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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第一章『シチリア王フレデリカと集う仲間』
3/43

2話『チュートリアルなフレさん──1202年』

「現状確認~!」


 1202年、パレルモ。

 ペド姦淫未遂事件の後、とあるよく晴れた日の昼間である。

 ノルマンニ宮殿近くの大きな木の下でフレデリカとグイエルモは青空会議を開いていた。

 相変わらずグイエルモは、司祭服が汚れるのも構わずに草っぱらに寝転がり右手にワイン、左手にモチを持って食べている。とても聖職者には見えない怠惰と暴食っぷりだ。

 それはともかく、腕を組みながら無駄に偉そうにしているフレデリカは議題を続ける。


「とりあえずこの前はフレデリカちゃんの可愛さアピール技で事なきを得ましたが我ことシチリア王には力が足りません! なので一旦現状を確認したいと思います!」

「いいことですよフレデリカさん。この序盤のヘルプおじさんである拙僧が教えてあげましょう」

「序盤のヘルプおじさんなんだ……」


 彼はのそのそと起き上がると釘が打ち込まれた木に板をぶら下げて黒板のようにした。それに黒鉛で作ったチョークで試し書きをして、解説をする。


「ではまずフレデリカさんの財力から行きましょう」

「うん!」

「フレデリカさんは現在、金塊にして318キログラムもの……」

「おおっ」

「借金があります」

「なんで!?」


 フレデリカは身を乗り出してグイエルモの襟元を掴みがくがくと揺らした。

 身長差があるためにグイエルモも腰をかがめてフレデリカにされるがままにしつつモチを食う。


「いきなり借金しかも太いのあるんだけどどういうことだよっ!? 身に覚えはない……いや、ツケで本を買ったりしたけどそんなには無いはず!」

「いやーこれは教皇とフレデリカさんの母上様が交わした後見料でして。母上様は亡くなられてシチリア王の権利を引き継いだフレデリカさんがついでに借金も引き継いだと」

「後見って具体的に放置されてるんですけど!?」


 グイエルモは襟を正してモチを食いながら解説を続けた。


「法王庁って十字軍なんかに金を使うから幾らあっても足りないので、取れるものは取っておこうと」

「最悪だあ……」

「まあ、この借金は成人するまで待ってくれるそうなので、それまでに払う算段か減額交渉か踏み倒す決意を固めて置いてください」

「うううう」

  

 項垂れたフレデリカは、ぱっと顔を上げて確認した。


「シ、シチリア王としての税収とかは?」

「大体ほとんどが内乱状態なのでまともに国まで上がってきません。舐められてますね。少しばかりあるのも生活に必要な分以外は法王庁に吸い上げられてますので」

「ふぁっく!」

「こらこら」


 中指をおっ立て始めたフレデリカを宥める。

 そして板に書かれた[財力]の隣に[0]と書き加えた。


「あーいけないんだー聖職者がアラビア数字なんか使って。フィボナッチ先生が持ち込んだら教会が悪魔の数字だって大ブーイングしたやつ」

「フレデリカさんの影響ですよ。それにゼロとか便利ですので」


 続けてその下に[兵力]と書く。


「次に兵員ですが」

「うん」

「居ません」

「若干予想はしてた!」


 地面に崩れ落ちつつフレデリカは頭を抱えた。蟻の群れがせっせと獲物の大きな芋虫を協力して運んでいた。蟻でさえ部下がいるのに、フレデリカには誰も居ない。

 新たなモチを袖から取り出しながらグイエルモは云う。


「城の守備兵もあれ法王庁で雇ってる人なので厳密にはシチリア王の部下じゃないんですよ」

「くそーっ……いざとなったらグイエルモを盾にして」

「その時はダッシュで逃げます」

「薄情な!」

「まあ、拙僧は部下ではないですけど味方にはなりますよ。逃げる時は小脇に抱えますので」

「……ありがとうと言っていいのやら」


 板の兵員の隣にも0をつけながら教皇から派遣されている司祭は云う。


「部下が居ないのは悪いことばかりではありません。三つぐらいメリットを教えましょうか」

「ふむふむ」

「まず、フレデリカさんをだまくらかして出世を企む奸臣が居ないこと。そういう輩は自分に都合の良いことばかり教えてきて為になりませんし不自由を強いてきます」

「その点ではグイエルモは正反対だからありがたいねー」

「どうも。次に部下を持っていたとしてもそれに払う賃金をフレデリカさんは持っていないので払わなくていいこと」

「確かに。現状では使うも使えない部下に給金を払ってもねえ。グイエルモや守備兵は法王庁が払ってくれてるからいいけど」


 ただでさえ借金のある身なんだし、とフレデリカは溜め息を付く。そんな彼女にちぎったモチを分け与えつつ最後の一つを挙げた。


「三つ目は、周囲に対する警戒心を下げつつ、襲われないこと。この前にええと……なんて言ったかな。まあいいや。ペド野郎を撃退した時もそうですが下手に兵員がいると襲いに来る相手は本気になり、逆にこっちに抵抗能力がなければああして迎え入れる形しか取れません。奸臣の例で言えば、悪い部下に騙されてる陛下を救うため──と介入の口実を与えるんですね」

