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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第三章『エルサレム王フレデリカと十字軍』
22/43

21話『エルサレム解放フレさん──1229年』




 フレデリカとアル・カーミルとの交渉は、アッコンの街の外に野営地が作られてそこで行われた。

 とはいえ本人同士が会う訳ではなく、ファクルディーンを通しての交渉であった。

 毎度、イスラム側の太守であるファクルディーンをアッコンの中に入れるのは問題があるし、明らかにイスラム側と密通していると周りに見られるからだ。 

 交渉にはナブルスに居るアル・カーミルの要求をファクルディーンが聞いてフレデリカを尋ね、そこで代理交渉を行い、重要事項や確認に関してはまたスルタンに聞きに戻るという形であった。

 

「くふふ……さあ、ゲームを始めようファクルディーン」

「あの……なんで盤置いてるんですか」

「チェス(シャトランジ)やりながら交渉ってなんかそれっぽいじゃん」

「はあ」

「我に勝てるかな? ファクルディーン。勝てたら何か権益を譲ってあげようくふふ……」


 と、何故か不明だがチェス盤を囲みながらファクルディーンと交渉に挑むフレデリカであった。

 二人でチェスやってる絵さえ後世に残っている。

 アラビア語で交渉をしているので理解しているキリスト教側の人間は数名しかおらず、会議の様子を記録した者さえも、


「なんか和やかな雰囲気だった」

「チェスっぽいことしてた」


 としか記録に残していない。ちゃんと残せよ。

 

「じゃあまずは、エルサレムの譲渡する土地しない土地から決めようか。ルフを前に」

「ではお互いに譲れぬものをまず上げるということで。アル・カーミルはオマールの建てた岩のドームとその周囲はイスラムの聖地なので譲れぬと。四三の銀」

「それならこちらはエルサレム中心の聖墳墓教会。ここはまず貰わないと。五の五」

「必然、神殿の丘に続く黄金門は東側でもありますのでイスラムが管理すると言っております。リバース」

「そっち側に回りこむと問題が起こるかもしれないから、まあいいよ。ただこれはエルサレム外になるんだけどね、南方面にあるチェナーコロもこっちに欲しいんだけど。オープンリーチ」

「……エルサレム外は中東の管理では? 桂馬頂きます」

「いや、ここはさあキリストの最後の晩餐した場所だから観光地に持ってこいなんだよね。最後の晩餐メニュー屋とか出せば売れないかな。シャーを後ろに」

「……スルタンに確認を取ってきます。チェックメイト」

「ぬあああ!! 負けた!」

「何のゲームやってるんだお前ら」


 呆れた顔でごちゃごちゃした盤面を見ながら隊長が云う。

 ひとまずエルサレム外の譲渡について再びナブルスに戻らなくてはならないのでファクルディーンは立ち上がる。


「あ、待った。我に勝ったからご褒美をあげよう」

「なんです?」

「じゃーん! フレデリカちゃん騎士勲章! これで君も神聖ローマの騎士でーす!」

「いいのおおお? これ貰っていいのおおお!?」


 無理やり付けられて、なんとも言えない顔でナブルスに戻る騎士ファクルディーンであった。

 他所の国の異教徒で封建領主を無理やり叙勲する皇帝である。

 なんというか自由にも程がある。

 ナブルスでファクルディーンの胸に付けられた騎士勲章を見て、


「ほら、僕もリチャードにやられたクチだから。よくあるよくある」

「なんてこったい……」


 などと言い合う、英国騎士アル・カーミルと独逸騎士ファクルディーンであった。


 9月から始まった交渉は11月まで一段落するまでかかり、その間に何度もファクルディーンはアッコンとナブルスの間を馬で往復する羽目になった。

 まあ、ざっと往復200kmはあるだろう。

 

「あいつも大変だな」


 隊長が心配して、はちみつとヤシの汁で作った栄養ドリンクを渡したら泣きそうな顔をしていた。

 ファクルディーンの体を気遣ったから、というわけではないがもっと交渉を早める為に、二人の君主は距離を縮めることにした。

 以前に嫌がらせ気分で開発させていたヤッファの整備が進んだので、不穏な空気漂う上に毎日のように総主教が批判演説を繰り返しているアッコンを出てヤッファに移動したのである。

