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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第四章『破門皇帝フレデリカと教皇の戦い』
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26話『ごきげんフレさん──1237年』

 1237年。

 やはりと思うかもしれないが、フレデリカの勝利とロンバルディア同盟側の自治都市半分を制圧の報告に教皇はいい顔をしなかった。

 フレデリカが成功すればムカつくし失敗すれば喜ぶのが現状な教皇である。

 勅使であるヘルマンらが訪れ、交渉を行うように願っても、


「儂に交渉をさせたければ、皇帝が直接ローマに来て跪いて頼め!」


 と、追い返す始末である。

 もう露骨に態度が悪くなり、和平の間に立つという行為さえやらなくなった。嫌がらせとしてはやりたいが、彼としてはフレデリカとロンバルディアは一生争ってる状況が好ましいのである。

 その報告をドイツで聞いた幹部会議は教皇激ウザ問題と云う新たな議題に発展していた。

 一番年の若い幹部のエンツォが挙手して訪ねる。


「そもそも教皇はどうしてこうも偉い立場でいるのでしょうか」

「本質的な質問だな。まあ、ざっと教皇の権威の源について説明しておこう」


 隊長が眼鏡を正しながら解説をする。


「ローマ帝国のコンスタンティヌス大帝は知っているな?」

「はい。キリスト教をローマで公認した皇帝ですよね」

「そうだ。で、教皇が権威の証としているのが[コンスタンティヌスの寄進状]と云う321年に作られた文書でな。これにはローマ教皇に、ローマ帝国の西半分──イタリアのローマを中心に考えれば、ほぼヨーロッパ全土を譲ると皇帝自らの署名があるんだ」

「太っ腹すぎるよねー」


 フレデリカがげんなりとしながら云う。

 当時はまだそこまで大きな権威も無い宗教の指導者に、皇帝が国半分を渡すなど正気の沙汰ではない。


「この証言からすれば、ローマの影響残る現在の国全てはローマ教皇の土地を借りて国を運営しているという店子関係にある。だから大家には従え、文句を云うなら土地を取り上げるぞ、と云った次第だな」

「皇帝の土地も、昔のコンスタンティヌスから教皇が貰った土地を管理する皇帝なのだから教皇の下。まあそんな感じなんだね。っていうかやったら都合のいい文書があったもんだよ」

「ちなみにこの寄進状、何故か発見されて教皇が持ちだしたのは8世紀ぐらいからだ」

「本物かよ本当に」


 ※偽物である。

 このコンスタンティヌスの寄進状がバレバレな偽造品であったことが判明するのは1440年になってからのこと。書かれたラテン語の文例が時代的に明らかに違うというお粗末な偽物であった。

 しかし1237年現在では立派な証拠品として、教皇の権威に力を貸している。

 今は疑っていても、証明する手段が無いので仕方ないのであった。

 これを持ちだして延々と教皇がフレデリカの行動をなじる手紙も届いているぐらいである。


 なお、フレデリカも言われっ放しで黙っている程性と根が善良ではない。

 教皇と自分とのやりとりで、教皇が凄い勢いで嫌がらせを隠そうともしていない感じの手紙を全部コピーして自国のみならずフランスやイギリスにも送りつけまくっていたりする。


「なんか知らないが、皇帝と教皇が争ってる」


 という認識から、国際的にも、


「教皇が皇帝の国内の問題にケチをつけている」


 と、知られているのが現状であった。これにより、他の国の王も自分の国に教皇が口出しするようになったら堪らないとばかりにフレデリカに敵対をしないのである。

 しかしながら喧嘩相手との手紙のログを晒すとは、普通やらないことである。


「はあー……しかし交渉は失敗か。あっさり西側のロンバルディアも降伏してくれれば楽だったんだけど」

「ミラノの影響力が強いからな」

「戦争は嫌だね。金ばっかり掛かるし。東側は軍備もそこまでじゃないから、少数の電撃奇襲でどうにかなったけどミラノは奇襲じゃ無理だからなー」

「そうだな。ミラノは二重三重に城壁が作られてる上に、一番外側が最新でもっとも堅牢だ。正直云ってヨーロッパでも落としにくい砦、城ランキングで上位に入るだろう」


 ちなみに、と隊長は話を脱線させて云う。


「堅牢無敵な城と云えば獅子心王リチャードが十字軍で培った技術で大陸領に作ったガイアール城が有名だな」

「ほうほう」

「リチャードが生きている間は難攻不落の堅城だったのだが、彼が死んだ途端に城壁がバターで出来てるのかってレベルであっさり落とされた。城を守っていたのは最新の建築技術ではなくリチャードの威光だったんだ」