「なぁるほど」


 フレデリカは頷き、とりあえずは現状では兵を持たないメリットもあると理解した。

 

「でも将来的には持たないとねー誰かただで兵をくれないかな?」

「ただ働きの兵ほど役に立たない者は居ませんよ。部下ができたらちゃんと払ってやりなさい。モチとか」

「モチが給料はちょっと」


 渡されたモチを口に入れながらフレデリカはモゴモゴと受け答えする。

 板にグイエルモは続けて書き込む。簡易的なヨーロッパの図も隣にざっと描いた。


「次は[権力]ですね。これはなかなかのものを持っています。まずこのシチリア島と南イタリアを含むシチリア王国の女王。これは教皇が認めたものなので自分で辞めると宣言しない限りフレデリカさんが王のままです」

「なかなか広いなあ。我、パレルモに来てから出たこと無いけど」

「更に父上からの血筋は名門でドイツ王の大本命な一族でもあります。イタリア中央から上は教皇領と、ドイツと仲の悪いロンバルディア同盟が居ますがそれを挟んでイタリアのつま先からドイツ全土の王になれる可能性を所有しているということですね」

「マジかよ我ヨーロッパの覇者じゃん……ってあれ? 父親のハインリヒはドイツ王じゃなくて神聖ローマ皇帝じゃなかったっけ?」


 グイエルモは鉛チョークをフレデリカに向けて頷く。


「いいところに気が付きましたね。そう、ハインリヒ王はドイツ王で神聖ローマ皇帝でしたが……実は世襲制じゃないんです!」

「な、なんだってー!?」

「世襲である、ということは多いのですが形式としてはドイツ諸侯から過半数の推薦を受けて初めて認可されることになります。同じく、キリスト教最高権力の片割れである教皇を決めるにはコンクラーヴェで枢機卿の投票が必要なのと似ていますね」


 周知のことだが、当時のキリスト教では最高権力者を二人、即ち教皇と皇帝と云う形で持っていた。聖務を行う聖界の王が教皇で、軍や統治などの俗事を行う俗界の王が皇帝という事になっている。

 一件並んでいるようだが実質は神の代理人として選ばれた教皇が、戴冠の儀式なども執り行う為に上の立場にある。

 これは欧州最強のラスボス教皇であるイノケンティウスが宣言したことでより明確に位置づけられた。

 宣言の内容はこうある。


『創造主たる神が昼に大きな光、夜に小さな光を与えたように。

 神は教会にも2つの権威を与えた。教皇の権威と皇帝の権威である。

 月がその光を太陽より受け、量も質も大きさも効果も劣るように、王は教皇に輝きを負っている』


 即ち、教皇が太陽で皇帝は月──あくまで教皇の光がなければ輝けぬ存在だと明言したのである。

 まさにラスボスめいた言葉である。彼の超常たる雰囲気も相まって、誰からも異を唱えられなかった。

 一度受け入れさえすればこのはっきりとした上下関係は長年続き、また法王庁の増長も招いていくことになる。

 ともあれ、その教皇が輝きを与える皇帝は世襲でなく、ドイツ諸侯から選ばれた存在が教皇に認められ戴冠することで初めて神聖ローマ皇帝になるのである。


「つまりはフレデリカさんが神聖ローマ皇帝になるにはひとまずドイツ王になり、諸侯が納得する能力を見せつけるか、他にやる奴がいねえよ仕方ないから選ぶか……って状況にするしかありません」

「後者が最悪なんだけど!?」

「現在を説明するとドイツ王で貴女の叔父のフィーリプ王が神聖ローマ皇帝ですが、法王庁が支持しているオットー4世と絶賛内戦中です。十字軍も呼びかけてる時期なのに悠長ですね」

「ええと、教皇が支持をしてるってことはオットー4世のほうが皇帝に相応しいの?」

「いえ、フィーリプ王は兄が死んだ瞬間金をばら撒いて人気取りしただけのゲスでオットー4世はまあ……蛮族? ドイツ王として争ってるのにドイツ語喋れないんじゃなかったっけ? 正直どっちも不人気な底辺争いです」

