22話『汚れ系芸人皇帝フレさん──同年』
「エルサレムも飽きたね」
「破門もやむを得なしい発言だな。まあ、飽きたが」
「いいんだよ我もそれに関わる隊長も破門されてるんだし」
フレデリカがエルサレムで城壁の整備や巡礼者の視察、イスラム区との協議や騎士団への指示をしていたのは僅か一週間程であった。
とりあえず彼女がやることは全部終えて離れても後は騎士団がやってくれるので、エルサレムからさっさと立ち去ることにした。
多くの巡礼者に見送られながらエルサレム王にして解放者は、嫌になるほど荒野な土地をおさらばしていくのである。
「とりあえずアッコンに行こうか。総主教がキレてるのもあるけど、パレスチナ地方の有力者や貴族を集めるにはあそこの王宮じゃないとできないからね」
「今後のフレさんが離れた後の聖地統治についての会議だな」
「そそ。まあ、もうちょっと我があれこれの十字軍国家を視察に回らないと駄目っぽいとは思うけど」
フレデリカのいつもの方針、とりあえず会議で指示を出してそれが守られているかいちいち見て回るという手段である。
彼女が出す指示も必ずしも正確とは行かない。住民や土地の問題もあって画一的な命令では綻びが出るのだ。
そこで現地で直接出した命令の様子を見て回り、必要があれば修正をするという方法をシチリアでもドイツでも取っている。
エルサレムからヤッファへ向かい、そこから北進していく。
「そして我らはアッコンに辿り着いたわけだけど……」
アッコンの反フレデリカ感情は半端ないことになっているのに、ここに至ってフレデリカは気づいたのであった。
総主教を長とした聖職者一同はもとより、住民全体が恨みがましい目で見てくる。街は寂れて砂塵舞うパチンコの無い鳥取のようになっていた。
「どうしてこうなってしまったのでしょー」
「あれだな。嫌がらせと実用性でヤッファを発展させたから」
「そうだったね……」
フレデリカがエルサレム最寄りの港であり、アル・カーミルと数ヶ月交渉を行っていたヤッファを重点的に都市開発した結果、すっかりあちらからエルサレムに直接行く巡礼者ばかりになったのである。
そして巡礼した者達はわざわざ長い距離を歩いて、特に見るものは無いアッコンに訪れるだろうか。
「ここが糞田舎なのが悪いんじゃ……」
「フレさん、思っていても口に出さんほうがいい」
「おほん! えー、住民のみなさ~ん! 今はちょっと観光客激減してますけど大丈夫ですから! ここは商業用の通商港にすれば人が来るようになりますよー! 十字軍国家も安全なんでこれからどんどん人が来るから今だけですよー!」
エルサレムに近いのはヤッファだが、キプロスの中継港に近いのはこのアッコンになるので中東方面からの通商などはここを通れば賑わうようになるだろう。
また、安全が確保されているのだからと欧州から十字軍国家に移り住む者も現れるときに、アンティオキアとエルサレムの間にあるアッコンは十分選択肢に入る土地である。
フレデリカが一応呼びかけるが、帰ってきたのは罵声だった。
「うるせー! 明日より今日なんだー!」
「ここに船来させなくしたのお前じゃねーか!」
「邪悪な破門皇帝め!」
思いっきり批判を浴びてフレデリカは逆にキレた。
「だまらっしゃい! 長期的目線で見れば明らかにプラスだっつーの! そっちこそ巡礼者が置いていく金だけ頼りに生活とか舐めてんのか観光事業舐めてんのかああああ!! そんなんだから後世に残るアピールポイントが今この時代にできた建物しかねーんだ! 名所の一つや二つ捏造してみろよおらあああ!!」
「ぶっちゃけ過ぎだ」
そんな感じで説得らしきことを試みるが、住民感情はかなり悪かった。
同時に、
