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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第四章『破門皇帝フレデリカと教皇の戦い』
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28話『教皇VSフレさん──1239年』



 1239年。

 フレデリカ敗北する!

 このニュースは、うっかり彼女が傭兵を募って多国籍軍になっていたのでヨーロッパ中に響き渡った。

 

「我の超最強チート逆らうだけ無駄系君主イメージがあああ!!」

「まあ、露骨に負けたのは初めてだからな」


 イメージ戦略での勝利を目指していたフレデリカからすると黒星は痛い。

 殆ど得ることの無かった攻城戦で敗北だけ貰ったという屈辱であった。

 それに対して各方面の反応は別れた。


 ドイツ、イングランド、フランスなどの戦争慣れしてる諸侯らは、


「ああ、うん。城塞都市攻めるのマジ大変だもんね……」

「俺らも自分達の城壁強化しながら、これどうやって攻略するんだろうとか思ってるぐらいだし……」


 と、苦戦経験は皆知っているので同情的な反応をした。

 おかげでそこまで人気は落ちないし、初陣で敗戦になったコンラートにも批判は集まらなかった。

 続けて教皇サイドである。


「皇帝ざまあみろぐふははははは!!」


 凄い元気になった。

 今までしょぼくれていたのだが急にハッスルし出して、


「勝てませんでした教皇助けてくださいって泣きつけば話だけは聞いてやろう! やらないなら破門!」


 などと勢いを取り戻したのである。

 それを言い渡し、フレデリカ跪かせ要員として送り込んできた新たな刺客が居た。


「くくく、私はアッシジの聖フランシス様が立ち上げたフランシスコ会の二代目総長エリオ! 教皇の命を受けてやって来ました」

「そーなんだ。よろしくねエリオ!」

「貴女こそ我が皇帝だ……!」

「なんか知らないけど凄い勢いでこっちに寝返った!?」


 教皇から送られた刺客はフレデリカに即チョロる法則がここでも発動した。何故かは不明で後世でもはっきりとした結論は出ていないのだが、教皇から送られてきたエリオは即座にフレデリカの信奉者になったのである。

 彼に後継を託した聖フランシスも生きてれば「えー」って思うぐらいだろう。

 まあ教皇のことはフレデリカも軽く無視しつつ、問題なのは北部イタリアの自治都市である。

 フレデリカに降伏した元ロンバルディア同盟側の都市が今回の戦争で気付いてしまったのだ。


「城壁にこもってれば皇帝も手が出せない」


 と云う事に。

 

「こりゃヤバイ! と云うわけでエッツェリーノ!」


 呼びかけに現れたのは、巨大なフォークを持った酷薄な笑みを浮かべた糸目の男であった。


「いいですねいいですね。反逆の芽は詰むだけではいけません。根掘り葉掘り統治しましょう」

 

 フレデリカ配下の武将エッツェリーノ・ディ・ロマーノ。好きなものは皇帝で嫌いなものは教皇にミラノと云う皇帝原理主義者で、彼の残虐な統治は北東の自治都市を恐怖のどん底に陥れつつも都市の生産や治安を正しく行わせている。

 やることは恐ろしいけれど有能と云うタイプの人間であった。


「エンツォを連れて元ロンバルディア同盟の都市の視察に回ってくれ。反乱が起きないようにね。エンツォを連れて行く意味、わかるね」

「任せて下さい。エンツォ様こそ北部イタリアの統治には相応しい。エンツォ様、この不肖エッツェリーノが素敵なやり方からまともなやり方まで、統治の方法を伝授して差し上げます」

「よろしくお願いします、エッツェリーノさん」

「ああ! 嫌ですねエッツェリーノ[さん]だなんて。私など呼び捨てでいいのですよ蔑むように! でも心優しいエンツォ様が気になさるというのならエっちゃんとお呼びしてくだされば。でも苗字のロマーノはやめてくださいね私ローマが嫌いなので」

 

 エンツォに恭しく跪きながら早口でまくし立てつつ、楽しそうなエッツェリーノを見ながら隊長は気味悪げに呻く。


「何故かフレさんとその家族にはデレるんだよな、このサディスティックサタニスト略してSS」

「皇帝こそ正義! ミラノの連中は皆土に埋めるべきです! ライオンに食われるべきです! 教皇は悪魔の生贄にしましょう! ああ、知ってます隊長。地獄の長官にして金庫番の魔王ルキフグ。召喚すれば世界中の富を集められるそうですが、対価は強引に押し切れば月額銀貨一枚で納得してくれるんですよ。富を集められるのに! なんと押しに弱い!」

