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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第二章『神聖ローマ皇帝フレデリカと内政』
16/43

15話『行列のできる法律フレさん──1220年』



 フランス、ブーヴィーヌで行われたオットー・イングランドの連合軍とフランス軍の戦いから四年が経過していた。

 それに敗れたオットーは自領であるザクセンのブラウンシュバイクから出ることは無く、まだ三十の半ばだと云うのにすっかり病人のようにやつれてしまっていた。

 戦上手な点はフランス王フィリップにも認められていたその覇気は既に無い。

 城の寝室に一日中閉じこもり、ただ腐るように時を過ごしている。


「ああ……」


 枯れた声で囁いて、仰向けになったまま手を伸ばした。


「どうして俺は何をやっても失敗するんだ……戦争の指揮は取れた。兵力だって二万五千も集めた。神聖ローマ皇帝になった。なのにここで寂しく死んでいく……」


 そして、


「どうしてあの女は成功ばかりする……まともな戦争の経験も無く、碌な兵力も持っていない。ただの無力なシチリアに閉じ込められただけの女が……ドイツ中の人気者だ」

  

 自分の伸ばした手に掴む者は、誰も居なかった。


「どうして……どうして……ずるいだろ……俺ばっかり……」


 ──1218年。

 廃位された神聖ローマ皇帝、オットーはこの年に病没した。死ぬ間際に教皇から破門は解かれたとされている。


 彼の死をもっとも嘆いたのが──フレデリカであった。





 *****





「げえええ!! オットーのアホが死におったよー!!」


 フレデリカはその報告を聞いて露骨に嫌そうな顔をしつつ会議室で頭を抱えた。

 椅子に座ったまま背後に倒れそうになったので隊長が支えてやると彼女の嘆きは続く。


「くっそー! 『オットーがいつ再起して国内荒らすかわからんから十字軍行けません』の理由を失ったー!」

「まだ三十代だから余裕だと思ってたのにな」

「もう! 程々に怪しい行動しつつ引き篭もっていてくれればそれで我満足だったのに!」


 と、嘆くと云っても凄まじく自分の都合によってであったが。

 1218年、秋。

 前回に第五回十字軍の話をしたが、その最中である。

 やはり十字軍がアル・カーミルの軍に苦戦をして、内部崩壊寸前な状況でありホノリウス教皇から要請がフレデリカに届いた。


『神聖ローマ皇帝としての責務を果たすべく、即急にエジプトへ援軍に向かわれたし』


 と、来た。

 それに対するフレデリカの返答が実に舐めきっている。


『いやー我、神聖ローマ皇帝っつってもローマで戴冠してないし? 正式じゃないじゃん? だから諸侯も従ってくれるかわからなくてさー。いやほんと、その気になれば1219年の夏前には行けるんだよ? でも諸侯がさー』


 マジでいけしゃあしゃあとこんな内容で返信したのである。

 ドイツ国内で二回も戴冠式を行ったのに、本来はローマで行われるものとして自分はまだ皇帝ではないと言い張ったのである。

 もちろん、既に彼女は公文書やら立場やらでは神聖ローマ皇帝を名乗っているにも関わらずだ。

 そして続けて手紙を出した。


『諸侯を説得できればいけるからさー、そう、夏前じゃなくて秋口まで待ってくれれば多分きっと行けるんじゃないかなって思うんだよねうん』


 意訳だがこんな内容であったのだ。

 しっかりとした──十字軍の失敗が見えてきたので教皇の判断が焦っていた面もある──軍編成目標も立てていて、諸侯の説得と云う理由もあるのでこの要請からほぼ一年の延期にはホノリウスも認めざるを得なかった。

