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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第四章『破門皇帝フレデリカと教皇の戦い』
28/43

27話『籠城戦最強伝説とフレさん──1238年』

 1238年。

 コルテヌオーヴァの戦いでの大勝利から年を明けて、フレデリカは早速降伏した都市に神聖ローマ帝国の長官など役人を送り込む事にした。 

 更に再び北イタリアの全都市に、会議の開催を告げて降伏する都市は受け入れる体制を作る。

 これにより他の都市も戦わずしてロンバルディア同盟から脱落して行き、残る都市はミラノと、昔からミラノと仲が良かった数都市のみであった。 

 その中にボローニャの名前があるが、地味にお辛い立場なのがボローニャである。

 大学で有名なボローニャは学術都市であり、他には農業畜産などの産業を主に持っているが、軍事力は低い。その上、北西イタリアに固まっているロンバルディア同盟からボローニャは離れて南東の方にぽつりとある。

 何故ここが降伏しないかと云うと、聖職者の大学を擁するだけあって教皇の影響力が非常に強くて敵対しているフレデリカに下るという選択が取れないのである。

 こうなれば、


「大学には貴重な蔵書が多くあるから燃やしには来ないだろう。お願い来ないで」


 と、祈るばかりであった。


 しかしながらミラノ軍側の戦力は先の戦いで、少なく見積もって半壊、下手をすれば軍役を担っていた戦力の殆どを喪ったのである。

 いざとなれば都市に住む戦える男が、手に何でも武器を持って挑むことも可能だがそれは最後の手段である。

 渋々とばかりにミラノは講和を申し出て、使者を寄越した。

 

「で、降伏するの?」


 フレデリカが幹部勢揃いで、使者に率直に尋ねた。

 使者は首を振って強気に応えた。


「条件を受け入れてくれたら降伏する」

「ふーん。云ってみなよ」

「まずは一つ。俺達は反乱勢力ではなく、ちゃんと国民として罰しないこと。次に、財産や街の城壁などの管理には皇帝は一切手を付けないこと。そして、ミラノ軍の指揮権は譲渡するが、街の司法や財政はこれまで通りミラノが行うことだ!」


 言い切って、更に続けた。


「それを認めればミラノは恭順を誓い、ミラノの旗を皇帝の足元に捧げる。また、お互いの捕虜は解放を行い、ミラノが持っている領地の一部をやる。そして次の十字軍には、ミラノ軍から兵を出すことを約束する。どうだ!?」


 フレデリカの幹部連中は──

 一斉に、「おまえは何を言っているんだ」と云う訝しげな顔をした。

 そして笑い声がフレデリカから上がると、彼女は爽やかな笑みで告げる。


「久々に笑った。こう云う都市が沢山あるのが昔ながらのロンバルディアなんだよな。新参はすぐに降伏してくれるから助かる」


 使者に指を向けて完全に嘲った顔で云う。


「馬鹿なの?」

「なんだと!」

「司法と税制受け入れろって我ら云ってるのになんでそれ放棄しないといけないわけー? っていうかこれまでの街でも財産とかは保証してるからあらためて云われないでもやってますぅー罰するか罰しないかはお前ら次第じゃん?

 ミラノ軍なんていらねえよ牛連れて農地耕してろ。ミラノの旗はこの前の戦いで自力ゲットしたので二枚も三枚もいりませーん。あと捕虜って我がお前らの兵を持ってるだけで、そっちに一人も捕まってないんだけど。あとミラノの持ってる領地? 我の神聖ローマ帝国領を不法占拠してただけじゃんもう取り戻したし。十字軍とかもう行かなーい」


 笑いながら完全に煽るスタイルで行くフレデリカである。

 そう、一番肝心な税と法を受け入れないとなると、降伏でも何でも無いのである。

 

「我が望むのは無条件降伏だ。受け入れりゃ国民として大事に扱ってやるよ! くふふははは!」


 フレデリカの大笑いに、使者は立ち上がり捨て台詞を残して出て行った。


「まだ戦争がしたいっていうのか、あんた達はー!!」


 ──こうして、フレデリカとミラノの交渉は双方引かずに決裂したのであった。



 