 そしてアル・カーミルもナブルスから南西にあるガザへ移動した。

 これによりお互いの距離はこれまでの半分に縮み、かつヤッファとガザの間は農村が続いて走りやすく、よりファクルディーンを往復させやすくなったのである。


「よっしゃ泣ける」

「なんというか、頑張ろうな」


 彼の疲れた顔があんまりだったので距離が縮まったこともあり、隊長も同行するようになった。

 しかも連絡が容易となると皇帝とスルタンはお互いにイチャつき出した。


「ファクルディーン。この天幕をフレデリカに届けてくれるかい?」

「これってスルタンしか使えない最上級天幕なんですけど!?」


「隊長、どうよこの鞍に布にと飾り付けた豪華な馬は! 皇帝っぽいよね! よし、これをアル・カーミルに届けてきて!」

「その馬を連れてきた騎士には代わりになんかやれよ」


「イスラム風の宮廷料理を作らせたんだけど、温かいうちに届けてくれ」

「馬なんですけど!?」


「いやー憧れの中東来て凄い楽しいよ我。ナツメヤシのことを歌った詩を書いたんだ! アル・カーミルに持って行ってついでに詠んできて!」

「……すまん、詠み手としてエンツォを連れて行く」


「フレデリカの息子は素晴らしい才能だね。思わず詩を教え込んでついでに本を山ほど持たせてしまった……」

「中東にもそう居ない美少年でしたねー」


「皇帝陛下。中東の詩本と、イスラム区へのキリスト教徒立ち入りの許可を貰いました」

「エンツォ……お前交渉の才能っていうか補正あるなあ……」

「あの場所はキリストがユダヤの司祭相手に論争した場所だからな。巡礼地としても価値がある」



 などと主にファクルディーンと隊長が走り回りながらも交渉は進んでいく。



 そんなある日の交渉……。

 夜にまで及んだ内容で、急ぎファクルディーンはガザへ戻ろうとしていた。

 ちらりと周りを見回すと、フレデリカの陣営はチュートン騎士団が固めていて保安は万全である。


「夜だけど行くの? 今夜は泊まって行きなよ」

「いえ、交渉の内容を急ぎスルタンに伝えねばなりませんので」

「……一応俺も付いていこう。夜道は危ないからな」


 隊長が進み出て、ならばと云うことで既に何度も互いの陣地を往復している二人は並んで馬で出発した。

 そして月明かりで十分見れる夜道を走りながら隊長は尋ねた。


「何かあったのか」


 ファクルディーンがどこか落ち着かぬ様子であったからだ。

 彼は馬を止めて、やや躊躇しながら、


「これを貴方に話して良いものやら……」

「勿体振るな。俺もあんたもメッセンジャーだ。余計なことは漏らさん」

「……そうですね。実は、国の一部でこの講和に関して怪しい動きがありまして」

「反対派か」


 納得したように呟く。

 ヨーロッパから船で三週間掛かるこちらと違い、陸続きなイスラム側は情報伝達も早いだろう。

 それにいざとなればフレデリカに不利な情報は提督アンリが海上で取り押さえてくれるようになっている。

 

「それで、アイユーブ朝に伝わる[教団]が動いた、と云う情報が入ったのです」

「教団……? ───暗殺教団か!? 実在していたのか……」


 暗殺教団。

 十字軍の要人を暗殺していると噂されるシリア地方に伝わる秘密結社ともいわれ、その存在は架空であるとも噂される幽鬼のような集団であった。

 いわゆる──アサシンである。

 隊長が唸りながら云う。

 

「あくまで憶測と俺個人の考えであり別段悪評を振りまくつもりではないので勘違いしないで欲しいのだが……」

「そんなに発言に気をつけなくても」

「一説によれば、アル・カーミルの叔父であるサラディンがアサシンを使った、とも言われているから不思議ではないのか。奴は凄まじく都合の良いタイミングで周りの人間が死んでいる」

「……」


 イスラム側の英雄であるサラディンについては何も言いたくないのか、ファクルディーンは口を噤んだ。

 隊長が歴史を思い出すようにして確認する。


「サラディンは直属の上司だったシールクーフが頓死して宰相になった。

 親しくなったエジプトのカリフは財産や権利を全て譲った瞬間に死んだ。

 元上司だったヌルッディーンはサラディンと戦おうとした途端死んだ。

 増援となればイスラムに致命的である中東に攻めて来ようとした第三回十字軍でのフリードリヒは変死した。

 そしてエルサレム王位継承問題中だったコンラッドが暗殺され、十字軍は内輪もめを始めてヨーロッパに帰っていった……」

「すげえ詳しいですね隊長」

「それらにアサシンが関わっていたと噂されている。だがサラディン自身もアサシンに枕元に立たれた事があるらしいが、とするとそれはむしろ目眩ましとして自身の関与を否定する為の自作自演なのではなかろうか。実際に奴は殺されずに警告だけに留まったようだ」

