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神聖じゃないよ! 破門皇帝フレデリカさん  作者: 左高例
第二章『神聖ローマ皇帝フレデリカと内政』
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10話『戴冠したりフカシたりフレさん──1213年』



 美しい湖の街コンスタンツ。

 美味なワインに豊かな自然、湖と河川を使って湖畔を囲む町々と交易も盛んな活気のあるその街は、イタリアからアルプスを越えてやってきたフレデリカ達の旅の疲れを癒やす──。

 程も無く、ソッコーでフレデリカは次の目的地へ出発するのであった。


「ああ、コンスタンツグッバイ……」

「ほらほらベラルド! 行くよ。こっからは君が重要なんだから!」


 ドイツに入ってからのフレデリカの旅は順調極まりなかった。

 なにせ敵味方が混在する北部イタリアに比べれば、圧政を敷くわ破門食らうわそもそもラテン語もドイツ語も使えねえ蛮人だわで民衆、貴族、教会の三方向から人気のなかったオットーに代わる王としてフレデリカが現れたのだ。

 それもあのドイツ最高の王としてまだ記憶に新しい、フリードリヒの孫である。その赤毛に拝む老人達も居た。

 そのフリードリヒならば超絶な軍事力で軽く一万人は兵力を引き連れて次々に都市を屈服させていくことも可能なのだが、フレデリカにそんな兵士は居ない。

 おまけに金も無い。だが敢えて、行く都市や会う諸侯にこれまでと同じく税率の軽減や既得権の保持を認めて併合して行く作戦に出た。

 超人気無いオットーに比べさせて新皇帝のアピールをするしか従わせる寛容しか方法は無いのである。

 だがこれが上手く行った。

 コンスタンツからライン川を北に下るルートへ進み、次々に諸侯を味方につけまくったのである。

 また、ベラルドの教皇パワーも非常に役に立った。立場が微妙な都市も教皇の威光に掛かればすぐに味方につくことも少なくない。


 順調過ぎて特に事件も起こらなかったので端折るが、あっさりとフレデリカ一行はドイツを進んで神聖ローマ帝国の中心とも云えるフランクフルトへ辿り着いたのである。

 場所はドイツ中央から南西よりの場所で、つまりここまでくればドイツの3分の1はフレデリカが落としたようなものであった。

 時はまだ1212年。シチリアから出発したのが2月頃で、ここに辿り着いたのは12月である。

 僅か10ヶ月の遠征で片っ端から立ち寄った北部イタリアとドイツを味方に付けたフレデリカの人気──というか人気取りのアピールは凄まじいものがあったのだろう。

 反体制に定評のあるミラノと敵のオットー軍に邪魔された以外は戦争らしい戦争も起こさずに、平和に王として認められていったのである。

 隊長からして、


「フレさん半端ないな……」


 と、フランクフルトに入るなり云う程であった。

 彼からしてもこれほど順調に行くとは思っていなかったのだ。障害があれば察知するか予め調べて逃げる為に尽力するつもりであったが、それすら殆ど無かった。

 さて。

 フランクフルトに入るにあたり、近くのマインツ大聖堂は神聖ローマ皇帝が大司教に戴冠されると云う大きな権力を持つ教会なのだが。

 ベラルドはなるたけ後ろに引っ込んでフランクフルト入りした。


「どうしたの? 教皇パワー使わないの?」

「ここのマインツ大司教はマジでローマ教皇が嫌いなんですよ……このベラルドに宿るパワーなんて逆効果極まりない」

「えええ……聖職者のトップじゃないの教皇って」

「いろいろあるんですよ権力争い」


 愚痴りながら大聖堂へ向かう。マインツ大司教とはドイツ内でのキリスト教に於ける教皇のような役目の顔役なのである。

 こうなればローマ教皇の権力を振りかざしても効果は低い。水戸黄門で例えるならばいつもの印籠が、京都の地で争った同じく中納言の一条三位には効かなかったようなものだろうか。違うか。

 ともあれそこには大司教の赤衣を来た、イノケンティウスに優るとも劣らない迫力を持つ巨漢の聖職者が迎えた。

 大司教ジーグフリードである。


「よぉぉく来たな皇帝フレデリカよ……」

「ひょっとして教皇とご兄弟だったり?」

「ヌァアァァァアニィィィ!?」

「すみません」


 怒りに聖霊エフェクトをバチバチ言わせるジーグフリードに素直に謝るフレデリカであった。

 雰囲気は似ているのだが。

 