 ******




 エジプト、カイロにて。

 アル・カーミルはあちこちの書簡を整理して、冷えた水を飲み一息ついた。


「ふう、だいたいこんな感じかな」


 彼は苦笑しながら、目の前に居る二人に向けて肩を竦めた。


「こんな感じって云っても、まだまだ全然危ない状況なんだけどね。僕を批判の声は連日バグダッドで上がりまくってるって」

「だからと云って、この時期に退任なさらなくても……」


 ファクルディーンが何度目かわからぬ声を掛けるが、アル・カーミルは疲れた様に欠伸をした。

 スルタンを引退して後任に任せる処理をここ暫く彼はしていたのである。

 ひとまずの後継者としては嫡子のアラディールを任命していて、様々な引き継ぎ事務を一段落させたところだ。


「僕が一番上って状況じゃあ反乱が起きかけてるからね。それにそろそろゆっくり本でも読んで暮らしたいんだ」

「はあ……フレデリカ様との講和更新も来年だと云うのに」

「だからこそ、新たなスルタンとも友情は変わらぬところを見せる必要がある。アラディールにはちょっと僕が被った泥の余波を浴びて悪いけど」

「いえ、父上」


 アラディールと云う息子は気弱そうな顔つきをしているが、きっぱりと云う。


「私は非才でとても十字軍などと戦えない身です。なればこそ、フレデリカ皇帝と和解するのは重要だから、問題ありません」

「うん。はっきり云って、君は僕なんかよりずっと才能が無いけど嫡子だからね。親子ともども、生まれは選べないものだね。できれば兄弟仲良くして欲しいけど……」


 もう一人の息子、サーリフは血気が盛んでどうなるものやら、と困った顔をする。

 イスラムの王朝では、兄弟同士の殺し合いは風物詩の様に行われる。ほぼすべて[話し合い]で済ませたアル・カーミルが特殊なのであった。

 あの英雄サラディンですら、死後は息子達と弟のアル・アーディルが権力を奪い合ったのだから、ただでさえ批判が集まっている自分の次がどうなるか明白であった。

 しかしアラディールではなくサーリフを後継にしたとしてもすぐに問題は頻出するだろう。サーリフは庶子であり、その人望も少ない。


「アラディール。君は自分が思う精一杯をしなさい。死んだとしても、アラーの安らぎが訪れるように祈っておく」

「はい」

「ファクルディーン。たとえこれからどうなろうと、君は北アフリカとエジプトを守ってくれ」

「了解しました」


 恐らくは乱が起こるであろうことを頼んでも、はっきりと息子も部下も応えてくれた。

 二人の返事を聞いて、アル・カーミルはにっこりと微笑んだ。


「はあ、これでようやくゆっくり出来る……」


 ごろりと寝転がり──。

 遠く北の空を眺めて、云う。


「君と[知恵の館(バイト=アル・ヒクマ)]に遊びに行けたら、もっと満足だったんだけどな……」


 そう云って。

 ファクルディーンが近づいた時には、アル・カーミルは昼寝でもするような安らかな顔をして──。


「スルタンが……アラーの元に……召されたか」


 1238年。

 アル・カーミルは眠りについた。

 フレデリカとの講和更新まで、あと一年のことである。




 ******





 一方でその頃のフレデリカ。


「よっしゃー! 交渉決裂! ふぁっきゅ! ミラノに攻め込むよ!」

「その件だがフレさん」


 勢いを付けるフレデリカに隊長は冷静に書類を見ながら云う。


「なに?」

「フレさんが集めた傭兵、殆ど契約終了で帰っていったからな」

「そうだった!」


 彼女は思い出したかのように驚いた。

 現在は4月である。昨年の12月に勝利した後は、戦後処理が必要になり戦争はすぐには起こさないと判断したので軍に給料を払って解散したのであった。

 戦わないのに雇い続けるというのは金ばかり掛かり無駄だからだ。

 残っているのは、フレデリカの手勢と自主的にルチェラに戻らなかったサラセン人の弓兵達ぐらいである。

 さて、ミラノの主戦力を叩いたと云ってもかの都市は10万人程も人口がある。

 戦える成人男性が武器を取ったとして、最大限動員できるのは2万人程度だろう。それで先の戦争で損失した8000人を引けば12000人の兵力があると単純計算出来る。

 勿論、それは都市機能を麻痺させる覚悟で兵士を出した場合だが、フレデリカの残った兵士を上回る。そして、いざ戦いとなれば旗印であるミラノを守るために他の都市の軍勢もやってくるので、明らかに不利になってしまうのであった。

 