「なんでそんな裏事情まで知ってるんですか隊長」


 隊長は眉をひそめながら、


「それが……講和の妨害を狙っているのか」

「恐らくは。この場合、狙われるのは三箇所。スルタンか、皇帝が有力ですが、スルタンはもとより皇帝にも厳重な警護が付いているようで」

「ああ。チュートン騎士団は優秀だ。確かに、あの場では指摘できないな。他の者に聞かれる」

「ですから隊長から皇帝へお伝え下さい。秘密裏に」

「そうだな。風呂に一緒に入った時にでも伝えておこう。二人きりだから」

「……? はて、隊長と皇帝は夫婦でしたか」

「いや違うが」

「ハレンチな!?」


 思わず叫んだファクルディーンの声に、隊長は周囲を見回す。


「そしてもう一箇所。狙われるとすればメッセンジャーか……」

 

 響く舌打ちのような音を隊長は何度か鳴らした。

 月明かりから滲みでたように、顔を黒布で隠し、黒塗りの刃を持った男が近づいてきている。


「出たか……! 隊長、ここで仕留めます! アサシンの補充は難しくここで始末すれば講和成立まで新たには来ないでしょう」

「そうか。ところでファクルディーン……何人まで相手に出来る?」

「は?」


 彼は油断なく周囲を見回す。

 薄明るい月の光にも照らされず、草むらや木の影から視線を感じた。


「8人いる。さっき音の反響で調べた」

「何その特技」


 近くにいるのにファクルディーンの大声で気づいたので、舌打ちの特殊な周波数を出した音を鳴らして蝙蝠が虫を捕らえるように見えないアサシンの位置を割り出している隊長であった。

 二人は馬から飛び降りながら武器を構える。毒の付いた武器でも投げられた場合、馬上では避けきれずに落馬して重傷を負う可能性がある。

 扱うのは細身の長剣シャムシールだ。隊長も観光地で売ってたので買って、いつも持ち歩いている剣と合わせて二刀流で装備していた。

 

「……2人ならば同時に相手取れます」


 ファクルディーンの応えに隊長は頷いた。

 

「なら残り6人は俺がやる」

「頼もしいなこの人」


 隊長は二刀を構えると、背中合わせにファクルディーンと周囲へ目を向ける。

 アサシンは取り囲むようにして姿を現す。


「行くぞ」

「応!」


 二人は同時に攻めた。アサシン相手に守りの戦いはできない。

 ファクルディーンの振るったシャムシールの刃をアサシンは小剣で受け止めるが、すぐに剣をくねらせて肩から撫で斬りにした。即座に次の敵へと向き直る。

 いや、切り裂いた筈のアサシンがまだ生きている。ほぼ即死の大怪我を、麻薬で無理やり意識を保ちながらファクルディーンに飛びかかってきた。

 彼は背負投げのような形で地面に叩きつける。柔らかな土に頭をめり込ませながらも狂的な瞳の色を灯したまま足を刺そうとしてきた。

 蹴り飛ばす。胸の肋骨をへし折る感触と、首の骨がずれたようでアサシンの一人は意識を暫く保ったまま死んだ。

 彼らの武器は三つ。狂信と恐怖と唐突。それらを振り払わねばチップの命を失う。

 自分か隊長かが殺されれば交渉に罅が入る。それではスルタンの意にもそぐわないし、一人も死なせずに十字軍を終わらす皇帝も目的の達成が不可能になる。

 

(隊長は平気か……!?)


 同じくフレデリカの騎士である隊長へと次のアサシンを牽制しながら向き直る。

 すると彼は、


「ヘルマン、技を借りるぞ。二刀流、トリニティ斬──!」

 

 三位一体が二連続の六回攻撃──! 

 こうなれば六位一体でありがたさも二倍だ! ジーザス!

