女官に両脇を掴んで引っ張り起こされるのであった。
「フレデリカさま、フレデリカさま。また夜更かしして、お召し物もだるだるじゃないですか」
「ふぇーむにゃー……いいじゃん別に」
目をこすりながら応えるフレデリカの声には覇気が無い。髪もぼさぼさになっている。大きく欠伸をして寝巻き代わりのシャツをずるずると脱ぎ捨てる。
「もう。この前だらしない格好でグイエルモさまの前に出たら説教を受けたでしょう。モチを食いながら」
「だーって六つの頃はパンツ一丁で一緒に敵に罠仕掛けてもなんも言わなかったのにさー」
「フレデリカさまはしっかり女の体になってるんですから幼女気分は止めてください。グイエルモさまもあんなんでも聖職者だから嫌がってますよ。奥さんもいる人なんですから」
「はぁい。ふぁああ眠い」
そう言ってフレデリカは口を押さえながら差し出された衣服に袖を通すのであった。
1208年。
この年末に14歳になるフレデリカに取っては重要な年になる。
4歳からパレルモで暮らし6歳から独学に励み、グイエルモと協力をしながら歳月を過ごしていたフレデリカはすっかり女性らしくなっていた。
とはいえ見た目はそれで、王としての活動をする時は王らしく振る舞うのだが中身は至って好奇心が強く行動的な少女のままである。
14歳。
それは中世ヨーロッパで成人になる年齢である。とは言え明確にこの年からと決まっているわけではなく、14歳から17歳ぐらいまでの間に成人と認められるのだが。
成人となれば、教皇に渡していたシチリアの統治権を返してもらい自らが王として正式な活動を行えるようになる。
しかし多くの──特にフレデリカと会ったことのないローマの者などはすぐには王にならないだろうと思っていた。
何せ成人とは言え、周りに部下も居ない少女である。何ができるというのか。
そのままお飾りで暫く過ごし、適当な相手と嫁ぐのが当然だろうという空気もあった。
だが当然フレデリカちゃんは一味違うのである。王になる気が満々だ。
彼女を後押しするようにまた異なる場所で事件は起こる。
ドイツで起きていたドイツ王神聖ローマ皇帝の座を巡る内乱である。
フレデリカの叔父のフィーリプと教皇が支援するオットーの争いは一旦、フィーリプの勝利として終わり彼も正式に神聖ローマ皇帝として戴冠することになった。
その、矢先であった。
「サックリとフィーリプは暗殺されたみたいですね」
年月を経てもあいも変わらずモチを食いながらグイエルモはそのニュースをフレデリカに報告した。
「マジで? 顔も見たこと無いおじさんフォーエバー……」
「まあもともと教皇から破門食らってたような人気のない男でしたから」
「じゃあ暗殺も教皇が?」
フレデリカの迂闊な発言に、グイエルモは「しっ」と口の前に指を立てて咎めた。
「ドイツ国内の[皇帝派]と[教皇派]の争いの代理戦争として戦っていたが故に、教皇派のオットーに勝利したことを恨まれ暗殺の手が回ったのでしょう。おそらくローマでは負けた筈のオットーを皇帝にしようと動いている筈ですよ」
「グダグダしてるなあ……」
「足引っ張りと泥沼は中世の花ですので」
他人事のようにモチを飲み込んで言う。
「しかしこれで状況が動きましたよフレデリカさん」
「うん。叔父さんが死んだから今度ドイツ国内の皇帝派は我を担ぎ上げようとするだろうね」
「はい、よくできました。でもこの名前だけシチリア王ではドイツに行くなんて問題外。どうすればいいでしょうか」
グイエルモの質問にフレデリカは胸を張って言う。
「我がしっかりシチリア王として権限を戻して、私兵も作って教皇の支援も受けて、ドイツ諸侯を纏め上げる! 傀儡になんてなるか! 我こそこの世の覇者よー!」
「よし! 頑張ってくださいね! 拙僧は寝そべってモチ食っておきますので!」
「手伝えよおおお!?」
と、そんな決意を表明したのがこの年の夏頃であった。
そして12月26日──フレデリカの誕生日である。