「くっそー兵士集め直しかー」

「なるべく早くが良いと思うぞ。建て直す時間を稼がれる」

「よーし! こうなればあちこちから募集しちゃうぞー! ハロー! ワアアアク!!」


 そうしてフレデリカが、前の時はイタリアとドイツから傭兵を募ったのだが今度は他国にもチラシを配って兵を急遽集めたのである。


「イギリスですが、姫様の嫁ぎ先なので兵を送ります」

「こちらフランス。南フランスから逃げた異端が居ると聞いて」

「おっと、ドイツの皇帝ならドイツの兵を忘れるなよ」

「スペインのカスティーリャ王国から出稼ぎに」

「アラゴン王国……皇后コスタンツァの夫であるフレデリカを援護します」

「降伏した北部イタリアの自治都市ですが、ミラノは前から気に食わなかったんだ!」

「ギリシャのニカイア帝国だがフレデリカの娘を嫁に貰えると聞いて」


 そうして人気者皇帝の呼びかけに、兵はヨーロッパ中から集まったのである。


「うわー特に最後のニカイア帝国はちょっとやばーい」


 ただでさえイスラム教徒を軍に入れているというのに、今度はギリシャ正教の国まで加わったフレデリカ軍である。

 娘の一人をニカイア帝国の皇帝の嫁にするという約束をしてたりするのである。

 更に中東から、


「ファクルディーン!」

「ご無沙汰してます」

「いや、さすがにアイユーブ朝の軍はちょっと」

「いえ、そうではなくて……」


 使者としてやってきたファクルディーンは、アル・カーミルが死去したことと、その正式な嫡子はまたフレデリカとの友好を望んでいることを伝えた。

 

「そうか……アル・カーミル、死んじゃったのか……」


 フレデリカは悲しそうな顔をして、顔も見たことが無い、しかし確かに親友であった相手を思った。

 

「教えてくれてありがとう、ファクルディーン。我も、中東とは仲良くしようと思うよ。講和は直接会わなくても書簡のやりとりでほぼ自動的に継続する感じで。ついでに、サーリフってアル・カーミルの子にも手紙を送ってもらえるかい?」

「……わかりました」


 さすがに、こうも国内が騒がしければ再び中東に向かってどうこうする暇はない。

 動乱が起きて、エルサレムを奪われても手出しはできないのだ。残している駐屯部隊と十字軍国家に任せるしか無いだろう。

 そうして使者を送り出して、続けて来たのはハンガリーの使者だった。


「皇帝ー……」

「どうしたの?」

「東からモンゴルが攻めてきて、うちの国がそれに追い立てられた騎馬民族に荒らされまくってます! この連合軍で助けてー!」

「うんそれ無理」

「わあああん!」


 泣きながら帰っていった。国内を安定させるのに必死なのにモンゴルの相手をしている場合ではない。

 更には、


「父上ー! ドイツから兵を連れてきましたー!」

「うわー地味にやる気満々だなコンラート」


 10歳になる新ドイツ王な息子のコンラートが軍を率いてやって来たのである。

 何も戦う経験もせずに王になるよりは、勝ち戦でも参加させるべきだと云うドイツの家臣の提案に、フレデリカも許可を出して来させたのだ。

 王子コンラートも戦場に来ることに怯えることも無くやって来た。中々に肝の据わった少年であったようだ。


 そんなこんなで、これから十字軍にでも行くようなヨーロッパ中からのドリームチームが集まった。

 向かうはミラノを孤立させる為に周囲の都市を落とそうと、クレモナの北東にある都市ブレッシアへ15000の兵が向かった。

 ブレッシアは人口4万人。戦闘要員は前のコルテヌオーヴァにも兵を出してボロ負けしたので残り5000人程度だった。

 15000対5000。数の上だけならば圧倒である。

 しかし今度はフレデリカに不利になる条件があった。

 敵は城壁に囲まれた都市の中に居るのである。


「フレさん。敵は籠城の構えだ」

「ぎゃー! てめっこらー! 出てこーい!!」


 15000で都市を包囲するが、頑健な壁に囲まれた都市の城壁の上から見張りの兵が迂闊に近づく者に矢を射掛けるだけで、決して打って出てこようとはしなかった。

 城一つを落とすと云うのならば幾らか容易なのだが、都市一つが相手である。

 壊されないがために作った城門も城壁も、破壊する手段はない。

 

