31話『ある意味最強の教皇とフレさん──1243年』
教皇不在期間。
この間に於いて、ローマの大司教や枢機卿内でも様々に意見が対立した。
つまりは前教皇グレゴリウスの方針──皇帝と対立してローマ教会の威信を見せつけるか。
或いは皇帝と和睦をして折り合いをつけるか。
教皇になるには枢機卿内での選出が行われ、過半数以上の票を得なければ教皇に選ばれない。それが22ヶ月も続いたのだから、両派閥それなりに勢力があったのだろう。
しかしながら、一度は選ばれかけたこともあった。
ミラノの大司教を次の教皇に。
皇帝と争いのまっただ中な都市代表の彼こそを皇帝と対する教皇に当ててはどうかと選ばれそうになったのだが……。
「そ、そんなこと云われても……ぐへはー!」
ミラノの大司教はプレッシャーで就任前に病死した。
本当にマジ矢面に立たされるのだから絶対そんなのやりたくないだろう。安全気分なミラノの都市内から出てローマで直接攻められると実証された場所に行くのだから。
それを受けて、
「やっぱり慎重に選ぼう……」
と、ローマの司教たちも考えなおし、時間が掛かることになったのである。
******
「まあ実際、枢機卿の誰かから位を買い取って、ベラルドに与えて、裏から手を回してあいつを教皇にできないことも無いとは思うんだが」
「それは絶対やらないけどね~」
隊長の言葉にフレデリカは軽く返した。
「確かにそれをやれば簡単だけどさ、そう云う自作自演ってかならーず後で綻びが来るんだよね。ベラルドが死んだ後か、我が死んだ後か。それに教皇に勝てないって認めたみたいでムカつくし。他は何でもやるけど、ローマ教皇のことはローマのキリスト教会が決めて貰わないと。我の国で活動する聖職者は我が任命するとして」
「そうだな。やリたくないことはしない。それでいいと思うぞ」
もはやフレデリカの意地と云うかプライドの問題である。
自身には信仰心など針先も無いが、信仰者にとっての代表はだからこそ信仰者達が選ぶべきだと判断している。
信心は無いが、他者の信仰は守る。ただし余計な邪魔をするなら叩き潰す。それが彼女の方針だ。
1243年。
ようやく新教皇が選出された。
「我輩が教皇、インノケンティウス4世であぁぁぁる!」
インノケンティウス4世──以下インノケンティウス教皇の登場である。
なおフレデリカが十代の頃に世話になったイノケンティウス3世とは別に血縁などは無い。紛らわしいが。
教皇になるやいなや、大々的に声明を発表する者も多いのだが不気味に沈黙を保っているのでフレデリカは使節を送りつつ情報を集めた。
「報告によればインノケンティウスは、ジェノバ出身の教皇派貴族だな。ボローニャ大学出で、成績優秀。教授経験もある」
「ジェノバの教皇派かー……ちょーっと敵側だねえ。学者だけどこれはいまいちポイント付け難いんだよね。学者なら冷静で論理的ってわけじゃないし。グレゴリウスも学者だったし」
「その後枢機卿になり、意外と若くして教皇になってるな。生まれ年がフレさんの一年下だから今よんじゅ」
「はいはい、年齢はどうでもいいよ!!」
とうとう教皇のほうが年下になってきたフレデリカである。
だが彼女は美少女だ。文字にそう書いてあるのだから疑いようもなく。
「というわけで、まずは我の破門を解かせよう。割と領民は無視してるけどそれでも後ろめたい感じだもんね。破門状態」
「そうだな。既にゲラルドやタッデオ、ピエールを向かわせている」
交渉役にゲラルドも加えたのは、フレデリカ陣営の中でチュートン騎士団の彼のみが破門を受けていないからであった。
王たるフレデリカが破門を受ければその部下親族まとめて破門扱いになるのだが、チュートン騎士団は宗教騎士団でありその直属の上司は教皇になる。明らかにフレデリカの陣営ではあっても、宗教騎士団を破門にすることはできないのである。
ラテラノ宮殿で会談を行ったインノケンティウスはどっしりとした体格で落ち着きのあるような雰囲気をした中年であった。
「……皇帝が和睦を望むのは分かった……だが、ローマ教会も長い教皇不在で様々な処理が滞っておる。そして、未だに皇帝に反目する枢機卿なども多い中、すぐに無条件で、とはいかぬ。お互いに利のあり、周囲を納得できる条件を交渉しようではないか……」