「わかった。わかったから早く行け。エンツォ、こいつの良いところだけ学べよ」

「はい。皇帝陛下のご期待に応えるようにします」


 悪魔的な内容を唱えているエッツェリーノを外に押しつつ、二人を見送った。

 狂信的にフレデリカとその一族を信奉している彼ならばエンツォを任せても危害は加えない筈である。


「エッツェリーノの恐怖路線と、エンツォの癒やし路線が上手いこと噛み合ってくれればなー」

「そういえばそろそろサヴォイア伯の娘とエンツォの婚姻の時期だな」

「うん。だから北西イタリアはエンツォが、北東はエッツェリーノが……って感じでとりあえず分けて管理してもらおう」


 こうして、裏切ろうとすると恐ろしいエッツェリーノと、無闇矢鱈に従いたくなるエンツォをあちこちに視察へ向かわせることで、ひとまずすぐに自治都市が裏切り城門を閉ざすことは無かったのである。

 そしてエンツォも本格的な現場での統治をエッツェリーノから学び渇いた砂のように吸収して行く。天は二物を与えずと云うが、美貌だけでステータス極振りした領域にあるのに戦闘の指揮や個人武勇、学問に政治と非凡ではなく、おまけに詩の才能は当時のイタリアでも有数なものであった。中東に旅をして軍にずっとついていても病気の一つもせず、何より性格が素直で精神的に強い。


「我が子ながら性能が高すぎるだろ……」

「そうだな」


 まずまずの報告を受けているフレデリカに、チュートン騎士団の伝令が飛び込んできた。


「フレデリカ様! 団長が、ヘルマン団長がローマから戻ってきている途中で病に倒れました!」

「なに!? ヘルマンが……!?」


 フレデリカは慌てて立ち上がる。

 功績からヨーロッパの騎士団でもこの時期、最高位な扱いを受けているのがドイツのチュートン騎士団であり、その団長のヘルマンは教皇すら無碍にはできず、ローマでも大人気の男であった。

 それ故に教皇との交渉役を行っており、胃の痛い思いをさせていたのだが……。

 古参でありフレデリカ陣営のベラルドと並んでNo.2な彼の危篤の報告に、すぐに向かおうかと思ったものの、


(ううっ、我が北イタリアからこの時期居なくなるわけには……)


 そうすれば安定を見せていた自治都市は再び寝返りの動きを見せないとも限らない。

 フレデリカが動くと云うのは、シチリアと神聖ローマ帝国の内閣府が直接動くのと同じ意味合いもあり、秘書や書記官、官僚を引き連れてヘルマンを迎えに行くなどできはしないのだ。

 隊長が、


「俺が行こう。ヘルマンをサレルノの病院にひとまず運ぶ」

「隊長! ……お願い!」


 やや悩みつつも、フレデリカは側近の騎士である隊長にヘルマンのことを任せた。

 サレルノはナポリ近くにある都市で、ナポリ大学と姉妹校と云うか分校的な医学校もあり、中東から伝わる医術をヨーロッパ最先端で伝えている街である。

 フレデリカの陣営に居るチュートン騎士団の他の面々にも伝えてひとまず隊長が単騎でヘルマンの元へ向かった。


 ヘルマンが仮宿として寝込んでいる部屋に踏み入ると、彼は弱々しく顔を上げて隊長を見る。


「隊長でござるかー……何故ここに?」

「お前をサレルノに連れて行く。馬に乗れるか? 無理なら無理と云え。応えないなら載せていく」

「……」


 頷くヘルマンを背中に抱えて、隊長は焦燥にも似た感情を浮かべながら馬を病院に走らせた。

 ヘルマンと出会った時はお互いに剣の試合で戦ったことを思い出す。

 チュートン騎士団の団長であるヘルマンは腕は確かで騎士団の誰よりも強かった。一日中馬を走らせても平気な強靭さと、強い精神力を持っていた。そうでなければ教皇との交渉などまともに出来はしない。

 皆に尊敬されるように、強く逞しい騎士だったのである。

 それが、


(こいつは……こんなに軽くなってしまったのだな)