「総主教氏~、フレデリカたんがアッコンまで来てくださいましたぞ~! 文句を云うにも何にするにも、ひとまずお会い頂けませぬか~?」
「絶ッ対行かん!」
ヘルマンがどうにか仲直りさせようと総主教を説得していたが、頑なに彼はフレデリカを認める気は無かった。
「向こうが土下座しつつやって来れば説教だけはしてやる!」
そんな勢いで、ヘルマンは溜め息をついた。
勿論フレデリカもわざわざ謝りに行く必要なしと総主教のことはスルーして、パレスチナの有力者を集めて会議を始めるのであった。
「いーかい? イスラム側と講和を結んだとはいえ、お互いに相手を刺激しないように、かつ巡礼者と住民は守れるように専守防衛な精神でやるよー」
彼女は隊長が持ってきたいつもの地図ボードを見せながら云う。
「具体的には宗教騎士団が使う駐屯地や砦、城を街々の間に建設や今あるのを拡張して使う。街道沿いにずらりと並べたこの要塞が、聖地全体を守る壁と民衆が認識できるようにね。馬で二時間以内に隣の砦まで辿り着ける距離を目安に、ヤッファからアッコンまでを重点的に配置します」
皆が頷くのを見て続ける。
「砦を守るのはホスピタル騎士団、テンプル騎士団、チュートン騎士団、十字軍国家の領主軍がそれぞれ協力しあうこと。これまでそれぞれが建設してきた砦も、エルサレム王の名に於いて全てのキリスト教軍が共有しあう拠点とする。中東の平和を守るには、諸君の協力が必要だ。いいか?」
「了解!」
「任せてくだされ、エルサレム王」
特に不満も無く同意を得られたようで、フレデリカは満足気に笑みを浮かべた。
「現場に出る人か、利益を得る人には人気なんだけどねー我」
「後ろに引っ込んでる聖職者には不人気極まりないのが問題だな」
「順次砦の改修やら増築を始めるように、我の連れてきた軍勢もそれを手伝うから後は視察を──」
と、会議室にシチリアとの連絡役のアンリが入ってきた。
「邪魔するぜい」
「アンリ? どうしたの?」
「大変だっつーのフレデリカちゃん。教皇が軍を集めてシチリアを攻め出したぜ!」
「クソアーーメエエエン!!」
フレデリカは思いっきり叫んだ。
これからと云うときにナイスタイミングで邪魔をしてくる教皇である。
******
教皇領を越えて軍が南イタリアへ侵攻を開始している。
その軍勢を率いるのは前エルサレム王ブリエンヌである。短い間フレデリカの妻であったヨランダの父である彼は、
「シチリアを攻め落とせばそこの王、そして孫はエルサレム王にしてやろう」
と、グレゴリウスの言葉を聞いて軍を連れて攻めてきたのである。
既に老境にある彼の思いは、
「あの腐れインチキレズ破門皇帝から、孫のコンラートを取り戻さなくては……」
と云う思いもあり、ゆっくりとだが南イタリア攻めを行っていた。
フレデリカは破門を受けてから出発するまで、出ている間に攻められたときように防備を固めるよう諸侯や自治都市に指示を出していた。
故に彼女が聖地に連れてきたのは僅かな軍勢であり、ドイツ、シチリアには殆ど諸侯の手勢が残されている。
しかし破門をかばうような軍事行動となれば味方が相手に寝返ることも十分に考えられた。
フレデリカは聖地の統治から手を引いて戻らざるを得ない状況に早速陥ったのである。
「ええい、一ヶ月! 一ヶ月だけパレスチナでやれるだけのことはやって戻る! アンリ! 超速でシチリアに戻って各都市に城門を閉じてひたすら相手にしないように指示を伝えてきて! 応戦はしなくていいから籠城で!」
「あいあいさー!」
「他の人はチョッパヤで事業に取り掛かるよ! 計画書とか見積もりとか出して! 予算と人員は十分あげるからお願いね!」
「いえっさー!」