と、すぐの解決には至らなかったが、交渉を行うと云う点ではまずまずの結果だっただろう。
フレデリカはその報告を聞いて、喜びこそしなかったが一安心と云った風であった。
「グレゴリウスなんて交渉を拒否ってたっていうか。交渉に行ったのに罵りしか返さなかったからね」
「その罵り言葉を全部コピって各国に配布してたけどなフレさん」
「情報は公開されるべきじゃん?」
そうして条件を出したり引っ込めたりしつつ、最終的な和睦の会議は1244年6月に行われることに決定した。
これは皇帝がローマ近くの会談場所まで赴き、教皇もそこに来るという直接対面の形である。
フレデリカの部下や臣民も一安心と云ったところであった。
更に喜んだのは、敬虔なキリスト教徒であり、フレデリカにも恩義や親愛を感じていたフランス王ルイである。
彼はキラキラとエフェクトを飛ばしながら、
「同じキリスト教徒同士、お互いに分かり合う素晴らしいことだね……! 僕の方からも会議にトゥールーズ伯爵を向かわせて確かなものだと証明させてもらうよ……!」
そう云っていざとなれば仲介を行い、そして和睦の証明を行う為に人員を派遣したのである。
トゥールーズはルイが平定した南フランスの貴族だ。特に彼には任務も意見も与えられず、どちらかと云えば皇帝の味方に立つ為にやってきたのである。
ちなみにトゥールーズ伯爵と言えば第一回十字軍の代表的英雄レイモン・ド・サン・ジルが治めていた国であり名高い。
そういうこともあってヨーロッパ中が見守る皇帝と教皇の和睦であった。
「ええと、隊長。会談場所はどこだっけ?」
「ローマ近くの中部イタリア、[チヴィタカステラーナ]だな」
「なんか小さいお菓子を無理やりイタリア風名産にしたって感じの名前だね……」
「いや……知らんが。チヴィタ地方にある城砦って意味だろう。スペインのカスティーリャ王国みたいなものだ」
ローマから二日と掛からない距離にある城砦である。教皇の移動を楽にさせる形で対面を試みたのであった。
先に城に入って後は教皇の到着を待つだけである。フランスからの使者もついていて、皆でのんびりと待っていた。
「直接話しあえば言質取るのも楽だからねー」
「ああ。そもそもロンバルディアと戦うのは内政でしか無かったのに教皇が散々邪魔してくれていたからな」
「全くだよ! 後はミラノの周辺を落としてじわじわと攻めてやろう。対城壁は奇襲か何かで落とさないとね。考えとこう」
そしてフレデリカは教皇を待った。ローマから出発したと言う報告が来て、さてそろそろかと城の掃除も済ませてモチも用意した。
待った。
待ったが……。
一週間経っても、教皇はチヴィタカステラーナに到着しなかったのである。
「……なんで?」
「さ、さあ」
フランスの使者も首を傾げる。
「まさか拉致られた!? ちょっと隊長、部下に捜索させて!」
「わかった」
拉致経験のあるフレデリカの心配に、慌てて軍が動き出した。
*******
「フレさん。調査報告が纏まった」
「お願い!」
チヴィタカステラーナで幹部とフランスの使者も揃えて教皇失踪事件についての報告会が始まった。
報告書を見ている隊長はなんとも言い難い表情をしている。
彼はまず前置きをした。
「いいか。一応云っておくが途中で茶々やツッコミを入れるなよ」
「うん?」
そして咳払いをしてわかりやすく伝える。
「まず教皇がローマから出発した時の行動からだな。教皇は6月7日、お付の枢機卿達と一緒に兵士の格好に変装をして、法王庁の金庫から金を持てるだけ引き出してそれを持ち、四人の枢機卿と共に夜中こっそりとローマを脱出した。
そして街道ではなく人通りの少ない間道を通りチヴィタカステラーナではなく、チヴィタヴェッキアの港に向かってそこからジェノバの船に乗り付けた。
だがあいにく地中海は大荒れでな。一週間ほども時化で揺れまくる船でシェイクされて地元のジェノバに半死半生で辿り着いた。
