33話『反乱が起こるぞフレさん──同年』
ラスペと云うドイツ貴族の男が居る。
チューリンゲン伯爵の三男であり、西進するモンゴル軍に対して東欧にドイツからの援軍として送られた経験があった。
モンゴル軍の強さは圧倒的だったが、ワールシュタットの戦いから二年と経たずに西への進出を止める。これはモンゴル内部での後継者騒動も絡むのだが、それ以上攻め込んでこないモンゴルに対してひとまずの撃退成功と云う形で東欧は落ち着いた。
負けっぱなしと報告するわけには行かないので撃退ということにしたのだ。
ひとまず、その撃退の功績を受けた一人がこのラスペであった。
フレデリカも負け戦ながら奮戦して生き残った彼を重用すべくコンラートの重臣に仕えさせていた。
そこまでは何も問題はなかったのだが。
1245年。
教皇からの密使がラスペに面会をした。
「教皇は貴公をドイツ王に選出させるように、裏で準備をしております」
「おれを!?」
「その後は神聖ローマ皇帝に戴冠させる準備もあります。貴公はドイツ王になり次第、軍を率いてコンラートを落としてください」
「……」
ラスペは、急に伯爵家の三男と云う立場からドイツ王と云う出世話を聞かされて心を動かされる。
しかしこれまでコンラートに仕えていた男だ。彼を追い落として良いものだろうか。
自信はある。自分の軍事能力は対モンゴルで鍛えられ、ほぼ戦の経験が無いコンラートより上だろう。
だが……。
悩むラスペに密使は告げる。
「裏切る、などと思わぬことです。貴公は正しいことをなさるのだ。正しきキリスト教徒として」
「正しい……」
「既に領主の何人かも買収しています。それに……貴公の兄上を殺したのは皇帝ではありませんか」
「……!」
ラスペの目に苦々しいものが浮かんだ。
彼の兄、チューリンゲン伯爵を継いでいた男はフレデリカの第六次十字軍で命を落としていたのだ。
とは云っても戦死ではない。出発前に疫病が流行ったとき、重症となってそのまま亡くなったのである。
チューリンゲン伯はフレデリカも幹部の一人として扱っていて、葬儀も壮麗に行ったのだが、その恨みも無いとは云えなかった。
ラスペは──。
「わかった。おれがドイツ王になろう」
「賢明な判断を感謝します」
こうして、コンラートを裏切った。
ドイツ王になるにはドイツ諸侯からの選出票が必要だ。
この時点ではコンラートが普通にドイツ王な為にその票を集めることは不可能なのだが、そこも教皇の謀略が物を云った。
諸侯とは貴族の封建領主だけではなく、司教区の領主……つまり聖職者も含まれる。
片っ端から教皇はその聖職者を脅したのである。
「ドイツ王選出の票を与えねば貴様らをクビにして、その親族共々二度と司教区には住まうことを禁止する」
幾ら人気が散々な教皇でも、その権力は持っている。
フレデリカなどが何を云われても反論して知らぬ存ぜぬと通せるのも、彼女が世俗の人間であるからだ。
直接の上司にあたる聖職者達は、いかに理不尽な物言いでもそれが通じるのである。
「本当はこんなことしたくないけど……」
「うう、仕方ないんや……」
司教区では街の運営が聖職者で行われ、世襲とまでは行かないがその親族──甥などがまた役目を継ぐことになっている。
逆らい、親族にまで影響が及ぶとなれば渋々と従わざるを得ない者が続出した。
また、コンラートの後継人であったドイツを代表する大司教ジークフリードは既に亡くなり、影響力が弱まっていたこともあるだろう。
そんなこんなで、
「ラスペを新ドイツ王に任命する!」
と、新たなケルンの大司教が彼を仮の戴冠させたのである。
そしてラスペは堂々とコンラートに譲位を迫った。
「コンラート殿下。異端者の息子である貴公ではドイツは纏めきれない。素直にお譲り願いたい」
この時コンラートは18歳。まだまだ若造であり、フレデリカの七光で王になったような者である、とラスペは考えていた。
すぐに怯えて位を譲るだろう。
だがもちろんコンラートはキレた。
「貴様がドイツ王だと? 勘違いするな。お前はただの卑劣な反逆者だ」
「違う! おれではなくフレデリカが何もかもに反逆しているのだ!」