 隊長の六連斬撃でアサシンが為す術もなく六人絶命した。


「……」

「……」


 さすがに残った一人の、指示役かもしれないがやや理性的な色が目に見えるアサシンも唖然となって暴風の様に暗殺者を蹴散らした騎士を見ていた。

 隙だらけだったので首を薙ぎ払ってファクルディーンが始末した。


「よし、勝ったな」

「理不尽を感じる」

「気にするな。それより、この襲撃は……」

「ええ、『無かったこと』です。私達は誰にも襲われていませんし、返り討ちにしてもいません」


 二人は頷き合って、夜中の襲撃現場を後にするのであった。  

 互いの主が望むままの結果を目指して、騎士は知られず戦っている。




 ******




 そうしてやがて交渉は纏まり始める。 


「エルサレムは東3分の1、岩のドーム、アル・アクサのモスクを含めた地区をイスラム区に指定する」


 フレデリカはその事項に調印をする。

 これによりエルサレムの半分以上、聖墳墓教会や嘆きの壁、ダビデの砦はキリスト教徒に渡されるのだから実質解放したも同様である。

 ただしイスラム区にキリスト教徒は入れるし、その逆も問題ないとした。

 最後まで難航したのはアル・アクサのモスクであるが、これはイスラム教徒の人気が非常に高いモスクで岩のドームにも近い場所にあるのだから彼らの物となるのは当然ではある。

 しかし、そこはサラディンにエルサレムを奪われるまでテンプル騎士団が本拠として使っていた建物なので、彼らの返還要望があった。

 あったのだが。


「アル・カーミルがどうしてもって云うし~」


 強くは交渉に出ずにフレデリカは諦めた。



「エルサレム内のイスラム教徒を非武装に。だがその為には、エルサレム内の警備や城壁の作成はフレデリカのキリスト教徒側が担当する」


 アル・カーミルが調印する。

 イスラム教徒だろうとキリスト教徒だろうとエルサレム内では争いを起こさせないとして、その都市自体の防御をキリスト教徒に任せる。城壁の再建費用もフレデリカ持ちだ。

 そしてキリスト教側は同じキリスト教徒の軍などが襲ってきたとしてもエルサレムの住民を守る必要があるとして決めた。



「イスラム側は地中海沿岸の十字軍国家を認める」


 フレデリカが決定する。

 これによりベイルートからヤッファまでの間にある、いつイスラムに攻められるかと戦々恐々していた都市はその危険から免れるのである。

 そうなれば交易も盛んになり、中東からの品物もヨーロッパ、シチリアに入ってくるようになるし観光収入も増える。また、ベイルートの更に北にあるアンティオキアとも行き来が容易くなるだろう。

 十字軍国家だけではなく、出発地であるシチリアも儲けるのでフレデリカからすればこの安全保障には大喜びであった。



「巡礼者や通商の安全は双方の軍が守るとする」


 アル・カーミルが決定する。

 この条約は第三回十字軍の終わりに、リチャードとサラディンの間で決められたものだが、それがまだ有効であると改めて明言したのである。

 新たな改革で不安になる巡礼者などを安心させるに足る一文であった。

 また、イスラム教側にも、熱心な巡礼者以外に商人も多くてヨーロッパとの通商を行いたがる者は山ほどいるのでそれらからの支持を得られる為のものでもある。



「キリスト教側は、第五回十字軍で捕虜となった者を全て交換に応じる」


 失敗に終わった第五回で捕らえられた者は早急に金と引き換えに受け取りに来る。

 和平を結ぶのだから捕虜が居てはまずいし、ずっと抱えたままではアル・カーミルにも負担が掛かるのである。

 金に関しては法王庁と第五回十字軍参加国に早速手紙を送りつけた。


 これらの約束はどう考えても、アル・カーミルがかなり譲歩している。

 彼に取ってしてみれば、十字軍を追い返すことなど簡単なのだ。フレデリカが二年と持たずに本国で問題が起こるのは目に見えているし、十万の兵ですり潰すのは容易い。

 確かにリスクもある。海戦に優れた専用船を用意してきた彼女の海軍がカイロまで攻め入れば被害を受けるだろう。しかし、それでも戦って追い返せばアル・カーミルはイスラム圏から十字軍と戦い勝利した英雄と讃えられる。

 エルサレムを譲り渡して裏切り者だの、フランク人の手先だのと誹謗を浴びるより普通はそちらを選ぶ。

 だが彼は講和の道を選んだ。フレデリカとの友情もあったが、


(僕と君が手を結べば、その間は十字軍で死ぬ人は現れない。ならそれでいいじゃないか)


 聖地などより、人死を出すのが嫌だったのだ。ディムヤードの破壊と蹂躙を再び見たくはなかった。

 フレデリカほどとは言わないが、彼も信仰心は薄かったのだろう。


「この講和条約の期限を署名後の十年後までとする」

「ただし、双方の同意があれば十年後に再び条約を結ぶものとする!」

 