彼女はパレルモの市街にある大聖堂で、地元の名士、聖職者、多くの観衆を集めて特別にグイエルモが作った台に乗って高らかに宣言した。
「我は今日、この日! 生まれ出て14の年月を持って成人になったと宣言し、教皇に預けたシチリア王としての権利を受け取り公務を開始しよう! 至らぬ王にならぬように努めるが、諸君らの協力を要請する! 我は諸君らに、シチリアを盛り上げようぜと手を差し伸べるよ! わかったな、諸君!」
彼女が声を張り上げて手振りをしながら演説を行うと、協会関係者は教皇のことを考えて頭を痛めるなり、これからどうなるのかと不安になるものが多かった。
しかし集まった群衆は。
街の名士、商人、船乗り、婦人、老人、イタリア人フランス人ドイツ人アラブ人スペイン人など様々なシチリアの民。
衣服に[フレデリカファンクラブ]と刺繍がしてある皆は拳を振り上げて一斉に歓迎と祝福の声をあげるのであった。
「フレデリカちゃんイェイイェイ───!」
街に出るようになって8年。彼女のシンパはどんどん増えて今やパレルモは完全にフレデリカの都市となっている。
大勢の歓声に包まれて、さながらアイドルのような形で女王フレデリカは本格的に爆誕した。
壇上で大きく手を振って応える彼女は気分もよくスピーチを続ける。
「よーし! それじゃあまず王のパワーを見せちゃうぞー!」
「イエ───!!」
「教皇が次のパレルモの大司教にって推薦してた人、問答無用で不採用通知送っちゃいましたー! ヒャッハー!」
「いいのそれ───!?」
教皇を教皇とも思わぬその強権っぷりに観衆が沸いた。
勝手に不採用された大司教のとばっちりが酷かったが。聞いていたグイエルモがモチを喉につまらせた。
地味なことに。地味なことだが。
彼女の人生で長く続く[叙任権闘争]の兆しはここから始まったと云う説もある。
*****
年は明けて1209年。
よくない。
非常によくない報告を持って、助祭の神官は欧州の教皇聖庁であるイノケンティウスの執務室へと赴いていた。
自分でさえ先ほど報告書を受け取ってめまいがしたぐらいである。まだ教皇は知らない筈だ。それを伝えるのが自分の役目だと思うと酷く気後れする。
つまりは、14歳になったフレデリカが教皇の許可を取らずに勝手に成人宣言した上に、教皇の選んだ大司教を拒否したというダブル悲報である。
「フレデリカさまの報告係は一番気楽だって先輩言ってたやないですか……」
ひとりごちながらもノックをして、中から「入れぇぇ」と天国の底から響くような恐るべき声が聞こえて心臓を早めつつ助祭は中に入った。
この時期、イノケンティウスはドイツ国内の問題──主にオットーを神聖ローマ皇帝にするのに忙しい。というか最近法王庁でも「オットー駄目じゃない?」という声が多く聞こえるようになっている難しい問題である。
助祭はイノケンティウスが放つ神の怒りと同等の怒声に信仰心を砕かれぬように決意しながら報告をする。
「パ、パレルモのフレデリカさまが12月26日の誕生日を持ちまして、成人を宣言。同時に教皇にシチリア管理の権限を返していただく、とのことです!」
「なァァァにィィィ!!」
「ひっ」
聖霊がぶわりと光り輝く。
執務室中の一同が身を縮こまらせた。
すると教皇は「ほう」と息を吐いて言う。
「これまでのぉ報告からすれば早熟な子だと思っていたが……なるほど、中々自分からやろうと言い出せるものではない。大したぁ者だ」
怒っていない。
むしろ孫が成長して喜んでいるような印象すら覚える感想だった。
だが危機は隙を生じぬ二段構え。助祭は続けてフレデリカが反抗した報告をしなければならなかった。
「そっそれでっ……大司教などの任命権はこちらにあるのではないかと主張しまして……教皇が指名した候補者を拒否しました」
「なんだとォォォ!!」
「ひっ」
再びの怒声。部屋中に聖痕で亀裂が入る。
十字を切っている者さえ見受けられる。グッバイフレデリカ。短い付き合いだったね……!