「酷い争いだ!」


 あくまでグイエルモの印象である。

 オットーの方は幼少時にイングランドで過ごしたおかげで英語は喋れるのだが、ドイツの人気は教皇の後押しがなければ地元のザクセン地方以外は今ひとつだ。

 なぜそんな男を後押ししているかと云うと、


「フィーリプ王はフレデリカさんと親しい血筋ですからね。神聖ローマ皇帝として平定した後上手いこと取り込めばシチリア王にもなりかねません」

「またペド野郎か」


 フレデリカは肩を大きく竦めた。

 この教皇の思惑には、シチリアと神聖ローマを別の国にしておきたいという法王庁の画策がある。何せ、両方の王となればすっかり教皇領は挟まれて孤立してしまうのだ。そのためなら別の血筋の男を推して援助するのも当たり前であった。


「一方でオットーは戦上手でもアホですから手綱さえ掴んどけばまあ……いややっぱり無理だと思うけどなあ」

「ふーん」

「というわけでオットーが見放されたらフレデリカさんに教皇が乗り換えることは大いに考えられるのです」


 フレデリカはにたにたと蛙で遊ぶ子供のような嗜虐的な笑みを浮かべて云う。


「くふふ、我の真の力が開放されたときは誰も彼も跪くのだー!」

「現状は借金のある痴漢冤罪のみが武器の少女王ですが」

「そのうち! そのうち強くなるの!」


 さて、とグイエルモは書く部分が一杯になった板をひっくり返した。


「そして最後の力。それは心……!」

「抽象的すぎる!」

「冗談です。フレデリカさん自身が戦えるかどうかが重要ですよ」

「王って後ろで指揮するんじゃないの?」


 フレデリカの疑問にモチを咥えながら応える。


「それでも構いませんと言うか死にたくなければそうするべきですが、いざ自分の目の前に敵が来た時。少数で移動していたら奇襲を受けた時。部下が突然斬りかかってきた時。そんな場合に備えて戦えなければいけません。大体、ひょろいモヤシと屈強な男のどっちに従いたいかという問題でもあります」

「ははあ……ま、確かに。女王だと舐められることは多いからむしろ勇ましくないとね」

「イングランドのリチャード王までとは言いませんから」

「リチャード王?」


 疑問の声に再び板書を始める。


「フレデリカさんの祖父、フリードリヒ1世も参加した第三回十字軍の英雄です。自称か通称か渾名は[獅子心王ライオンハート]……! 持ってる武器は自称[エクスカリバー]。十字軍では最前線に立って、カリスマとなサラディンと謀略家なアル・アーディルのチート気味な君主スルタン兄弟相手に連戦連勝。奇襲を受けたのに相手に十倍の被害を与えて追い返すことも。個人武勇も馬上槍試合では負け知らず。キプロス島に囚われた王妃を助けたりするイベントも豊富。おまけに美形でBL展開もあります」

「何その勇者サマ」

「逆に恥ずかしくなりますよね、なんか」


 列挙される特徴にげんなりするフレデリカ。ほんの二十年前ぐらいの人物なのだが、どう見てもお伽話の登場人物である。

 なお彼の逸話を詳しく語ると更に倍以上に盛ってるような内容になるので省略している。

 すると彼は大樹の裏に予め置いていた木箱を引っ張り、フレデリカの前に出す。

 それには剣、槍、弓矢が入っている。


「少なくとも自衛できる程度には訓練しましょう。後は常に強い騎士を側に置くとか。人間には限界がありますからね」

「肝に銘じておくよ」

「今のフレデリカさんに合ってる武器はこの軽い小剣でしょうか。使い方も簡単な方ですし」


 ひょいとグイエルモが拾い上げるのは細身の剣である。重さも、フレデリカが普段読む本程度しか無いからそう使えない物でもないだろうという判断である。

 