しかしジェノバにも皇帝派が居ることに気づいたのだろう。慌ててジェノバから逃げ出して次はサヴォイア伯国に辿り着いたが、エンツォに嫁を出していた国だ。拒否られて追い出された。
そしてフランスに亡命を求めてルイに呼びかけたのだが、『約束をしていた会議に行くのが教皇としての役目では?』と真っ当な意見で拒否された。
やけに根性だけはある教皇は冬になっていたというのにアルプス越えを強行して半死半生になりながらイタリアの西、アルル王国に逃亡していった。そこでフランスと神聖ローマ帝国の境目の街リヨンに今は居るらしい」
報告を聞き終えて、皆はお通夜めいた雰囲気だった。
意味がわからない。
というか教皇ともあろう立場の者が、約束をドタキャンして逃げるのが前代未聞である。
もはや怒るというか呆れたフレデリカは云う。
「ええと、つまり……インノケンティウス教皇は教皇になってまずやったことが、
・国際的に開催が認められていて他国からも使者が来ていた会議をブッチする。
・法王庁の金をかすめ取って、兵士にコスプレして逃げ出す。
・大荒れの中船を出させて死にかける。
・あちこちの街や国に亡命滞在を拒否される。
・冬のアルプスに突っ込んでいって死にかける。
ってことだよね……」
フレデリカは神妙な顔で周りを見回した。
「ごめんこれちょっと、急に教皇が小物になったとか、行動の統合性がとれてなくてリアリティが無いとか後世に云われない? 我がネガキャンして捏造したとか疑われない?」
「そ、そっすね」
「なにこの教皇……」
「ある意味新しいですな……半死半生って二回も出てきた」
ひとまず、
「その報告書、フランスとかイギリスとかにも送って。いやなんか本当にわけわからないから他の国にも記録しておいて貰おう。トゥールーズ伯もいいよね?」
「は、はあ」
とりあえず教皇の奇行を晒すフレデリカであった。
さすがに彼女も困惑しているようである。
隊長が地図ボードを前にしながら解説に入る。
「しかしリヨンと云うのがポイントだな。教皇は割と良い……俺達にとっては悪い場所を選んだ形だ」
「リヨン……というかアルル王国は神聖ローマ帝国の一部では?」
タッデオから挙手の意見が上がり、隊長は頷く。
「確かにな。しかし位置を考えてみてくれ。神聖ローマ帝国のメインはドイツ。そして力を入れて統治をしていたのは北部イタリアだ。一方アルル王国はアルプス山脈を挟んでフランスの南東にある。そこのトゥールーズ伯の領地のほうが近いだろう」
「ああ……こっちからすると辺境ってことっすね」
「そうだ。実際フレさんもアルル王国は特に問題が無かったからさほどタッチしていない。税務官などを送った程度だな」
つまり、とフレデリカが云う。
「我の影響力低いんだよねー。ついでに、フランスに近いから軍を送ると不可侵協定に引っかかりそうだし、放置してたんだけど」
「そう。そして教皇が居を構えたのが都市リヨンだ。ここは司教区……つまり聖職者が管理する土地に属する。教皇はフランスからも神聖ローマ帝国からも手出しされにくく、かつ自分の味方の街に入ることに成功したと云える」
「なんだろうこの考えなしの逃亡劇からうまい具合に着地された感じ……」
釈然としないとばかりに、フレデリカは唇を尖らせて云う。
計算づくでは無いだろう。右往左往と逃げまわった様子であり、下手をすれば海の藻屑かアルプスの雪像と化していた可能性も高い。
理由も付けずに逃げに走って、教皇が行うような行動ではない。よほどローマ攻めが思い出されて、安全な地帯を探して逃げたのだろう。
「どうも皆さん失礼しますぞ」
云いながら会議場に入ってきたのは、高齢なので今はパレルモの大司教で待機しているベラルドである。
「ベラルド! 馬で来たの?」
「なに、このベラルド中東を走りまくった経験もあり、まだまだそこらの者には負けませんからな。と、それより。新教皇がリヨンに入ったことでお話が」
「なに?」
彼は書状を取り出して注げる。
「リヨンで公会議を開くのでヨーロッパ中の高位聖職者に呼びかけているみたいですぞ」
「公会議……うげー嫌なよかーん! 嫌なよかーん!」