「教皇に惑わされたか。人を見る目がどうかしてるぞ、お前。偉そうに私に軍略を教えていたが、自分が捨て駒にされていることにも気づかないのか」
「黙れ!」
こうしてラスペとコンラートの軍が戦闘に入った。
フランクフルトの戦いが始まり、それは即座にコンラート軍の苦境へと陥った。
彼の背後にいた味方だったはずの領主が突如敵に回ったのである。
「裏切れば銀貨6000マルク! ひゃっはー!」
「おまけにコンラートを倒せば伯爵領を貰えるってよ!」
コンラートは迷わず判断を下した。
「全軍、撤退」
逃げの一手である。なるべく戦闘を避けてコンラートは被害を抑えつつ、バイエルン方面へと逃げていった。
その勝利を見てラスペは大笑いする。
「これがドイツ王か! なんと他愛の無い! 諸侯よ、今のうちにおれに鞍替えした方が得だぞ!」
「あのーラスペ様」
「なんだ?」
「コンラート軍の逃げっぷりが見事すぎて、正直被害を殆ど与えられて居ないのですが……」
「……なんだと?」
一旦は逃げたコンラートだが、軍の損耗は軽微であった。
すぐさま彼はバイエルンで再起を図る。ついでにバイエルン公の娘と結婚式まで上げて余裕をアピールした。
そんな彼に援軍を送る諸侯が──大勢。
「援軍に来たぞ、我らがドイツ王!」
「っていうか誰だよラスペって知らねえやつ勝手に王にするな!」
「あいつらに教えてやろう! ドイツは坊さんの国ではなく、我ら領主の国だってことをな!」
「ああ、皆。行くぞ、国を守る為に!」
コンラートの呼びかけに集まったドイツ諸侯は大いに鬨の声を上げた。
貴族領主の者達からすれば、聖職者票のみによって選ばれたラスペなど王として認めることなど到底できないのである。
それに対して、ラスペの軍に寝返る他の領主は……現れなかった。
「すいません降ります」
「無理なんで降伏します」
「貴様らああ!!」
裏切った領主も降伏していった。まあ、降伏しても最低で領地没収のち投獄されるだろうが。
それでもラスペは戦った。チューリンゲン伯爵領の兵は中々に強く、ラスペも無能無策ではない。
だがコンラートの側には他のドイツ諸侯が居て彼をサポートしている。兵力も段違いで、士気も高い。
「行くぞ諸君! ラスペが何のつもりでドイツ王になったか? それはドイツを教皇の言いなりにさせる為だ!」
「我らの土地は我らのものであり、それを皇帝が保証している!」
「賄賂と坊主の口利きでドイツ王になろうなんて太い野郎だ!」
まあ、やり口は違うがフレデリカも教皇の口利きと権益を振りまく方法でドイツ王として人気を取ったのであるが。
ぽっと出数ヶ月で突然ドイツ王と名乗りだした若造をよく思うかは一目瞭然である。
ドイツ軍の苛烈な攻撃にラスペ軍は削られ、
「ラスペ、覚悟しろ!」
コンラートが切り込んだ。
手に持つクロススピアでラスペの肩を貫いた。
馬から身を落としそうになるが、すぐさま馬の首を返して背中を見せ撤退していく。
「くそ、おのれ! 異端者の息子が!」
「──私は父上の息子であったことを誇りに思っている」
そうしてコンラートは再戦に見事勝利した。
ラスペは傷を負ったままチューリンゲン伯爵領に逃げ込んだが、その傷が元で死亡した。彼に付き従う諸侯はもはや誰も居なかったのである。
*****
報告を受け取ったフレデリカは満足そうに頷いた。
「そっか。コンラート、しっかりやってるんだ。良かった……」
「そうだな」
離れたドイツが心配ではあったが、多くの諸侯が彼女の息子の味方に付いているようであった。
或いは北部イタリアを完全に捨てて、ドイツかシチリアにのみフレデリカは専心すればもう少し気楽に過ごせるのだろうが、皇帝としての立場からそれは取れない選択である。
故に各方面の味方に頑張って貰わなくてはならず、その中でも嫡子のコンラートは心配事ではあった。
「大丈夫」
フレデリカは祈るように云う。
「大丈夫だよね」
「信じるしかあるまい。む」
隊長が新たに来た報告書を読んで顔を顰めた。
「教皇が今度はオランダのホラント伯ウィレムを神聖ローマ皇帝に戴冠させたようだ」
「全然懲りてないねマジで」