「儂は教皇を好かぬ……だが、オットーと云うカスが破門なのは賛同するしあのようなカスにドイツを任せてはおけぇぬ」

「カスって二回も言われてる……なんであのオッサンは王になれたんだろう……」


 心底人気がないオットーであった。

 フレデリカの父親であるハインリヒが死んだときのゴタゴタで、無理やり国外追放されていた貴族を連れ戻して王の座につかせたのがオットーなので──それを支援したのは教皇派だが──ドイツの元々フリードリヒの一族を支援していた派閥や反法王のジーグフリードなどには最初から印象最悪なのである。

 だがここで。

 教皇の支援を受けているフレデリカを受け入れつつ、教皇に唾を吐きかける方法をこのジーグフリードは予め考慮していたのである。


「貴様がこれより、ドイツ諸侯の支持をより受けるために……この儂が神聖ローマ皇帝の戴冠式を行おう」


 そう、本来ならばローマ教皇が行うべき皇帝戴冠の儀式をこっちで勝手にやっちまおうと云う算段なのである。

 しかもフレデリカはそれに同意しちまったのだ。


「オーケイ! やろうやろう!」


 もちろん、その場のノリではなく彼女にも思惑はあった。

 まず正式に神聖ローマ皇帝として戴冠すればオットーを賊軍として知らしめ、それに与する諸侯を切り離すことが可能だ。

 特にオットーの領地から離れた南ドイツを完全に支配下に置けばイタリアとの行き来も簡単になる。

 この時代は「王になった!」と名乗るだけでは支持は得られない。定期的に封建領主などの土地を巡回して彼らの顔を見せて睨みを効かせることで王と認められる。つまり、オットーの軍がドイツ国内をうろついているようだとフレデリカは巡回もできないのでなるべく早くにオットーを自分の土地に押し込める必要があったのだ。

 しかしながら、超優遇してくれた教皇をあっさり裏切る……という程ではないが、恩をスルーしてしまうフレデリカであった。

 一行はフランクフルトに入って僅か四日後に、マインツの大聖堂でジーグフリードから戴冠の儀式を受けた。

 当然電話などは無いので教皇への相談はしていないし、まさか山脈の向こうで支持をしたはずのフレデリカがマッハで勝手に皇帝の名乗りを上げてるとは思いもしなかっただろう。

 しかもその、ジーグフリードからの宣誓がまた教皇への嫌がらせに満ちていた。


「この者、神の恩寵を受けて皇帝に、同時にシチリアの王に」


 そう、教皇が「絶対するなよ」と言ってフレデリカも「わかった!」と云う勢いで、息子に譲った筈のシチリア王の位も認めてしまったのであった。

 神聖ローマ皇帝がシチリア王と兼任されると非常に困るのはローマだけの都合であり、他の土地はさほど関係がない。

 むしろドイツの大司教であるジーグフリードからすれば自分の国の皇帝がより強い権力を持っていてローマさえ抑えられるのならば好都合なのである。

 

「大丈夫かよフレさん」


 隊長が戴冠式の様子を遠くで見ながら云うとベラルドが補足した。

 

「一応、勢いと論点のすり替えで教皇側を誤魔化す作戦はありますので」

「口先とその場しのぎは超上手いからなあフレさん」

「ええ。この皇帝に急いでなったのも『ドイツ統一して十字軍します!』と宣言してしまえばいいのですよ。それに反論したら十字軍邪魔するの?って逆に問い詰められますので」

「しかし十字軍か……正直そっちもダルい仕事だな」

「その代わり宣伝効果はグンバツですよ」


 そのように続けてローマに伝えることで、ひとまず教皇の雷を避けることにするフレデリカであった。




 *****




 必要な物は向こうから転がり込んでくるのが時流に乗っている者である。

 フレデリカの皇帝戴冠をいち早く知ったのはもはや近頃彼女のペンフレンドになっているフランス王フィリップだった。

 戦術には弱いが戦略には強いと言われるこの王は、まさにオットーの勢力を切り崩すチャンスとフレデリカの支援に乗り出す。

 彼女の元に息子のルイを送って同盟を結ばせることにしたのである。

 ルイ8世はフレデリカより7つばかり年上の男である。既に対英の戦争も経験している中々に勇壮な若者であった。

 スッキリとした爽やかな顔立ちの彼はマインツに現れるなり多くの婦女子を魅了した。

 逆にフレデリカは引いたが。露骨なイケメンは苦手である。

 彼はにこやかにフレデリカに言った。


「やあこんにちは、フレデリカ皇帝。ところで嫁は12歳が最高だと思う」

「最悪の挨拶だ!」


 余談だが彼は12歳の時に結婚した嫁と合計13人も子供を作っている。そしてフランス人なのに愛人の一人も作らなかったと言われている。

 さて、この対オットーとも云える同盟だが非常にフレデリカに益がある内容として結ばれる事になった。

 まずは基本的にオットーとの戦争を除く、ドイツフランス不可侵協定である。これによりまだ国を治めきっていないフレデリカのドイツ領がフランスに奪われる危険が無くなった。