「駄目じゃん!」


 リチャードの「本人が居るときだけ強い」が代表されるようなエピソードである。

 それはさておき、フレデリカは憂鬱そうにしながら書類を眺める。


「で、我は軍勢を15000ぐらい集めたわけ。全部傭兵だから国庫が減る~」

「諸侯に軍を出してもらうわけには?」


 この時にフレデリカが招集したのは、シチリア、ドイツから直接兵を募って傭兵として雇った軍勢であった。

 普通は王が軍を用意するとなると、封建領主に掛けあって領地に居る兵を持ってこさせるので、基本的に兵を養う資金は領主が支払う形になる。

 しかし彼女の場合はフレデリカが直接支払う形で、ダイレクトに金が掛かるのである。


「他の領主に頼むとさあ、勝った後で手伝ってもらった領主を優遇しないといけないから。法の下の平等って方針からすればちょっと避けたいんだよねー」

「しかしかなりの数のサラセン人が来てしまったな。フレさんに恩を感じてるからなんだが」

「強いからいいじゃん」


 15000の兵のうち、7000もの数がルチェラの街に住む、イスラム教徒のサラセン人である。

 フレデリカが保護政策を取ったので彼女の軍勢に加わるのも自由としていて、弓の使い手としてサラセン弓兵が一流なのはヨーロッパ中が認めている。

 約2000はフレデリカ直属の騎兵部隊、1000が重装歩兵なので、集めたほぼ半分がイスラム教徒な神聖ローマ皇帝の軍というなんとも奇妙な状態であった。


「こんだけ集めてミラノと互角ぐらいなんだよなー」

「無駄に戦力を持ってる国内の反体制勢力って厄介だよな」

「まー雇った以上はさっと使って解散させないとお給料が高くつくからね。早速出発だよ!」


 そうしてフレデリカは軍勢をひとまず、前回の戦争で恭順させたヴェローナへ集結させた。

 ここから東は既に降伏しているので、前線にするには丁度良い場所なのであった。

 アルプスを越えさせてヴェローナで作戦会議を開く。


「まずはクレモナとの間を制圧して行きたいよねー」

「その為にはマントヴァが邪魔だな」


 最初期から友好都市であったクレモナは対ミラノの最前線となる場所なのだが、そこの間にマントバと云う都市が塞がっている。

 またブレッシアと云う同盟の都市もクレモナの北にあり、早くクレモナと合流するルートを開拓する必要があったのだ。

 位置関係をざっと示すと、




 ▲ミラノ    ▲ブレッシア

 

       ○クレモナ           ○ヴェローナ

              ▲マントヴァ



 と云った感じにある。

 

「とりあえず見せしめの奇襲は何度もしてると、メッチャ評判悪くなるからね。いつも通り威圧進軍でマントヴァの街を囲んでやろう」

「了解」


 そうして15000の兵を率いてマントヴァを取り囲むと、街は大きな動揺に包まれた。


「抵抗したらヴィチェンツァみたいに虐殺されるんじゃないか!?」

「俺達も降伏した方が……」

「ミラノが援軍を送ってくれるって言ってたけど……」


 降伏派がやや優勢な街の状況であったが、声高らかに抵抗を叫ぶ者も居た。


「皇帝の軍を見ろ! イスラム教徒を大勢連れている! なんという不信心な! まさにアンチクライストか!」

「イスラム教徒にキリスト教徒である我らを殺させようとしているのだ! これはもはや宗教戦争である! 打って出て神の威光で蹴散らすのだ!」


 そう演説を繰り返す二人は、ローマから派遣されてきた枢機卿であった。

 教皇が残ったロンバルディア同盟の士気を上げさせ、反フレデリカに民衆を煽る為に送り込んだのである。

 