「しかしやはりコンラート率いるドイツ軍にぶっ飛ばされてオランダに引き篭もった」
「怒りのドイツ軍すぎる」
度重なる選出と失敗により、徐々に聖職者諸侯も嫌気が差しつつあるドイツであった。
「しっかし、直接的というか間接的というか、手出しに躊躇がないねあの教皇~」
「全くだ。厄介極まりない。グレゴリウスはまだ敵を支援するだけだったが、味方を寝返らされると被害は倍になる」
「一方的に陰謀仕掛けられてるって嫌な感じ。っていうか正解が無いんだよなーこの戦い。教皇殺しはさすがにやれないし、アルルに軍を差し向けてる間に国内ガッタガタになったら元も子もないし」
「……」
隊長は口に出さなかったが、一応この戦いには終わりがあることを知っていた。
彼女も恐らく知っている。だが、互いにそれを口にしたりはしない。
「まあ、モチとワインでも食いながら頑張ろう」
「そうだね。モチー。グイエルモはどうしてるかなあ、長生きだよね彼も」
「ああ。長いこと会っていないが、いつも通りだろうよ。息子もあの調子だったからな」
などと懐かしんで言い合うのであった。
──陰謀が進んでいることを、まだ彼女らは知らない。
******
イタリア北部、パルマの街で皇帝代理の権限を持ち長官をしていたのはテバルド・フランチェスコであった。
フレデリカが小さい頃に世話になっていたグイエルモの息子であり、官僚教育を修めた男である。
この街も北部イタリアの自治都市らしく、皇帝派と教皇派が常に派閥争いをしているような都市であったがなんとかテバルドは統治に成功していたのである。
ある日。
彼を訪れてくる客が居た。
それぞれ見知った顔であるが、テバルドはそのうちの一人に警戒をした。
一人はパンドルフォ。彼はフェデリーコが治めるトスカーナ地方の役人であり、皇帝の息子のフェデリーコが着任するまでは皇帝代理の長官をしていた大貴族でもある。
もう一人はジャコモ・モッラ。フレデリカがシチリアのカプア憲章、メルフィ憲章を作った時に司法長官であった重臣のエンリコ・モッラの次男であった。彼もマルケ地方の皇帝代理という身分にある。
そして最後に、オルランドと云う男。テバルドは、重職の二人が来たことにも面食らったが、オルランドで一気に警戒を引き上げた。
このオルランド──元はフレデリカの部下であり、ロンバルディアとの戦争に参加していたのだが、実はインノケンティウスの妹の夫と云う身分であった。
新たにインノケンティウスが教皇になってからは軍の抜けていたのだが、それが突然やって来たのだ。
「何か用ですかな」
モチを食いながらテバルドは尋ねる。
三人はニヤつきながら彼にこう誘いかけた。
「テバルド。テバルド・フランチェスコ。父親は俗人出身で修道院長。大した身分ではないな」
「生憎、これでも神に仕える身でしてな。身分の大小を卑下したしたことは一度もありませんが」
「神に仕えると云うのならば、異端の皇帝に従うのはどうかと思うがなあ」
オルランドがそう云うので、テバルドはきっぱりとモチを噛み千切って返す。
「神より権威を携わったのは教皇そして皇帝。ならばどちらに従おうとも替わりはありますまい」
「云ってくれる。だがな、そんな議論はどうでもいいんだ」
ジャコモが告げる。
「お前はフレデリカに信頼されている。お前の親父が家庭教師だったからな。だから俺達の計画に参加しろ。報酬として、司教区を与えよう」
「はて。なんのことやら。計画? 餅つき大会でも開くので?」
「いいや」
ボケたのにクソ真面目に返してくる相手に、テバルドは眉根を寄せる。
どう考えても危険な状況であることを把握している。だがどうしたものかと彼は戸惑っていた。
パンドルフォが告げる計画は、最悪へのシナリオであった。
「フレデリカとエンツォを招いて暗殺する。それの協力者になれ」
「モチでも食って考えなおしなさい」
ばらばらと袖からモチを出して机の上にぶちまけながらテバルドは告げる。
「シチリア貴族の皆様方。王を殺そうとするのは大逆罪ですよ。今ならばまだ、フレデリカさんの元へ共に赴き拙僧が弁護を行いますので。貴方達はおかしな計画を耳にしただけ。そうしなさい」