 そしてフレデリカはこの期間を使い、


「よし! ドイツ諸侯を説得に行くよ!」

「十字軍のか?」

「まっさか。我がシチリアに行くために、息子のハインリヒをドイツ王にする説得だよ」

「だろうな」


 ──と、まったく十字軍の準備をする様子はなかったのである。

 更に無許可で目標期間を半年程ブッチして1220年4月。

 フランクフルト会議で、


「ハインリヒを[次期]のドイツ王に選定するよー! 皆、拍手~!」


 ドイツ中の、シンパと化した諸侯と聖職者一同が盛大な拍手を送り9歳のハインリヒがフレデリカの次の王と決定された。選んだ官僚が政治をサポートするとはいえ、彼女が居ない時は同等の権力を持つことになる。

 そしてこのドイツ王選出も教皇に無許可で行ったのでメッチャ抗議の手紙が届いた。


『早く十字軍に行かんか! つーかどういうことじゃ説明しろ!』


 それをするりとフレデリカは躱す。


『十字軍に行くとなると死をも覚悟して戦う所存だよね。じゃあ残された国のことをしっかり決めとかないと混乱するでしょ。これは王としての責務なんだから仕方ないよね……』


 この言い訳に教皇は頭を抱えつつ、ひとつの決定をした。

 フレデリカをローマに呼び寄せて正式に神聖ローマ皇帝に戴冠させるのである。

 そうすれば最初の「神聖ローマ皇帝にちゃんとなってないから兵力が集められない」と云う言い訳が解消される。ビッグアイデア!

 ──しかし、ホノリウスはフレデリカと十字軍にばかり目が行ってツッコミどころに気付いていなかったのだろう。

 彼女が前教皇としっかり約束した、「シチリア王とドイツ王の同時にはならない」という約束。

 それを、息子のハインリヒ──現シチリア王で次期ドイツ王に決定した彼に破らせているという批判点に。


 

 ハインリヒをドイツ王に選定してからツッコミの手紙が来たのが僅か一ヶ月。

 当時の情報伝達速度で言えば凄い勢いで速達ツッコミを入れたと云うことだ。

 ともあれ、フレデリカはローマの招聘されて戴冠式を改めて行うことになった。

 三度目になるが、ドイツ国内で行われる戴冠式とローマで行われる戴冠式は、やはり格が違う。

 教皇をキリスト教の聖職者代表とする社会に於いて。

 神聖ローマ皇帝はキリスト教の軍人代表だ。

 それを正式に認めるのが教皇の招聘である。

 逆に云えば、神聖ローマ皇帝と認めるも、認めた立場を取り上げるも教皇次第になる。

 実際にオットーは皇帝の地位を奪われているのである。

 

「と、云うわけでローマまで行きます。今回は格式があるのでドイツ軍を招集していく必要があるよね」

 

 諸侯にそう呼びかける。

 オットーが死んでから殆どフレデリカ一色になった諸侯は、こぞって兵を寄せた。兵站の整備などは皇帝がやるべきなのだが、中には自費で行う貴族も居たぐらいである。

 そしてこの呼びかけに対して集まるには時間が掛かるとしておよそ3ヶ月は時間を稼ぐフレデリカであった。 

 集まった兵や諸侯を従えてローマへ南進する。

 さすがにこの兵団にはミラノも襲ってはこまい。

 イタリアへ向かうブレンネル峠を越える際に、ふと隊長へ漏らした。


「そういえばこの峠、ドイツ入りする時は使えなかったね」

「ああ。もう八年も昔になるか……というとあの時十七歳だったフレさんは今」

「美少女! フレデリカさんは美少女オーラで全身を覆っているのでいくら年を取っても美少女なのでその点宜しく!」

 

 主張するフレデリカであった。信じてやって欲しい。

 その一行に付いてきているのが皇后コスタンツァだった。彼女は、ドイツの地に置いてきた息子が心配そうで、浮かない顔つきだったが。

 フレデリカはそんな彼女に気付いて馬を寄せて告げる。


「コスタンツァ。大丈夫だ、何もかも上手くいく」

「そうかしら……」

「そうだとも! ハインリヒの教育にも我が信頼する家庭教師をつけているから安心してよね。グイエルモよりは真面目だけど、ちゃんとした君主になるには十分な面々さ」


 息子の教育者。

 と云う選択で恐らくは彼女の頭にもグイエルモ・フランチェスコが浮かんだだろうが、彼を呼び寄せることはしなかった。

 信頼していなかったわけではないが、彼の教育方針はフレデリカのようななんでも学んでやろうという意気のある生徒ならば幾らでも教えるが、そうでない場合は怠惰に過ごすのである。生徒の自由性を重視しているのだ。