「ところで枢機卿は戦いで前線に立ってくれるのですか!?」

「え? いや? なんで?」


 心底不思議そうに首を傾げる赤い衣の高位聖職者。


「……」

「……」


 なんか一気に醒めた民衆であった。

 

「フレさん。マントヴァが降伏を申し出たぞ」

「よかったー! 籠城とかされたら溜まったもんじゃないからさあ」

「あと民衆煽ってた枢機卿二人、縄に縛って差し出してきた」

「機嫌の取り方わかってんじゃん! 兵たちに略奪は厳禁で命令出しといて~」

「わかった」


 機嫌よくフレデリカは少数の手勢を連れてマントヴァに入る。

 怯えた様子の民衆達が見守る中、広場で市長相手に宣言をした。


「よく下ってくれた。我はこの街に以後の恭順以外は求めない。我の派遣する財務官と司法官が入るが、市長のお前もそのまま職を続けていいよ。勿論街の財産に手を付けることもしない。また、我の傘下にある他の都市との交流もどんどんやるといい」


 そうした寛容な処置で、マントヴァの住人は安堵したように息をつくのであった。

 なお捕らえた枢機卿は、


「ロンバルディアと戦争になるって予め宣言したよね? 次に戦場に居たら……どうなるか保証できねえから」


 そう脅してローマに放逐するのであった。


「更に利用するのがフレデリカちゃんの抜け目なさ! いけ! 我らのサクラ部隊!」

「ステマ重点!」


 そしてマントヴァの住民を装ったフレデリカの部下が南にある都市パルマへ向かった。

 

「いやー降伏したら意外と税金安いし、国内の治安も守ってくれるしフレデリカさんマジ素晴らしいわー」

「っていうか? ミラノ? あいつらだけ安全地帯で命令出してない?」


 などと呼びかけることにより、パルマも速攻でフレデリカに恭順の使者を送って降伏した。

 皇帝の支配を逃れる為に同盟を組んでいるとはいえ、元々は商売敵のような都市の連合である。半分以上負けて旗色が悪いとなれば、財産を奪われる前に下ると判断するのも当然である。ミラノのように自前の戦力だけで皇帝軍とは戦えないのだ。

 だが一方で、ミラノからフレデリカに対応する為の軍が北西のブレッシア近くに到着しているのであった。


 