「だが、シチリアの王権は現在教皇インノケンティウスの物だなあ」
オルランドが白々しい言葉を告げる。
「そのようなことを信じているシチリア国民は居ません。暗殺をしたところで必ず統治は失敗します。そして何より、道理から外れている」
「あの皇帝は異端者だ! 我らは卑劣な暗殺をするわけではない、正しい信仰に目覚めて、悪の王を打倒するのだよ」
「愚かなことを」
テバルドは憐れんだ目でジャコモを見た。どうせ正しい信仰とやらも、名目上しか信じていないと見透かすように。
「聖職者たる拙僧が、敢えて告げましょう。正しい信仰も忌むべき異端もこの際関係ないのです。フレデリカさんは、息子のエンツォさん、フェデリーコさん、リカルドさんと同じく、年若かった貴族の子弟を連れて教育させました。その結果何処に出しても恥ずかしくない、立派な統治者になれたのです。云わばフレデリカさんは教師であり、親も同然」
モチを再び食いながらテバルドは静かに云う。
「親を殺していいわけが無いじゃないですか。親殺しは宗教に関係なく大罪です。正しい信仰? そのようなものより、常識と云うのですよこれは」
「我らを侮辱するか」
「常識知らずというか恥を知りなさい。古今東西裏切りは多発するものですが、裏切り者には共通する点があります。それは、主君の信頼を無下にしたということ。信頼とは契約書にも法律にも書かれていない、尊い繋がりなのです」
「違う!」
パンドルフォが叫んだ。
「あいつは俺達をこき使って、しかも俺達が祖から受け継いだ領地を自分の物として管理している! 封建領主であれば俺達は良かったものを、それが今はただの官僚だ! 使い潰しの利く役人だ! それのどこに貴族の誇りがある!」
「拙僧は貴族でないので誇りなど知りません。ですが、貴方達の父親はフレデリカさんの掲げた国家に誇りを感じたから同調したのでしょう。彼女に尽くして、エンリコ・モッラさんも働き続けた。亡くなるその日まで」
この二世幹部とも云える者達が反逆行為に加担することを決めたのには、いくつか理由があるだろうが──フレデリカの集権化もまた影響の一つだろう。
しかしながら、一世の幹部らは彼女と共に国を変える事に同意した。それは、フレデリカが走り続けてエルサレムさえも解放し、ひたすら先頭で輝き続けた場面についてきていたからだ。一番苦しい時期に共に手を取り合ったからであった。
二世はそうではない。彼らは官僚として、親から云われてフレデリカに仕えるようになったのである。それでも彼女は子供と同じ教育を受けさせて、重用していたのだが。
テバルドの言葉は続く。
「領地を奪われた? フレデリカさんは領主の土地を保証しています。ただ、税と法律に関しては王国内で共通させただけで。それにジャコモさん。次男で、受け継ぐ領地がなかったのに、直々に功績を認められてフレデリカさんから領地を貰ったのは貴方でしょう。
忙しいのは誰もがそうですよ。一番忙しいのはフレデリカさん。続いてエンツォさん。ヘルマンさんもベラルドさんもひたすら忙しい日々を送ってきました。でも、弱音は吐かなかった。だから拙僧も頑張れるのです」
「黙れ!」
ジャコモは怒鳴って、机の上のモチを薙ぎ払った。
そしてテバルドの胸元を掴み、云う。
「お前ごときが貴族の俺達に意見するか! どちらにせよ計画は聞かせたのだ、協力はしてもらう! お前はいざというときの人質になるからな! あの皇帝と息子を殺すまでは生かして於いてやるから、感謝しろ!」
「どうせ成功しません。考えなおしてください。絵に描いたモチですよ」
「皇帝を殺せば、あんなチンケな領地などよりもっと多くの土地を支配できる! 官僚などやっていられるか! ははは、教皇バンザイだ!」
「……オルランドさん」
テバルドは盛り上がる貴族二人ではなく、にやにやと笑っている、恐らくは計画の立案者である教皇の義弟に告げる。
「人を破滅に導いた者に安寧があるとは思わないことです」
──そうして、テバルドは監禁されながらも計画は進められることとなった。