 そして───二人の署名捺印が行われた。




 *****




 1229年。

 エルサレム総督のアル・ガウィヅがフレデリカに恭しくエルサレム城門の鍵を渡した。

 彼女は多くの巡礼者がエルサレムの外に集い見守る中で、門の鍵を開く。

 息を吸い込み、砂塵に噎せないようにしながらも彼女は確かに高揚して大きく宣言をした。



「エルサレム、解放────!!」



 荒野を響き渡らせる大歓声が上がった。

 シチリア王にして神聖ローマ皇帝、エルサレム王のフレデリカは、ただの一人もイスラム教徒を殺すこと無く、誰一人キリスト教徒を殺されることも無く。


 聖地を無血で解放するという、これまでも、これからも他の誰も成し得ない偉業を達成したのであった。

 

 キリスト教の最高権力者、神聖ローマ皇帝。

 イスラム教の最高権力者、スルタン。

 その二人が手を取り合い、聖地を奪い合うことを止めて協力したことで人々に平穏と安全な祈りを与えたのである。


 

「互いに手を取り合えば平和はこんなにも容易く訪れるんだ。我達は分かり合えた……! 超絶神聖フレデリカちゃんのスーパー成功ヒストリー……ここに完結っ!」



 






 ******




 教皇とエルサレム総主教は当然キレた。


「ぐふう、貴様怪しいと思っていたら、やはりイスラムに魂を売っていたのだな! 破門? 一向に解かぬが?」

「恥を知りなさい! 異教徒に跪き媚を売ってなおかつエルサレムの中に奴らを残すとは! エルサレムはイスラム教徒の血とキリスト教徒の血で塗れて取り返すことに意義があるのです! 皇帝失格な異端者に譲り渡されたエルサレムなど誰が帰るか!」



 テンプル騎士団は頭を抱えた。


「俺らの本部だったモスク開放されてないじゃん! 嘘じゃん!」

「っていうか講和ってことは延長されても開放されないフラグじゃんイスラム区にある施設! ああ、テンプル騎士団の四十年に及ぶ本部帰還の夢が……!」


 