 ******




「やる気ねえわ」


 ミラノ軍8000を率いるのはミラノの長官であるティエポロと云う男であった。

 マントヴァの救援に向かう軍を連れてきたのだが、既にマントヴァは陥落。フレデリカ軍と会戦するか否かと云う状況になり、げんなりと彼は呻いた。


「やってられるかよ……マジ面倒臭え……ミラノのクソボケが……」

「長官ー!? 自軍をディスらんでくださいよ!」

「うっせ! あー貧乏くじ引いたー! 前からアホだアホだと思ってたけど心底ダルいっつーの!」


 ティエポロの意欲がメチャクチャ低かった。

 と、云うのもこのミラノの長官、実はヴェネツィアの人間である。

 当時の地方都市では地元の人間を長官にすると、その派閥を有利に運営してしまうので別の都市から派遣を頼むということがしばしばあったのだ。

 特に海運業に富むヴェネツィアの者は経済にも詳しく、ミラノなど輸出工業品を作る都市にはよく呼ばれている。

 派閥だ宗教だと云う前に、自国の繁栄を優先するエコノミックアニマルなヴェネツィア人からすれば皇帝や自都市内で争っているのは大層頭が悪く見えただろう。

 しかも住民から援軍の司令官に任命されて軍と共に送り出される始末である。


「金貰ってるからやるだけはやるけどさー……」


 たとえ馬鹿な任務でも、請け負った仕事を果たさなければヴェネツィア人の沽券に関わる。

 しかもティエポロはヴェネツィア名門であり、今の元首の息子であったのだ。勝手をすることは家名にかけて許されない。


「っていうか救援失敗したんだから一旦兵を引くべきじゃないか?」

「無理ですよ! ここで後ろを見せたら後ろから襲ってきますって!」

「だよなあ」


 高地に陣地を敷き、川を挟んだ対岸に集結しているフレデリカの軍勢を眺めながらため息混じりに呟く。

 ミラノ軍は8000。フレデリカ軍は、制圧した都市に幾らか軍を置いたので12000。数の上では不利だが、地の利は上流で高地のミラノにあった。 

「向こうが引いてくれればこっちも軍を戻せるんだけどなあ……」




 ******




 一方で対岸に布陣するミラノ軍を見ているフレデリカも、どうしたものかと悩んでいる。

 もう半月程も両軍が睨み合っている状況だ。


「何せ沼地が多いから機動力は削がれる上に、この寒い中だと川を渡るだけで味方は能力低下しちゃうんだよねー」

「もう11月だからな。逆に、向こうもそれがわかってるからこちらに攻め込んでは来ないだろう」

「押し込んで倒せないわけじゃないと思うよ? 兵の質は市民軍のミラノより、サラセン人が多いこっちの方が上だ。でも被害がでかいと困るし」


 傭兵はすり潰せと云うものの、彼らは自国の領民だ。戦死したらアフターフォローまでして綺麗な皇帝アピールをせねばならない。

 嫌になるほど、戦争は金が掛かるのである。

 都市と違ってやる気満々な軍が相手ならば、威圧も効かないだろう。

 

「しかし、ここでやっつけときたいんだよね。ミラノに引っ込まれるよりは会戦で叩いたほうがずっと倒しやすい」

「そうだな……フレさん、逆に考えてみようか」

「逆?」


 隊長が指を立てて自分でも考えを纏めながら解説をする。


「俺達がこの場でミラノ軍を倒したいと思っているように、奴らは絶対に負けたくないと思っている。そもそもはマントヴァと合流して戦う軍勢だから、単独で俺達とやりあう多さではない。となれば、相手もミラノに一旦帰りたがっているはずだ」

「なるほど。しかし既に、我と睨み合ってる状況だから後ろを見せるに見せられない……」


 フレデリカが目を輝かせて、立案をした。


「よし! またサクラ作戦で行こう! 我の軍がクレモナに撤退していくと云う偽報をばら撒いて陣地を引き払う。その実、引き払っていく部隊は隠密で、敵陣営からミラノに戻るルートに潜ませておく。敵が引いて油断したところをガツンだ!」

「わかった。任せろ」


 こうして作戦は決定されて、準備は進められた。

 しかしながら、子供の頃からの経験で情報戦略を重要視しているのだが、フレデリカの軍勢は、


「俺ら演技派だよな」

「熟練の域に入ってきてないか」


 などと言い合うのであった。




 ******





 11月も後半に入って、フレデリカの陣営が引き払う様子を見せたのでティエポロは安堵の息をついた。

 

「長官。こんなものが配られているそうです」


 渡されたのは近くの村や街の名士宛に送ったらしい手紙であった。


『フレデリカちゃんお誕生日会。12月26日、クレモナにて』


 ティエポロは笑いながら、


「さしもの皇帝も、クリスマスと誕生日はちゃんとしたところで過ごしたいと見えるな」

「まったくです。こんな寒い川の側では御免ですよ」

「そうだな。警戒しつつ、我らも撤退の準備を整えろ。皇帝を追い払ったとして、ミラノで祝おうか」


 すっかり騙されて兵をまとめ始めるミラノ軍であった。

 誰だって戦場でクリスマスを過ごしたいとは思っていない。故郷で家族と過ごせればそれが一番だ。

 8000の兵の誰もが異を唱えずに、気を緩めて撤退を始めたのであった。


「よし……陣地を引き払ったな」

「行くか?」

「いや、少し待とう。歩兵で敵の陣地跡を制圧。その報告がすぐに行かないぐらいに距離を置いてからね」


 そうして、奇襲を受けたとして慌てて陣地に戻ることもできない距離まで離して──フレデリカ軍の狼煙が上がった。

 突然目の前の道からドイツ騎兵が突っ込んできたミラノ軍は大いに慌てた。


「何!? こいつら、どこから!?」


 続けてサラセン弓兵の斉射が降り注ぎ、大混乱に陥る。

 気を抜いて帰る途中であり、行軍の形さえなしてなかった集団である。右往左往と逃げ惑う。

 