そしてがたりと立ち上がった教皇は再び椅子に座りなおして、
「おおかたぁ……王になってやり方がまだ見えておらぬのだろう……無知の罪故に、許す。周りの者からの意見をよぉく聞いて、無思慮な判断は慎みなさい、と手紙を送れぃ」
「怒ってない!?」
今度は声に出て驚愕が上がった。
ダブル裏切りを受けてもイノケンティウスがフレデリカに向ける好感度は全く下がっていない様子である。
実際、教皇からの手紙を受けてその場のノリで大司教選抜を拒否したフレデリカは撤回して教皇の意に従っている。
あの場ではシチリア王がもはや教皇の言いなりではなく、確かにその王権を持っているのだというアピールの為に行なったパフォーマンスなのである。後でこっそり謝って教皇の言うとおりにしておけばバレない。
助祭の一人が汗を拭いながら言う。
「これもこの数年。ただの報告だけじゃなくてフレデリカさんが私信の手紙も教皇に送ってデレさせた結果だな」
「この最強の教皇から怒られない立場とは恐るべし……」
「まあ、ただ今の余波でイングランドのジョン王が破門になったけど」
「とばっちり可哀想!」
──フレデリカとは関係ないようなあるようなことなのだが、かの獅子心王リチャードの弟で失地王と呼ばれるジョン王はこの年に破門を受けている。
破門の理由は、教皇が推薦した人物以外を大司教に任命したという近しい理由であった。
何故そんなことをしたかと云うと、教皇ではなくジョン王が聖職者の叙任をすることで、ローマ法王庁に上納される宗教税をダイレクトに国庫に入れることができるのである。これは怒る。
しかし許されるか破門執行されるかは人望の差であろうか、普段の態度からの贔屓であろうか。
ジョン王はイングランド国内でも、空気を読まずにクーデター起こして即負けるわ、フランスと戦争して全戦全敗で戦費が重税になるわで英国すべてのジョンさんに対して風評被害になるレベルで人気がない。
余談だが破門を受けたジョン王は堪えずに、
「そうだイスラム教徒になろう! イスラム教徒なら教皇の言うこと聞かなくていいし、嫁も持ち放題ではないか!」
などと言い出して当時スペイン、イベリア半島の下半分を制圧していたイスラム国家ムワッヒド朝と接触したのだが、
「イスラムナメんな」
と、一発で改宗を断られていたりした。
ムワッヒド朝は真面目で厳格、堕落を許さずに妥協しないという方針のイスラム王朝なので軽薄なジョン王を拒んだのではないだろうか。
そして破門にプラスして国民の人気も底を割りまくっている。あいつ抜きでやろうぜと国民が言い出すのも近い。
さて……。
フレデリカの暴挙を許した教皇であったが、確かに今後の為にも保険を掛けておく必要があると思ったらしい。
ひと月ほど経過した日に教皇の前に一人の女が跪いていた。
名を、コスタンツァ。
フレデリカの母親と同じ名を持つ、アラゴン王族に連なる女だ。年は二十四だが、未亡人である。夫と息子を戦争で亡くしていて、このような未亡人を再婚させるのもまたイノケンティウスは務めとしてよく行なっていた。離婚する夫は破門だが。
「我が第一の刺客、コスタンツァァァ……」
「はっ」
「必ずぅあやつを見張りぃぃよく尽くすのだ。わかったなぁぁ」
「教皇聖下の意のままに……かしら」
コスタンツァは頭を下げたまま返事をして部屋を後にした。
そう、教皇はフレデリカが成人したのならばと、面倒な婚姻を他所に決められる前に妻を用意したのである。それも自分の息の掛かった者を配置することで、より教皇の意志を伝えやすくする為に。
彼女は敬虔なキリスト教徒であり、前回の結婚も面倒を見てもらった教皇に恩がある。
コスタンツァはフレデリカの妻になる為にシチリアへ旅立って行くのであった。
教皇ならぬ目線から見れば──問題は明白である。
フレデリカもコスタンツァも当然女なのだ。
いや、無論当時のキリスト教会が同性婚を認めていたとかそんなわけではないのだが不幸な運命の巡り合わせが発生した。
教皇に関わる誰もが、絶対知ってるだろうと思ってフレデリカを少女とイノケンティウスに伝えて居なかったのである。
名前でわからないかと言う問題は最初に記した通りで地の文やセリフ上では[フレデリカ]だが、教皇は[フリードリヒ]として認識していた。
天文学的な行き違いによって教皇はフレデリカを普通に男だと思っているのであった。無理があると思うかもしれないがそうなのだから仕方ない。