 力なく背中に抱えているヘルマンはもう老人のようであった。

 それが無性に悲しいが、涙は出なかった。騎士は涙を流さないと決めたからだ。


 サレルノに辿り着くと、予め寄越していたチュートン騎士団の面々が病院の入院準備を終わらせていた。

 フレデリカからの勅命で最高の医療チームが作られて万全の体制が整えられている。

 病床に付き、医者から出されるひとまず滋養のある粥を一口すすると、ヘルマンは咳き込む。


「ヘルマン!」

「大丈夫、大丈夫でござる……それより、拙者が休んでいる間の……外交官を……ああ、そうだ、ハンガリーとポーランドにモンゴル軍が攻めて来るでござるから……そちらの救援に送る軍の指揮官も決めなくては……」

「そんなことを心配するな。療養に集中しろ! 彼女もそう云ってるぞ!」


 隊長の言葉に、ヘルマンは彼に強い眼差しを向けて、苦しげに云う。


「お主は何をしているでござるか……隊長、お主は医者でもチュートン騎士団でもござらぬ! 皇帝の騎士でござろう! ここに居て拙者の病態を眺めている暇にあのお方に危険が来たらどうするつもりでござるか!」


 そこまで叫んで、またひどく咳き込んだ。

 隊長は彼に伸ばしかけた手を、引っ込めた。

 騎士であるヘルマンが、騎士である自分に告げているのだ。

 主君を守れと。

 

「──わかった。くれぐれも安静にしてくれ」


 隊長は振り向いて、病室から歩み去る。

 入り口で立ち止まって、背中を向けたまま告げる。


「ヘルマン──あんたと出会えたことは俺の誇りだ。ドイツ最高の騎士よ、俺は最後までフレさんの側にいよう」

「ありがとう。安心した……ただ唯一フレデリカ皇帝の為だけの騎士よ。後は、任せたぞ──……」


 掠れるように隊長の名を呼んだヘルマンは確かに笑った気がしたが、確認はしないで彼は病院を立ち去っていった。

 それから──。

 療養していても、ヘルマンの体を病は蝕んでいった。

 数ヶ月と持たずに、彼は終わりの時を迎える。


「そうだった……彼女に、伝えてないことが……」


 二十年以上もフレデリカの為に東奔西走し、忙しい日々だった。

 しかし仲間と駆け抜け、聖地を痛快に取り戻し、国を富ます楽しき日々だった。

 後悔は僅かにも無い。だが、云えなかった言葉があった。


「それを告げるのも……彼に任せておくか」


 共に居た仲間ながら、目立つことはあまりせずに助言と説明が趣味のようであった男。

 ただし、もっともフレデリカと共に居た彼女の理解者。

 隊長がフレデリカに告げてくれることを祈って、静かに目を閉じた。


「皇帝陛下……」


 ──それがヘルマンの最期の言葉であった。 

 彼の葬儀には同じくフレデリカの側近だった大司教ベラルドが立ち会った。

 



 ******




 ヘルマン、サレルノの地で病没する。

 その報告を聞いたフレデリカは机に拳を叩きつけて俯いた。


「ヘルマン……! ヘルマンが……! くそう……!」


 あの陽気な苦労人の騎士であるヘルマンが亡くなった。

 それはフレデリカにとっても大きいショックである。

 教皇との交渉を一手に引き受けて、恐らく彼が居なければ決定的な対立はとうの昔に起こっていただろうし、フレデリカへのアンチクライストや異端のレッテルを貼られるのを必死に食い止めていてくれていた。

 非常に有能な人材を喪ったというだけではなく。

 あの困ったように笑いながら、信仰や教義よりも皇帝を優先しつつ、両方立てるような道を模索してくれていた心優しい男が。

 大事な友人が居なくなったのが寂しいのである。


「ヘルマン……自分を削って、削って……とうとう削りきって……ごめん、我の為に……」

「フレさん」


 隊長が静かに語りかける。

  

「ヘルマンは一度もフレさんのやることをやめろとも諦めろとも言わなかっただろ。それはあいつが進みたかった道を、フレさんが示していてくれたからだ。だから、あいつは幸せだったんだと思う。……死んだ誰かがどう思っていたかはわからないが、そう感じた」