*****
更にフレデリカ暗殺計画に賛同したのが、彼らの一族とシチリア島の高官アミーチス、プーリア地方の皇帝代理チカラ、大領主サンセヴェリーノの一家であった。
どれもこれも、その親世代はフレデリカの大幹部であり共に歴史を駆け抜けて、任された仕事をやり続けて息子に譲ったのである。
それらがフレデリカと、庶子ながら彼女の跡継ぎにすらなりうる能力を持つエンツォの暗殺に同意した。領地ごと反乱を起こしたのではなく、あくまで個人と云うか一家がそう決めたので事態は静かですらあった。
彼らの裏切りの理由を大雑把に纏めると、
・破門を受けまくるわ異端認定されるわのフレデリカを見て、キリスト教徒として教皇の云うところの正しい心に目覚めた。
・フレデリカの人使いが荒く忙しい日々に嫌気が差した。
・新しすぎる官僚システムより、それまでの封建領主の方がわかりやすく自分だけは儲かる。
・フレデリカを暗殺したら教皇が土地を約束してくれると書状が届いた。
と、云う感じであった。
しかしながら──当然でもあったが。
全ての者がそのような理由で裏切るわけではない。
誘われたうちの一人、ジョバンニと云う若者がむしろ、
「こ、こいつら何云ってんのマジで……」
そうドン引いた。
このジョバンニと云う若者は、領主の息子ではあり幹部候補生の教育を受けたものの、その途中で医学に目覚めてサレルノの医学校へ編入して今は高官付きの医者をしている男であった。
フレデリカを裏切る事に同意した殆どは三十代から四十代の、既に要職に付いている者達であったが、それより若い世代となると普通にフレデリカに心酔している者も多い。
ジョバンニ以外でも、首謀者のジャコモの弟であるルッジェロも裏切りなど信じられぬと云う様子だった。彼も裏切り世代より一つ下のジョバンニと同世代である。
このルッジェロは鷹狩りが大好きであり、フレデリカと共に何度も鷹狩りを行っていた若者である。
エンツォなどとも実の兄弟のような気分で過ごしていて殺すなどとてもできなかった。
「と、とにかく逃げようぜルッジェロ。こいつらに付き合ってたら俺達まで大逆罪で死刑になる。フレデリカ様は法の執行には厳しいんだ!」
「うん……、あ、そ、そうだ。テバルドさんが捕まってるって聞いたよ! あの人も逃さないと……」
「おお、そうだな。とにかくここにいちゃマズイ!」
そうして二人は隠密に牢に入れられているテバルドの元へ向かった。
鎖に繋がれているテバルドは痩せて居た。ルッジェロが持ち込んだワインとモチを与えると、咳込みながら彼は声を出した。
「おや、お二人さん。どうされました」
「反逆なんて付き合ってられないんだ。あんたも逃げよう。フレデリカ様にこの計画を知らせないと」
「それは助かります。よかった、これで安心だ。ですが、拙僧は良いのでお二人で逃げてください」
「え……?」
ルッジェロが疑問の声を上げると、テバルドは笑みを作って云う。
「彼らは過ちを犯そうとしている。ならばその道を正すべく、説得を続けてみます。それが聖職者たる拙僧の役目」
「正されるわけ無いだろ!? 一族単位で全員参加してるんだ! あいつらは馬鹿しか居ない! ここに居たら、あんたまで反逆に参加したと思われちまうぞ!」
「まあ、そうですね。愚かだと思います。ですが──」
テバルドは覚悟の色を目に灯していた。
「愚かな人を見捨てて良いとは、拙僧は思っておりません。救いがたい人ほど救われなければなりません。もしかしたら思い直してくれるかもしれない。その可能性を否定して、彼らを見殺しにするぐらいならば反逆罪で死罪を受けましょう。人質として殺されましょう。だから、拙僧は彼らに問い続ける事にします。これでよいのか、と」
「あ……」
「ですから貴方がたは、フレデリカさんに伝えてください。反逆の意志はある。ですが、もし説得が成功したならば彼らの罪を一つ減じて欲しいと──では、いきなさい」
テバルドはそう云って、殴られでもしたのだろう、痣の残る顔でにっこりと笑った。
それを聞いて──。
ルッジェロは、ジョバンニに云う。
「ぼ、僕も残る」
「ルッジェロ!? お前何を!」