 そして、あの物臭で面倒くさがりで余生を過ごしたがっていた彼を、シチリアの修道院長と云う地位からドイツまで引っ張るのを良しとしなかったのである。恩師として、敬意を払っている相手を呼びつけるなど。

 彼女は側近のベラルドか、信仰はともあれと好き好んでついてくる聖職者には様々に無理をさせるが、普通の聖職者にはその仕事さえちゃんとしているならば口出しはしないことにしているのだ。


「ですわね。フレデリカ様。どこまでも付いていきますのかしら」

「うん。行こう! 我が妻コスタンツァ!」

 

 コスタンツァは儚い笑顔を見せながら、フレデリカの基本方針に従う。

 不安は胸の奥にしまい、太陽のように輝く彼女についていくことにした。

 

(きっと──貴方はわたくしを愛してくれているのでしょうけれども──)


 不満は無いが、不安はあった。それは自身のことよりも、息子のハインリヒとフレデリカに関してである。

 無茶な綱渡りを鼻歌交じりに決行して、仲間の手を引いていく彼女がいつか落ちてしまわないか。それが心配であった。そして、それをどうか自分が見ることが無いように神に祈った。すでに一度、夫と息子を亡くしているコスタンツァなのだ。もう二度と失いたくは無い。

 彼女はちらりとフレデリカに並ぶ隊長を見た。彼女が最も信頼に足る騎士。


(どうかフレデリカ様と、ハインリヒを守ってくださいね……)

 

 彼に云えば「当然だ」と返すだろう。当然だから、言葉にしない。それでも願うのであった。



 ローマに辿り着く前に一行はコスタンツァの休息を兼ねて、とフレデリカが告げて都市ボローニャに寄った。

 大河であるポー川にほど近いこの土地は肥えていて、ローマ帝政時代から農業や牛、豚の牧畜が行われていた。それらを使った料理も発達していて、美食などは罰当たりと云うキリスト教の時代でも食にこだわりがある都市である。

 現代でもボローニャソーセージとかボローニャパンとかスパゲッティ・ボロネーゼとか、都市の名前が食品のブランドになっているぐらいだ。

 旅慣れしていないコスタンツァや、兵士はともあれ休息を取らせて、フレデリカは隊長を連れてある場所へ訪れていた。

 中世ヨーロッパに於ける有名な施設がボローニャにはある。

 それは、[ボローニャ大学]。

 ヨーロッパ初の大学と言われている、学び舎であった。

 勉強大好きフレデリカはその大学で講義を聞いたり教えを学んだりしたのだろうか。

 いいやしていない。 

 彼女が訪れた理由は、二人の行動から見て取れる。


「ねえねえこの大学の学科ってどこまで教えて卒業なの? 給料どれぐらい?」

「なるほど……学舎と講義室の作りと席数はこれくらいか。しかし些か不便に見えるな」

「ははあ……ヴェネツィアの大学に最近生徒を取られているねえ。クソッ先を越されたか……?」

「ちょっとアンケートに付き合ってくれ。いや、学問の内容ではなく、暮らしに関してだ」


 と、隊長を二人で聴きとり調査をしているフレデリカであった。

 何が目的かと云うと。


「よしっ! 我も大学を立てるこれ確定っていうかすげえ力入れるからね!」

「まあ……フレさんの学問信仰は欧州でもトップクラスだからな」

 