「戻れ! 陣地に戻るんだ!!」


 ティエポロが叫びなんとか軍を引き返させようとすると、そこには既にフレデリカの軍が制圧していて構えていた。

 左右の方向へ逃げようとするも、当然読んでいた伏兵が現れて蹂躙される。


「こっちだ! こっちに逃げろ!」


 唯一包囲の穴に雪崩れ込むように追い立てられるが、それも罠だ。

 混乱して気付いていなかったのだが、その方向には川で閉ざされているのである。

 真冬の凍える川を背に、ミラノ軍は完全に囲まれてしまっていた。

 フレデリカは陣営を眺めつつテンションを大いに上げて哄笑した。


「川を利用しての包囲! 殲滅!! ローマの華だねこれは!! くふははははは!! ハンニバルかスキピオにでもなった気分だよ!」


 まだ抵抗の意志を見せようとする者と、冷たい川に逃げこむ者も居たが、そのようなことをすればほぼ死ぬ。

 ミラノ軍はもはや虫の息である。


「トドメを刺すよ隊長!」

「おう」

「行け! 我が騎士よ、舞い踊れ!!」


 隊長が包囲の前線に二刀流で突っ込んだ。

 状況を理解できていないミラノ軍を撹拌するように切り分けて突破していく。


「援護射撃! サラセン弓兵、隊長の周りに矢の雨を降らせろ!」

「大丈夫なんですか!?」

「安心しろ、我が騎士は矢など当たらない!」

 

 その通りに、足を止めずに刃の風となり進む隊長と、降り注ぐ矢に包囲されたミラノ軍は為す術が無い。


「居たな、大将!」


 軍の中心である大将を見つけるのは容易であった。

 ミラノ軍は戦場に[カロッチオ]と呼ばれる、四頭の牛に引かせた荷車を持ってくるのが習わしなのである。

 その荷車にはミラノの旗や祭壇など、象徴たるものが積まれていて彼らのシンボルであった。

 だが、戦場に牛車を引き連れていることが原因で素早い進軍も撤退も不可能と云う、完全に戦術的利点は無いものである。

 故に、それを守るのがミラノの有力者達の役目なので大将もそこに居る。


「守れ! 敵に奪われるな!!」

「我らのカロッチオを!」

「命にかけて守りぬけ!!」


 重装の鎧に家紋を入れている、いかにも精鋭らしい一隊が立ち塞がった。

 その数24人。たった一人の隊長相手に、一歩も引かぬ構えで剣や槍を向けている。

 隊長は剣にこびりついた血を振り払い、気合の為に声を上げた。


「二刀流トリニティ斬────乱れ打ち」


 ホーリーシット!

 三連攻撃のトリニティ斬を二刀流で放ち、それを四度繰り返すという計24回攻撃の前にカロッチオ防衛部隊24人は敢え無く惨死! アーメン!

 ありがたさも二十四位一体で通常の8倍だ! なんと傲慢なのだろうか……彼は神をも超えたつもりか……。


「さすがは我が騎士! 素っ敵ー抱いてー!」


 フレデリカが遠くから送る声援が聞こえる程に、ミラノ軍も静まり返っていた。

 そうして、残って目の前の瞬殺に震えているティエポロに刃を突きつけて問うた。


「降伏を宣言すれば命は助ける」

「わ……わかった。全軍、武器を捨てろ、もう、勝てないし逃げられない……」


 長官の言葉に、ミラノ軍は絶望的な顔で座り込んでしまった。

 コルテヌオーヴァの戦いが終結した。




 *****




 そうして──。

 ミラノ軍は降伏して、死者は川に落ちた者が多く合計3000人超。捕虜になった者が4000人に登った。

 おまけに象徴たるカロッチオまで奪い取る完全勝利である。

 クレモナに捕虜を連れて凱旋したら即座に住民総出で宴が起きた。


「ミラノの奴らざまああああ!!」

「牛奪われてやがる! めっちゃウケる!」

「フレデリカ皇帝ばんざーい!」

「馬鹿、バンザイじゃなくてこう云うんだよ──フレたんイェイイェイ~!」

「フレたんイェイイェイ~!」


 昔っから仲が悪かったミラノの惨敗にクレモナは大盛り上がりである。

 皇帝が勝利すると云うことは、前々から彼女についていた自分達が勝利することのようで喜びが大きい。

 外様で最近下った都市ではなく、フレデリカが17の頃から味方であったのだ。自分達の判断は間違っていなかったと嬉しがる。

 捕虜を牢獄や倉庫に押し込んで、戻ってきた兵士も交えて一晩中騒ぐのであった。


「今回の功績第一位な隊長ー!」

「なんだ」


 壇上で酒を飲んで顔を赤らめているフレデリカが、直立したまま肉をもしゃもしゃと食っていた隊長の手を取って宴の真ん中に引っ張っていく。

 