「投石機でも作るか?」

「あれぶっちゃけ効果低いんだよねー……投げる用の石が尽きた時のガッカリ感半端ないし」

「脅しには使える。兵を暇させるのも何だから用意はさせてみよう」

「うん。お願い。他の兵は郊外の畑を収穫しちゃってー! あと敵の補給来ないようにしっかり見張るように!」


 そうして都市の外でドリームチームは足止めを食らってしまうのであった。

 籠城戦を包囲するならばそう長くは敵もこらえられないが、タップリと備蓄を蓄えた街全てが相手となるとむしろ外に居るフレデリカ軍の方が士気が下がりだす。

 ひとまず仮説の天幕を張らせて雨風を凌がせ、奪った小麦でパンを焼かせて、次々に輸送で食料を持ってこさせるのだが、


「あの街の連中は、今も家の中でゆっくり出来るんだろうなあ……」

「俺水虫が悪化してきたよ」


 と、包囲したまま元気がなくなっていく。

 しかも時には、


「何か降ってきてテント破壊されたぞー!」

「げっ……生ごみに瓦礫の破片だぞこれ……」


 一方的に、城壁の上にあるブレッシア側の投石機から石やゴミが投げつけられ降り注ぐのである。

 高低差があるのでこちらの投石機は届かず、相手の城壁の上を破壊できない。


「ちっ……一人逃げたか」

「うん、城壁の上の見張りを時々射殺してる隊長はマジ怖いと思うけど」

「この調子では全員は殺しきれないな」


 敵は必死に城壁を越えられないように、全軍で見張りを途切らせずに行っている。

 長い梯子を作って取り付くように攻撃を命じたが、


「こういうの話に聞くけどやってみたかった!」


 とばかりに、煮えた油を上からぶちまけられたり、梯子を倒されたりして失敗に終わった。 

 大砲が発明されるまでの戦いでは、城塞都市戦では守る側が圧倒的に有利なのである。

 有名なハンニバルやアレクサンダー、それにリチャードなども華々しい戦果を上げているが彼らも平地での会戦にて英雄になった者達である。

 

「だから威圧で全部やり過ごしたかったのにー……」


 フレデリカは既に二ヶ月余りも包囲しておきながら、一向に落とせぬ状況を嘆いた。

 

「隊長えもんー! 何か方法は無いのー!?」

「こればっかりはな。賢者は歴史に学べと云うが、過去にあった他の場合での城攻めを参考にしてみよう」

「ほうほう」


 城壁の外で楽しそうに宴会をして、中の者の飢餓感や閉塞感を煽った。


「見えねえええええ!! これ中の住人に一切見えないよね!?」

「まあ……多少宴で兵の不満は紛れたが」

「我の資金がごっそり減ったわ!」


 説得してみた。ついでにニセの人質を出してみた。


「お前らは完全に包囲しているー! 仲間の援軍は来ないぞー! 今投降すれば財産も命も保証するー!」

「このミラノから来た補給部隊の隊長スネーモンは捕縛した。お前らの負けだ」

「パンツ一丁ですが捕まってます! 旗印にしてくだされー!」


 無視された。他の兵が提案する。


「ミラノから来た補給部隊だと偽って夜中に城壁の中に入れてもらい、その後で入った我らが門を開けるのはどうでしょう」

「いいアイデアだ!」


 その夜中に、提案した兵の一隊がミラノ軍に扮して補給物資を持ちブレッシアに入っていった。

 しめしめとフレデリカは門が開くのを待ったが、次の日もその次の日も門は開くことはなかった。


「あいつら……どこの兵か確認したか?」

「本物のミラノ軍だったの!? アグレッシブな詐欺を働かれたー!!」

 

 巧妙な物資奪取作戦をやられた。

 このブレッシアを落とされたらミラノもほぼ詰むので必死に支援行動をしてくるのである。

 更にフレデリカの陣地で火事や兵士同士の諍い、物資の紛失が頻出した。

 混合軍であることが災いして、紛れ込んでくるミラノ軍が破壊工作を行っているのであった。

 