すぐさま行くと云うわけにも行かないので最低限の取り決めを即座に行おうとフレデリカは慌ただしく動き出すのであった。
「くそ、思ってたより国内の問題が早過ぎる! 今は4月で中東に到着したのが去年の9月……たった7ヶ月の十字軍だよこれじゃあ!」
「すぐに終わらせるとは言っていたが、こんな終わり方ではな」
「そうだそうだ! せめて一年あればこの辺りをパーペキに仕上げて、アッコンも開発してから帰れるのに……」
愚痴りながらも撤退と軍の配備計画を建てだす。
フレデリカは連れてきた軍勢の半分以上を、治安維持と城塞整備の為に置いていくことを決めた。そうしなければここで反乱が起きては堪らないのだ。
そして、
「一番ヤバイのがこのアッコンだよね……めっちゃ反乱起きそう」
「教皇のやつが総主教に指示を送るかもな。ヨーロッパとパレスチナで交互に反乱を起こそうと」
「なんとかこの都市のヘイト値を下げないと……隊長えもん! どうにかして~!」
「誰がえもんだ、誰が」
袖をぐいぐいと引っ張るフレデリカに隊長は考えてから返した。
「……そうだな、いつ反乱が起きるかわからないのが問題なんだ」
「と言うと?」
「フレさんがいるうちに軽い反乱を起こさせてガス抜きしよう───お前ら」
隊長が従者達に指示を出した。
「ウンコを作れ」
「……」
「……」
「む、言葉が足りなかったな。すまん──フレさんに投げつけるウンコを用意しろ」
「隊長ー!?」
フレデリカが叫んで彼の胸をがくがくと揺らした。
彼の説明はこうだった。
「反乱を起こしても長期化させている時間は無いからな。フレさんがアッコンから中東へ戻る式の途中で扇動して、予め用意したウンコっぽい泥や、モツ鍋をフレさんに投げつけてサクラが罵りまくる。すると同調してアッコンの住民らもフレさんへ暴言を吐きまくってウンコ投げまくり祭りだ。フレさんは悪役っぽく退場してくれ。ここの住民は、自分らの暴動でフレさんを追い返したと満足してある程度静まるだろう」
との事であった。
普通のウンコを投げては病気が蔓延するので、予め桶に用意した泥を暴徒に渡して使わせる作戦である。
しかしこれには、他の幹部や騎士が若干不満を表した。
「エルサレム解放者で、我が王がウンコ投げつけられて逃げるように去るというのは……」
「破門されてるとはいえ、皇帝にそのような……」
部下からしてみれば、自分勝手に不満を爆発させようとしている住民が王を非難しているのだから鼻白むのも当然である。
現場を知っているからこそ、フレデリカがいかに戦争をしないようにして国を発展させようとしているかわかっている。
やり方と評判はともあれ、実績と結果を出している王なのだ。
むしろ彼女の騎士だと云うのにそんな提案をすぐに出す隊長も隊長だ。
だが、フレデリカは迷わず宣言する。
「じゃあその作戦で行こう。中東に残していく兵に、住民の格好をさせて扇動させるよ。容赦無くアジって欲しい」
「王……いいのですか? 貴女は追い出されるように聖地を後にするようなことはしていないと、我ら一同、巡礼者達も思っております」
「はっ」
彼女は鼻で笑い、何の気負いも無く告げた。
「ウンコ被って反乱が起こらないなら、我はウンコを被る。信仰心と一緒にそんなこだわり、犬に食わせたよ」
──そうして、1229年5月1日。
出港の日が訪れた。
「皆~! 応援ありがとうね~! フレデリカちゃんは不滅で~っす! キラッ!」
壇上で挨拶するフレデリカに、早速泥の塊が投げつけられた。
「帰れクソ皇帝ー!」
べしゃりと豪華な皇帝の衣装に茶色い塊が付着する。
そして次々と罵る言葉と泥や動物の内臓が飛んできた。
「お前なんかに聖地解放されて嬉しくもねーんだ!」