イノケンティウス教皇は現欧州最強のラスボスであり、周りは恐れて意見は申し立てない。
つまり今回のフレデリカとコスタンツァの婚姻も、凄まじく深いお考えとゴッドめいた意志がある特別なものなのだと周りが勝手に判断して、フレデリカを書類上は男として婚姻成立させちまったのである。
教皇の言葉は特別だ。
コンクラーベで選出されて上に立つのが教皇だが、選ぶのは枢機卿の意志ではない。
枢機卿は神か聖霊の声を受けて、その場にいる誰が教皇に相応しいのかを神の意志で知らされ選ぶという名目がある。即ち教皇は人に選ばれたのではなく三位一体で考えれば神に選ばれたのだ。
全知全能の神が選んだ教皇の言葉には間違いはなく、疑うことは神の意志に背くことである。更にイノケンティウスは学者に引けをとらないどころか上回る知識人で、彼に勝る聖職者はヨーロッパのどこにも居ないと言われた程だ。
そんな彼がまさかうっかり女と女を婚姻させるはず無いだろう。神の意志あってのことだ。
そう法王庁では認識されることで今後、フレデリカは書類上男として扱われることが決定されるのであった。
これは教皇が代替わりしても覆せない。何せ次の代の教皇がそれを否定すればイノケンティウス派から大ブーイングを食らうばかりか教皇の神意性を疑われることになるからだ。
なんとも妙なうっかり案件が発生してしまったのであった……。
*****
コスタンツァ・デ・アラゴン・イ・カスティーリャ。
それがフレデリカの妻となる女の名前である。
その名の通りアラゴン王の娘として生まれ、また母親はカスティーリャ王の娘である生粋の王族だ。アラゴンとカスティーリャは現代でスペインがあるイベリア半島の付け根付近の国で隣接している。
彼女はハンガリー王に嫁いでいたのだが王と息子を亡くしてアラゴンに帰っていたところで教皇の声が掛かったのである。
結婚相手は10歳年下のフレデリカ。
ともあれ彼女は夫も子も亡くして心の拠り所は信仰しか無かったが故に、教皇の命に従ってフレデリカを懐柔し教皇派に付かせるべく派遣されたのである。
書状で妻に関してフレデリカに連絡が行ったが、彼女はそれを承諾して準備は整った。
1209年夏。
コスタンツァは持参金代わりの騎士団を引き連れてシチリアの首都パレルモにやってきた。
「キターーーーーーー!!」
フレデリカは港の大型船から降りて現れる花嫁一行を見て喜びの声を上げた。
先頭には着飾った女がいる。細身だが凛とした様子の、匂い立つような美女である。潮風に揺れているゆったりとしたローブは法王庁のもので、婚姻が教会に祝福されたことを表している。
彼女載せた輿に引き続いて、騎馬のまま騎士たちが船から次々に降り立つ。その総勢は500騎。港は花嫁とその騎士を迎え入れる為に大きくスペースを空けている。
さて。
フレデリカが大喜びして迎え入れたのは当然ながら同性なのに嫁に来たサタニックレズ──と、フレデリカは思い込んでいる──のコスタンツァではない。
「うわあああ! 騎士だよ騎士! 馬付き! 気前がいいなあアラゴンは! くっふふー我の戦力ゲットオオオ!!」
小躍りしながら先頭の嫁ではなく、それに続く騎士団へ注目してぐるぐる回るフレデリカ。
まさに降って湧いたように騎士が手に入る特典が付いているならば、嫁の一人や二人おまけとして貰うことには何の異存もなかった。
500人と言う兵力は多くはないだろう。しかし精鋭の騎兵だ。更に、シチリア王が独自の戦力を持ったという事実が、内乱を起こしている諸侯への牽制となるのである。
更に記録上は500と残っているが当然騎士の従者なども付いてきただろうから、その実際の数はまだ多かっただろう。
はしゃぎ回るフレデリカの口にモチを突っ込んで黙らせながらグイエルモは言う。
「はいはい。コスタンツァさんに挨拶しましょうねとりあえず」
「ねえグイエルモ。ツッコミ入れてもいいんだけど。性別系で。へいへーい」
「まさかフレデリカさんが男だったとは……さすが教皇、遠く離れたローマから見抜くゴッドアイ」
「そういう認識で誤魔化すんだね教会関係者は……」
体は女、記録上は男。その名はフレデリカ=フリードリヒ。イノケンティウス大丈夫かよ……と思いながらもフレデリカは、行列の先頭にいるコスタンツァの前にグイエルモと守備兵、パレルモの司教たちを伴って迎え入れた。
「シチリアにようこそ我が花嫁よ。我がシチリア王フレデリカだ」