 これは無条件にフレデリカに譲歩したと云うよりも、フランスの方も南フランス地方の政情が不安定なのでそこをドイツに攻められると困り、イギリスを大陸領から追い出すのはともあれドイツなど攻めている場合ではないので互いに利益がある。

 フランスはできればオットーなどにも構っていたくはないのだが、これも教皇の機嫌取りとジョン王を更に叩くための手段である。

 続けて、同盟の持参金としてフレデリカが金欠だったのを見越して銀貨二万マルクもの大金をフレデリカにあげた。

 ペンフレンドのお嬢さんにお小遣い……と云うわけではない。

 既に幾度かの遣り取りで、フィリップはフレデリカが正しい人気取りの仕方を知っていると判っていたので、これでドイツ側からオットーを更に追い詰めさせる為の戦費であったのだ。

 兵が居ないなら金で動かせ。そう言われているようだった。

 

「何というか、隙を見せたらテーブルクロスさえ持ち去るって評判のフィリップ王だからこういう悪巧みは得意なんだよなあ」

「なにせフィリップは15歳から王になってもう47歳だ。14で王になってまだ18歳なフレさんに比べて三十年近いキャリアがあるからな」

「ん。まあ年長ものには隙は見せず、かつイイトコは見せましょうか」


 そして受け取った二万マルクをそっくり、自国の貴族を買収するのに使ったのであった。

 これもまた人気的には成功した。

 私腹を肥やす=私兵を構築する為に使わずに施しとして得た金をばら撒き、味方についたものには権益を与える。もはや箸が転げても人気が上がる勢いである。

 ここから一年。即ち、1213年の一年間を使ってフレデリカはドイツを巡回して諸侯を味方につけて、オットーをザクセン地方へ追いやるのである。

 この時に強引にでも軍を率いてオットーがフレデリカを打ち倒そうとしていれば歴史は別になったかもしれないのだが、フランスの脅威に彼は身動きを封じられているのであった。



 そして1214年7月。

 オットーにとって彼の運命を決定づけると云うか、前々から迫ってきていた末路とも云える戦争が始まった。

 ブーヴィーヌの戦いと呼ばれるそれは、ザ・負け戦専門家なジョン王からの要請を受けてオットー軍がイギリス軍と共同でフランスと戦争を行ったのである。

 戦力差は歴然──オットー達連合軍が優勢であった。戦力差は連合軍が25000人、フランス軍が15000人程である。

 だがもう、連合軍の常であるが指揮権がシッチャカメッチャカな為に半端ない勢いで烏合の衆であった。


「オットー陛下あああ! イギリス軍が四方八方に逃げまわってむしろ超邪魔ですー!」

「ちゃんとやれやジョンのクソボケえええ!!」

「まあドイツ軍が参戦するのが遅れたのが原因ですけど。フレデリカさんの影響もあって兵が纏まり切らなかったんですよね」

「ちゃんと待っとけやあああ!」


 いくらオットーが軍事の才覚があったとは云え、いかにフィリップ王が軍事の才能が無かったとは云え。


「我らフランス軍はァァァァ!! 世界一ィィィ!!」


 国内で大人気なフィリップ自らが率いた軍勢はその動きを統一させて敵軍を打ち破り、連合軍は壊走に近い形で大敗北を喫した。

 と云うか負けさせたらヨーロッパ随一なジョン王と同盟を組んだのが運の尽きである。

 これによりイギリスの大陸領ががっつりフランスの物となった上にイングランド大陸領もオットーもメタクソになったのだから、フィリップの上機嫌っぷりはこれまでに無い状態であった。

 

『フレデリカちゃんへ。オットーの軍勢をメタクソにしてやりました。あなたのドイツでの働きも助けになりました。ありがとうね。あとオットーのカスがドロップしていったアイテムそっちに記念に贈るね。フィリップおじさんより』