「オタサーの姫程度の外見で調子に乗るな!」
「クソレズ!」
「いい年こいて可愛子ぶるな!」
泥はフレデリカの赤みがかった金髪をも汚し、白い肌も染めていく。
彼女は取り出したギターレと云う弦楽器を床に叩きつけて破壊しながら叫ぶ。
「ファアアアアアアック!! うるせええええサノバビィィィィッチ!!」
デス声で怒鳴りだす。ハードなメタルのライブ状態であった。両手を悪魔的な形にして民衆を挑発する。
壊れたギターレの部品を投げつけながら彼女は踵を返して船へ向かう。
彼女は捨て台詞を吐くのも忘れない。
「二度と来るかクソアーメン!!」
「失せろー!」
「ほら、総主教も投げつけてください」
「そ、そうだな……この、アンチ・クライストめえええええ!!」
騒動を聞きつけてやって来たエルサレム総主教も、袖が汚れるのにも構わず熱狂に囚われて泥を掴み、フレデリカに投げつけるのであった。
そして彼女のガレー船団が港を離れていくと、アッコンはそれこそエルサレムが解放されたように大盛り上がりで祭りのようになった。
その熱狂の渦から離れて、サクラだった従者や騎士は醒めた目で彼らを見る。
「……フレデリカ様の望み通り、アッコンの住民はずいぶん楽しんだようだな」
「正直、ムカつくぜ。こいつらも、総主教も」
「まったくだ、こいつらは自分達の平和なんて、アル・カーミルが本気で十字軍国家を滅ぼそうとすれば泡のようだと思わないんだろうな。それと交渉して講和したのがフレデリカ様だってのに」
そして暫く沈黙して、ややあって誰かが全員同じ気持ちだと気付いたように呟いた。
「それはそれとして……美少女が泥的なもので汚れまくるのってなんか興奮したよな」
「ああ。服が濡れて張り付いてたのもよかった」
「ウェットでメッシーだった」
特殊な趣味に目覚める者達も居たのであった。
こうして、史実にはアッコンを出発した神聖ローマ皇帝は、糞尿や臓物を投げつけられたと残ることになったのである。
しかしそれが功を奏してか、皇帝の手を煩わせない程度には、聖地の平和は続くようであった。
*****
フレデリカがシチリア帰還に使ったガレー船は僅か7隻であった。
ちなみにシチリアから中東にやって来たときに持ってきた船は大小合わせて80隻である。
連れてきた殆どの兵力を中東の保安などに使うために残して居た。シチリアにたどり着けば諸侯の軍と合流できるとはいえ、反乱軍と戦うために戻った皇帝直属の軍は多くて500程度の人数であったと思われる。
5月1日に出発して一月程かけて南イタリアの港、ブリンディシに辿り着いた途端にシチリア中どころではなく、教皇領から北イタリアまで[エルサレム解放者]のフレデリカが帰還したと一気に伝達された。
「俺達の皇帝が聖地を救い帰ってきた!」
そう歓声を上げて、ブリエンヌから侵攻を受けていた都市も希望を持ち直した。
フレデリカは即座にシチリアの諸侯から軍を呼びかけて僅かな手兵から再編し、直轄の部隊を先頭に立たせて進軍を開始した。
「いいか! 今回の作戦もいつもの通り、我らの軍で圧力を掛けながら前進して敵を追い返せ! 決してこちらから攻撃するなよ!」
彼女がそう命じたのは、十字軍に向かいイスラム教徒を一人も殺さなかったのに、キリスト教徒は殺すのかと云う批判を避ける為であったが。
意を得たとばかりに中東帰りの部隊は完全武装で南イタリアを北進する。
その姿に街々の住人らはシチリアの守護者である彼女らの帰還を心底喜んだ。
当時は十字軍帰りというだけで、はっきりと軍の威光に補正が付く。
神聖なる雰囲気を出したフレデリカの軍は信徒らがこぞって物資を与え、応援をする存在になっていた。