「カロッチオ奪取に長官捕縛、作戦立案の補佐と大いに活躍してくれました!」

「作戦はフレさんが立てたんだろう。俺は最後を持っていったぐらいだ」

「そんなことはどうでもいいの! しっかり手柄取った人は報酬をあげなきゃ部下に示しもつかないって! 何か欲しいものはある? 土地とか宝石とか姫とか」

「むう」


 隊長は腕を組んで首を傾げた。

 いまいち名誉欲の無いこの男は、戦いの報酬と云われても普段支払われている給料で、従者や馬を養うには十分だったので特に思いつかないのだが。

 周りの兵も見ている。ここで辞退すれば、活躍しても報酬が貰えない軍として噂が広まるかもしれない。


(さて……む?)


 隊長はふと気付いて、ならばと提案した。


「フレさん、いいか?」

「何何? はっ、まさか我を所望!? 照れるなあ」

「それはいらん」

「酷ぉ……」

「フレさんが巻いてるターバン、随分傷んでいるようだな。俺が今月の誕生日で新しいのを作るから、今付けてる奴は貰おう」


 と、彼女がバンダナのように巻いているターバンを指さして望みを言った。

 フレデリカはきょとんとして、ターバンを脱いでみる。十字軍の頃から使っているので、かなり年季が入ったものであった。


「え、ええ? こんなんでいいの?」

「曲がりなりにも皇帝の頭に被っていた物だから、部下にやるには十分だと思うが」

「貰ってどうするの?」

「頭に付けるには不敬だな。まあ、繕ってスカーフにでもしよう」

「はあ……じゃ、隊長しゃがんで」


 フレデリカは彼の手を引っ張り、跪かせてターバンを隊長の首に巻きつけた。


「うん、結構似合ってるね!」

「そうか。ありがとうよ」

「……あ、でも。我の代わりのターバン、これと同じ色にしてよ?」

「別に構わんが……何故だ?」


 笑いながら彼女は無邪気に云う。


「隊長とお揃いになるからさ!」


 ──フレデリカの軍では兵糧として、戦地での栄養補給や士気向上の為にシチリアで栽培して生成した砂糖を物資として持ち歩く。

 宴なので兵糧も放出して、中でも貴重な砂糖はすぐ無くなるかと思われたのだが。

 いちゃつく皇帝と騎士を見せられて、甘いものは余ってしまったという。



 カロッチオはその後、ローマに移送された。

 ローマの人々に、フレデリカ勝利の栄光として見世物にされつつ、


「我の勝利を教皇も喜んでくれるよねー?」


 と、嫌味たっぷりな文章も添えていた。

 更にこの戦いの勝利で、ミラノの南東にあるローヴィ、南のパヴィア、西のヴェルチェッリの三都市がロンバルディア同盟を抜けてフレデリカに降伏した。

 ロンバルディア同盟はほぼ壊滅し、ミラノとその手下的な都市のみが抵抗を続けるのみになった。

 それらの報告をした助祭は「死ぬわ俺」と思いながらグレゴリウスの反応を待ったのだが。


「儂悪いことなんもしてないのに……悪いのは皇帝なのに……なんであいつらは成功するんだ……」


 常にキレっ放しだったこの教皇もさすがにフレデリカの快進撃に、膝を抱えて落ち込むという可哀想な反応をするので、周りを驚かせたのであった。

 

 こうして、大勝利で気分の良いクリスマスに誕生日をフレデリカはクレモナの地で過ごすのであった。

 鼻歌など歌いつつ、久しぶりの心穏やかな日である。


「おニューのターバンと靴下~♪」

「良かったな」

「あと隊長~♪」

「俺は新品にはできんぞ」

  




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