公会議と云うのはイノケンティウス3世が[教皇は太陽、皇帝は月]と宣言したり、グレゴリウスがフレデリカの皇帝位剥奪の為に開始しようとしたように、キリスト教社会において重要な事柄を決定する聖職者の会議である。
フレデリカとの和睦を拒否して逃げたインノケンティウスが開くそれが、彼女にとって有用な会議である可能性はゼロだろう。
そして陸路でしかいけないリヨンでは参加者を全員拉致するのも無理がある。
ベラルドが難しい顔をしながら会議の議題を話す。
「どうも知り合いと連絡を取って話し合ったのですがな、異端認定を公式で行うための会議になるらしいのです。それに十字軍も」
「そうなると、フレさんを異端にしてフランス王にアルビジョア十字軍を出させるつもりかもしれないな」
「或いは。しかもどうやら、異端にされるのはフレデリカさんだけではないようで」
「うん?」
異端とは破門と違い、個人の考え方の違いであるのでトップのフレデリカが異端にされたからと云って部下もすぐ異端になるわけではない。まあ、異端皇帝に従い続ければやがてそうなるが。
破門は遠隔地から複数人に同時に掛けられるが、異端は異端裁判を行うことからもわかる。
言い換えれば破門は人権剥奪刑であり、異端は指名手配だ。もう罪人に近い扱いを受けることになるのだ。
ベラルドは云う。
「どうやら、フレデリカさんと、息子のエンツォさん、マンフレディさんも異端にするようでして」
「……あ?」
フレデリカの声が低くなる。
(キレてるな)
隊長が気まずい顔をしながら察した。
フレデリカは自分が破門されようが異端認定されようが批判の嵐を受けようが気にせずに盛り返すのだが。
現在最年長で、鷹がフェニックスを産んだような優秀な息子のエンツォを非常に大事にしているのだ。
勿論鷹狩りについてきたり自分の周りから離れずに熱心に勉学に励むマンフレディも可愛いに違いない。
何故教皇の攻める先が嫡子であるコンラートでないかと云うのは、推測だがフレデリカの息子ではあるものの真っ向から逆らっているわけではないドイツ王を異端にするのは少し面倒だったからだろう。
エンツォは既に教皇に逆らう一軍の将である上に、以前の公会議参加者拉致の手助けもした。マンフレディは愛人の子でまだ役職に無いために異端への反対が出にくいと思ったのではないか。
そんな息子達にまで異端の波及が来ているとなると。
「上等だ、あのクソ教皇……!」
教皇との和睦はもはや不可能らしいことをフレデリカは悟る。
「都市ヴェローナで神聖ローマ帝国、シチリア王国の長官貴族を集めた[会議]を開催する! 片っ端から集まるように連絡!」
──そうして、平穏は過ぎ去ったのである。
1245年。
イタリア北東部の都市ヴェローナで会議が行われた。
その場には嫡子コンラートも参加し、ドイツ諸侯に特に強く言い聞かせる為の集まりであった。
イタリア南部とシチリア島を合わせたシチリア王国については彼女はさほど心配していない。制定したメルフィ憲章の通り、反乱が一度も起こることもなく平穏な統治で安定していたからだ。
北部イタリアのロンバルディア地方でここぞと問題が起こるのは目に見えていた。真っ向から対立する教皇の側に立って勢いづいたミラノを中心に内乱が起こるだろう。
ならば中々向かえないドイツで自分に反乱を起こさせないようにしなければならない。
彼女は集まった諸侯に告げる。
「再三に渡る和平の申し入れを教皇は拒否し、今まさに我を糾弾しようとしている。この国が荒れているのは他の誰でもない、平和を求めるべき教皇が荒らしているんだ。
教皇至上主義に染まったあいつは我の土地も、諸君が自らの力や、祖先から受け継いだ土地をも自分の物だと主張して取り上げようとしている。
我が望むのは平和だ。税が安くとも運営できる戦時徴税の無い国づくりだ。騎士が民の安全を守り、聖職者が民の平穏を呼ぶ。弱くて貧しくても生きていける。生活の心配なく学問に没頭できる。国内で交流が栄えて文化が芽吹く。そんな国だった。
教皇は『自分の命令に従い国を運営しろ』と云うが、教皇領の住民は飢饉に飢えてローマは疫病が流行り、巻き上げた税金だけで高位聖職者がぶくぶくと肥えているだけの運営に任せられるか?