「俺達、威圧進軍の雰囲気だけならヨーロッパ一の軍だよな」
「マジこれだけは負ける気がしないな」
兵達もかなり慣れてきたそれを行えば歴戦で屈強なる兵士と云う雰囲気を出して、頼もしさを感じる。
ナポリに辿り着いたときは彼女が作ったナポリ大学から学生が武装してフレデリカの軍勢へ参戦した。教皇が侵略すればこの俗な大学は潰されると皆が感じたのだ。ナポリで宗教以外を学ぶ学問の徒はフレデリカの味方であった。
それ以外にも封建領主が抱える諸侯軍などが次々とイタリアから参加していく。
「進撃! 行けよ我の成功せし破門十字軍! 我らの戦いに無駄だと文句をつける引き篭もり達に、我らは確かだったと叫び返せ!」
フレデリカの呼びかけに皆が続く。
「我ら破門皇帝に付き従う軍なり!」
足を踏み出し、皇帝の旗を振りながら云う。
「我ら教皇に逆らえど、神とそれに祈る者を守るために戦う者なり!」
宗教騎士団どころか聖職者さえ集い、破門を受けていてもその信仰を変えずに上司たる教皇に叫ぶ。
「我ら王に守られし、故に庇護を守る為に立ち上がる民なり!」
引き連れられた民衆も続々と増える。
「我ら偉大なるエルサレムを開放せし唯一のエルサレム王を守る騎士なり……!」
馬に乗る者共が剣を掲げて己の王を称えた。
この時代、フレデリカ以上に輝く王は居ないと彼らも誇りに思っている。
声は次々と続き、侵略された土地は聖地より帰った軍を迎え入れる。
「諸君! 我の信仰心がどうとかは水掛け論なので今更言わない! だが、我は諸君らの信仰を守る、神聖とよばれた皇帝だ! 我の信心は疑ってもキリストの墓所へ安全に参れる事実は疑うな! エルサレムを治める、王たる我はここにいるぞ!」
ブリエンヌの軍は下がる。異様な熱気に、軍を下がらせるしかできない。
もはや彼の奪った土地全てで、フレデリカを呼びかける声が抑えきれなかった。
「なんなのだ……! どういうことだ……!」
前エルサレム王、ブリエンヌは愕然と呟く。
フレデリカの軍は次々と集まった諸侯軍、義勇軍が集いもはや教皇の呼びかけで集めた軍を凌駕していた。
先導して扇動して、もとより国内では人気のあったフレデリカに付き従うのは大貴族から農民まで無数に存在したのだ。
ブリエンヌが集めた軍と云うと、まあつまりはこんなときに敵に回ることに定評のあるミラノを中心とした北イタリアの自治都市から集めたのだが。
自治都市から集まった軍が、フレデリカを嫌いこそすれ、もっとも優先すべき事項は自らの都市の利益だ。
故に──不利と見るや、瓦解するのは早かった。
「くそおおおお!!」
ブリエンヌもビザンツのコンスタンティノープルへ逃げていき、教皇が用意したシチリア侵攻軍はその奪いとった土地を全てフレデリカに再征服された。
一戦もせずに、民衆を煽りフレデリカは勝利したのである。
「教皇ざまあみやがれ! くふははははは!」
彼女はローマの方へ指を向けて、笑い転げた。
フレデリカがシチリアに帰って、僅か四ヶ月で鎮圧した戦争であった。
******
シチリアの統治を再び取り戻してある程度情勢が安定した頃である。
「というわけで教皇と和解するといいでござるよ」
げっそりしたヘルマンの言葉に幹部会議は微妙そうな顔をする半数と、ややほっとする半数が居た。
フレデリカは露骨に前者だったが、
「破門されたままじゃ気にしないにも限界が出るでござる。というか破門って普通解かれること前提でされるものでござる故」
「うーん、確かに国民や国際的な人気とか、功績の正統評価される為にも破門解除は損しないんだけど……」
想像した。