「使い方って?」


 フレデリカの質問に、グイエルモは軽く剣を操って見せる。


「単純に分類すれば、突くと払う。この二動作だけで十分です」


 ひゅん、と風切り音を出して振る。フレデリカは首を傾げた。


「そうなの?」

「まあ究極に単純にすれば。試しにやってみましょう。おーい」


 グイエルモが呼ぶと遠くに控えていた守備兵の一人が駆け寄ってきた。


「ちょっと見せるから剣を構えてください」

「はっ」


 兵士は腰に帯びていた剣を抜く。ロングソードで、より幅広く分厚い印象を覚える。

 グイエルモは体を斜めに相手へ向けて、右手で持った剣を構える。


「いいですか。───突く」

「──!?」


 宣言した一瞬でグイエルモの体は相手兵士へ踏み込み、その首筋に剣の切っ先を触れさせていた。


「このように最短必殺の距離を最速で突けば勝てます」

「払うってのは?」

「防御手段ですね。打ち込んできてください」


 グイエルモがまた離れて、兵士に命令をすると青い顔をした男はややゆっくりと剣を振りかぶって躊躇い気味にグイエルモへ振った。


「払う」


 云うと軽く小剣の切っ先が、叩くというより押すぐらいの強さでロングソードの刀身に触れて軌道を逸らす。

 半身を引いているグイエルモは更に踏み込んで体の位置を変えて完全に相手の剣から身を躱していた。

 避けると同時に──やはり刃を潰してはいるが、グイエルモの剣が兵士の脇腹に触れている。


「とまあこう云う風にします。応用を効かせれば何でも対応可。もう行っていいですよ」

「は、はっ……」

 

 兵士は足がもつれたように去っていく。

 フレデリカは拍手しながら目を丸くして、


「グイエルモって司祭なのに剣も使えるんだねー! 強いの!?」

「実戦じゃあおしっこ漏らしますけどね。モチうめえ」

「何だこいつ!?」


 再びモチを食いだした司祭は先ほどの剣術使いにはとても見えない。

 

「ほら……序盤だから基本的なことは教えられたらいいかなって一応勉強したんですよ」

「序盤云うな」

「フレデリカさん、貴女はまだ人生の序盤にいるのです。今を学びなさい……!」

「それっぽいことで誤魔化そうとしてない?」


 とりあえずフレデリカは剣を受け取る。七歳にして初めて握った剣に思わずふらつきかけるが、確りと構えた。

 腕全体で勢いを付けて振り回してみる。


「えい! おう!」

「いいですねーフレデリカさん」

「本当っ!? どのあたりが?」

「いや、特に素質が無さそうだったんでせめて褒めて伸ばそうかと」

「最後まで褒め殺せよ!」


 顔を真赤にして叫んだ。七歳児なのだからいきなり使いこなせるわけ無いだろうという怒りも篭っている。

 それでも剣の遠心力に振り回されながら素振りをして慣れようとするフレデリカであった。

 続けてグイエルモが短槍を取り出した。


「では少し重いですがこっちの槍も触れてみましょう。馬上などでは基本的に槍です」

「槍かーどうやって使うの?」


 フレデリカの質問に再びグイエルモは大きく槍を横薙ぎに振って、そして石突あたりまで長く持って前方に突き出してポーズを決めた。


「単純です。───突くと払うだけ」

「同じ! 同じじゃん剣とっ!?」

「我が神槍は二の打ち要らず、七孔噴血し──果てよ」

「変な武術に目覚めるな!」


 殺し屋みたいな目付きになっているグイエルモに怒鳴るのであった。

 彼はまたモチを食ってそうな顔つきに戻ってのほほんと云う。


「槍は適当に持って突くか叩くかしてればいいですんで、馬に乗って落ちないようにするのを重視してください」

「わかったよ。2マス先まで攻撃できて反撃されにくいんだろ」

「よろしい」


 そしてグイエルモは短弓を取り出す。


「これは弓矢です」

「見ればわかるけど」

「あんまり拙僧は得意じゃないんですよねー使いながらモチが食えないから」

「両手武器全否定!?」

「というわけでオススメはむしろこっちのクロスボウ。弩ですね。片手で使えるので騎乗時でも射撃できますし、威力は全身鎧だろうと打ち抜きます。射程も長い」

「うっ……重たい……ま、まあ色々頑張ろう!」


 フレデリカはクロスボウと弓矢も受け取って、樹をめがけて射撃の練習をした。

 感覚で弓を引いて矢を飛ばす。子供向けに弦をゆるくしてあることもあってなかなか飛ばないが、それでも諦めずに訓練を繰り返す。クロスボウも射撃してはふうふうと息を切らせて弦を巻き上げ、慎重に狙って感覚を養っているようだ。