「だ、だって僕の一族も参加してるし、立案者は兄さんなんだ。僕も、説得しないといけないんだ。逃げたりしたら、駄目なんだ」
「無茶云うな! そんなもん成功するかよ!」
「む、無理かもしれないけど、家族を見捨てて、逃げて、それで胸を張って生きていくなんて、怖くてできないんだ……ジョバンニ、頼むよ、陛下には君が伝えてくれ……」
ジョバンニはやや怯え、なんとも云えない顔をして涙を浮かべた。
なんでこんなことになったのだ。少し前まで、皆で同じ未来を見て進んでいたというのに。
それでも誰かはフレデリカに伝えねばならない。ジョバンニは駈け出した。
「死ぬなよ! 俺からもフレデリカ様に言い聞かせておくから、死ぬなよ二人共!」
そう云ってジョバンニは城から馬に乗り脱出した。
しかしすぐにフレデリカの元へ走る勇気が湧かなかった。彼はただの幹部候補生であり、それが大それた計画を告げても怪しまれる。残った二人のことも頼めないかもしれない。
そこで彼は、
「リカルド……あいつのところなら」
フレデリカの息子であり、自分よりも年下だがしっかりとしている少年の元へジョバンニは走った。幹部候補生時代に同期とも云える関係であったのだ。
中部イタリアのカゼルタに滞在していた、ベラルドの姪の息子であるリカルドに彼は暗殺計画を話してフレデリカへの取り次ぎを頼んだ。
この状況では彼にとって、それを話して頼れるのは彼女の子供であるリカルドしかはっきりとわからなかった。
「わかった。一緒に父のところに来てください」
リカルドはそう頷いて、早馬でフレデリカの元へ二人向かう。
北に上り中西部イタリア、半島の膝あたりに見える場所の港都市グロッセートにその時フレデリカは居たのである。
「父よ! このリカルドが参りました!」
「んー? あれ、久しぶりだね。どうしたー?」
フレデリカはグロッセートの市庁舎を間借りした執務室で、書類の山を隊長とピエールの三人で処理していたところであった。
リカルドが連れてきたジョバンニが慌てて跪いて、彼女に告げる。
「フッ、フレデリカ様! 実は、フレデリカ様とエンツォの兄貴に暗殺計画が起こっていまして……それをパンドルフォとジャコモが中心となり、南イタリアの貴族が同調しています!」
「は、はぁ!? えー……? あいつら、何やってんだよ!」
その情報を聞いて、思わず真っ白になった頭で判断し……フレデリカは叫んだ。
「意味わかんないんだけど!? っていうか散々優遇したじゃん!? 皇帝代理職だと、大領主の上に立つ役職だろ! そう教育してきたから知ってるはずなのに!」
おおよそ、フレデリカには彼らが裏切った理由を理解はできないだろう。
前に述べた4つ上げられる理由は彼女に取ってはすべて鼻で笑うようなものである。信仰心は元よりゴミ箱に捨てているし、仕事の忙しさは自分が一番であり皆が楽になるように官僚を増やす大学を建てた。長い目で見れば封建領主よりこの統治のほうが富が多くに行き渡り国は栄える。
あの教皇の言うことを信じるなどもっての外だ。
「そ、それで……」
ジョバンニは頭を床にぶつけんばかりに下げて頼んだ。
「テバルドと、ルッジェロが説得をする為にあいつらのところに残るって……」
「おい。おいおい、何やってるのあの二人!」
「すみません! 他はどうなってもいいので、あの二人はどうか罪を減じてください! 反逆するつもりなんて無いんです! ただ優しすぎて、巻き込まれたんです!」
フレデリカが焦ったように叫んだことで、ジョバンニは必死に頼み込んだ。
こんなに頭を下げたのは初めてかもしれない。そう思いながら。別段、彼はルッジェロやテバルドと仲が良かったわけではない。精々同期で会えば話をするぐらいの関係であった。しかし、死なせたくなかった。
むしろフレデリカがその様子に怯んだ。彼女からすればそのどちらも大事な部下であり、それが敵中に残っていることを案じたのだ。
「くそっ……」
悔しそうに彼女は云う。
「我……また教育間違ったかな……なんでそんな馬鹿なことをするんだよ……」
それでも──。
反乱に対する手立てをすぐに考えつく自分の切り替えの良さが、フレデリカは酷くげんなりとしていた。