 と、フレデリカに無料で送ってきたのは正式な神聖ローマ皇帝の冠であった。

 以前に戴冠式を行った時は、まだ自分が皇帝だと名乗っているオットーが正式な冠を持ったままだったのでイミテーションを使ったのである。

 こうしてフレデリカは自分の兵を一人も使わずにオットーに皇帝争いで完全勝利したのであった。

 この時点でオットーはまだ31歳。ドイツのザクセン地方はまだ手中に治めている。だが、内側からフレデリカに押し込められ、外側からフィリップに削られ、そしてジョンが居るという三重苦でもはや盛り返せる流れは来なかった。

 




 1215年。

 フレデリカはドイツのアーヘンの街へ向かっていた。

 アーヘンとはフランスと隣接する地方であり、東にライン川を挟んでオットーがまだ存命なザクセンにも近い場所だが、もう彼女を襲うような軍を出せる余裕はオットーには無い。

 そこの街もまた神聖ローマ皇帝として戴冠が行われる由緒正しい土地であり、フレデリカの祖父フリードリヒもアーヘンで戴冠式を行った。

 この前行ったはずの戴冠を再びやるのは、正式な皇帝冠を手に入れたことと、


「一回やって支持者増えたなら、二回やれば更に増えるじゃん?」

「フレさん……」


 と、云う実に単純な理由があったかもしれない。

 その向かう途中で怪しげな集団とすれ違う。

 見窄らしい姿の民衆──十代の者が多かった。それがぎっしりとフレデリカの連れている軍勢……と云うか秘書や護衛や内務官なのだが、それよりも圧倒的に多い。千人は軽く超すだろう。手には杖のように木の棒や農具を持って行進していた。

 集団訴訟か住民大移動かと思ったのだが目が爛々としていてなんか怖い。フレデリカは見るなりあまり関わり合いたくない集団だなあと思ってしまった。

 

「道を空けさせるか、フレさん」

「いや、こっちの方が人数少ないしね~。避けてやろ」


 そう言ってフレデリカは自らの一団の進路をずらして先に通らせてやることにした。

 ぞろぞろとゾンビの群れみたいに歩く集団に道を譲る皇帝である。周囲に諸侯の目が無いかなんとなしに隊長は気になった。


「かの有名なイスラムの君主スルタンサラディンは、奴隷に『水汲んできて』と指示を出したら奴隷が『スルタンの方が近いんだから行ってきてください』と返されたことがあるそうだが」

「仕事しろよ奴隷」

「そこでサラディンもそれもそうだと水を汲みに行ったそうだな」

「人が良すぎるねえ」

「フレさんも大概だと思うって話だ」


 彼女の場合は効率などを考えての事だろうが。

 

「っていうかこの集団なんだと思う?」

「ふむ。聞いたことがある。フランスで流行った少年十字軍ってやつだろう」

「あー……あの水辺に向かって集団で突っ込む鼠みたいな現象」

「ドイツ国内で起こっても不思議ではあるまい」


 教皇イノケンティウスが十字軍を呼びかけたところ、その教皇パワーがあまりに強力すぎて十代の民衆が勝手に蜂起しエルサレムを目指した事件である。

 もちろんまともな軍人の統制があるわけでもないのであっさりと騙されて奴隷に売られたのであるが、信仰に酔った若者数万人が消失するというフランス国内では割りと頭痛くなる事件であった。

 

「止めないのか?」


 隊長が一応聞くが、馬の上で器用に胡座を掻いてフレデリカは云う。


「ムリムリ。狂信者相手にどんな声が届くのさ。我が神の愛を解いて彼らを説得できると思う?」

「フレさんが神の愛とか云うと胡散臭さしか感じないな」

「だろぉー?」

「このベラルド、なるたけ聞きたくない会話ですなあ」


 大司教が仕える皇帝の信仰心の無さに今更ながらげんなりするのであった。

 するとやがて、道を進む少年十字軍から数人の子供がフレデリカ達の元へ駆け寄ってきた。

 彼らは跪き声を張り上げる。


「皇帝陛下! 私達はエルサレムを取り返すために立ち上がった軍です!」

「そうなのかー」

「どうして皇帝陛下は十字軍をなさらないのですか!? カトリックの皇帝ならばすぐにでも軍を集めてエルサレムを野蛮な異教徒を排して取り戻すべきでは!?」

「うっざ」

「皇帝陛下!?」

 