 つまり、フレデリカが自国で大学を作る為にボローニャ大学を視察しているのであった。

 幼い頃から古代のアリストテレスの学問や、最先端の中東の学問に触れていた彼女からしてみれば当然の決断であった。

 紆余曲折あれ。

 皇帝として生まれて皇帝として今を生きている彼女であるが、何の束縛も無ければ学者になっていた程に学問の徒なのである。

 新たに大学を建てることを密かに決めているとはいえ、


「教師なんかは他から……特にボローニャあたりからヘッドハンティングした方が受けがいいんだよね」

「権威が付くからな」

「そんなわけで今のうちに粉を掛けておこう」


 引きぬく要員を探ると云う、皇帝と云うよりも理事長のような行動をするフレデリカである。 

 学問。

 と、云うと当時ヨーロッパでは、主に神学のことを指した。

 学業を学ぶのは修道士など聖職者のやることであって、一般に開かれたものではないのである。

 当然、ボローニャ大学もローマ法王庁がスポンサーなキリスト系大学なのだ。

 しかし。

 ヨーロッパの中には、フレデリカの様にと云うのもなんだが、聖職者には興味はないが学問が学びたいと云う人間も居るのである。

 そう云う人物を予め勧誘している中で、ボローニャ大学でも鼻つまみ者に行き着いた。 


「──よく来たな神聖ローマ皇帝。ここに来ることは法的に判っていた」

 

 部屋にノックをしても反応がないので入ったら、そう声を掛けられた。

 本に目を落としたままの男が居る。

 彼はドイツ王にしてシチリアの実質的支配者である神聖ローマ皇帝を前にしても顔を上げずに、面白いのか面白く無いのかわからない目つきで本を眺めていた。

 殆ど生徒も教師も入らない、人気のない教授室。

 そこに居る男にフレデリカは勧誘の手を伸ばす。


「法学を担当するロフレド・エピファーニオだね」

「それに肯定しよう。法的に私がロフレドである」

「端的に目的を云うよ───法治国家を作ってみたくはないかい?」


 にやりとフレデリカが笑いながら問いかけると、ロフレドは眼鏡を光らせながら顔を上げた。

 

「軍の武力で従わせるのではなく、教会の権威で従わせるのではなく、法によって公平に統治された国。封建領主でも聖職者でも農民でも騎士でも学者でもフランク人でもサラセン人でも、法のもとには平等なそんな国家だ」

「……法的に可能なのか、それを制定することは」

「知らん!」

「えええ」


 ずばりとロフレドの疑問にきっぱりと言い切ったフレデリカに、隊長が半眼でうめいた。

 しかし彼女は不敵に笑いながら腕を組んで告げる。


「我は専門家じゃないからな! でもロフレドは法の専門家だろ? じゃあ出来るように考えるのは君の仕事だ。作ったら我と添削しあって行くので宜しく! 期間は一ヶ月後に試案を出しておくれ、ええと、ボローニャじゃ不便だな……」


 フレデリカはローマの後は息子が抜けたシチリアへ向かう予定なので、北側にあるボローニャでは合流するのが面倒であった。


「よし、ロフレド。君は今すぐボローニャ大学を退職してカプアへ向かってくれ」

「すげえ押しだなフレさん」

「こんなトコで腐っててもね。学問は活かさないとゴミ同然だよ──ロフレドも好きだろ? 自分が作った法で国が動くんだ。法学者に取ってこれ以上楽しいことがあるかい?」

「……」


 ロフレドはやや考えると立ち上がり、フレデリカへ歩み寄った。


「わかった。法的に準備をしてすぐボローニャを発とう」

「協力感謝するよ」

「法的に必要ない。私もやりたいことをやるだけだ」

「そう」


 フレデリカは笑いながら握手を求めた。


「我もやりたいことをやってるだけなんだ。気が合うね」


 と、握手を交す二人を見て、隊長は大きく肩を竦めた。


「フレさんに引っかかる奴は優秀なんだがどこか変なんだよな」


 しかしこの度引っ掛けたのはイタリア史に残る偉大な法学者であったことは、後世に讃えられるので今だ彼らも知らぬことであった。

  

 