「うげげげ……」


 軍議でフレデリカは頭を悩ませながら呻いた。

 既に包囲して三ヶ月が経過した。軍を常駐させるだけで金はガンガンと減っていき、軍の士気も下がりまくっている。

 エンツォが隊長に尋ねる。


「力押しでは勝てないのでしょうか」

「ふむ。そうだな……理屈上では勝てないわけじゃない」


 いつものように隊長が皆の前に出て簡単な解説を入れる。


「何も城壁に閉じこもる戦法が無敵なわけは無い。梯子と移動式の櫓を作り、サラセン弓兵から矢の雨を援護で降らせて貰い、敵の城壁上からの抵抗を受け止めつつ屍の山を作り乗り越える覚悟があれば城壁は落とせる。

 しかし城壁を乗り越えて内部に入っても今度は内部で待ち構えた数千の兵に囲まれる。それらを何とかしつつ内部から門をこじ開けて……まあ、ざっと考えて少なくとも5000人は味方に被害が出るだろうよ」


 戦力の3分の1を削って勝利になる。いや、もっと掛かる可能性のほうが高いだろうと隊長は続けた。


「これは全軍が統一された作戦行動を取っての仮定だ。自らの命を捨ててでも勝利をもぎ取ろうと云う覚悟が必要。しかしフレさんの軍勢はほぼ全てが傭兵、しかも他国の者も多い。他所の国の内乱で、あからさまな捨て石の作戦に命を掛けるだろうか。俺は士気が上がらんと思うな」

「そうなんだよねー……ドリームチーム駄目すぎる……」

「俺達ドイツ兵ならやれと言われれば皇帝の命令だからな、命を掛けもする。しかし、勝利で得られるのはドイツ兵ばかり死亡しての国力低下と、他所の傭兵ばかり略奪で旨い汁を吸った事実だろう。そうなれば諸侯からの信頼も下がる」

「それに、前のヴィツェンツァで蹂躙したときは手勢に加減してやらせたけど、今回他所の国の傭兵が略奪に走ったらもうそりゃあ酷いことになるはずだよ。街なんて無かったみたいな状況にしたら他の自治都市に見せた皇帝寛容路線は台無しだ」

「そしてここで戦力を減らしたらミラノ本隊と戦うのが難しくなる。弱ったと見るや、必ず攻めてくるだろう」


 隊長は総攻撃のリスクが大きくリターンが少ないことを改めて解説するのであった。

 この前戦力を減らしたミラノ軍単独ならまだしも、必ず決戦で他のロンバルディア同盟から兵力を集結させて挑んでくる。それを相手に、精鋭のドイツ兵を抜いた、十分に略奪を行い傭兵としての稼ぎを終えたような残りの軍で対応できないだろう。

 

「やはり地道に敵が打って出るように挑発を続けるしか無いな……」

「隊長、何かいい挑発ないのー?」

「そうだな、中国で有名な軍師、諸葛孔明は打って出ない相手に女物の服を送ったそうだ。戦わないお前は男じゃないな、と罵る為に」

「それで?」

「受け取った相手は『あの孔明がやっすい挑発してきたってことは相当ピンチなんだな』と冷静にスルーした」

「駄目じゃん!」


 失敗エピソードを聞かされたフレデリカは盛大に突っ込んだが、


「いや待てよ……女か……城壁の外に美女出現で中の軍を引き寄せるとか。イタリア人だし引っかからないかな?」

「美女出現とか云ってもな。フレさん基本的に行軍に女連れ込むの禁止してるだろ」

「ここは我がゴージャスなドレスでー!」

「阿呆め」

「痛い!」


 ポーズを決め始めたフレデリカの額を軽く弾く。

 隊長は心底阿呆を見る目で彼女を見ながら云う。


「どうして皇帝に怯えて引き篭もってるのに、外に皇帝を見かけて出撃するんだ。まだフレさんを十字架に張り付けにして放置した方が引っかかる」

「ううう、しかし我が軍に美女なんて……」


 ふと、二人の視線が会議場でチャームオーラを放ちまくっているエンツォで止まった。


「……」

「……」

「ま、待て。エンツォは騎士であんたの息子だぞフレさん」

「いいやこれからは息子女装の時代が来るー!!」


 エンツォは左右の幹部を恍惚の表情で気絶させる微笑みを浮かべて、


「私は構いません。皇帝陛下が必要とあらば、女にでも奴隷にでも姿を変えることなど」

「逆に罪悪感が来るような素直さ!」


 そんなこんなで息子のエンツォ22歳に、隊長がフレデリカの服を縫い直して採寸を合わせた女物のドレスを着せた。

 結果。


「やばい」

「やばい」

「美女すぎて味方がやばい」


 普段エンツォを見慣れている幹部連中がそんなことを云った。

 超絶美形で男女問わず惑わすエンツォだったが、やはり女装しても美しさは内臓に直接浸透するような強力さを持っていた。

 フレデリカの嫁や愛人は美女が多かったが、その誰よりも危険な魅力を持っている。

 