グレゴリウス教皇の元に向かって破門を解いて貰うように謝罪をする。裸土下座ぐらいは要求してくるかもしれない。自分がゲザっているのをあの悪人ヅラが含み笑いをこぼしながら見下ろすのだ。
「すげえムカつく……教皇を呼びつけて破門解かせられないの? 書面で発表してくれてもいいけど」
「うう、まあ拙者もフレデリカたんと教皇がそれぞれそんな調子なものだから、折衷案を作ってきたでござる」
「ヘルマン、苦労しているな」
隊長が憐れむ。
この皇帝と明確に敵対している教皇との間を走り回り、和睦をこぎつけたのだから相当な外交手腕を持っているヘルマンである。
教皇も破門したフレデリカはともかく、エルサレム解放後に中東での安全保障問題を担うチュートン騎士団の団長が頼むことを無碍にするのは、世間体からもできなかったようだ。
教皇としても既にヨーロッパ中に伝わったエルサレム解放の賛美を受けるフレデリカに何らかで報いなければ内外から苦情が来るのである。
このような最大級の功績を上げても破門は解かれないと云うのはどういうことか、と。
故に嫌々ながら破門を解くことには頷いたのであるが、その表明したコメントはこうであった。
「全ての信徒の母であるローマ教会、父であるローマ教皇はどのようなやんちゃで手に負えないかなりアレな娘だろうが、こちらに頭を垂れ戻るというのならば慈愛を持とう。これを機にこのアンチ・クライストが正しき道に戻り、彼の者に脅かされていた心優しき信徒達に平穏が訪れるように祈る」
凄まじく嫌そうな内容で喧嘩を売る姿勢は曲げていないことは一目瞭然であった。
フレデリカとしても、とりあえず体面として受けるが教皇が挑むならば喧嘩を買うスタイルは変えない。
ヘルマンは胃を痛めつつ地図ボードを出してイタリア中部を指して云う。
「ここ、山間部の都市アナーニはグレゴリウス教皇の生地でもあるでござる。たまたまここをオフで訪れていた教皇は、曲がり角でモチを咥えて走っていたフレデリカたんと出会う……」
「モチを咥えていたくだりいるの!?」
「そして流れで許しの伝統的儀式が行われるでござる。双方に平穏が訪れる、[平和のセップン]でござる」
「何? 節分?」
ヘルマンは首を振って説明する。
「だから、[接吻]して[双方平和]でござるよ」
「ダブピー!?」
フレデリカが顔を歪めて、あの髭もじゃな教皇の顔を思う浮かべた。
「げぇ……そんな、オッサンとちゅーしてダブルピースしたら我の人気がキスしてグッバイにならない? 中古とか叩かれない?」
「大丈夫だろう。フレさん、ウンコ投げつけられても平気なぐらい、なんか汚れ芸人めいた人気がある」
「花の乙女が持ちたくない属性だよそれ……」
肩を落とした後で、握りこぶしを作って顔を上げる。
「しかし、ここで怯んだり嫌がったりしたら相手の思う壺じゃん! むしろ何も気にしてないよぐらいの感じでさらりとこなしてこその皇帝!」
「おお、さすがですぞフレデリカたん!」
「教皇の接吻なんかに、絶対負けたりなんかしない!」
それに彼女がやらねば、部下も破門を受けたままになるのは負い目を感じるので決行することになったのである。
1230年、9月1日。
アナーニの街で皇帝フレデリカと教皇グレゴリウスの和睦は成立した。
「ぐふふぅ……」
「だっ……だぶるぴーすぅぅ!」
フレデリカは涙目になりながらも、両手の指をダブルピースするのであった。
「滅べ教皇」
「隊長キレすぎですぞ」
「俺はキレてない。ただ教皇死ねと思っているだけだ」
「なんというか娘のデートを見守るお父さんって感じでござるな……」
偽りの和睦だろうと、信頼しあえない教皇と皇帝の不和が消えなかろうと。
ひとまずはこうして、フレデリカは普通の皇帝に戻り安心して内政が行える身になったのである……。