 アル・カーミルの弟アル・アスラフもキレた。


「兄貴ィィイ! てめえ聞いてねえぞエルサレム売り渡すなんて!」

「アル・アスラフ。ちょっとこっちで僕の[説得]を聞いて欲しい」

「えっちょっまっ」


 ただ何故か彼の反論の声は、アル・カーミルの説得の後騒がれなくなったと言われている。

 どんな説得をしたのか、記録は一切残っていない。 

 ともあれ、何故か沈静化できたイスラム側に比べて、フレデリカへの批判集まりっぷりは半端ない勢いであった。

 アッコンにいる総主教はこれを開放とは断じて認めず、イスラム教徒との共生など一切を拒絶してエルサレムに来ようとはしなかった。

 毎日フレデリカへの悪言を演説して、教皇にあの皇帝クビにしろと手紙を送りつけまくった。


「エルサレムに居ないエルサレム総主教を続けなくてもねえ」

「そうだな。エルサレム解放王」

「えへへ」


 テンプル騎士団は燃え尽きていたが、ホスピタル騎士団は特に文句も無くエルサレムを解放したフレデリカへ付き従う。

 また、巡礼者や安全が保証された十字軍国家の住民らは大きな声では言えないが彼女へ感謝している。

 しかし世の中、感謝は胸に秘めて文句は口にするということが多いので批判ばかり目立つ結果になっていた。

 それをフレデリカは、


「荒らしはスルーで」


 聞き流していた。

 また、エルサレム内部に残されていたキリスト教会の面々は長い間エルサレム総主教とも、教皇とも関わりが無かったので、


「なんだかわからんが、よし!」


 と、破門皇帝の問題に関しては目を瞑ることにした。

 とりあえずフレデリカが行うのは頑なな宗教者への面倒な説明ではなく、すぐに効果が現れる人気取りである。

 彼女の人気取りの方法は三つ。諸侯の権益保証。減税。そして、


「エルサレム王の戴冠式を行いまーす!」


 そう、既にシチリア王で二回、神聖ローマ皇帝で三回やってる戴冠式であった。

 聖墳墓教会で名乗りを上げたそれに、さすがに聖地なのでフレたんイェイイェイの言葉は上がらなかったが、教会の外にまではみ出た多くの巡礼者が集まり拍手を響かせた。

 しかしこのような戴冠式ではこれまでのように、大司教や教皇から冠を受けるのが慣例である。

 だが総主教はアッコンから出てこようとしない。

 故に彼女はあっさりと、自分の手で祭壇に置かれた冠を頭に乗せた。

 その行為を見て、観衆は確かに思った。


「この皇帝がエルサレムを一人で取り戻している間、彼女に戴冠させるべき総主教は何をしていたのだろう」


 だから誰からも文句は上がらなかった。

 彼女が作り上げた平和だと云うことを実感させられる式となるのであった。



 それから暫く、フレデリカはエルサレムに滞在することになったのだが。


「隊長隊長! すげえあの岩のドーム生で初めてみた!」

「ああ、俺もだ」

「マスコットキャラとか作って売れば儲け話にならないかな? 名づけて『ドーム』くんとか」

「偶像崇拝になるかもしれないだろ」

「じゃあゲーム化とか。岩のドオオオオム! 預言者に神の言葉をシュウウウウ! 超!」

「超やめろ」


 とか、


「最後の晩餐の地で食べるモチは格別だね」

「ワインも持ってきてよかったな」

「あのーお二人共。せめて祈ってもらわないとこのベラルド、周りからの目線が厳しいのですが」

「アーメンソーメンおまんじゅう! はい次の場所行くよ!」

「酷い」


 などと、修学旅行に来た中学生レベルの信心で聖地を回るのを多くの者から目撃されている。

 無神論者と評した者さえいたのだから困った神聖ローマ皇帝である。

 観光気分で見て回りながらも仕事を進める。

 燃え尽きたテンプル騎士団に新しい本部とするべく砦や城壁を整備させた。逆にやる気を出して新たな自分達の家を作らんと、彼らも奮起しなおした。

 また、ダビデの砦に居たイスラム軍の引越し作業をチュートン騎士団に手伝わせ、ホスピタル騎士団はもとより持っていた病院にて巡礼者の健康と安全をチェックさせる。

 エルサレム内部は騒動らしい騒動も起こらずに、街を歩く者でキリスト教徒が増えた、と言った程度の変化でフレデリカの統治を受け入れていたのである。

 イスラム側にも、フレデリカはある日イスラム区総督のアル・ガウィヅを呼んで尋ねたと云う。


「ここってモスクのアザーンやってないけど、本場はそういう規則なの?」


 アザーンとは、モスクの尖塔の上で祈りの言葉を唱えて礼拝を呼びかける儀式である。

 一日五回の礼拝が行われるイスラム教で、その礼拝の時間をこの呼びかけで教える役目がある。


「いえ、皇帝が滞在している間は遠慮しろと……」

「なーに言ってるの。我は自分の国のモスクでもガンガンやらせてるよ? 我の部下のイスラム教徒も、エルサレムまで来たのにって少し残念がってたからやっちゃって」

「なんでこのキリスト教最高権力者、普通に部下にイスラム教徒がいるんだろうなあ……」


 と云うことで、以前から響いていたアザーンも、そして憚ることも無くなったキリスト教会の鐘もエルサレムでは聞こえるようになった。

 そして、認めんと言ってるのに無視してわいわいしているエルサレムの事情を聞いて総主教は動きを見せた。

 彼は部下の司教を派遣してこう宣言させたのである。


「エルサレム全体を[聖務禁止]に処する!!」


 聖地が破門の一歩手前の処遇を受けるという謎の事態発生である。

 これも「破門野郎に解放された聖地なんて聖地じゃねえよ」という頭に血が上りまくっている判断からされたことだ。

 しかし聖務禁止となると巡礼者が教会で祈ることもできなくなる重大な問題であった。


「とーこーろーでー」


 フレデリカはニヤニヤと城壁の上からエルサレムの街を見下ろして云う。


「この田舎くんだりまでやってくる敬虔な信徒が、総主教とやらの命令と、主に祈りを捧げる行為。どっちを優先するでしょうか? くふふん」


 ──彼女の云う通り、総主教の聖務禁止命令を巡礼者は無視したのである。

 いかに今生きている聖職者が罪を与えたとしても、キリストの死んだ地で祈る以上にキリスト教徒的に尊い行為があるだろうか。だからこそ、法王庁はエルサレムへの巡礼をすれば免罪すると宣言していたのである。

 エルサレムの門にやってくる巡礼者の列は途絶えず、ただ喉を枯らしてフレデリカを批判し続ける総主教の声だけ虚しく響くのであった……。


  




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