「あ、危うく息子と女装レズに走りかねない……」

「なんだその嫌な性癖……」

「隊長はエンツォを直視しちゃだめだよ!?」

「変な心配をするな」


 とりあえず騎士サーの姫を通り越して、美と月の女神アルテミスでも降臨したかのように、フレデリカの軍勢は顔を押さえながらもだえ苦しむレベルであった。

 見たら死にそうな勢いで美しい。というかアルテミスは迂闊にそこらの男が見たら射殺してくるギリシャでは珍しくない恐ろしい神だ。


「ぐうう!! 見たら手を出せない状況にハラワタが千切れるから俺は見ないぞおお!!」

「ごめんちょっと動けない誰か冷たい水とかバケツ一杯ぶっかけてくれ」

「泣けてきた。泣けてきた。泣けてきた」

「あれだろこれ苦行僧を惑わす為にインドラとかが送ってくる系のエロトラップ悪魔……!」


 いろいろ危険なのでさっさと作戦を決行することにした。

 まずは一部の城壁前の軍を引かせて伏せさせる。次に、見張りが訝しんで見てくる中でドレスで着飾ったエンツォ登場である。

 

「なんだ……?」


 松明を掲げた見張りが目を凝らすが、あまりの美しさに月がオートでライトアップしてくれるエンツォの姿が浮かび上がった。

 遠目に見ただけだと云うのに、見張りは絶句して松明を落とす。

 その様子に何事かと、次々に城壁の上に兵が集ってきた。

 離れたところで夜目の利く隊長が低い声で、


「これで引っかかったら笑うぞ」

「出てきたよ! ブレッシア軍が!」

「……」

「笑いなよ、隊長」 

 

 笑えなかったが、女装エンツォを求めて出陣した軍勢がなんと1000。

 すっかりエンツォに頭をやられたままふらふらと夢遊病のように出てきたものだから、一人もブレッシアに逃げ帰ることもできずに全員が拿捕された。

 正直成果にドン引いたのでエンツォの女装は止めさせた。教皇から邪教の術を使ったとか指摘されたら「う、うん」と思わず頷いてしまいそうだった。

 

「さて、捕まえた軍どうしようか」

「返すのは論外として……人質にするとか、城壁の前で処刑して相手を怯えさせるとか考えられるな」

「うーん、あまり残虐かますのはなあ。他の自治都市の目もあるし……偽報を流すぐらいにしておくか」


 そうして再びフレデリカは城壁に向かって、


「お前らの軍が1000人も寝返ったぞー! お前たちも早く降伏したらどうだー!!」


 しかし、それでもブレッシアは門を開けなかった。

 いや、謎の術で1000人も拉致されたとして余計に警戒を強めただろう。1000人が全滅したというので決して外に出てはフレデリカに勝てないと確信した。もはや彼女は悪魔的な何か扱いである。

 ブレッシア攻城戦が始まり、四ヶ月が経過した。

 10月半ばになり、気温が下がり始める。そろそろ冬がやって来る頃合いにフレデリカは大きく溜め息をついた。


「……タイムアップだ」


 冬になれば15000の軍勢を野外で生活させることは難しい。それに近くの都市に駐留するにも、このような大軍を置いておく余裕のある都市など無かった。

 下手に管理を放棄すれば傭兵が北イタリアの都市を荒らし回り、味方についた都市が寝返ることも考えられる。


「お給料払うのでドリームチームは解散! ブレッシアの包囲を解き、元の国に戻るように!」


 そう宣言して軍を引かせる。

 背後の城壁ではブレッシアの兵の鬨の声が上がり、外からでも都市の内部で大きな歓声と宴が始まったのを感じられた。

 勝ったぞ。

 皇帝に勝った。

 ざまあみろ。

 聞こえなくとも、そう盛り上がっているようである。

 振り向かないが、フレデリカは声を荒らげて叫んだ。


「ああくそ! そうだよ負けたんだよ!」


 ──ロンバルディア同盟への戦争の三度目はこうして、一つの都市も平定することなく。

 皇帝軍の撤退という形で、同盟側が勝利したのである……。









 

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