 心底面倒そうに応える神聖ローマ皇帝である。

 何というか本当にそんな態度だったらしい。

 耳糞をほじりながら率直に、教皇が聞いたら破門確定レベルなことを云う。


「なんつーかー。我別にエルサレムなんて世界の彼方みたいな土地要らないっつーかー。いや、観光名所的にはいいって思うけどーあんなんより正直第四次でやらかしたみたいに近場のギリシャあたりの方が欲しい気もするしー」

「エッエルサレムを取り戻すのは神が我らに与えられた使命なんですよ!?」

「そんなん聖書に書いてないしー君ちゃんと聖書読んだことあるのー? ねえねえ聖書の何章何節に異教徒にエルサレム取られたときの対処法とか書いてるのー?」

「それは……教皇聖下が『神が望んでおられる』とお言葉に!」

「神聖視してるけど教皇は神じゃないじゃん。多神教なの? 君、多神教しちゃうわけー? へー……しかもそれが全知全能な神の言葉ならなんで失敗しまくるわけー? っていうか獅子心王に赤髭王に尊厳王のヨーロッパ最強トリオが挑んで無理だったエルサレム落とせるわけー? 君あのエクスカリバーリチャードより強いわけー?」

「う、うああああ!! うるさいうるさい! 私達は神に従い血を流してでもエルサレムを取り戻すんだ!」


 ウザったらしい皇帝の言葉に、少年は顔を真赤にして叫びだし、集団へ戻っていってしまった。

 フレデリカはによによと嫌な笑みを浮かべたまま云う。


「ほーら説得失敗なわけー」

「すごい勢いで無学な民衆を煽っただけじゃないかフレさん」

「論破されるとクソコテになる相手につける薬は無いね。まあ、一応教皇に手紙出して見かけたら説教しておいてって伝えておくか。うちの農民っぽいし。我が説得するよりいいでしょ」


 そう言ってローマに馬で連絡員を行かせるフレデリカであった。

 エルサレムを取り戻す為の十字軍を派遣したい教皇側としても、民衆十字軍は露骨に邪魔な存在であった。

 なにせ着の身着のまま参加するので出先で暴徒化する可能性は高いわ、正規の十字軍の兵糧にたかるわ、訓練もされてないから行軍するだけで死にまくるし統率は取れないしで居ないほうがマシなのである。説得してくれる可能性は大いにあるだろう。

 

「なんだってあんなにエルサレムに行きたがるかね?」

「このベラルド思いますに、エルサレムに巡礼したらそのもの教会の名において完全免罪を受けますので……」

「もう完全にレアダンジョンみたいな勢いで釣ってるよね……っていうか行きたいなら平和なルートでいけばいいのに武装するから。荒んだ心に武器は危険なんですよーだ」

「名目上はイスラム軍は手を出さないがそう安全ってわけでもないがな」


 十字軍を乱発しているこの時代であるが、実際のところはキリスト教徒でも巡礼者に限りエルサレムに入ることができる。

 戦いの果てで結局エルサレムを落とせなかったエクスカリバーリチャードだが、その勇猛な戦いっぷりは何故か敵対していたスルタンのサラディンにも大いに好かれて、交渉により巡礼者はエルサレムに入ることを許されているし、その道中の安全を守る為のホスピタル騎士団なども駐屯地を残している。

 ただ道中の山賊やら過激派やらはまだ居るので完全に安全と云うわけではない。しかし完全免罪を目指して行くならばそれぐらい危険な方がレアリティもあって良さそうなものである。

 そんなこともあるので、フレデリカ的には、


「行きたいなら行けるんだから別に取り戻さんでもいいじゃーん」


 と云う気分であった。

 実際のフリードリヒ2世もこんな勢いで宗教的にヤバイ失言が多かったそうである。

 