挙句の果てに守るべき、聖ペテロから受け継いだローマの地から逃げ出したような男にだ。確実だと予想するがあいつに従うと国内はめちゃめちゃになる。
いいか諸君。信仰を捨てろとか兵を出せとかそんな命令をするつもりはない。だがよく考えて欲しい。あんなゲロ以下の匂いがプンプンするような教皇に味方をしたと言う事実は、自分の誇りに傷をつけるということを。
この神聖ローマ皇帝は君らの味方であり、これからもそうでありたいと願う。ドイツでは良い統治は、皆で協力しあわなければならない。だから、頼むぞ皆」
フレデリカは反乱を軍で押さえつけることは滅多にしない。どうしてもしなければならない、最初から敵であったロンバルディア相手にぐらいだ。ドイツの封建領主を叩けば、必ず恐れか反発を生む。
故に言葉を尽くして、協力を頼んだ。
これからの会議で自らが異端と認定されても変わりない関係を願った。
ドイツ諸侯はフレデリカの言葉を受けて、彼女の云う通りに考え、話し合うのであった。
「税率を下げたから収入は減ったけど、農家で飢饉が起こらなくなり、反乱も起きなくなった」
「中東から輸入した最新農業で収穫量は増えた」
「出兵要請も少ないから領内の治安維持に回せている」
「うちの庶子がナポリ大学に通っている。将来は官僚になるんだと」
「……悪い皇帝じゃないよな」
「ああ。こんな人は今まで居なかった」
そうして、諸侯はドイツへ戻っていった。
その中で一人、ドイツ王のコンラートは少し長く滞在したようだ。
「父上。こうなれば会議が始まってからが勝負ですね」
「そうだねコンラート」
「ならば久しぶりに、共に鷹狩りでもしませんか」
「おっ! いいねいいね。じゃあ準備してくるから……ああ、そうだコンラート」
フレデリカは17歳になる息子に背伸びして、彼の頭を撫でた。
とうに背は追い越されて自分が妹のように見える。
「──大きくなったね」
「もう17ですから、大人ですよ」
「うん。じゃあ鷹持ってくる」
フレデリカを見送るコンラートの目が、寂しそうな色を見せた。
そしてその場に残っていた隊長に、頭を下げて云う。
「隊長。お願いします。父を、エンツォを、マンフレディを助けてあげてください……!」
「……」
声は滲んでいた。フレデリカの危機だと云うことは誰の目にも明らかだったのだ。
ドイツ王の下げた頭を、隊長は親愛を込めて兄のようにくしゃくしゃと掻いてやった。
「同じことを、エンツォにもマンフレディにも頼まれた。どちらも、自分はいいから他二人をとな。俺に多くを求めすぎだ。そんなに手は伸ばせない」
フレデリカとハインリヒの二人ですら同時には守れなかったのだ。
隊長は決断して云う。
「俺はフレさんだけは守る。異端だろうが異教だろうが、皇帝ではなくなり魔女になろうが魔王になろうが、俺はあいつの味方をする。それだけは約束しよう」
「……頼みます」
「顔を上げろドイツ王。それに、俺以外にも異端になろうがフレさんの味方をする者は幾らでもいる。兄弟を信じろ」
「はい!」
そうしていると、フレデリカが鷹匠と馬を連れてこちらに手を振りながら駆けてくる音がしてきた。
コンラートは不安を与えないように笑みを作って、フレデリカと共に鷹狩りを行うのであった。
こうしてリヨン公会議が始まるまでほんの少しの間、中々共に居れない親子の交流が行われるのであった。
──コンラートとフレデリカが、共に鷹狩りをして遊べた日々は、これが最後になる。