「……ああ」


 フレデリカは顔を押さえていた手を開けて、強く握った。

 共に進めなくなった者の為にも、共に進んできた道は正しいのだと。

 そう示そうと彼女は決めた。だから振り向かない。


「よし、ヘルマン……君が居なくてもしっかりやるから! 我は教皇なんかに負けたりしないから!」

「その意気だ、フレさん」


 隊長は頷きながら、持っていた書状を渡して。


「で、間に立って宥めるヘルマンが病気なのを見計らって教皇が早速フレさんを破門にしたぞ。これ破門状」

「あんのクソ教皇ー!!」




 *******




 ──こうして、1239年3月。

 フレデリカは同じ教皇から三度目の破門を受けることになったのであった。


 ローマの教会を始めとしてイタリア中の教会の壁に張り巡らされることになるフレデリカへの破門状にはつらつらと彼女の悪行について記されていた。

 まあ概ね、教皇への服従姿勢が悪いことを中心としてねちねちと理由を付けて来る。

 第六回十字軍──と、認めないはずだったのだが──において延期を繰り返した挙句に疫病を流行らせ、更にはイスラム教徒と手を結んだこと。

 エルサレム総主教を蔑ろにして勝手に戴冠したこと。

 国内のキリスト教徒である北部イタリアでの戦争に於いて、イスラム教徒サラセン弓兵を使って守るべきキリスト教徒を攻撃させたこと。

 そしてフレデリカのいつもの発言があまりにカトリックの皇帝に相応しくないこと。例えばこんなことを喋っていたのを聞かれていた。


「大工の息子ニンジャ説! それなら水の上を歩いたりしたのも説明つかないかな!? 十字架は多分十字スリケンだよ!」

「成程。確かに弟子の書いたローマ書の中にも[艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず]とニンジャめいたチャントが残されているな」

「ひょっとして異教の顔出しNGなあの人も、忍者だから顔を描けないんじゃ」

「それ以上いけないフレさん」


 などとヤバめな発言を取り上げられたりした。

 これは普通にフレデリカが空気読めてない。 

 

「どうだァーッ! 儂の破門はァーッ!!」

 

 三度目のヨブの破滅。イエスの顔も三度まで。この教皇の破門攻撃は揺るぎそうなフレデリカ陣営に効いたのであろうか。

 ヘルマンが死んだばかりでイラッとしていたフレデリカの反応は、


「は、もん? 破門執行だとォーッ!!」


 ギャバアっと破門状を破り捨てつつ、逆に攻勢に出ることにしたのである。


「我は皇帝フレデリカ、趣味は"論破"だよ! はい皆、我の弾劾論破した文書をコピって貼り付けるよ!」


 以前と同じように破門状に真っ向から反論した文章を作ったのである。

 おまけにそれを教皇に送りつけただけではなく、イタリア中に破門状が貼られた教会の扉の、向かい側にある建物に貼り付けるように指示を出した。

 一般民衆でもフレデリカの反論が目につくように、ラテン語ではなく平易なイタリア語を使って。

 そして周辺国の王侯だけではなく、


「教皇のやってること滅茶苦茶なんだけどお前らちゃんと選べよ!」


 と、ばかりに教皇を選出する枢機卿達にも送りまくった。

 ローマ教会側も一枚岩ではない。グレゴリウスの、教会の利よりもフレデリカへの怨念めいた対抗意識を燃やしている状況に賛同していない者も居るのだ。

 

「グレゴリウスは暴走している」


 そう思ったのは枢機卿側だけではなく、特にローマから遠い地の大司教などは彼を宥めるような声を掛けるのだが、それが余計にグレゴリウスを腹立たせた。

 

「皇帝の国内で反乱を起こさせてやるわー!!」


 もはや後に引けぬとばかりに、反皇帝の演説で煽動する修道僧をシチリアに大量に送り込む策に教皇は出る。

 それを見逃すフレデリカではない。


「教皇が派遣した修道僧は片っ端からとっ捕まえてエルサレムに放り込んでこい!」


 エルサレム王であるフレデリカ得意のエルサレム送りの刑である。

 聖地に連れ込まれるのだから不満を口にすることは出来ずに、また教皇側の聖職者であっても聖地を巡れば元々の目的など忘れてしばし浄化される。

 北部イタリアでは一部反乱が起きそうになったが、


「いけませんねいけませんね。反乱ですか。芽が出ましたか。根絶やしにしなくてはいけませんね」

「無駄な抵抗は止めて欲しい。でなければ貴方達の命が無駄になってしまう」


 即座にエッツェリーノとエンツォが本格的になる前に鎮圧した。

 フレデリカは北部イタリアで睨みを効かせないといけない状況が続く事になったが、教皇が起こした破門の効果と云えばそれぐらいであった。

 