「初めまして、フレデリカ王。わたしは──」
「船旅で疲れているだろう。歓迎の準備はできている。宮殿で休むが良い。グイエルモ、後は頼むぞ」
そしてコスタンツァの前から横にずれて騎士の皆に手を振りながら、
「はいはい! 騎士団の皆さんは我が練兵所と厩と住宅を案内しますんで付いてきてくださーい!」
「露骨に騎士にしか目が行ってないかしら!?」
「正直レズとか引くわ」
「出会って即嫁にそんなこと言っちゃうのかしら!? っていうかコスタンツァもフリードリヒが女の子って初耳なんですけど!?」
「はい、聖職者しょくーん?」
フレデリカが振り向いて手を上げ、パレルモの主協会から出迎えにやってきていた僧侶達は皆一様にローマの方へ目を逸らしながら、
「さすが教皇……! フレデリカちゃんは男の娘というのは神から携わった真実……!」
「ええっ!?」
そしてコスタンツァは輿から身を乗り出してじろじろとフレデリカを見る。
今年で15歳になるが、二次性徴によって随分と発育がよく出るところは出て腰つきなどは着衣の上からでも女と判る。小さい頃は奔放に遊びまわるので元気な男の子と間違えられなくもなかったが、今はどう見ても女であった。
24歳のバツイチ花嫁は頭がくらくらとして酷い疲れを覚える。
「な……なにがどうなってるのかしら……?」
「はあ。説明しますのでとりあえず宮殿へ向かいましょうか。モチ食います?」
「頂きます……」
ぐったりとしたまま花嫁一行はノルマンニ宮殿へ向かうのであった。未亡人から百合嫁へ。本人も混乱しているのである。
(いえ……あの最強の教皇が変な指示を出すわけが……だったらこれにもちゃんと意味があるのかしら……)
暗い気分になりながらも頭を振って考えを否定する。だが、当時のヨーロッパでは百合百合しい関係を指して「雄鳥のふりをする雌鳥」と云う言葉が使われるほどに社会的に否定されるものなのである。しかし教皇自らの決定にそれを突きつける者も居ない気もした。
さて。
残された騎士隊はフレデリカの前で下馬し整列する。
アルゴンより姫が持参したと云う形の騎士団だが、その時点で彼らの主はフレデリカになっている。一同、新たな王の前で膝をついた。
「うーん皆揃ってモブ顔だけど騎士だねやったね! ところでこのモブ騎士隊のリーダーは誰なんだい?」
呼びかけに、騎士隊の視線が集まった一人の男が立ち上がってフレデリカに寄ってきた。
身の丈は180cm程。胸元を覆う皮鎧と両手に付けた鎖を編んだガントレット以外は軽装で、夏で暑いからか腹や二の腕が出た着衣をしているが、腹筋も上腕二頭筋も目に見えて固そうな筋肉が付いている。体は日に焼けていて、頭髪はくすんだ金髪で無造作な感じであった。
最も特徴的なのが、左目を眼帯で覆っていて右目は真っ黒な瞳をしている。
彼はフレデリカの前で跪いて応える。
「俺が隊長であります。この度はシチリア王に仕えさせて頂きます。騎士団一同、中東の果てでもアフリカの彼方でも命じられれば進軍し、何れも劣らぬ武者働きを致します」
「うん、モブの中で唯一眼帯でわかりやすいね! よろしくねモブ隊長。あ、非公式な場だともっと砕けた感じで接していいよ?」
フレデリカの言葉に隊長はすくりと立ち上がってニコリともせずに云う。
「そうか。よろしくなフレさん。ところでうちの騎士連中が半数ぐらい船酔いでダウン寸前なんだが医者を呼んでくれるか」
「砕けるのはやっ!? そして騎士もろっ!? 中東とかアフリカとかいけるのかよ!?」
あっさりと言葉を崩して云う隊長にフレデリカはツッコミを入れた。
彼は若干バツが悪そうに眼帯をカリカリと指で掻きつつ応える。
「その……何だ。仕様書上のスペックと実際の能力には違いがあることがある」
「不安だー!」
フレデリカさんの不安はともあれ。
こうして彼女にとって最初の軍勢が手に入り、本格的なシチリア統治が始まるのであった。
半数はぐったりとした騎士団を引き連れて、ひとまず騎士住宅へ向かう一行を振り返り遠目に見ながら、コスタンツァは呟く。
「このコスタンツァはどうなるのかしらー……」
「大丈夫です。フレデリカさんにとって特別な存在で愛した妻だった……と、記録に残しておきますので」
「記録に!? っていうかだったってどういうことなのかしらー!? んがんぐっ」
グイエルモは話題の都合が悪くなるとモチを複数相手の口に突っ込んで黙らせるのである……。