 日が落ちるまで剣槍を振り回し、弓矢を振り絞って手の皮がぼろぼろになるまで頑張るフレデリカをじっとグイエルモは見守っていた。

 やがて……手が痛くなり訓練を終えると、


「フレデリカさん。そろそろ帰りますよ」

「……手が痛い。本読めるかなあ」

「軟膏油を塗ってあげます」

「……ありがと」


 皮がずる剥けた手に油を塗り、包帯でぐるぐるに撒いて──また夜にはフレデリカは読書を眠るまで、時には夜が明けてもしている。

 そんな生活をこれから何年も続けて、体力と知識を蓄えるフレデリカ少女である。

 王になり、王として生きる為に。自分が自分である為に。遊び、学び、訓練を──今しか行えないことを、彼女は精一杯行うのであった。


 そんな少女期のフレデリカの暮らしを教皇に報告したグイエルモの書状には、大まかにこう残っている。



『剣、槍、弓。どれも使えるようにと毎日続けています。きっとそれなりにはものになるでしょう。

 馬術も大したもので自在に操るので遊びに出かける範囲が広がってます。守備兵の誰よりも上手ですよ。

 読書は特に好きなようで本と見れば何でも読み始め、落ち着きのない普段が嘘のように集中しています。

 子供らしくもありますが大人びた考えも持っていて、誰からもと言うわけじゃないですが人に好かれる様子です。

 フレデリカさんは、元気です』


 



 ******




「ほぉぉぉう……」


 1204年、ローマ。

 教皇イノケンティウスはシチリアから届いた報告書を読んで、極悪そう──いや、極善そうな顔で満足そうな吐息をした。

 なかなか手を向けることのできないフレデリカが元気に育っていることが喜ばしいのだろう。

 側近の助祭らがほっと胸を撫で下ろす。張り詰めた様子で聖務を行なっているイノケンティウスが、フレデリカの報告を見るときだけは少しだけ、ほんの少しだけ緩んで見えるのである。

 機嫌が良いと言ってもいいかもしれない。

 そんな時の執務室にノックの 音が控えめに響いた。


「入れ……」


 厳かなゴッドボイスでイノケンティウスが指示をすると、第四回十字軍へ向かっていた助祭が報告に戻ってきたようだ。

 彼もどうやら教皇が優しそうな雰囲気を出している事にホッとしながら、


「報告をします!」

「うむ」

「第四回十字軍は、コンスタンティノープルを陥落させて……その、ビザンツ帝国を攻撃したようです」

「……聞きィィ間違いかァ?」


 執務室の空気がゴルゴダの丘めいて固まった。

 ごうと密室なのに風が起こった気がした。教皇の背後に蠢く聖霊の圧力が渦を巻き出している。


「ギリシャ正教ではあるが『キリスト教国』の……『ビザンツ帝国』を攻めたと言ったのだな……!? エルサレムを解放せんと進めた十字軍が……あのスルタン、アル・アーディルの奸計に乗りおった、な……!」


 現在のエルサレムなどシリア地方からメソポタミア、そしてエジプト方面まで支配しているイスラム王朝アイユーブ朝の君主スルタンアル・アーディルの笑い声が聞こえてくるようであった。

 彼はかのイスラム史に名高い大英雄サラディンの弟にして、彼の死後に起こった後継者争いにて頭角を現した策謀家でもある。


「その……十字軍はコンスタンティノープルを攻略後、略奪して満足して帰ったようで」


 恐る恐ると助祭が云うと、奇妙な音が教皇から聞こえた。呼気の音だ。


「コオオォォォ──……ッッ!」


 助祭らが恐れ慄く。


「この呼吸法は!」

「ヤバイ、来るぞ!」


 教皇の周りの聖霊が火花を出してばりばりと音を立て始めた。

 全身が光って見える。ジーザスエフェクトを纏った教皇は溜めた呼吸と共にその聖なる能力を発揮する!


「破門ッッ執行ォォォッ!!」

「ぐわあああ!」


 報告に来た助祭は吹き飛び壁に叩きつけられ、全身を雷で撃たれたように動かなくなった。

 秘書の助祭らは拳を握りしめて怯えを晴らすために叫ぶ。


「出た! 教皇の直接流し込む『破門』ッ!」

「教皇は太陽、皇帝は月と宣言した通り、破門とは太陽のエネルギーを使った聖務ッ!」

「イノケンティウス3世の破門パワーは通常の教皇のかるく3倍で一度に一万人以上をブチのめすぜッ!」


 第四回十字軍完ッ!

 こうして同じキリスト教圏を攻撃し、略奪に破壊の限りを尽くした悪名高い第四回十字軍は最強のラスボス教皇の怒りを買って、参加した者全員に破門が言い渡される事になったのである。

 関係者は言う。



「それから暫くの教皇はもう筆舌にし難い雰囲気ですよ。フレデリカちゃんからプレゼントでも届いて和まないかな、そんな事ばかり私達考えてましたもん……」

 



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