「云っただろ! お前の破門が一番生っちょろいってさあ!」

「何故だ! 何故破門が効かない!」

「イノケンティウスの言葉を守らないからだ! 破門は連発すれば効果が薄れるんだよ、お前の説教は薄っぺらで安っぽいから誰の心にも響かない!」

「おのれ、おのれ、おのれぇぇ!」


 フレデリカが手を打てば打つほど、グレゴリウスの暴走は強まる。

 彼には何故あの小娘が教皇の権威に逆らって平気なのかわからない。

 教皇は全てのキリスト教徒の太陽にして父。誰もが教皇の命令には頭を垂れて従い、叱りの言葉に身を竦ませなければならない。

 それをしないからこそ、フレデリカはアンチクライストか異教徒なのだと断じている。

 元の道に彼女を戻すことはもはや不可能。ならば教皇の名に掛けて滅ぼさなければならない。




 *******




「──教皇が命ずる!」


 年を明けて1240年。

 グレゴリウス教皇の暴走が産んだ偶然の奇跡か、シチリア王国に危急存亡の時が訪れた。

 

「ジェノバ、ヴェネツィアに命ずる! 共に協力してシチリア王国を海軍で攻めよ!」


 地中海最強の海軍をそれぞれ持つ、海洋国家にその命令を出した。

 どちらも地中海にて貿易を行い、海賊を飼い慣らすか他の海賊を蹴散らして貿易を行っている──云わばライバル国家である。

 あらゆる利益が互いに重なっているのだから、お互いに憎むことがあれども手を結ぶなど考えられない事であった。 

 顔を突き合わせれば戦闘を行うような二国が、シチリア攻めに賛同したのも、


「シチリアの港をそれぞれの管理にしても良いとする。やれい!」

「オーケイ! そいつは豪気だな教皇さんよ!」

「利益はあると判断した」


 そうしてライバル同士が手を結んだ。シチリアもどちらか一方ならば相手に出来る海軍を持っているが、双方合わせるとガレー船が百隻は用意できる。豊かな国なので兵力は傭兵を使えば良い。

 さすがにフレデリカも慌てて、海軍の提督に連絡を入れる。


「やばっ……アンリ! 緊急警戒防衛体制!」

「あいよ。だがそう悲観するこたーねえぜ」


 提督のアンリは肩を竦めて応える。


「どうして?」

「教皇の熱狂に付き合わされちまってるが、ぶっちゃけ仲良く出来るわけないのよ、ジェノバとヴェネツィアは。そのうち素に戻る」


 教皇が望んだのは、双方から密な連絡と作戦による同時攻撃をしてシチリアに大被害を与え、フレデリカの下では国がやっていけないと民衆を煽ることであったのだが。

 アンリの予想通り、二つの貿易商人の国は徐々に冷静になってきた。


「よく考えれば神聖ローマ皇帝を敵に回すほど価値があるのか? 長官の息子がメタメタにされたから一応参加したのだが」

「っていうかこっちから戦力出さないでヴェネツィアだけ大損害出してくれねえかな」


 それでも約束は約束なので、少数の海軍がヴェネツィアとジェノバから散発的にシチリアへやってきたが防衛のアンリに迎え撃たれて消極的に戦って撤退していった。 

 何隻かはアンリが奪いとったので二国は損ばかりしたと、教皇が怒鳴って更に増援を向かわせろと云うのを無視するのであった。



 ******



「くそっくそっ!! こうなればもう容赦はせん!」


 教皇の形振り構わない攻撃は更に続いた。

 

「神聖ローマ皇帝位を次の会議で剥奪する! 次の皇帝位として、フランス王の王弟にさせるのでフランス王ルイは戦力を準備し、皇帝を追い落とす軍を立てろ!」


 その申し出で喜んだのはルイの末弟、アンジュー伯のシャルルだった。


「兄貴ぃ~! これは嬉しい申し出だぜ~! ばっちり受けちまおうぜー!」

「シャルル」


 ルイは相変わらずきらめく笑顔で権力欲が深い弟に言い聞かせた。


「僕らがフランス国内を平定できたのも、フレデリカ皇帝が不可侵協定を守っていてくれていたからだよ。それにあの人はエルサレム王で解放者だ。不幸な行き違いで教皇と喧嘩をしているようだけど、いつかきっと分かり合える」

「うわーキレイキレイな兄貴の眼差しだー!」

「だからフレデリカ皇帝を攻めるなんてことは絶対しちゃいけないよ。いいね」


 敬虔なキリスト教徒で教皇とも仲は良好だった、聖王ルイからの完全拒否が教皇に言い渡されたのである。

 恩義ある現皇帝と敵対することは断じて無く、皇帝と教皇は和睦すべきだと逆に説いたのであった。

 だが、シャルルの権力欲はめらめらと燃えたままだったのだが、今はまだ疑うことを知らぬルイには気づかない。

 