 *****




 ローマで神聖ローマ皇帝としての盛大にして荘厳な戴冠式が行われたのだが、三回目なので描写は省く。まあ、豪華だった。豪華だったが今更である。


「皇帝フレデリカよ、十字軍に行くと誓うが良い」

「YES。誓う誓う」


 教皇ホノリウスから直接言われてフレデリカもさすがに言質を取られざるを得ないが、さすがにこの皇帝は面の皮の厚さがローマ法全書より分厚かった。


「でも我ってシチリアを出て八年になるじゃん? ドイツはともかく、まったく統治できてない国を残していくのは国崩壊の危機でしょ。それにシチリアをしっかり我が管理できてればここから出発する十字軍を編成しやすくなるし、補給も送りやすくなるからむしろ我が先にシチリアを治めるのが十字軍の為なんだ」

「そ、そうかのう? しかし今五次の連中が超苦戦してて……」

「大丈夫! シチリアをばばっとやってすぐやるから誓うよ誓った! だからもうちょっと待っててね!」


 かなり怪しい理由だったが、そこらの内容をチュートン騎士団のヘルマンがいい感じに纏めて延期を認めさせた。

 しかも今度は「シチリアを纏める」という事実上無期限である。


「フレデリカたんの為なら教皇も騙せるわー拙者」

「ヘルマンも相当アレだな……」


 あまりにも堂々とした言い訳に嘆息する隊長である。

 彼女はローマで戴冠式をしたら延期の約束を取り付けてそれ以上追求される前にソッコーでローマから離れた。

 なおドイツから連れてきたドイツ諸侯の軍勢はそのままドイツにとんぼ返りである。

 フレデリカの手勢はチュートン騎士団と実家とも云えるホーエンシュタウフェン一族から貰った軍勢で、少数であった。

 しかしこれまでの経験からも、戦争を起こすきさえ無ければむしろ少数の方が楽であるとフレデリカもわかっている。大軍を誇示して見せるのではなく、自分の人気を前面に出して行くスタイルなのだ。

 そんなわけでイタリア南部のカプアへフレデリカは訪れていた。イタリア半島を靴の形とすると、その足首あたりにある地方都市である。

 ボローニャを出奔したロフレドが待ち構えていて、フレデリカと幹部達はいつもの様に会議スタイルへと入る。

 元教授だけあってか、フレデリカ達の授業スタイルにもすぐに適応して、よく使うヨーロッパ地図が描かれたボードを前にしてロフレドの説明が始まった。


「まずは法治国家化の可能性についてだが……法的に見て今のままでは神聖ローマ帝国では不可能だ」

「座礁!」


 早速乗り上げたのでフレデリカがべたりと机に顔を突っ伏す。

 気にせずにロフレドは続けた。


「法的に考えれば神聖ローマ帝国……というかドイツだな、ここは諸侯から王が選ばれているという形だから無理やり権益を取り上げようとすれば猛反発を食らって他の王を選出しようと談合される。ガチガチの封建国家だからな」

「そっかー」

「だがしかし、シチリア王国ならば法的に可能性がある」


 ロフレドは南イタリアに指揮棒を合わせて告げる。


「シチリア王は諸侯から選ばれるわけではなく、血統で決まる。これを変えようとすると簒奪しか無くなるから王が権力を集中して持つことが法的に可能だ」

「つまりは、ノルマン王朝である我の権威だね」

「それに範囲も狭く済むから法的にも楽だ。まずはここから始めるべきだろう」


 そうして、カプアに集まったフレデリカの幹部、そして彼女がシチリアに居た頃から協力的だったシチリア王国の貴族などを呼び寄せて議論を重ねて出来たのが[カプア憲章]と呼ばれる法である。

 細かい内容は書に纏めて、わかりやすいようにフレデリカが壇上に立って会見を開き、多くの貴族の前で概略を説明した。


「まずは一つ! シチリア王国の諸侯は勝手に戦争を起こしたり、領民の財産を没収したり、一存で裁きをすることを禁止しまーす。重要な外交なんかは王に相談すること。裁判や訴訟沙汰には各地に裁判所を立てるのでそこを通すこと! これは一斉に始めるので以降逆らったら財産没収か国家反逆罪で死刑にしちゃうよー」