「でも仕方ないかあ。あんまり民衆の不満を招いて生産力低下しても困るからね。教皇とも約束してるから」

「やるのかフレさん」

「うんっ! アーヘンでもいっちょカマすよ!」


 フレデリカは馬の上で立ち上がり、堂々と宣言した。


「『十字軍やるやる詐欺宣言』!」


 割りと悪魔的発想を容赦なくやる女であった。



 この後、アーヘンの街で戴冠式を行い、彼女に正当なる皇帝冠を渡したのはまたしても大司教ジーグフリードだった。

 二回も教皇に嫌がらせができて大層気分が良かったに違いない。

 その場でフレデリカは、


「神に誓い(笑)、神聖ローマ皇帝として十字軍を率いて聖地を取り戻す……」


 と、宣言を行った。

 アーヘンの地で行われた戴冠式とその十字軍宣言でドイツ諸侯はもはやオットー以外フレデリカに沸き立ったような状況になる。

 以前はローマ教皇向けに、今度は諸侯と民衆に向けてそれを約束することで人気を取り付けたのである。

 彼女の思惑は見事に成功したわけだ。

 しかも十字軍を行うと宣言したものの、


「いつやるか」


 についてはまったく触れていないので後は口八丁に伸ばせると云う寸法であった。

 姑息な皇帝であるが、この時点では彼女は今だに軍を持っていないというある意味凄い状況であったのだから仕方ない。

 軍を作って養うよりも政治活動と人気取りでドイツ国内を纏めあげたのだ。軍に回す金も無かったのだろう。




 *****




 アーヘンから遠く離れて、ローマにて。

 フレデリカが再度の戴冠の儀式を行ったと云う報告を受けた教皇イノケンティウスは新たな手を打つことにした。

 コントロールを任せたベラルドは、教皇の権威を借りてむしろアクセル要員になってしまっている。新たな手綱を付けなければ暴走は必死だ。

 故に──


「第三の刺客……[チュートン騎士団]が団長ヘルマンよ……」

「はっ」


 教皇の前に跪いた一人の、三十前後に見える男が気迫に満ちた返事を返した


「貴様にフレデリカの動向を探り、正しき道を指し示す使命を与える……直ちに騎士団を率いて彼奴の第一の軍になり、信を得て教義に従わせるのだぁぁ……」

「拙者にお任せござれ!」

「うむ……行けぇぇぇい!」


 強い意志を感じる、その若きながらドイツ国内、そしてキリスト教圏に影響力が少なくない団長へ頼もしさを感じながら送り出した。

 颯爽とマントを翻してラテラノ宮殿を歩み去るヘルマンを見て助祭が感嘆の声をあげた。


「あ、あれはチュートン騎士団のヘルマン様!」

「チュートン騎士団とは別名[ドイツ騎士団]、団員が全て貴族の子弟でありながら修道士となっている、高貴でかつ聖なる騎士!」

「西はスペイン、東は遊牧民族やルーシ、そして中東にも出動してキリスト教徒を守るまさにメイン盾!」

「その団長のヘルマン様は大貴族の生まれで個人武勇もさることながら清いキリスト教徒の模範的存在即ち童貞かつイケメンだ!」

「憧れちゃうな~……あれ?」


 助祭の一人が、ヘルマンのマントの刺繍に一瞬目を引かれて己の瞼を擦った。


「……今、ヘルマン様のマントに[なんとかファンクラブ]って刺繍入ってなかった?」

「ばっかあのヘルマン様がそんな軽薄な刺繍入れるわけないだろ」

「そうだよね」


 そしてローマ郊外に待たせていたチュートン騎士団の面々のところにヘルマンは行き、その精悍な顔に笑みを浮かべて聖なる騎士団員に指示を出した。


「ついにこの時が来ましたぞ~!! 拙者達もフレデリカたんに合流してお守りいたしますぞ~!」

「出た! ヘルマン団長の敬礼! 敬礼出たー!」


 ビシリとポーズを決める団長を指さして笑う団員のマントにも[フレデリカファンクラブ]と刺繍されている。

 それどころか団扇とか鉢巻とか買って装備している騎士も多く見受けられる。

 そう、汚染は進んでいたのである。別にフレデリカが仕込んだわけではないが、勝手に。


「待っていてくだされフレデリカたんんんんん~!! フレたんイェイイェイ~!」

「フレたんイェイイェイ~!」


 ……教皇サイドからフレデリカに送られる刺客は即落ちする法則があるのかもしれない。

 ともあれこのヨーロッパ中で尊敬を受ける凄腕かつ敬虔な聖騎士団は、その団長のヘルマンを筆頭にマッハでフレデリカの信徒になるのであった。

 フレデリカとしては次々に優秀な人材を送ってくれて大助かりである。

 



「あと教皇。フレデリカさんからの手紙で、少年十字軍が近くを通っていくみたいです」

「説教だァァァァ! そこに並ばせろォォォイ!!」


 少年十字軍はメチャメチャ怒られて泣きながらドイツに帰った。

 信仰心がエベレストの酸素より薄いフレデリカと違い、百の抗弁に千の回答を用意できる神学者としても超優秀かつ半端ない迫力を持つイノケンティウスには勝てないのである。






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