「それでもやるのだ! 聖職者を呼び公会議をして、あの皇帝を引きずり落とすのだあ!!」


 教皇は意地になってでも、皇帝位剥奪の宣言が出来る公会議の開催を強行した。

 ヨーロッパ中から呼び寄せる聖職者の旅費などは全て法王庁から支払うという好条件でなるべく多くの者を呼び寄せる。

 年はまた開けて1241年。

 法王庁が全ての金を支払う以上、聖職者の動きは一纏めにならざるを得なかった。

 ローマの外港へ向かう船に乗り合わせる為に極秘でヨーロッパから集まった聖職者はジェノバの港に集まって、巨大な客船に載せられた。


「という情報を我はキャッチしましたー」

「ジェノバは今の政権が教皇派だが、皇帝派も根強いからな。フレさんにリークされた」

「じゃあ丁重に拉致りましょうか。ヘーイ提督ゥー!」

「あいよー」


 ジェノバから出発して、高位聖職者の乗った船団とその護衛船をフレデリカの海軍が襲い掛かった。


「よっしゃテメエら! 間違っても坊さんをぶっ殺すんじゃねえぞー!」

「おう!」

「丸太は持ったか!?」

「おおおー!」


 まさかこの極秘旅程がバレてるとは思っても居ない船団を、アンリ提督率いる海軍がぐるりと包囲した。

 ジェノバ軍はなんとしても聖職者の乗った船を守らなくてはいけないが、逃がそうにも客船は全て帆船でありガレー船のように漕手によって自在に動けぬものだったので立ち往生してしまったのだ。

 一方でアンリが率いるのは快速船とも云える細身で軽いガレー船団。一方的に取り囲んでジェノバ海軍を丸太で殴り飛ばした。


「オラオラァ! お前らがやられりゃ、ジェノバの教皇派がちったあ大人しくなるだろうが!」


 そろそろ老齢にあると云うのに、あいも変わらず筋骨隆々で丸太を振り回し、前線で指揮をする海賊姿のアンリに続いて、武器にも防具にも建材にもなり、海に落ちれば救命道具にもなる万能の武装丸太を持った海軍はジェノバを尽く撃破していった。

 この戦いでのジェノバの被害は、丸太で撃沈された船が5隻、拿捕された船が22隻。捕虜は4000人に及び、聖職者の死人は出なかった。ジェノバに撤退することに成功したのは僅か数隻であったようだ。

 一方でシチリア海軍の被害は軽微。船は一隻も沈まずに、多少の犠牲は出たが記すに及ばない程度としか記録に残らないぐらいであった。

 完勝である。

 拉致された聖職者は不安に顔を曇らせていたが、すぐ近くの都市ピサへ船で連れて行かれた。

 そこで彼らへの説明に現れたのは、見た瞬間に誰もが息を飲むような美青年エンツォであった。


「ご安心ください、皆様にはしばし、プーリアで歓待を受けて貰うだけですので」


 彼に誘われてふらふらと、ローマに呼ばれた筈だった400人の聖職者は南イタリアの各都市にある砦などに軟禁される事になったのだ。

 軟禁とは言え、彼らに恨みがあるわけでもないので客室に住まわせて不自由なく、ただ公会議には参加させないように居させたのである。

 望めば他の地にいる聖職者や、教皇相手に手紙を出させるのもフレデリカは許可した。

 手紙の中には教皇が皇帝を無駄に追い詰めるからこのような行為に走ったのだと、教皇を批判するものもありグレゴリウスは頭を抱える。


「会議を起こさせたくないなら、参加者を全員拉致ればいいじゃない。byフレデリカ」

「大胆すぎる妨害に軽く世間が引いてるぞ」

「皇帝の身分を公式に剥奪されるよりはなんぼかマシだよ! しかしこのままじゃ鼬ごっこだ。いい加減あの教皇にはうんざりしてる。だーかーらー」


 フレデリカはにんまりと、側にいる隊長の手を取って笑った。


「──進もうか、一緒に敵をやっつけよう。我と隊長なら、恐れることは無いよね」

「無論だ」


 そして。

 彼女の決断に、隊長は手を握り返して応えた。

 この年、神聖ローマ皇帝は──ローマ攻めの軍を起こすのであった……。

 

 







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