 

 と、封建領主の権利をそっくり取り上げる法である。 

 大憲章マグナ・カルタで王の権利を取り上げられたイギリスと正反対な方向性だ。また、裁判権はすべての領民に認められているので領民が貴族相手に裁判を起こす事も楽になる。

 続いて、


「あと我の母親、コスタンツァから我フレデリカ、そして息子ハインリヒが王位についてる間はほぼ無政府状態だったよね? それをいいことに領地を広げたり内乱で奪ったりした人居るよね?」


 見回すとぎくりとした顔の貴族が何人も見えた。


「それ全部没収。勝手してんじゃねえぞ」


 ──もはや無力な子供ではない、神聖ローマ皇帝にして実質のシチリア王から下される命令であった。

 というかそもそも王が子供だからと舐めくさって国内で好き勝手していたツケである。

 シチリア貴族の所領はフレデリカの母コスタンツァ以前の三十年前に持っていた時の分だけを保証される形となった。

 しかしながらこれでは反逆の一つどころか、諸侯が同盟を結んで蜂起する可能性すらあることは瞭然である。

 そこで、


「それじゃあ憲章に関する司法大臣を任命しまーす。エンリコ・ディ・モッラさんをその長官としますのでまずはこの人にご相談あれ」


 うっと息を飲む音が聞こえた。 

 壇上に上がる初老の男はフレデリカのシンパであるが、シチリア王国内でも1、2を争う大貴族で全員の顔役のような男であった。

 続けて警察長官や各地に置く裁判長などを次々に任命していくが、どれも共通するのは「シチリア王国内で発言力の強い名門貴族」を要職に付けたのだった。

 名門からしてみれば、法は制定されたものを使うとは云え他所の領にまで口出しする権限が与えられるのだし、他の貴族からすれば名門が優遇されているのに口出しするのは凄まじく言い難いことである。

 改めて云うが、そもそもこのカプア憲章は、


・勝手に戦争を起こすな。

・裁判は国の法律でやれ。


 と云う実に単純な二つの約束事を守らせる為なので、声を大きくして反抗しにくいのである。

 しかしそれでも、


「こんな事は認められないぞ!」

「そうだ!」


 と、若い領主二人が声を上げた。

 彼らからしてみれば己等の一族が得た領地をそのままフレデリカの物とされているようで我慢がならないのである。

 神に与えられたのでも、王に与えられたのでもなく、自分達が自分達の力で獲得した領地である。フレデリカはよこせと云っているわけではないが、領地内で好き勝手することは許さないと告げているのだ。反発もあって然るべきであった。

 フレデリカは指を鳴らした。


「隊長。ヘルマン」

「わかった」

「フヒヒサーセン」


 二人の背後に現れた屈強な騎士が手早く拘束した。


「ぬあー!」

「何をするー!」


 そして別室に連れて行かれると、ばふっとモチ粉を顔にぶちまけられたような音がして大人しくなった。

 他の貴族は震え上がる。


「大丈夫大丈夫、死刑にはしてないから。まあでも、ちょおおおっとチュートン騎士団に入団して中東あたりで働いてもらうだけだよあの二人には。名誉的な処置だね!」

「……」

「……い、イェイイェイ~」


 ニコニコと笑顔を見せるフレデリカに大規模な反逆はついに一度も起こらなかったという。

 貴族二人は領地を王に譲渡して敬虔なるチュートン騎士団に入り身を粉にして働くのであった。温情!



 こうしてシチリア王国の法、[カプア憲章]が制定されたのである。

 強引に中央集権的な制度を作ったがこれはガチガチに決められたものではなく、実際の運用を見ながら貴族や法律家、裁判官に民衆の意見、内情を聞いて視察し細々と改訂し続ける柔軟さも持った法律であった。

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